家の為に姉の身代わりとなった生贄婚、堅物不器用な旦那様は私を溺愛したいらしい

家の為に姉の身代わりとなった生贄婚、堅物不器用な旦那様は私を溺愛したいらしい

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By:  靴下 香Ongoing
Language: Japanese
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家を継ぐと目されていた姉の身代わりとして、召使い同然に酷使されていた早瀬恵は巳の神様と呼ばれる生贄として送り出される。 家での扱いから酷使を酷使だとすら感じられなくなっていた恵は、役割を強迫観念に迫られるように求めるが、そんな恵を辰巳家当主である辰巳真人は「これからはここが、お前の家であり帰る場所だ、無理をしなくていい」と温かいが、恵にとっては余計に困惑してしまう言葉と共に受け入れられてしまう。 「生贄かも知れない、それでも私はちゃんと妻になりたい」 知らずとして培ってしまっていたスキルは辰巳家の家中を驚かせ、恵らしく日々奮闘する姿はやがて神に、選ばれるべくして選ばれた妻と評されるようになっていく。

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Chapter 1

生贄という役割

 白羽の矢が立つという故事成語がある。

 この言葉は元来、神様が生贄を求め天上から矢を放ち、矢が突き刺さった家に住む女の子を召し上がられるという話から作られたものらしい。

「どうしてっ! どうしてあたしの手に……!」

 流石に現代日本において矢が突き刺さることが出来る家屋は少ない。

 だからだろうか。

 白羽の矢の代わりに生贄として求められた人間は、18歳の誕生日を迎えたのなら手の甲に特徴的なアザが出来るようになった。

「ちょっと何を騒いで――」

「お母様っ! あたしっ! あたし生贄なんかになりたくないっ!」

「生贄って……ま、まさかっ!?」

 同じくをして。

 言葉が生まれた時は光栄なこととして喜ばれたのかも知れないが、今となってはそんな気持ちで受け入れられることはなかった。

「そんなっ!? あぁ、あぁっ! どうして!? どうしてあなたが!」

「いやだっ! あたし嫌だよっ! 折角婚約の話もまとまったところなのに! 幸せが待っているのに!」

「ええ、ええっ! そうですとも! 我が早瀬家はあなたにかかっているのですから! こんな訳の分からないアザなどっ!」

 早瀬恵はやせ めぐみは双子の姉の誕生日会中、突如として少し遠くの先で始まったホームドラマを無感動に見つめていた。

 当事者じゃないから無感動というわけではない。

 ただ、自分の誕生日会というものをどういう気持ちで迎えるか。

 そして、祝われるらしい中で起こった悲劇のようなものをどう捉えて良いのか、今まで生誕を祝された経験のない惠には想像が出来なかった。

「どうしよう、どうしようお母様。あたし、あたしぃ……!」

 平たく言えば、まさしく住む世界が違ったのだ。

 血の繋がりはある、あるが決して肉親という絆では結ばれていなかった。

 まさしく今、妹にもかかわらず他の使用人と同じように壁で給仕に備えていることがその証明と言える。

「……そうよ」

 そんな中、母がさも名案だと言わんばかりに目を輝かせた。

「お母様?」

 すっくりと立ち上がった母へと投げかけられた姉の疑問の声も聞こえない様子で。

「恵」

「はい」

 危うげな光を隠そうともしない、爛々とした瞳と声を使用人と同じ服を着て壁際に立つ恵へと声をかけた。

「あなたが、生贄になりなさい」

 部屋の中が僅かにざわめく。

 それはもちろん、もう一人の愛娘相手に何を言っているのかという驚きではなく。

「なるほど、その手があったか」

「どうせ誰にも見向きされないでしょうし、名案ですわね」

 まさに名案、起死回生の一手を褒め称えるかのような声たちで。

