LOGIN大きな家、立派な門。
その前で小さな手荷物を抱えながら立つ惠の姿はいつも以上に小さく見える。慶事である。
慶事であるが、彼女の背中を見送る人間も居なければ祝福もなかった。それでもと言うべきだろうか。
いつもは頭の後ろで一括りにされている黒髪は下ろされていて艶も見られたし、格好にしても小奇麗にまとめられ、顔は薄らと化粧までされている。もっとも、動きやすい使用人服以外の服装を久しぶりに着たせいか、誰が見ても服に着られていると言った雰囲気が露骨にみられてはいるが。
「……確かに、ひどいっスねぇ」
恵を迎えるための車を運転する
結納の場から帰ってきた主の表情にも頷けるというものだ。
酷い、というよりはいつも通りの仏頂面に輪をかけて不機嫌そうだった理由に納得しながら、切り替えなくてはと小さく息を吐いた。
淑女を出迎えるには、それなりの対応と姿勢、態度と言うものがあるし。
何より彼女の心中を図る事よりも、彼女自身を図るという仕事のために。「失礼するっす~! 初めましてっすねー! 早瀬恵様、で間違いないっすかね?」
「え? あ、は、はい。私が、早瀬恵です。えぇと、この度は――」 「あー堅苦しいのはナシっすよ! つか、それはまずオヤジにしてもらう事っす」 「お、おやじ?」恵の前へ静かに止められた車から出てきたのは、惠が出会ったことのない人種だった。
金髪、は辛うじて姉がしていた時期があるため面食らわずにいられたが、耳と鼻につけられたピアスには驚いたし、何よりも。「ささ! 車にどうぞどうぞ! あ、オレは日向悠太って言うっす! 恵さんの護衛兼世話係になる感じなんでよろしくっすよー!」
「ご、ごえい? せわ、かかり?」その勢いに圧倒された。
混乱したままあれよと言う間に手荷物を奪われ、車へと惠は誘導される。
ここまで自分のパーソナルスペースというか、距離を詰めてくる人間と惠は出会ったことがなかった。しかも軽薄そうな態度とは裏腹に、手荷物を預かる際にしても車へ乗り込む時にしてもエスコートの仕方は完璧で、驚きから拒絶するといった暇もない。
ギャップと味わったことのない扱いに、混乱が収められずとも仕方ないというものだ。
「大丈夫っすか? シートベルトしたっすか? 空調はこれでいけます? なんでも言って下さいっすよー!」
「は、はい。その、えぇと、大丈夫、です。ありがとうございます」 「りょーかいっす! それじゃ、出発するっすよー」もちろんと言うべきだろうが、この振る舞いもまた彼にとっての仕事をやりやすくするため他ならない。
故に、口調や態度からは想像もできないほど。
それこそ、今から動きますと言われなければ動き始めを感じ取れないほど静かに車は動き始めた。「そんな緊張しなくていいっすよ。オレもオヤジも、惠さんのこと食っちまおうってわけじゃねぇっすし。や、こうしてオヤジの嫁に貰うってのは食っちまうってことでもあってるんすかね? やーよくわかんねっすけど! あ、つーかなんか聞きたいこととかあったら答えるっすよ! なんでも聞いてくださいっす」
かちこちに縮こまる惠の緊張を解きほぐすために、だろうか。
少なくとも惠がそう受け取れるよう、努めて日向はからからと笑いながら話す。「あり、がとうございます。では、その……オヤジさん? というのは?」
「んあれ? 結納の時聞いてねぇっすか? っかしーな……や、まぁいいっすか! オレらはそうっすね、ヘビの一家は世間様で言うとこのヤクザみたいなもんなんすよ」 「や、やくざ!?」 「そーっすそーっす。シマの治安維持っつーんすかね? そういうお仕事なんすよ。神様一家だからもっとすげーお仕事とかって想像してたっすか? ぶっちゃけちょー偉いのは上っつーかなんすよねぇ」正直なところ、明かされた仕事内容に対してどう答えたものかと惠は頭をひねる他になかった。
ある意味において早瀬恵という女性は箱入り娘と言える。
幼いころより姉の妹ではなく使用人のようなモノとして扱われ生きてきて――それ以外に彼女が知る世界はなかったがため、一般常識や世事に疎い。当然学校へは行っていたが努めて姉の付き人として振舞っていたし、友人と呼べる人間もかつてはいたが早瀬の名前に遠のいていった。
