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恵だけは

Penulis: 靴下 香
last update Tanggal publikasi: 2026-07-18 18:41:53

 改めてになるが。

「――どうぞ、よろしくお引き回しの程を」

 惠は箱入り娘の世間知らずである。より正確に言うのならば箱入れられ娘と言うべきだろうが。

 ともかく、故にこういった場面でどういう言葉を使えば良いのかわからない。

 それこそ姉である歩であれば適切な態度や言葉遣いが出来たのかもしれないが、それは本人がこの場を蹴ったために機会が訪れることはないだろう。

「ああ」

 対する辰巳真人だが、見るものが見ればおおよそのマナーを間違えているとわかる、目の前で三つ指をつき頭を下げている惠をじっと見るしかできなかった。

 実際の所、聞きたいことは多くあった。

 結納の場で、両家の親が不在であることはあっても、当人が不在であることなどあり得ないということはもちろんだったし、自分の記憶が間違いでなければ早瀬家で出迎えの列にいたはずの女がどうしてと。

「頭を、上げたらどうだ」

「は、はい」

 しかしながら持ち上がった惠の頭、顔を見て一切の疑問を押し殺した。

 ひとまず、これも神様の力が多くの意味で弱まった現代では仕方ないと納得しておこうと。

「ふむ」

 持ち上がった恵の瞳に浮かんでいるのはやはり混乱の色が強い。

 強いが、何よりもその中に何らかの決意のような色が混ざっていた。

(ここで、疑問をぶつけても仕方ない、か)

 流石に理解できたのだ。

 惠が今必死であることくらい、容易く。

 環境の変化、ましてや婚姻だ。

 ヘビの一家は他の神一家に比べて左程強い力を持っているわけではないが、それでも神の一族。

 早瀬家の持つ力とて大きいものではあるが、やはり釣り合いが取れているかと言われたのなら首を傾げるところ故、気を張らざるを得ないだろうと。

「お前は、何故この場にいる?」

 だからこそ、ここに自分が何故来たのかを聞いているのか、知っているのかを確かめようとした。

「そ、それはっ……!」

 もちろん知らないと言うのなら説明する腹積もりだったし、知らないことを責めるつもりは真人に欠片もない。

 責めるべき相手がいるとすればそれは惠の母であるし早瀬家だ。

 何なら弱まったとはいえ神様に使える神一族である辰巳家に対する侮辱も良いところだと、オトシマエを付けるかどうかを検討する必要があるかもしれない。

 なんて、やや物騒なことを思考し始めた時だった。

「私では足りないと言うことは、理解しています。ですが、どうか……掃除でも飯炊きでも、何でも構いません! 身体をと言うのであればすぐにでも差し出します! ですので、どうか、どうかっ!!」

 惠の誤解を招いた。

 いや、誤解だろうか? 誤解ではないかもしれない。

 確かにやってきた人間に対して何故ここにいるなどと聞けば、要らない子発言に聞こえても仕方ないだろう。

 それも真人がかけている眼鏡の奥で光る鋭い目に、嫌でも威圧されてしまうだろう強面の男に言われてしまえばだ。

(今は、何も聞けん、か)

 少なくとも今は諦めるべきだろう、と真人は結論付けた。

 心中を察してと言うよりは、タイミングを間違えたなと。

「タイミングを間違えたな。俺はただ、お前がここに来た理由……いや、生贄の意味を知って来たかを確認したかっただけだ」

 女心とは難しいものだと臍を嚙む真人だったが、現状の違和感をそのままにしておくことも難しくどうしたものかと考える。

「か、勘違いして申し訳ありません。ええと、その所謂嫁入りだということくらいしか」

「わかった。もういい」

 ただ、目は口程に物を言うと言うべきか、話されずとも惠の様子から何も知らないままに来たことは少なくとも理解できる。

 どうしてくれようかと考えはするものの、なるほどやってくれたなと感心もしてしまう。

 確かに結納を済ませてしまえば嫁、惠に関する責任の一切は自分が担うことになる。

 ならばやってきた女に対して三行半を突きつけてしまえばそれは男の恥でしかないわけで。

 つまるところ、どうにもできないのだ。どうにもできないようにされたともいうが。

 ある意味において神の風習を逆手に取られたと言う事で、今できることと言えば一旦受け入れる程度のことだ。

「ひとまず、だが……ん? どうした? 何をしょげている」

「い、いえ。申し訳ありません」

 重ねてになるが、強面の男に質問されておきながら途中でもういいと切り上げられてしまえば怖いのは当たり前である。

 しかしながら惠は無理やり気持ちを切り替えた。

 慣れているのだ、自覚はないが相手の感情に振り回されるのは。

 何よりこれは少なくとも惠にとって真人との初顔合わせであり、その場での第一印象が今後に大きく左右される事くらいは流石に惠も理解している。

「そうか」

「はい。重ねて申し訳ありません。もしも私にできるお役目のようなものがあるのでしたら、一生懸命努めさせて頂きます……!」

 その意気や吉と言うべきか、あるいは狼狽を見せ続けられるよりはマシと言うべきか。

 先程ぶりに伺えた決意の色を宿した瞳を前に、真人は内心で小さく頷く。

「改めてひとまず、だが」

「はい」

「何もしなくていい」

「はいっ! ……はい?」

 より詳しく真人の発言を明かすのであれば、任せられることがないと言った意味である。

 それは惠の人柄がまだわからないという部分もそうだし、真人はもちろん家中の人間から信用、信頼されていない人間にいきなり何かを任せると言ったことも憚られるためと言ったこともあるが。

「聞こえなかったか? 何もしなくていいと言った。いずれ何か頼むことがあるかもしれないが、しばらく待て」

 ただ、真人の心中は実に簡単だった。

 来たばかりで環境の変化に馴染むまで大変だろう、しばらくは環境に慣れるよう努めて欲しいという意である。

 今でこそ窺い知れるものとはあるのかもしれないが、その部分を気にするべきはまず己ではない。

 つまるところ、だ。

「……承知、致しました」

「ああ。聞いているかもしれないが、日向悠太をお前の世話係につけている。何かあればアイツに聞け」

「は、い」

 巳神様である辰巳真人という存在は、少しだけ言葉が足りない男だった。

「参列の場に居た女、のはずだが。早瀬の家は何を考えている? だが……」

 表情を強張らせた惠が真人の前から去った後、瞑目し考える。

 ちょっとしたサプライズ、なんて可愛らしいものではないだろう、可愛いどころか失礼が過ぎる。

 ならばあの参列の場からヘビ神である己を見定めようとしていたと考える方が自然と思うべき、そう、だが。

「無垢な色、だったな」

 陰謀渦巻くだろう早瀬の家にいた存在誰よりも、澄んだ毛色を有していたことへと更に首を傾げた。

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