「そうよっ! ろくに何も出来ないあなたこそが生贄になるべきだわ! 流石お母様です!」

「そうでしょうそうでしょう! 旦那様亡き後の早瀬家は、わたくしと歩が守ります!」

 おお、と感嘆の声が響いた。

 恐らく初めてだろう、周囲の視線が恵に集まり言葉となる。

 そうだ、そうするべきだ。

 それこそまさに早瀬家における惠の役割だと。

 そうあれかしと育てられた惠の本懐ではないかと。

「……かしこまりました」

 そう言って、恵は表情を変えず深々と頭を下げた。

 周囲の同調圧力に屈したわけじゃない。そうとも、この光景は至って恵にとって普通だった。

 役割が無ければ捨てられる。

 ただただ今回は、家のために家から捨てられるという形になっただけ。

「ではすぐにアザ型を取りますわよ! 準備なさい!」

 ばたばた騒然とし始めた屋敷の中で、姉は惠へとそっと近づいて。

「……ありがとうね? 恵? ううん、違うか――」

 上手く行ったことをほくそ笑みながら。

「――あなたに役目をあげたあたしに、感謝してね?」

 頭を下げ続けている惠の耳元で、そっと囁いた。

 生贄になることが決まった恵ではあったが、決まったからすぐにお払い箱とはならないようで。

 流石に名家と言うべきか、神様の下へと送り出す前に色々と準備しなければならないあれやこれやに早瀬家は追われていた。

「ふ、ぅ」

 自分のことなのに、何もせずとも良いのだろうか。

 そんな不安はあれど、邪魔をしてはいけないといつものように一人で大きな庭の手入れを恵は行っていた。

「神様、か」

 そう、この世界には神様と呼ばれる人たちがいる。

 干支に準え、寅神様であったり羊神様であったりと呼ばれる人が、この日本の各地に住んでいた。

 一部の一族に衰退の影は見られるものの、まだまだ日本社会における影響力は強く残っている。

「何の、神様なんだろうな」

 ぼんやりと右手の甲につけられたアザを眺めながら思う。

 まさか生贄の言葉通り食べられてしまうことはないだろうが、自分は何をしたらいいのだろうかと。

 実際、自分以外にも過去から現代に至るまで生贄として召し上がられた人間たちはいたが、その後の話が世に出回っているわけでもなく知りようがない。

「……役に、たたないと」

 抱えていた不安の種類が変わった。

 誰もが出来て当たり前のことしか出来ない恵だから、特別な何かを求められ上手くできず結局ご迷惑をおかけし、ひいては早瀬家の名前を傷つけてしまうのではないか。

 そうした結果、今度は全てから捨てられてしまうのではないかと。

「――おいっ! お客様が来られたぞっ!」

「あっ、いけない! お出迎え行かなきゃ!」

 考え込んでしまったせいか、響いたチャイムの音に気づけなかった。

 見苦しくないよう静かに、それでも急いで恵は門へと向かい。

「ちっ! 愚図もいい加減にしろよ!」

「申し訳ありません!」

 既に準備していたらしい使用人たちから小言を頂戴した後。

「――ようこそ、いらっしゃいました」

 やって来たお客様へと深く、丁寧に頭を下げた。

「このような大層な出迎えは不要と言ったはずだが」

「とんでもない! 巳神様へびがみさまをお出迎えさせて頂くのなら、この程度で大層などと……!」

「……左様か」

 ――へびがみさま。

 その言葉に少しだけ持ち上がりそうになった頭を恵は理性の力で抑え続けた。

 そうだ、この時期にやって来られたのなら、つまりは。あるいはこの方が。

「私の、神様」

 生贄として自分を召し上がって頂く方なのだと。

 そんな人が、頭を下げ続ける自分の前を通りかかった時。

「……気分が悪いな」

 小さく言葉を零したものだから。

「……申し訳、ありません」

 出迎えた人間、恵以外が全員いなくなった後、もう一度静かに頭を下げた。

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生贄という役割
