LOGIN最初は、顔見知りが事故に遭ってしまったから、助けた。 最初は、本当にただただ純粋な気持ちだった。 昔も、誘拐されかけていた所を助けた事があったから。 その時に、彼女が話してくれた内容がとても心に残っていて、心を打たれた。 俺より年下なのに、しっかり自分の将来を見つめ、家の為に勉強を頑張る姿もとても好印象だった。 それに比べて俺は。 家の、いや、親の決めたレールに従うだけの人生なんてつまらないと思って、反発してた。 反発するだけで、将来の事とか親の気持ちとか何も考えず、どうしてこんな家柄に生まれてしまったんだと嫌気が差してたのに。 そんな俺の悩みや鬱憤なんて一瞬で吹き飛ばしてしまったその子の事をただ純粋に尊敬してただけなのに。 それから、数年後に再開した彼女はあの頃の輝きを失ってた。 ひたむきに家のため、将来のために前を向いていた顔は俯き、輝いていた瞳は陰り、笑顔も失っていた。 助けたい。という気持ちが、俺が隣で支えたい。俺が彼女を笑顔にしたい。俺が彼女を幸せにしたい。 と、そう考えるようになったのはいつ頃だっただろう。 気持ちの変化がいつだったのか、いつ変化したのか、覚えていない。 俺は、自分の肩に頭を乗せて眠っている加納さんの頬にそっと手を添える。 暖かくて、柔らかくて、脆い。 きっと今、加納さんは色々なものを失って深く傷ついている。 加納さんを傷つける全部から守ってあげたい、と強く思った。 「……間宮」 「はい、社長」 もうすぐ1時間ほど経つ。 それまでただただ黙って車を運転していてくれた間宮に声をかける。 「そろそろ家に戻ろう。……運転ありがとう」 「とんでもございません。かしこまりました、これから戻りますね」 バックミラー越しに間宮に頷いた俺は、加納さんの温もりを感じながら窓の外に視線を移す。 柳麗奈。 加納さんを拉致して、怪我を悪化させた。 そして、加納さんから婚約者を奪い、彼女を傷つけた。 加納さんは被害届は出さなくていいと言ったが、どうしても許す事はできない。 刑事罰を与えられなくとも、それ以外の方法で加納さんを傷つけた報いは受けさせたい。 柳には、何が効くだろうか──。 そんな事を考えている間に、車は家に到着した。 俺は
玄関を出て、廊下を歩きながら滝川さんが私に話す。 「加納さん。病院に行こう。以前入院していた病院が診察してくれるって」 「えっ」 「無理やり柳麗奈に立たされて、動かされただろう?しっかり見てもらった方がいい」 そう話しながら、滝川さんの私を抱く腕にぎゅっと力が入る。 心配させてしまった。 また、滝川さんに迷惑をかけてしまった事を悔いるように私は「はい」と小さく答えた。 病院に着いた私たちは、主治医の先生に診察してもらった後、帰路に着いた。 「先生に怒られてしまいましたね」 私が苦笑いを浮かべながら隣に座る滝川さんに話しかけると、滝川さんは眉を下げて答える。 「加納さんのせいじゃないのにな…先生もそれは分かってくれたから良いけど…。凄い形相だった」 「ええ。私以上に麗奈に対して先生が怒ってくれて…。滝川さんも、先生も麗奈に怒ってくれたから、何だかすっきりしました」 「…本当に警察に被害届は出さない?徹底的に争ってもいいんだ。非はあちらにあるんだから」 滝川さんの言葉に、私はゆるゆると首を横に振る。 「本当に大丈夫です。…これ以上、あの2人の事で時間を使うのは勿体ないですから」 「加納さんがそう言うなら…」 納得いっていないような顔の滝川さん。それでも、私の意思を尊重してくれている。 それがとても有難かった。 車の揺れと、車内の暖かさ。 今日1日で、とても色々な事が起きた。 その疲れが出てきてしまったのだろうか、私は眠くなってしまい、何度も目を擦る。 私の行動に気づいたのだろう。 隣に座っていた滝川さんが、私に声をかけた。
