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48話

Author: 籘裏美馬
last update Last Updated: 2025-10-26 06:27:33

あの秘書だろうか。

瞬がそう考えつつ、顔を上げて視線を扉に向けると。

そこには、秘書ではなく滝川本人が姿を見せている。

周囲を見回し、瞬の姿を見つけると、滝川が表情1つ変えずに瞬に向かって歩いて来る。

「清水さん…約束もないまま、こうして突然お越しになられても困ります」

「滝川涼真……」

「何か用ですか?大事な客人を待たせているので、手短にして欲しいのですが」

滝川がちらりと背後の社長室に視線を向ける。

そんな様子を見た瞬は、こめかみに青筋を立てて滝川に詰め寄った。

「客人?部屋に連れ込んでいるのは、心だろう!?社長室なんかに連れ込んで何を考えている!?心は俺の──」

「元婚約者でしょう?加納さんは既にあなたとは無関係な人です。加納さんが誰と会っていようが、他人のあなたにとやかく言う筋合いはないでしょう?」

「…っ、何を偉そうに…!」

「話がないのでしたら、これで」

瞬の言葉に、滝川は一瞥を向けただけで呆れたように溜息をついたあと、あっさりと社長室に戻って行く。

瞬は、当初ここに来た理由などすっかり忘れ、怒りで頭をいっぱいにしつつ、足音荒く廊下を歩いていく。

乱暴な所作でエレベーターを呼び、エレベーターがやってくるとそのまま乗り込んで帰って行った。

滝川はやれやれ、と小さく呟きつつ社長室に戻る。

すると、滝川から渡された資料を熱心に読み込んでいたはずの心は、ペンを持ち真剣に何かを紙に書き込んでいた。

「加納さん」

「──っ!滝川さん、す、すみません熱中してしまって…!」

すぐ側から滝川さんの声が聞こえ、私ははっとして資料から顔を上げて滝川さんを見る。

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