LOGIN芝生に寝転んだまま、ふたりは抱き合い、お互いの体温を噛みしめる。「ヴェル……」「ん?」「はやく抱きたい」「いきなりだな」 突飛でありがながらも彼らしい提案に、思わず苦笑する。「だって、ヴェルが僕と会った時、処女じゃなかっただろ? でも今のヴェルは人間になった。人間としてのヴェルの処女がほしい」 ロキの可愛らしい独占欲が嬉しくて、それに答えるように触れるだけのキスをする。「ついでに童貞ももらってくれ」「あはは、いいよ。僕、後ろは使ったことないから優しくしてね」「任せろ。んじゃ、帰るか」「そうだね」 立ち上がって見回すも、辺り一面緑の壁。ふたりは自分達が迷宮庭園に迷い込んだのを、今更ながら思い出す。「やべぇ、ここどこだ?」「僕も分かんない。夢中で追いかけてきたから」「羽根がないから、飛んで出るってこともできないしな。人間って不便だな」 ため息をつき、先程まで翼があった背中にふれる。そこには羽根の痕跡である服の穴があるだけ。「まぁいいじゃない。一緒に歩いて行こう」「あぁ、そうだな」 ふたりは固く手を繋ぎ、自分達の未来が明るいことを信じて歩き始めた。種族の壁は消えたとは言え、ふたりに向けられる偏見や、乗り越えなくてはならない壁はまだある。 それでも彼となら、笑って乗り越えられる気がした。
「ごめん、勘違いさせちゃったね」 困ったように笑うロキに、自分の恋心が砕かれていくのを感じる。 「まったくだ。女が好きなら、最初からそう言っておけよ」 「違うって」 縋るように抱きしめる腕に力を込めるロキに、怒りがこみ上げる。 「何が違うってんだよ!? さっきミリィと抱き合ってたじゃねぇか! それに、最近ずっと上の空で……。俺を抱いてる時も、どうせミリィのこと考えてたんだろ!? 結局いつもこうだ! 俺は誰からも必要とされてないんだ!」 淫魔になりたての頃、仲間だと思っていた悪魔や両親に捨てられた記憶がフラッシュバックする。もうあんな思いをしたくなくて、淫魔として人々を食い物にしようと決めていた。今度は自分が選ぶ側になれば、もう傷つくことはない。そう信じて人々を騙し、貪り、裏切ってきた。 それなのにロキを愛してしまった自分が憎たらしい。 「ヴェル、誤解だ! 僕が好きなのはヴェルだけだよ」 「じゃあ、なんでミリィと抱き合ってたんだ!?」 「あれは、これが完成したのが嬉しくて」 ロキは懐から小瓶を取り出す。中には空色の美しい液体が揺らいでいた。 「なんだよ、それ」 「淫魔を人間にする薬だよ」 「そんなこと、できるのか?」 信じがたい効能に、目を丸くする。ロキに出会ってから、人間になることはヴェルガーも何度か夢見ていた。だが、そんなことは絵空事だと諦め、割り切っていたのだ。 「実際、出来たんだよ。ミリィは、ずっと人間になりたいって思ってたみたいでね。だから、試薬ができると率先して飲んでくれてたんだよ。今回、ようやく成功して、嬉しくて抱き合ったってわけ」「なんだ、そうだったのか……」 安堵するのもつかの間、ずっと抱えていた不満が顔を出す。 「でも、ミリィのこと考えてたことに変わりないだろ?」 「違うってば。もちろん、ミリィの願いを叶えたいって気持ちもあったけど、ついでだよ」 「ついで?」 「淫魔も悪魔も、僕達人間より長生きするだろ? 今の僕達の見た目は、ヴェルが少し年上だけど、このままじゃ、僕が先におじいちゃんになって死ぬ。そんなの、嫌だよ。君と同じ時間を歩みたい。だから、この薬を開発したんだ」 「ロキ……」 真摯に語るロキに、胸が熱くなる。同じ気持ちを抱えていたことが嬉しくて、声が震える。 「でも、こんなの僕のエゴだ。飲み
ヴェルガーはがむしゃらに走り続ける。本当は飛んでどこかに行きたいが、そんなことをすればロキに見つかって、光魔法で撃ち落とされるだろう。そうなったら、ロキから逃げることなどできない。「クソ、クソ! ふざけやがって……!」 気づけばヴェルガーは、迷宮庭園に迷い込んでいた。だが、そんなことを気にしている余裕など、今のヴェルガーにはない。「淫魔を弄ぶだなんて、とんでもねぇ悪魔祓いだ……」 頬に熱い雫が伝う。その熱が彼を本気で愛していたと再確認させ、余計に胸が苦しくなる。「人間を、それも悪魔祓いを好きになるなんて、ばっかじゃねーの……」 声に出せば少しは吹っ切れると思ったが、余計に自分が惨めになるだけ。