そして中学を卒業すれば家中での仕事に追われ、今となっては生贄の身代わりだ。傍から見ればまさしく波乱万丈と言えるだろうが、彼女にその自覚は極めて薄い。そうなるように育てられた。
「っと、あんまオレばっか話してもアレっすねすみません」
「い、いえっ! お気遣い、ありがとうございます。お話、上手くできなくて申し訳ありません」 「んー……? なはは、それこそお気にならずってヤツっす! やーでもよかったっすよ」 「よかった、ですか?」何が良かったのか思いつかず惠は首をかしげる。
そんな様子に日向は小さく笑う。
ある意味において、早瀬家の裏を探るにしても好都合かもしれない、と。「仕事柄捻くれた美人はめちゃくちゃ見てきたっすけど。中も外も素直で可愛らしい人がうちに来てくれて、っすよ」
「そん――か、かわいい、なんて」 「そういうとこ、更に可愛いっすよ! ごちそうさまのありがとうございますっす!」車に乗ってどれくらいか、少なくとも車内での会話は途切れず、可愛いだの良い子だのと褒められ続けた惠が、もしかしてこれは緊張をほぐしてくれているのではないかと考え始めた頃。
「お疲れ様でした、惠さん。どうぞ、足元気をつけてくださいっす」
「あ、ありがとうございます」早瀬の家に比べれば小さくも、何処か懐かしさのようなものを感じる家の前に辿り着いた。
「……辰巳?」
「はい。オヤジ……いえ、当主と言うべきっすかね。巳神様であられる、辰巳真人様のお屋敷っす」不思議な感覚だった。
この場所のことを惠は知らない、記憶の中にもない。 だと言うのに何故か心が落ち着くとでもいうか。「あた、たかい……」
「そうっすか? もうすぐ秋も終わりで結構寒いっすけど……まま、遠慮せずにずずいっとどうぞっすよ!」どうしてか日向は惠の一歩後ろに控えるのみで、年季の入った門を開こうとはしなかった。
自分で開けろ、ということだろう。
そこに込められた意味を惠は推しはかることが出来ない。 だが、日向はそれ以上何も言わず、惠を急かせることもなく、ただじっと惠を見守るのみで。「失礼、します」
一つ生唾を飲み込み、ぐっと門へと力をこめれば、ぎぎっと言う音と共に開かれ。
「――ようこそっ! お待ちしておりましたっ! おかえりなさいやしっ!!」
「わっ!?」開ききった瞬間、玄関までの道、両隣に並んでいた黒服たちが一斉に頭を下げた。
「っと、大丈夫っすか?」
「は、はい。すみません、驚いてしまって」 「ははっ。っすよねー? 許してくださいっすよ? こっちもこんな形で出迎えるつもりはなかったんすけど……やられたらやり返すってのは、こっちじゃとーぜんなんすよ」危うく尻もちをつきかけた惠の身体を支えながら、日向は笑う。
「――ご苦労」
「お待たせしやした、オヤジ。こちら、早瀬家の惠さんに御座いやす」門の先、玄関の入り口で。
「む……間違い、ではないな?」
「へ?」 「いや、何でもない」綺麗な白髪に着流し姿、精悍と言うべきか何処か覇気のようなものをまとった青年が一瞬首を傾げた後。
「よく来た。これからは俺やお前が認める認めないにかかわらず、ここがお前の家だ。なら言うべき挨拶はわかるか?」
「あ……」何故懐かしいなんて感じたのかを、少しだけ理解できたから。
「た――ただいま、戻りました。早瀬、惠です。不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します」
深々と、頭を下げたのだった。