「こんな事でしか自分の幸せを確認できないあなたの事を考えると辛いし、……人のプライベートを他人にペラペラ話すあなたが気持ち悪──」 私が麗奈に向かってそう話している時、微かにガチャリと玄関のドアが開く音がした。 つかの間、左頬に走る衝撃。 次いで、燃えるように痛みを持つ頬。 「あんた…っ、あんた何様なのよ…!!」 麗奈が羞恥や、怒りで顔を真っ赤にしながら、再び私の頬を叩こうと腕を振り上げたのが視界に入り、私は襲い来る衝撃に備え、咄嗟に目をつぶった。 「──っ、……?」 けど、いつまで経っても頬を打たれる気配がなくて、私はそろそろと目を開けた。 そうしたら。 「滝川さん!?」 麗奈の腕を背後から掴み、止めていたのは間違いなく滝川さんだった。 まさか、こんなに早く来てくれるなんて。 もしかしたら、忙しくてメールを見ていないかも、とすら思ったのに。 「加納さん、こちらへ。頬を冷やしましょう」 「持田さん」 持田さんが私の腕をそっと取り、キッチンに誘導してくれる。 背後からは、恐ろしく低く、怒気が籠った滝川さんの声が聞こえた。 「君は、加納さんに何をしている?彼女を拉致してこんな場所に連れてきて…あまつさえ暴力を振るうなんて信じられないな」 「拉致!?ち、違うわ!私がそんな事する訳ないじゃないですか!そ、それに暴力って!ただ頬を叩いただけです!暴力なんかじゃないわ!」 滝川さんは、麗奈の言葉に呆れたように溜息をつくと、間宮さんに視線を向ける。 間宮さんはこくりと頷き、持っていたタブレットを麗奈に見せた。 「我が社の地下駐車場の防犯カメラ映像です。こちらに映っているのは、柳麗奈さんあなたですね。それと、車椅子に乗っているのが加納さん。…無理やり車椅子を押してあなたが加納さんを車まで移動させ、骨折している加納さんを車に押し込んだ所がしっかり映っています」 「──あ、」 「それに、柳麗奈。君が加納さんを叩いた瞬間を俺や秘書達は目撃しているし、自分でも頬を叩いたと認めたな?拉致に、暴行。警察に通報したら間違いなく君は実刑を受けるぞ」 「そっ、そんなわけ──」 「それに、君は加納さんに対して尋常ではない数のDMをSNSを通じて送っていた。動機は怨恨によるものだと警察もすぐに判断する
◇ ズキズキ、ズキズキと骨折している箇所が痛い。 ここ最近は無理なく動いていたので、激しい痛みが出る事は殆どなかった。 けど、今日。 車椅子から無理やり立たされ、麗奈に車に押し込まれた。 その時に骨折している足を車のドアの縁にぶつけてしまったのだろう。 ギプスをしていたので、直撃は免れてはいるがそれでも痛みがある。 私は先程から麗奈が喋っている内容など殆ど耳に届かず、じりじり、ズキズキと痛みを増して行く患部に、嫌な汗をかいた。 せっかく、良くなってきていたのに。 もし今回の件で万が一悪化してしまっていたら──。 「ちょっと、ちゃんと聞いているの!?」 「──っ」 どん、と肩を強く押され、私は座っていた椅子の背もたれに強く背中を打ち付けた。 「ちゃんと自分の目で見なさい!自分が住んでいた場所が、瞬との家が私の居場所になっているって!」 そう。 麗奈が連れて来た場所は、以前私が瞬と同棲していたマンションの一室だ。 麗奈が運転する車から見える景色に、嫌な予感がしたけれど予感は当たり、以前私が住んでいた場所に連れてこられてしまった。 何が楽しくて、瞬と麗奈が2人で住んでいるこの家にやって来なければならないのだろうか。 私が住んでいた時の面影なんて今は殆どない。 内装は麗奈好みに変えられていて、寝室なんて見れたものじゃなかった。 麗奈は、この部屋に私を連れてくるなり玄関から瞬とどんな風に過ごし、どんな風に愛し合い、どんな生活をしているのかを、私に事細かに語って説明した。 「ねえ。瞬と心って最後にシたのっていつだったの?瞬ってかなり性欲が強い人でしょ?一晩に何度も何度も求められて