 白羽の矢が立つという故事成語がある。 この言葉は元来、神様が生贄を求め天上から矢を放ち、矢が突き刺さった家に住む女の子を召し上がられるという話から作られたものらしい。「どうしてっ! どうしてあたしの手に……!」 流石に現代日本において矢が突き刺さることが出来る家屋は少ない。 だからだろうか。 白羽の矢の代わりに生贄として求められた人間は、18歳の誕生日を迎えたのなら手の甲に特徴的なアザが出来るようになった。「ちょっと何を騒いで――」「お母様っ! あたしっ! あたし生贄なんかになりたくないっ!」「生贄って……ま、まさかっ!?」 同じくをして。 言葉が生まれた時は光栄なこととして喜ばれたのかも知れないが、今となってはそんな気持ちで受け入れられることはなかった。「そんなっ!? あぁ、あぁっ! どうして!? どうしてあなたが!」「いやだっ! あたし嫌だよっ! 折角婚約の話もまとまったところなのに! 幸せが待っているのに!」「ええ、ええっ! そうですとも! 我が早瀬家はあなたにかかっているのですから! こんな訳の分からないアザなどっ!」 早瀬恵は双子の姉の誕生日会中、突如として少し遠くの先で始まったホームドラマを無感動に見つめていた。 当事者じゃないから無感動というわけではない。 ただ、自分の誕生日会というものをどういう気持ちで迎えるか。 そして、祝われるらしい中で起こった悲劇のようなものをどう捉えて良いのか、今まで生誕を祝された経験のない惠には想像が出来なかった。「どうしよう、どうしようお母様。あたし、あたしぃ……!」 平たく言えば、まさしく住む世界が違ったのだ。 血の繋がりはある、あるが決して肉親という絆では結ばれていなかった。 まさしく今、妹にもかかわらず他の使用人と同じように壁で給仕に備えていることがその証明と言える。「……そうよ」 そんな中、母がさも名案だと言わんばかりに目を輝かせた。「お母様?」 すっくりと立ち上がった母へと投げかけられた姉の疑問の声も聞こえない様子で。「恵」「はい」 危うげな光を隠そうともしない、爛々とした瞳と声を使用人と同じ服を着て壁際に立つ恵へと声をかけた。「あなたが、生贄になりなさい」 部屋の中が僅かにざわめく。 それはもちろん、もう一人の愛娘相手に何を言
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不思議なおかえりなさい
 大きな家、立派な門。 その前で小さな手荷物を抱えながら立つ惠の姿はいつも以上に小さく見える。 慶事である。 慶事であるが、彼女の背中を見送る人間も居なければ祝福もなかった。 それでもと言うべきだろうか。 いつもは頭の後ろで一括りにされている黒髪は下ろされていて艶も見られたし、格好にしても小奇麗にまとめられ、顔は薄らと化粧までされている。 もっとも、動きやすい使用人服以外の服装を久しぶりに着たせいか、誰が見ても服に着られていると言った雰囲気が露骨にみられてはいるが。「……確かに、ひどいっスねぇ」 恵を迎えるための車を運転する日向悠太はそう口にした。 結納の場から帰ってきた主の表情にも頷けるというものだ。 酷い、というよりは歪であるという言葉のほうが近いだろうか、しきたりとはいえ家を背負って送り出される女をこうして一人で待たせ続け、あまつさえ見送りに誰一人来ないなど、どうかしていると。 いつも通りの仏頂面に輪をかけて不機嫌そうだった理由に納得しながら、切り替えなくてはと小さく息を吐いた。 淑女を出迎えるには、それなりの対応と姿勢、態度と言うものがあるし。 何より彼女の心中を図る事よりも、彼女自身を図るという仕事のために。「失礼するっす~! 初めましてっすねー! 早瀬恵様、で間違いないっすかね?」「え? あ、は、はい。私が、早瀬恵です。えぇと、この度は――」「あー堅苦しいのはナシっすよ! つか、それはまずオヤジにしてもらう事っす」「お、おやじ?」 恵の前へ静かに止められた車から出てきたのは、惠が出会ったことのない人種だった。 金髪、は辛うじて姉がしていた時期があるため面食らわずにいられたが、耳と鼻につけられたピアスには驚いたし、何よりも。「ささ! 車にどうぞどうぞ! あ、オレは日向悠太って言うっす! 恵さんの護衛兼世話係になる感じなんでよろしくっすよー!」「ご、ごえい? せわ、かかり?」 その勢いに圧倒された。 混乱したままあれよと言う間に手荷物を奪われ、車へと惠は誘導される。 ここまで自分のパーソナルスペースというか、距離を詰めてくる人間と惠は出会ったことがなかった。 しかも軽薄そうな態度とは裏腹に、手荷物を預かる際にしても車へ乗り込む時にしてもエスコートの仕方は完璧で、驚きから拒絶する