――お断り、致します。 その言葉が出たのは、男衆がもう我慢できないと襖に手をかけた瞬間だった。「……なん、だって? すまないね、聞き間違いかも知れないからもう一度教えてくれないかい?」 「お断り致しますと申し上げました。私は、確かに未だ早瀬恵であり、一生早瀬歩というお姉様の妹ではありますが……申し訳ありません。私は器用ではなく、辰巳として認めて頂けるよう励むこと以外に手が付けられません」 続いた言葉にぽかんと男衆は口を開け、真人はゆっくりと瞑目した。「だ、だったらなおのことじゃあないかな? 僕の手を取ればそれこそ辰巳の名に相応しいキミに至れるはずだ」 「もちろん、考えました。あるいは、それこそがとも思います」 「だったらっ!」 この場で考えさせてほしいという返答は予想していた。 しかしながらこの場で断られるとは欠片も想像していなかったことが工藤の動揺を大きく誘った。「ですが、どれだけ考えても……私には、それが辰巳に相応しい自分とは思えないのです。そも、辰巳に相応しいとは何か? その答えをまだ私は持ち合わせておりません。答えも見えていないのに、この場で頷くことは……できません。それこそが、辰巳家を、ひいては旦那様を裏切ってしまうことなのではないか。そう、思うのです」 もちろん、恵には大企業で自分に求められる仕事の想像つかない。 知りもしないのに軽々と首を縦に振るなどと責任のないことを嫌ったという部分もある。 あるが、何よりの理由は恵が口にした通りだった。「私は……見つけたい。わからないことばかりで、物も知らない私です。だからこそ、知りたい、見つけたい。誰かに乞われも願われるでもなく、与えられるわけでもない。私だけの、答えを」 あるいは、かつて書庫で芽生えた知識への飢えが理由とも言えるか。 不思議と口にしてみれば違和感はなかった。 頭の中で用意した言葉ではなく、心が紡いだ言葉だからか。(あぁ、そっか、私はここに居たいんだ) 迷惑をかけてばかりだけれど。 役に立っている自覚もないけれ
カタカタと惠が持つお茶の乗ったお盆が音を立てる。 工藤太一という姉の婚約者、つまり惠にとって義理の兄が来訪してきた理由はわからない。 ただそれでも、ひとまずの客人である事に変わりはなく、家長である真人への用事ではなく惠に会いに来たと言われたのなら中に通さざるを得ないのだ。 それは家に残っていた男衆にしてもそうだ。 当主の婚約者の客だと言われたのなら、どれだけ怪しんでも警戒しても応じなければならない。 そういう意味ではタイミングも悪かったと言えるだろう。 早瀬恵を辰巳恵として受け入れる方針が発されて間もなくのことで、惠が今こそチャンスだと引き入れたのではないかと疑われても仕方ない。「――お待たせ、致しました」 「あぁ、ありがとう惠さん。こちらこそ、急に訪ねてしまって申し訳ない、迷惑をかけてしまったようだ」 「い、いえ、そのようなことは」 不安定なお盆から、客間のテーブル前に座る工藤へと惠はお茶を差し出した。 未だに惠の混乱や動揺は解かれていない。 真人がいない間に家へと他人を招き入れている状況に対してはもちろんだが、工藤自身のことを惠は苦手にしている。 苦手の理由としては単純に、義理の兄候補という相手との距離感を掴めないというものだったが。「やだな、惠さん」 「は、はいっ」 「そんなに緊張しないで欲しい。僕はキミの兄になる男だよ? 義理とはいえ妹にそこまで緊張されてしまうと、据わりが悪いよ」 「も、申し訳ありません」 慌てて頭を下げる惠の後頭部を工藤は困ったように眺める。「やれやれ、困ったな」 ただ、頭を上げて欲しいと慌てたりはしない。 結局のところと言えば言葉は悪いが、工藤とて惠のことを義妹と言いつつ使用人に近い人間だと認識していた。 特別工藤と惠の間に個人的な繋がりが強くあったわけではないが、それでも早瀬という家のことを工藤もよく知っているが故に。「どちらにしても、辰巳家の当主かキミに用があったのは本当なんだよ。前に座って欲しいな」