あれだけひどい出会い方をしたにも関わらず、ロキを愛してしまった自分に嫌悪感を抱く。「今まで俺が騙してきた人間共も、こんな気持ちだったのか?」 ヴェルガーが人間を騙す時は、ターゲットが好む容姿の男性に姿を変えて近づく。甘い言葉と色欲の力で虜にし、飽きたら捨てる。泣いて縋ろうが、お構いなしだ。 「愛してるの、行かないで」 そんな言葉を嘲笑い、縋り付く相手を蹴り飛ばし、軽蔑の目で見下した。「これは、そんなことをしてた俺への罰なのか?」 ヴェルガーは声を殺しながら涙を流し、これからどうするべきか考える。 王都にいれば、命の保証はされる。だが、他の淫魔と結ばれたロキがいる場所になんて、いたくない。「アイツが誰かと愛し合ってるのを見るくらいなら、死んだほうがマシだ」 思い出したくもないのに、ロキとミリィが抱き合っていたのを思い出して息が苦しくなる。「いっそのこと、死んじまうか」 女々しい考えだと自嘲する。だが、考えれば考えるほど、そうするしかないと思えてしまう。 どこか適当なところに行って人間を襲えば、天使と悪魔祓いが殺してくれるはずだ。そうすれば、もうこんな悲しい思いをしなくて済む。「ヴェルー! どこにいるんだ、ヴェル!」 自分を呼ぶロキの声に、身を固くする。飛ぶことも出来なければ、移動することも出来ない。動いたらきっと、ロキはヴェルガーを見つけてしまうだろう。(見つけるな、こっちに来んな) 祈りも虚しく、足音がこちらに近づいてくる。「見つけた!」 息を切らしたロキが、大股で近寄ってくる。彼の顔を見ただけで泣きそうになってしまい、逃げる気
悪い考えを振り払うように、頭を振る。サボるために協力してくれる仲間に声をかけると嘘をつき、ひとりになった屋敷で寝そべっていたが、ひとりでぼんやりしていても、悪い考えばかりが浮かんでしまう。「俺もそろそろ行くか」 声に出して切り替えると、身支度を整えて外に出る。自宅から研究所へ向かう途中、今度は別の意味で人々の視線が気になってしまう。「あ、ヴェルガー様だ!」「今日も素敵♡」「私も抱かれたい」 エンビディア逮捕の件ですっかり有名人になってしまったヴェルガーとロキ。元々整った容姿をしているというのもあって、街を出歩く度にこうして黄色い声が上がる。悪い気はしないが、落ち着かない。(手のひら返して、恥ずかしくないのかね) 恥ずかしさを紛らわせようと悪態をつくも、気が紛れることはない。「いらっしゃい、採れたての美味しい林檎だよ!」 威勢の良い店主の声に足が止まる。(アイツ、最近痩せてきたよな) 研究に没頭しているロキは、ヴェルガーに食事を与えることは忘れなくても、自分の食事を忘れがちだ。一応ヴェルガーが声をかけるのだが、彼は生返事を返すだけで、食べようとしない。料理でもできたら作って食べさせることができるのだが、生憎料理の基本のキの字すら知らない。(林檎なら、そのまま食えるんだっけか)「おっさん、それ3つくれ」「おぉ、ヴェルガー様! 買ってくださるのですね。林檎がお好きなのですか?」「いや、俺は人間の食い物をあまり食わん。これはロキのだ」「仲睦まじいようで何よりです」 店主の言葉に先程までの悪い考えが再び浮かび、胸がチクリと痛む。「だといいんだけど。なぁ、人間の食い物について詳しくないんだが、何かしながら片手で食えるモン、ほかに何がある?」「大半の果物は片手で食べられますよ。でも、そうだな。それだけだと栄養が偏っちまいます。サンドイッチなんてどうですかい?」「さんど……?」「パンに好きな具材を挟んで食べるんですよ。ちょうど城の近くに、美味しいサンドイッチ屋がありますよ」 店主は店の名前をメモすると、ヴェルガーに手渡した。「ありがとな」「いえ、あっしらに役立てることあれば、いつでも相談に乗りますぜ。お気をつけて!」 ヴェルガーは果物を抱え、店主に教えてもらった店でサンドイッチを購入する。種類が多くて迷ったが、店主のすすめで1