私が声も出せずにいると、そのまま無理やり押し込まれ、ドアを閉められてしまう。 「ちょっ、麗奈──!」 私は慌ててドアを開けて出ようとしたけど、私が乗った側のドアはロックがかかっているようで、中からは鍵が開けられなかった。 そうこうしている間に、麗奈が運転席の方に回り込み、車に乗車する。 「麗奈!」 「ああ、もううるさい。少し黙っててよ」 麗奈はぴしゃりと言い放つと、そのままエンジンをかけて車を出してしまう。 私は慌てて背後を振り返る。 私が乗っていた車椅子は、この車が停まっていた場所に放置されている。 そして、持田さんの車は──。 そこで、持田さんの車が先程まで私がいた場所に止まり、慌てた持田さんが運転席から降りてくるのが見えた。 けど、見えたのはそこまでで、麗奈が運転するこの車は、方向転換をして出入口に向かってしまった──。 ◇ 持田の顔は、さあっと真っ青になった。 その場で周辺を確認し、離れた所にぽつんと車椅子だけが残されているのを見て、持田すぐにポケットからスマホを取り出した。 目的の人物──滝川の名前を表示し、すぐにかける。 すると、数コールも呼び出さない内にコール音が止み、電話が繋がった。 「滝川社長、大変申し訳ございません!!」 電話が繋がるなり、持田の焦った声が滝川の耳に届き、滝川は「どうした?」と聞く言葉を止めてすぐに言葉を返した。 「駐車場、です!地下駐車場です!」 言葉少なに電話が切れ、持田はだらりと腕を下ろした。 「加納さん…私の不注意だ…油断した…。清水瞬が社長に会いに来た、と報告を受けていたのに…っ」 持田は自分の顔を両手で覆う。 心が使っていた車椅子を回収し、大人しく地下駐車場の入口で待っていると、駆ける足音が聞こえてきて、持田はぱっと顔を上げた。 通路を走ってきている滝川の姿が見え、その大分後ろに遅れて間宮が着いて来ている。 滝川は持田の姿を見るなり、口を開く。 「持田さん!清水瞬はまだ会社にいる!加納さんを連れ去ったのは恐らく柳麗奈だ!」 「…!ならば、加納さんの住んでいたマンションでしょうか!?」 「恐らく。柳麗奈は滞在していたホテルをチェッ
「しまった。また話し込んで時間を失念していた…。申し訳ない、加納さん。先に家に帰っていてくれ」 はっとした滝川さんが、申し訳なさそうに私に声をかける。 滝川さんの言葉に私も窓の外を見て、こんなに時間が過ぎていた事に驚いた。 「本当ですね、もうこんな暗く…。滝川さんはまだお仕事を?」 「ああ。まだ社に残ってやる事がある。帰りは持田さんの運転で先に帰っていてくれ」 「加納さん、私たちは一足先に帰宅いたしましょう」 「そうですね。お手数おかけしますが、よろしくお願いします持田さん」 私と持田さんはここで滝川さんと別れ、一足先に滝川さんのマンションに戻る事にした。 滝川さんに挨拶をして、社長室を出る。 エレベーターでエントランスに降り、地下の駐車場に出た。 「車を回してきますね。少しだけお待ちください」 「分かりました、よろしくお願いします」 持田さんが車を取りに行く間、私は邪魔にならない場所で待機していた。 すると、誰かが歩いてくる足音が聞こえる。 こんな時間に、会社に戻って来る人もいるんだ。 遅くまでお仕事をしていたんだ、と私が思っていると、その足音は私の目の前で止まった。 「──え」 「やだ、信じられない。瞬に聞いた通りだわ」 まさか、ここで聞く事になるとは思わなかった。 私は信じられない思いで、顔を上げて声をかけてきた人物を見る。 そこには、私が想像していた通りの人物──柳麗奈が、どこか不機嫌そうに腕を組み、立っていた。 「なん、で…麗奈がここに…」 「まったく…私のDMを全部無視するなんてね。…ああ、もしかしてショックで返信できなかったのかしら?それだったら分かる