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恵だけは
 改めてになるが。「――どうぞ、よろしくお引き回しの程を」 惠は箱入り娘の世間知らずである。より正確に言うのならば箱入れられ娘と言うべきだろうが。 ともかく、故にこういった場面でどういう言葉を使えば良いのかわからない。 それこそ姉である歩であれば適切な態度や言葉遣いが出来たのかもしれないが、それは本人がこの場を蹴ったために機会が訪れることはないだろう。「ああ」 対する辰巳真人だが、見るものが見ればおおよそのマナーを間違えているとわかる、目の前で三つ指をつき頭を下げている惠をじっと見るしかできなかった。 実際の所、聞きたいことは多くあった。 結納の場で、両家の親が不在であることはあっても、当人が不在であることなどあり得ないということはもちろんだったし、自分の記憶が間違いでなければ早瀬家で出迎えの列にいたはずの女がどうしてと。「頭を、上げたらどうだ」「は、はい」 しかしながら持ち上がった惠の頭、顔を見て一切の疑問を押し殺した。 ひとまず、これも神様の力が多くの意味で弱まった現代では仕方ないと納得しておこうと。「ふむ」 持ち上がった恵の瞳に浮かんでいるのはやはり混乱の色が強い。 強いが、何よりもその中に何らかの決意のような色が混ざっていた。(ここで、疑問をぶつけても仕方ない、か) 流石に理解できたのだ。 惠が今必死であることくらい、容易く。 環境の変化、ましてや婚姻だ。 ヘビの一家は他の神一家に比べて左程強い力を持っているわけではないが、それでも神の一族。 早瀬家の持つ力とて大きいものではあるが、やはり釣り合いが取れているかと言われたのなら首を傾げるところ故、気を張らざるを得ないだろうと。「お前は、何故この場にいる?」 だからこそ、ここに自分が何故来たのかを聞いているのか、知っているのかを確かめようとした。「そ、それはっ……!」 もちろん知らないと言うのなら説明する腹積もりだったし、知らないことを責めるつもりは真人に欠片もない。 責めるべき相手がいるとすればそれは惠の母であるし早瀬家だ。 何なら弱まったとはいえ神様に使える神一族である辰巳家に対する侮辱も良いところだと、オトシマエを付けるかどうかを検討する必要があるかもしれない。 なんて、やや物騒なことを思考し始めた時だった。「私では足りないと言うことは、理解して
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そりゃあ茶柱も立つ
「え? 何か出来ることはないか、っすか?」「はい。その、何もしなくていいと申し付けて頂いた上だと言うのに……褒められたことではないとわかってはいるのですけど。落ちつか、なくて、ですね」 辰巳家へとやってきて一夜明けた朝、どうにも落ち着かない恵はある種の危機感を背に台所へとやって来て、朝食の準備をしているらしい日向へと申し出た。「何もしなくていい、っすか。それ、オヤジが言ったんすか?」「は、はい。私のような学も芸もない女ではお役に立てないのも仕方ないとは、理解しているのですが」 早瀬恵はともかくにしても、早瀬家の背景を掴むことは必要だろう。 にもかかわらずの何もするなという真人の言いつけを日向は訝しむ。 世話係や護衛係と言った役目がただのお題目であることなど疑いようがない。 正確な言葉があるとすればそれはお目付け役や監視役と言った言葉がより近いと言えるだろう。「……ははーん?」「え、っと。日向、さん?」 だが、何と言うことはない。 