半年後、ロキとヴェルガーは、王都にあるロキの別荘を住居とした。 国王・リシャールから研究を任されてからというもの、ふたりは毎日忙しくしていた。今は立派な研究所があるが、研究所ができるまでは、別荘で研究をしていた。 まず、ヴェルガーは自分が知る悪魔と淫魔のことを、すべてロキに話した。そしてロキはそれらをまとめ、様々な説を作っては実験を重ね、実績を積み上げていった。 それでもふたりですることには限度がある。途中で回復したミリィとユーリも参加したが、淫魔のデータが集まるだけで、悪魔のデータは少ない。 そこでロキは、悪さをする悪魔を捕まえ、彼に様々なことを質問した。最初は非協力的な悪魔だったが、自分の身が保証されると分かると、積極的に協力するようになった。 だが、淫魔3人と悪魔ひとりから取れるデータは、心もとない。そこで彼らはそれぞれ、仲間の淫魔や悪魔に声をかけてまわり、実験や研究に協力してくれる者を集めた。 おかげで少しずつではあるが、データが集まり、別荘でもロキの研究が進んでいく。それは一族にとって喜ばしいことではあるが、ヴェルガーは複雑な気持ちを抱いていた。 多忙を極め、研究漬けなせいか、ロキはずっとそのことばかり考えている。そのせいで、ロキから与えられる食事がおろそかになってしまっているのだ。否、食事は毎晩与えられてはいるのだが、ロキがずっと考え事をしていることが伝わり、寂しい思いをしている。それ故に満足できないと言ったほうが正しいだろう。 もしかして好きなのは自分だけなのではないだろうか? そんな不安が日々積もっていく。 多くの老若男女を抱いて抱かれてきた淫魔だからこそ分かる。ロキのような小悪魔系童顔は、男女共に需要がある。 ずっと人々に避けられていたロキだが、エンビディアが逮捕されてからは、英雄のように持ち上げる者が増え、ロキに言い寄る女性も増えてきている。それに、研究に協力してくれる悪魔や淫魔も増えてきている。何が言いたいのかというと、今のロキは引く手数多、選び放題なのだ。「あの時のキスで、アイツも俺のこと好きなんだって思ったけど、俺の思い違いなのか? そもそもアイツの恋愛対象って、男と女、どっちなんだ?」 自分の唇に触れながら思い出すのは、ヴェルガーがエンビディアの姿になって城に乗り込む前のこと。あの時彼からキスをし、大好きだ
「おい、そんなことより、このふたりのことだろ」 ヴェルガーの言葉に本来の目的を思い出したのか、ふたりは部屋の中を一瞥する。ふたりの淫魔は、相変わらずぐったりしていた。「おっと、話がだいぶそれてしまいましたね。ふたりですが、人間でいう食べ過ぎだと思います」「食べ過ぎだと?」 ロキの解答に、リシャールは訝しげな顔をする。「このふたりは、研究所でずっと強制発情させられていました。淫魔の食事は淫欲。ですので、淫欲の食べ過ぎかと」「淫魔の君はどう思う?」「ロキの言うように、食べ過ぎだろう。それも重度の。こいつらがどれだけ閉じ込められていたかは知らねぇが、24時間、寝ることも休むことも許されず、ずーっとメシを食らわされ続けてたんだ。それに俺達淫魔は、人間の何倍もの体力があるとはいえ、ずっとセックスさせ続けられちゃ、たまったもんじゃねぇ」 ヴェルガーの説明に、リシャールは身震いする。彼は3大欲求の中でも食欲が1番強いと自負しているが、それでも24時間休むことすら許される食べさせられるのは、拷問でしかない。「つまり、重度の食べ過ぎと過労か」「あぁ、そうなるな。しばらく休ませつつ、水分やったらそのうち回復するだろ。ま、どれくらいかかるかわかんねーけど」「助言をありがとう。また何かあったら君に聞くことにするよ」「陛下、どうかなさいましたか?」 淫魔達を見に来たであろう看護師が、声をかけてくる。彼女は訝しげな目でロキとヴェルガーを見ていた。「あぁ、ちょうどいいところに。彼ら、なかなか回復しないだろう? だから、専門家のふたりに聞いていたんだ。彼らは過度の食べ過ぎと過労だそうだ。時々水分を与えながら、様子見をしてほしい」「かしこまりました」 看護師は一礼すると、治療室に入っていく。ふたりの淫魔の汗を拭い、体温を測っていた。「淫魔や悪魔と共存するのなら、彼らの医療体制も整えなくてはならんな」 しばらく神妙な顔で治療室を見ていたリシャールが、重々しく口を開いた。「その件も、君達に任せたいのだが、どうかね?」「僕は構いませんよ」 にこやかに了承するロキと隣で、ヴェルガーは仏頂面で腕を組み、壁に寄りかかっていた。「ロキがやるんなら従うが、期待はするなよ。元悪魔の淫魔だからって、体の構造を知ってるわけじゃない。お前達人間も、人体の構造について詳しいわけじ