惠が庭の手入れにその腕を遺憾なく発揮している頃、真人は一人の少年の前にて眉根を顰めていた。「――新婚生活はどうか、と聞かれてもまだ式はあげていない。始まってすらいないのにどうも何もないでしょう」「あはは、相変わらずだねぇ? そういうところが気に入っているんだけどさ」 天宮一人。 辰巳家含めた神様一族を束ねる天宮家、その長はからからと容姿相応に見える笑顔で笑った。「……何が面白いのか俺にはわからなく、申し訳ありません」「いいよ、いいよ。同じこと言わせないでよ、そういうところが気に入ってるんだって」「ご厚情、痛み入ります」「ほんっとに固いなぁ。ボクとキミの仲じゃん? もっと楽に話してよ、ラクにさー」 どれだけ幼く、それこそ中学生程度の歳瀬に見えようが真人にとっては自分より上に在る存在だ。 かしこまりながら小さく頭を下げる真人に対して、一人は大仰に手を振った。「で、あればお言葉に甘えまして。本日のご用件はそのようなことを確かめたかったので?」「甘えるって言う割には固いまま刺してくるじゃん」「失礼しました。皮肉的な意図ではありません」「知ってるよ。ちょっとやり返したくなっただけ……それでね?」 たかがこの程度を聞きたくて多忙な中時間を作られたと真人は思っていない。 本題の前振りである事など百も承知であったが、抱いている緊張感から言葉を間違えたのだ。 そう、真人は緊張している。 次に天宮家の人間と話す機会があるとすれば、惠との祝言日程が決まったと言った話になるだろうと予想していたことを外された部分もあるが、何よりも。「少し、早瀬恵、だったっけ? 気になる事があってねぇ」 日程に関しての話であっても、わざわざ天宮家の当主がやってくることなどない。 にもかかわらず、目の前にやってきていることに、大きく緊張しているのだ。「気になること、ですか」「そう、気になる事さ」 一人の笑み自体は変わらない。 しかしながら笑みの中に含めた意味を少しだけ変える。「まず一つ、彼女のアザはちゃんと確認したかい?」 指を一本立てて一人は真人の目を見ながら聞いた。「それは……はい、もちろん。俺、ひいては辰巳家の生贄を示すものと相違ありませんでした」 日向はもちろん、自分自身でも確認したのだ、間違いないと。 生贄となる人間に
体感時間という言葉があるように、時間の進み方には個人差がある。 個々に差がある中で早瀬恵という女性は極めて速い時間の中に生きてきたと言えるだろう。 あるいは立ち止まる時間を与えられたことがないとも言えるか。考える暇があれば手足をと言われてきた弊害とも言える。 重ねてではあるが、辰巳家はそこまで大きな家ではない。 蓄えた、あるいは培われた力の量に比例して、権力を誇示するかのように敷地を広げていく早瀬家とは対照的に、辰巳家は力をつける毎に小さくなっていった。 それは一つの拠点とも言える場所を多くの場所に作っているためだ、一か所に集合するメリットが薄い。 日本各地の動向を調べるため多くの場所に巣とも言える場所を作り人を配置する。 故に、究極的に言えば真人の住む家がそれこそ夫婦だけで完結してしまうくらい小さな家になったとなれば、それは巳神の力が日本各地に十分浸透した証左と言えるだろう。「これで大丈夫、ね」 ようやくと言うべきか、納得できる出来栄えに惠は胸を撫でおろした。 惠がこれくらいやって当然と思っている状態のハードルが高すぎることを理解してしまった男衆はひきつった笑いを浮かべていたが、それはともかくとして。 改めて体感時間である。 終始引きつり笑いを浮かべていた男衆の表情が示したように、辰巳家の庭の手入れは小さいと言えど一人や二人、それも午前中に終わらせられる仕事ではない。「後は何をしておくべき、かな」 そういった家事に分類されることが得意が故に早く終わらせられると言った面はもちろんだが。 惠にとってはやはり、何もしていない時間とは多くの人間よりも遥かに長い時間と感じてしまう。「……え、っと」 それこそ、苦痛と思えてしまうほどに。 茶菓子だなんだと言った用意があることは、台所を扱っている身として知っている。 男衆が入浴している間に家の中は掃除し終わっているし、いつでも誰でも迎えられる状態だ。 家に残っている男衆は風呂に入る前と後で通った廊下の輝きが違うと何度目になるか惠の能力に驚いていたが、それもいい。 存在許可証が発行されるべく焦る気持ちは別として。 スタートラインとも言える何かを超えた惠は今、ミスというものに自覚なく過剰に怯えている。「何、しよう」 残る必要な準備があるとすれば、来客があった場合応対するのは自分であ