お題目をそのままに、より監視しやすくなるならば自分の下で何かさせてしまった方が良いだろう。 そうあたりをつけた日向はとりあえず。「恵さん」「は、はいっ!」「とりあえずオレにそんな丁寧な言葉を使わなくていいっすよ。つかやめてほしーっす。むず痒くなるし、何よりオヤジの嫁さんにそう畏まられるといまいちこっちが落ち着かないっす」「ご、ごめんなさいっ! わかりまし――い、いえ。わかった、よ?」 戸惑いながらもなんとか口調を矯正しようとする恵へとにっこり日向は笑う。 御しやすい。 日向の感想としてはその一言だ。 これで猫の皮でも被っているというのなら大したものだが、どちらにしても尻尾を掴みやすくはなったと日向の中で方向性が固まった、と、同時に。「……やーっぱ早瀬家には探りいれといたほーがいいっすねぇ」「え、えぇと?」「なんでもないっすよー! それじゃ、見ての通りメシ作ってたとこなんすよ。家に詰めてるのはオヤジと恵さん入れて10人と結構な量なんで、手伝ってもらっていいっすか?」「はいっ! お任せくださいっ!」 口調が戻ってしまったことに苦笑いを浮かべる日向だが、敬語で話す方が落ち着く人間もいるだろうとひとまずこれ以上のつっこみはやめた。 ともあれ単純に早瀬恵が辰巳家に送り込まれた毒物であるか否かの判
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綻びと旦那様
 あえて言う事でもないが、早瀬家における惠の価値と言うものは低い。 と言うのも姉である早瀬歩が文武両道を絵に描いたような人物だったからだ。 幼いころから勉学にスポーツにと多くの賞を貰っていたし、家の内外問わず被っている仮面が見事であった故に誰もその本性を知らず歩を持て囃していた。 故に、早瀬家の将来を担うに相応しい人物と目されるのは当然と言える流れだった。 あるいは、惠の性格が控えめだったことも災いしたと言えるかもしれない。 歩が脚光を浴びるたびに母は惠に姉の為にもっと尽くせと言いつけたし、使用人たちですら歩を盛り立てるために惠を使うようになった。「――おいっ! 今日の仕込み当番は誰だよっ!」「知らないわよ! っていうか厨房管理はあなたの仕事でしょう!?」 そうとも、それが普通になってしまったからこそ。「あぁもうくそう! こんなもの歩お嬢様にお出しできないぞ!」「だから知らないって! 私たちは掃除にいそが――」「おーい! 剪定ばさみってどこにあったっけ?」「知らねぇよっ!! 庭師がコックに聞いてきてんじゃねぇっ!」 当然がなくなってしまえば、混乱も起きる。 如何に惠へ無意識、無自覚に依存してきたかを実感したとも言える。 もっとも、誰一人として惠の存在は大きかったと認めるものはいないだろうが。 しかしながらに今回の生贄婚により惠に対して、家中で使い潰すこと以外の価値が生まれた。 それはいわば利用価値というものだ。 単純に次期当主である早瀬歩を守るためという面もあれば、家から出したことで別の使い方が生まれもした。 故に、今更早瀬家においての役割になど戻れるはずもない。「どうしてこうなった! あぁもうだれかどうにかしてくれよ!」 結局その日の朝食にありつけたのは早瀬家現当主である母と、歩だけ。 使用人たちは昼食の時間まで空腹に耐えながらなんとか職務にあたっていたのだった。「――今朝は差し出がましいことをして申し訳ありませんでした」 さて、辰巳家の朝食の場が終わり、惠は真人の下へとまず謝罪にやって来た。 部屋へと入ってくるなり三つ指をついて謝罪される理由がこれっぽっちも思い浮かばない真人であったが、ひとまず。「何に対して謝罪されているかわからないな」 ぶっきらぼうに言うしかできなかった。 そうとも、重ねて何故惠が謝罪
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女系一族
