Masuk「え? 何か出来ることはないか、っすか?」
「はい。その、何もしなくていいと申し付けて頂いた上だと言うのに……褒められたことではないとわかってはいるのですけど。落ちつか、なくて、ですね」辰巳家へとやってきて一夜明けた朝、どうにも落ち着かない恵はある種の危機感を背に台所へとやって来て、朝食の準備をしているらしい日向へと申し出た。
「何もしなくていい、っすか。それ、オヤジが言ったんすか?」
「は、はい。私のような学も芸もない女ではお役に立てないのも仕方ないとは、理解しているのですが」早瀬恵はともかくにしても、早瀬家の背景を掴むことは必要だろう。
にもかかわらずの何もするなという真人の言いつけを日向は訝しむ。世話係や護衛係と言った役目がただのお題目であることなど疑いようがない。
正確な言葉があるとすればそれはお目付け役や監視役と言った言葉がより近いと言えるだろう。「……ははーん?」
「え、っと。日向、さん?」だが、何と言うことはない。
お題目をそのままに、より監視しやすくなるならば自分の下で何かさせてしまった方が良いだろう。そうあたりをつけた日向はとりあえず。
「恵さん」
「は、はいっ!」 「とりあえずオレにそんな丁寧な言葉を使わなくていいっすよ。つかやめてほしーっす。むず痒くなるし、何よりオヤジの嫁さんにそう畏まられるといまいちこっちが落ち着かないっす」 「ご、ごめんなさいっ! わかりまし――い、いえ。わかった、よ?」戸惑いながらもなんとか口調を矯正しようとする恵へとにっこり日向は笑う。
御しやすい。
日向の感想としてはその一言だ。 これで猫の皮でも被っているというのなら大したものだが、どちらにしても尻尾を掴みやすくはなったと日向の中で方向性が固まった、と、同時に。「……やーっぱ早瀬家には探りいれといたほーがいいっすねぇ」
「え、えぇと?」 「なんでもないっすよー! それじゃ、見ての通りメシ作ってたとこなんすよ。家に詰めてるのはオヤジと恵さん入れて10人と結構な量なんで、手伝ってもらっていいっすか?」 「はいっ! お任せくださいっ!」口調が戻ってしまったことに苦笑いを浮かべる日向だが、敬語で話す方が落ち着く人間もいるだろうとひとまずこれ以上のつっこみはやめた。
ともあれ単純に早瀬恵が辰巳家に送り込まれた毒物であるか否かの判明は急務と言って良い。
特に炊事場を任せるのはリスクもあるがリターンが大きいと言えるだろう、文字通りの毒を仕込み易く重ねて尻尾を掴む機会に期待ができる。ということで。
「何を作ろうとされてたんですか?」
「定番の鮭! っすね、みそ汁とほうれん草のお浸しはもう仕込み終わったんでそれじゃあ盛り付けでもお願いするっすかねぇ」慎重を期する必要はあるが、受け入れることを決めた。
「わかりました! 鮭、ですね!」
「え? あ、ちょ――」決めたのは良いが、さて、腕まくりをして台所に立った恵の姿は別人のようだった。
先ほどまでのおどおどした様子は欠片も見られず、水を得た魚かのように手際がいい。「あ、あのー。恵さん?」
「はい? どうされましたか?」声をかけてしっかり振り向かれるがその包丁を持った手は動かされたままで、危なげない。
事前に早瀬家から何もできない女だと言うニュアンスのことを聞いていたが、何もできないどころかまず間違いなく日向よりも料理は上手だとわかってしまう。
「い、いやぁ。もう後は焼くだけっすのに、なんで包丁を手に持ったのかなーって」
「あ、そ、そうですよねごめんなさい。後一品くらいあってもと思ったのですが、無駄遣いですよね」 「いいいやっ!? そういう意味じゃねぇっす! 何でも使ってもらって大丈夫っす! つか、10人前っすよ? 今からじゃ大変だと思ったんすけど」 「全然大変なんかじゃありませんよ。これでも私、もっと作っていましたから」とか何とか言っている間に、おかずが一品増えてしまっていた。