「惠、少し家を空ける。留守を頼んで良いか?」 「っ!? は、はいっ! お任せくださいっ!」 さて、真人としては当然の声掛けと言うべきか深い意味のない言葉ではあったが惠に対して特別効果のあるものだった。「あ、あぁ。会わなければならない人がいてな、夜か明日の朝には戻る。日向も連れて行くが、誰も家に残していかないわけでもないから、何か困ったことがあれば遠慮なく相談してくれ、話は通している」 「かしこまりましたっ! どうぞお気をつけていってらっしゃい!」 「う、うむ……? ま、まぁ頼んだぞ?」 惠の勢いに気圧されつつも、真人は急ぎなのか早足で準備を整えに去っていく。「よ、よぅし……! 留守をしっかり預かるぞ……!」 留守を任される。 それすなわち、家を一時的に預けられるという事他ならない。 そう、辰巳家に存在許可証を求める惠にとっては一大事であり責任を持ってしっかりしようと決意を新たにすべきことだった。「え、えぇとまずは……そうね、来客に備えて玄関から門を掃除すべき、ね」 俄かに慌ただしく惠は動き始めた。 実のところ惠は留守を任せられるという経験が初めてだ。 早瀬家にいた頃は来客があれば使用人頭であったりと、相応の人間が対応していたし、基本的に日陰で在るべき人間であると教えつけられていたこともあり表に顔を出す機会がそもそも惠にはなかった。「う……そ、そう思えば、気軽にお任せくださいなんて言うべきじゃなかったかも」 早速不安に駆られる惠だったが、改めてここは早瀬家ではないのだと自分に言い聞かせ、不安を振り払うように掃除道具を持って玄関へと足を運ぶ。「さて、と」 早瀬家ほど大きな庭ではない、とは言ってもだが。 10人以上が生活できる大きな平屋の庭は当たり前に広い。 古風な木造の門から玄関までの道のりはおよそ20メートルほどか、左右に広がる庭も含めたのなら一人で手入れするには中々に骨が折れる作業だ。「普段からやっていて良かった、かな? 失礼にはならないと思うけど……」
何もしなければ何も変わらない。 これは当たり前と言うべきか真理である。 木に実る果実を食べたいと思ったのなら手を伸ばさなければならないのだ、食べたいと念じただけで手元に果実が転がってくるわけもなし。「辰巳の仕事に携わりたい?」 「は、はい。何かできることがありましたら、是非」 家の掃除を終えた惠は緊張した面持ちで真人に告げた。 何かを変えたいがために行動を。 と言うよりは惠の抱える存在許可証を希求する心の働きによる発言だったが、それだけではない。「ふむ……」 「何卒、ご一考の程をお願い申し上げます」 三つ指をついて頭を下げた惠が纏う服に見合うため。 まだ弱々しい輝きなれど、確かに芯を持つ決意の下での発言であり考えだ。(以前にも同じことを言っていたが……同じ、ではないか。前向きなものであるのならば求めに応じたい気持ちはあるが、家業を、か) 真人自身は、何もしなければ何も変わらないという真理を痛みと共に知っている。 知っているが故に、惠の畳についた指が震えていることにも気づいているし、快く応じてやりたいとも思う。 だがしかし、である。「勘違いしているようだが。先日言った通り、惠に課せられている仕事と言えば俺の子供を孕むことだけだ」 「っ……」 仕事に携わるということは責任を負うということでもある。 惠のような人間を血生臭いとまでは言わずとも、大なり小なり危険を伴う仕事に就けるのには大きな抵抗があった。「新たに仕事を求めずとも良いだろう。古風で時代遅れと思われるかも知れないが、惠には家にいて欲しいと俺は思っている」 好きでもない男の子を孕む、などという重責や嫌悪感だけで十分以上だ。 そんな真人の考えもあるが、何より既に惠が炊事洗濯などしてくれているだけで助かっている現実があった。 十分以上を既に果たしてくれているというのに、これ以上を求めるのは酷であり、傲慢だ。 結論、真人は今そう考えている。「……私が、したいのです







