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第4話

作者: みけねこ亭
私はスーツケースを引きずり、田舎にある父の古い家へ戻った。

父はこの家で一生を過ごした。

どこを見ても、そこには父との思い出があった。

目に入るものすべてが胸に刺さり、涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。

居間の壁には、父と私たちの写真が飾られていた。

写真の中で、謙吾は父の肩に腕を回し、まぶしいほど明るく笑っている。

ローテーブルの上には、謙吾が父に贈った安物のライターが置かれていた。

父はそれを宝物みたいに、ガラスケースに入れて大事に飾っていた。

冷蔵庫にはいつも、私の好きな牛乳と、謙吾の好きなソーダがぎっしり入っていた。

父自身は、いつだって水しか飲まなかった。

何より胸をえぐったのは、あの工具箱だった。

中には、父が運送の仕事で使い古した工具が、いくつも詰まっていた。

謙吾の借金を返すために。

私が幸せになれると信じて。

父は新しい工具一式を買うことさえ惜しんだ。

あの時、工具を買い替えていれば、父は事故に遭わずに済んだのかもしれない。

私は半ば狂ったように、謙吾が写っている写真をすべて破り捨てた。

ライターを飾っていたガラスケースも、叩き割った。

けれど、壁に掛かっていた一番新しい写真を見た瞬間、思わず動きを止まった。

写真の中の父は、謙吾にもらったキャップをかぶり、子どものように笑っていた。

この写真だけは、どうしても破れなかった。

私はそれを壁から外し、震える手でスーツケースの一番底へしまい込んだ。

それから、仕事用のノートパソコンを返しに行った。

ラウンジに着くと、由紀が私のデスクに置いてあった小物を勝手にいじっていた。

周りには同僚たちが集まっていたが、私が入っていくと、さっきまでのざわめきがすっと引いた。

私と由紀が鉢合わせて、どんな騒ぎになるのか。

みんな、それを見物するつもりなのだろう。

由紀は私の前であの腕輪をちらつかせ、一枚のカードを足元に投げた。

「一億円。今すぐここを出ていって。これから先、謙吾には二度と会わないで」

由紀は勝ち誇ったように私を見た。

けれど私は、黙ってそのカードを拾い上げた。

「わかった」

私が本当にカードを拾うとは思っていなかったのだろう。

周囲の視線に、あからさまな軽蔑が混じった。

星野家の嫁になることに比べれば、このカードの金額など大したことはない。

彼らはそう思っているのだ。

ざわつく声を背に、私はノートパソコンをデスクに置き、そのまま立ち去ろうとした。

そこへ、謙吾が現れた。

私が制服を着ていないことに気づくなり、彼の表情がこわばる。

「何をしてるんだ?」

私が答えるより先に、由紀が口を開いた。

「彼女、ここを出ていくんだって」

謙吾の目がすっと冷え、私に向けられた。

「どういう意味だ?」

私はカードを取り出して見せた。

「一億円。あなたの婚約者から。手切れ金だって」

謙吾は呆然と私を見つめ、それから由紀へ視線を向けた。

責めるような目だった。

由紀は得意げに言った。

「そうよ。私が渡したの」

謙吾は黙ったまま、不機嫌そうに顔をしかめた。

けれど結局、由紀を責めることはなかった。

私は彼を無視して、踵を返した。

謙吾は皆の前で由紀の首元をつかみ、怒鳴った。

「誰が勝手なことをしていいと言った!」

ビルを出るなり、スマホが震えた。

画面には、謙吾からのメッセージが続けて表示された。

【雅、専門医が今夜到着する。すぐにおじさんを診てもらえる】

【今夜は一緒に付き添うって言っただろ。これからは絶対に遅れない】

【お前と一緒に、おじさんとちゃんと食事がしたい】

私は涙を拭い、深く息を吸った。

謙吾、もうあなたとの「これから」なんてない。

私は父の遺影を持って、海外へ向かう飛行機に乗った。

搭乗前、謙吾からの着信が何度も入った。

私が一度も出ないでいると、今度はメッセージが続けざまに届いた。

【雅、病室が空だった。おじさんは転院したのか?】

【どうして教えてくれない?今どこの病院にいる?専門医と一緒に行く】

【電話に出ろ!雅、おじさんは、まさか……】

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