出来上がったのは焦げ目もないぷるりとした卵焼きで、食べる前からこれ絶対美味しいとわかってしまうほど。「は、はは……御見それしたっす。じゃ、オレは盛り付けやってくっすよ」
「はい! ありがとうございます!」大誤算は言い過ぎだろうが誤算には違いない。
ある意味炊事場の乗っ取りまで考えてしまう日向ではあったが、ふと気づく。「……へぇ?」
惠からある種の悲壮感とでも言うべき雰囲気が僅かに伝わってきた。
事実惠は必死だった。
彼女にとって役目とは縋るべき柱なのだ。 辰巳家へと早瀬家の人間が持つ役割として生贄にあてがわれたのは良い。 良いがその辰巳家に捨てられてしまえば自分はどうなるのかを考えれば、惠の背に凍るような感情が圧し掛かる。「気は抜けない、っすが……もちっと見方を広げるべきっすね」
小さく呟いた後、惠が何か怪しいことをしないかどうかを監視しながら、日向は盛り付け役に徹した。
「随分と朝から豪勢にしたな」
「や、やー……恵さんの新しい日常をってことで張りきっちゃったっす。すみません、オヤジ」白米、みそ汁、鮭の塩焼き、ほうれん草のお浸しに卵焼き。
更に完成してからまだ時間があったからときんぴらごぼうまで用意されてしまった食卓を前に、日向は乾いた笑みを浮かべた。「構わない」
「ありがとうございますっす!」真人にしても珍しく目を丸くしていた。
テーブルの上に並ぶ豪勢というよりは丁寧な料理にだ。 日向に限らず料理番になった男たちからは想像も出来ない。そんな中で。
「皆さま、お飲み物は緑茶でよろしかったですか?」
いつの間にやら、何処から引っ張り出して来たのか割烹着姿でお盆に急須を乗せて恵が現れた。
「む……おい、日向」
「申し訳ねっす、オヤジ。っすが」 「大丈夫ならいい、わかった」何もなかったならそれでいいと真人は、日向に目を配った後惠のほうへと湯呑を差し出し。
「では、頼めるか」
「はいっ! 少々お待ちください」注がれる液体を受け入れた。
所作、という面を見ればややぎこちないが、香り立つ茶葉の香りは良く、惠が給仕に手慣れているということは疑えない。「どうぞ」
「すまない」ならば環境に馴染むまでは炊事を任せてみるのも良いかと、熱い茶へと口をつけて。
「……美味い」
「ありがとうございます」いや本当に美味いじゃないか、どうなっているんだと。
過去最大級に目を見開いてしまったのだった。羊屋に注文した服が届けばすぐにお披露目会が始まった。 注目されることに慣れていない惠ではあったが、今は羞恥の感情が強いらしく俯き加減だったが。「おー! 似合ってるっすよ! 惠さんっ!」「そ、そうでしょうか? いえ、こちらの着物はとても素敵なのですが、えぇと」「いやいや! 惠さんの綺麗な黒髪に白が映えるっす! オヤジのセンスとはとても――」「俺のセンスがどうした?」 思わずというよりはあえてだろう。 日向の言葉にしっかりと真人は反応して。「後で来い」「か、勘弁っすよオヤジ! だってほら、テンションあがるっすよこの惠さんを見たらっ! オヤジもそうでしょう!?」「否定せん。よく似合っている。だがそれとこれとは話が別だ」「ひえぇ……うぅ、小指でいいっすか?」「いらん」 日向と真人のやり取りに男衆が笑が、空気に合わせてそうしているだけで内心では驚き一色だった。 誰よりも先に当主である真人が惠を認めた。 その事実に驚いているのだ、それは日向にしても同じく。(オヤジ……いいんすか?) 意図を掴めないというわけではない。 それなり以上に長い付き合いだ、外側だけでも辰巳家の人間と示す必要性はあったのだから、こうして服を仕立て与えることに異論はない。 無いが、これは真人からの合図としても受け取れるのだ。 