 早瀬家は女系一族である。 戦後の発展期に成長した会社の重役たちへと嫁入りし、その会社の実権を奪い取る形で力をつけてきた。 今となっては血筋に関係ない会社へすら強い影響力を持ち、自身で興している会社を持たずとも最高顧問として多くの会社に早瀬の名前が刻まれている。「そう。では特に動きはないと」「はい奥様。辰巳家、ひいては天宮家からは何も」 現当主、惠と歩の母である早瀬景もそうだ。 自惚れか思い上がりか、早瀬の名は既に天に比肩すると信じていた。「わかりました。下がりな――いえ、一つ」「如何なさいましたか?」「最近使用人たちの気が緩んでいるのではないかしら? 注意しておきなさい」「っ……承知いたしました。大変申し訳ありません」 景は返答にひとまず頷き、そのまま顎で退室を促した。 静けさが戻った自分の部屋で、椅子へともたれかかりながら瞼を閉じる。「順調、あるいはもう天を超えた、と思ってもいいのかしらね」 考えることと言えば自分が仕込んだ毒のこと。 惠を辰巳家へと差し出して一週間、使用人頭が言ったように辰巳家からも天宮家からも何の沙汰はない。 景は人為的に作ったアザをいつまでも生贄の証明であるなんて貫けはしないことなど理解している。 それこそ子供騙しも良いところだったし、挙句の果てには当の本人不在での結納なんて常識を疑うようなことすら通った。 それはつまり、辰巳が天宮が、早瀬の家に何も言えなくなっている証左ではないのか。「ふ、ふふ」 景にはそう思える、そう思った。 先祖たちが目指した高みへ、私が、私こそが至ったのだと。 そうとも、早瀬の女は奪うために生まれてきた。奪うことで命と名を繋ぎ、力を高めてきた。「守ってあげたくなる系女子、でしたか? そんな花にこそ毒はあるものでしょう」 その血は認めたくなくとも惠にとて流れているし、素直で従順な女を好まない男なんていないのだ。「感謝してあげるわ、惠。だから喜びなさい、近い将来辰巳……いえ、天宮を通してまた、あなたを使ってあげますからね……あとは」 残るはもう一つ、歩のことだけ。「早瀬に尽くすと言う意味では問題ないでしょうが……さて、あの子は何を考えているのかしらね」 歩の動きにおかしい点は見られない。 お互いに惠を利用して生贄婚を回避するという考えの一致にして
last updateLast Updated : 2026-07-20
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郷愁と埃
「ここが書庫っす~! ちょっと埃っぽいっすけど勘弁してくれたら嬉しいっすよ」「わぁ……」 少しどころではなく物凄い埃の立ちっぷりだった。 それはもう惠が一歩後退りしてしまうほどのレベルで。「なはは……実のとこ、ほとんど入らない部屋なんすよね。部外秘っつーか、身内以外に見せちゃダメなもんばっかで、オレたちは一家にお世話になるって決まった時くらいしか用事なくて」「そう、なんですね」 中々の有様ではあったが、古書が持つ特徴的な匂いというのか雰囲気は惠の肌にあるものだった。 軽く口元を手で覆いながら埃の溜まった床に足跡をつけていけば、奥には読書の為のスペースだろうか、窓からの光が溜まる机があって。「素敵、です」「え? どうかしたっすか?」「いえ、何でもないです。その、簡単に掃除からやらせてもらってもいいですか?」「ういっす! ほんじゃあ雑巾とか持ってくるっすが……あの辺の棚には触らないで欲しいんでよろしくっす」 本来であれば自分が用意すると言っていたところだろうが、この場の雰囲気を味わいたいと言う欲求が惠の足をその場に縫い付けた。 そんな惠の姿を見て日向は警戒心を高める。 真人の申し付けが故にこの機会は設けられたが、重ねて書庫への入室と記録の閲覧は部外秘だ。 まだ信用を置けない人間を立ち入らせるには不安があったし、日向としては反対も大反対と言った所。(……ある意味、チャンスと思うべきっすね。ハイリスクっすけど、ここで妙なことをしでかすかどうかを確かめるっすか) 思案を一つ部屋へと残して、日向は書庫から離れていく。 そして離れていった日向に気づくことなく、惠は書庫の中を噛み締めるように歩を進めた。「私、本が好きだったんだなぁ」 そうだったのかという発見だった。 思い返してみれば思い当たる節はあったが、実感したのは初めてで。「ふふっ。埃っぽい」 楽し気に棚に並んでいる本の背表紙を見て回る。 背表紙に書かれている文字は崩し字も多く内容の見当がつかない。 つかないが、これはどんな本なのだろうと心が躍っている。「あれ? これって……よいしょ、っと」 そんな中で一つ、古いことに変わりはないがまだ新しいと言うか異質な本があった。 特に深く考えることもなく、ページをめくってみれば。「写真……アルバム、かぁ」 最初のページには白黒
last updateLast Updated : 2026-07-20
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初めてのわがまま
「む、むぅ」 その日の夕食後、真人は居心地の悪さを感じながら書き物に向かっていた。「旦那様? お茶のお代わりはいかがですか?」「も、貰おうか」「はい。すぐにご用意いたします」 それもそうだろう。 いつもなら一人で仕事に向かう時間だと言うのに、自分以外の誰かがいるということに落ち着かなさを感じるのはもちろんだが。「どうぞ、お待たせしました」「う、む。ありがとう」 既にこの茶で何杯目か、胃の中にまだ残っている夕食はきっと茶の海を泳ぐことになっているだろう。 そんなわけのわからないことを考えながら、ちらりと真人は近くに控えている惠を盗み見た。「その、なんだ。何か用があったか?」「いえ。どうぞお気になさらずお仕事のほうを優先してください」「そ、そうか」 その惠は自覚がないのか、やけにそわそわしている様子で。 少しでも手を止めてしまえば先程のようにお茶のお代わりを勧めてくる。(どういう風の吹き回しだ? 先日よりも距離が近いが……) 思い当たることがあるとするのなら、学んでほしいと言ったことに関してだろう。 確かに日向はお調子者のケがある人間だし、惠に対して抱いている警戒はあっても、基本的には他者に対して真摯であり紳士だ。 情報を探るためとはいえ惠に対して滅多なことをするとは思えないし、教えてやってくれと言った内容に関して間違いが生じるわけもない。(だとするのなら、やはり何か俺に直接確認したいことがあると考えるのが筋か) 学ぶことを許可したのは己だ、ならば教えを乞う事も認めたと同義である。「……ふぅ、このままでは仕事にならん。先に要件を聞こうか」「い、いえ。そんな、旦那様に何かなんて」「どこまで勉強をしたのかまだ聞いてはいないが、俺に嘘が通用しないくらいは聞いただろう?」「う……」 カマかけに近い真人の言葉だったが、どうやら思いのほかお勉強は進んでいたようで。「申し訳ありません」「謝る必要などない」 真人は小さく息をついた後、机を離れ惠の前へと座った。「気味が悪く、思ったか」「え?」「構わない、慣れている。人の感情が見える目を持つなど、気味悪がられて当然だとも理解している」 巳神様こと辰巳真人はそういう贈り物を神様から頂戴している。 より正確に言うのならば、遥か昔にそういう力を先祖が頂戴し、引き継がれていた。
last updateLast Updated : 2026-07-20
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存在許可証とおでかけ
 恵にとって役割や役に立てるか否かという評価とは、存在許可証のようなものだ。 いっそのこと辰巳家がやって来た恵を使用人の如く扱っていたのなら安心感は得られていただろうが、そうはならなかった。 ならなかったがため恵は落ち着きを失ったし、狼狽えた。 何も任せられなかった理由は、やはり惠に対する警戒心や信用足らずが理由ではあったが、結果的に仕事を任せられなかったのは事実である。 故に、依然としてと言う言葉は少し違うだろうが。 それでも変わらず早瀬恵は自分の価値を極めて低い場所にあるものだと今でも思っている。 ただ、食事を作る手伝いや家の掃除をするようになり、真人と共に文字通り一緒に眠るようになってからの一週間で、ひとまずの落ち着きは得られたと言えるだろう。「――ん」 とはいえ、である。 流石に朝目を覚ました時、目の前に美形男性がいるという状態に惠はまだまだ慣れることができない。(う、うぅ……じ、自分で言いだしたこと、だけど……) 子供のころより姉の付き人紛いをずっと続けてきた身である。 全てにおいて姉を優先してきた惠には、悲しいかな異性とのアレコレと言った経験はない。「ふ、ぅ……」 それでもいわば惠は年頃の女性だった。そうだったんだとようやく自覚できたというべきか。 義務感か強迫観念かに突き動かされて申し出たのはいいものの、多少の落ち着きを得たことで現状に対する認識を受け止めるだけの余裕ができた。 できてしまったがために、今更自分がどれだけはしたないと言うか、大胆なことを言ってしまったかに気づいてしまった。「旦那様、旦那様。朝です、お伺いしていた時間ですよ」「む、ぅ……」 いっそのこと、寝所へ誘ったその日に身体を捧げられていたのならまた変わってはいただろう。 男の慰み者となるという役割を認識し、そうすれば生きていられると安心できた。 だが、そうはならなかった。ならなかったが故に、少しの落ち着きしか得られなかったと言える。 ともあれ、惠の新しい日常は同じ布団の中で眠る美形の旦那様を起こすことから始まる。「め、ぐみ……?」「っ……はい。惠です、おはようございます」「そう、か。あさ、か……」 寒さに弱いというのは本当のことなのだろう、それも想像できる弱さを超えた域にある。 大きな体躯を丸めて布団に潜り込み眠り、起きるときは
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固定観念と言い訳
「お、お待たせ致しました」「ふむ、来た時の服か。これならば恥をかくこともないだろう」 着替えて玄関にやってくれば、もう一度着替えてこいと回れ右を申し付けられる事三回。 ようやくというべきか、惠は辰巳家へとやって来た時の服を着ることで良しとされた。「恥……あっ、考えが至らず申し訳ありませんでした。旦那様のお傍にいるのでしたらそう、ですよね」「俺のことでない。ないが……そうだな、相応しいとは言えないという意味ではそうか」 使用人服を着た女を連れ歩く男は確かに異様の一言だろうが、真人が言いたかったのはそういう事ではなく。 単に惠が奇異の目で見られないようにという配慮のつもりだった。 しかし、今回の外出目的を考えれば大きく筋を外れてはいないと、やや真人は混乱しつつも無理やり頷くことにした。「えぇと?」「気にするな。行くぞ」「は、はい」 そのあたりの機微を惠はいまいちどころか全く考えを及ぼせられない。 むしろ早瀬家にいた頃は使用人服が私服と言えたような状態だったが故に仕方ないのかもしれないが。 ともあれ。(やっぱり、大きいな) 真人の三歩後ろを歩き始めた惠はそう思った。 共に同じ布団で眠るようになった時にも実感したが、男の背は大きく広い。 この背中に何を背負っているのかをまだ惠は推しはかることができないが、それでも干支神として世の一般男性より大きく重いものを背負っているのだろうということは理解できる。「なおさら、お役に立たないと、ですね」「む? 何か言ったか?」「い、いえ。なんでもありません」「そうか」 惠が抱いた考えはいつもの生存本能から一歩先に進んだところにあるものだった。 自分が脅かされないためではなく、他者の為をもとにした発想だ。成長と言うには彼女に自覚はないが、それでもである。 惠が内心で心を新たにしている一方、真人はむず痒さを感じていた。「大和撫子たるもの男児の三歩後ろを、か」 真人が持つ貞操観念というか、こうあるべきという価値観そのままである構図だったが、どうにも落ち着かない。 実際に体験して初めてわかるとはこのことか、どうにも最近自分には亭主関白は似合わないらしいと感じていた。(だが、命令など論外だ。性に合わん) かといって落ち着かなさを解消するため隣に来いというのにも違和感がある。 こういう時上
last updateLast Updated : 2026-07-20
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