各自、惠に対しての態度を改めて考えてみろと言った合図として。(……これから、っすね) 判断を急がされたとは思わないが、これからは警戒と共に、受け入れるという方向性を常に考えるべきだろう。 そんなことを日向や男衆が考えている中、惠は確かめるように。「ほ、本当に似合っていますか? 旦那様」「ああ。つまらんことで嘘は言わん。本当によく似合っている」「ほんとう、に?」「くどいな。それともこれで俺の隣を歩くに相応しいとでも言えばいいか? むしろ俺のほうが負けてそうで悪い気がするが」 真顔で真人は言う。 その様子と、周りがひとまずの覚悟を決め始めたタイミングで。「……素敵な服をありがとうございます、旦那様。大事に、します」「そうしてくれ。だが、大事にしすぎるな。いつでも新しいものくらい、用意する」 ぎゅっと胸元で手を握り、惠は小さく安堵するように息を零した。 こういった場面でどういう態度を取るべきかを惠は知らない。 笑えばいい
「お、お待たせ致しました」「ふむ、来た時の服か。これならば恥をかくこともないだろう」 着替えて玄関にやってくれば、もう一度着替えてこいと回れ右を申し付けられる事三回。 ようやくというべきか、惠は辰巳家へとやって来た時の服を着ることで良しとされた。「恥……あっ、考えが至らず申し訳ありませんでした。旦那様のお傍にいるのでしたらそう、ですよね」「俺のことでない。ないが……そうだな、相応しいとは言えないという意味ではそうか」 使用人服を着た女を連れ歩く男は確かに異様の一言だろうが、真人が言いたかったのはそういう事ではなく。 単に惠が奇異の目で見られないようにという配慮のつもりだった。 しかし、今回の外出目的を考えれば大きく筋を外れてはいないと、やや真人は混乱しつつも無理やり頷くことにした。「えぇと?」「気にするな。行くぞ」「は、はい」 そのあたりの機微を惠はいまいちどころか全く考えを及ぼせられない。 むしろ早瀬家にいた頃は使用人服が私服と言えたような状態だったが故に仕方ないのかもしれないが。 ともあれ。(やっぱり、大きいな) 真人の三歩後ろを歩き始めた惠はそう思った。 共に同じ布団で眠るようになった時にも実感したが、男の背は大きく広い。 この背中に何を背負っているのかをまだ惠は推しはかることができないが、それでも干支神として世の一般男性より大きく重いものを背負っているのだろうということは理解できる。「なおさら、お役に立たないと、ですね」「む? 何か言ったか?」「い、いえ。なんでもありません」「そうか」 惠が抱いた考えはいつもの生存本能から一歩先に進んだところにあるものだった。 自分が脅かされないためではなく、他者の為をもとにした発想だ。成長と言うには彼女に自覚はないが、それでもである。 惠が内心で心を新たにしている一方、真人はむず痒さを感じていた。「大和撫子たるもの男児の三歩後ろを、か」 真人が持つ貞操観念というか、こうあるべきという価値観そのままである構図だったが、どうにも落ち着かない。 実際に体験して初めてわかるとはこのことか、どうにも最近自分には亭主関白は似合わないらしいと感じていた。(だが、命令など論外だ。性に合わん) かといって落ち着かなさを解消するため隣に来いというのにも違和感がある。 こういう時上
恵にとって役割や役に立てるか否かという評価とは、存在許可証のようなものだ。 いっそのこと辰巳家がやって来た恵を使用人の如く扱っていたのなら安心感は得られていただろうが、そうはならなかった。 ならなかったがため恵は落ち着きを失ったし、狼狽えた。 何も任せられなかった理由は、やはり惠に対する警戒心や信用足らずが理由ではあったが、結果的に仕事を任せられなかったのは事実である。 故に、依然としてと言う言葉は少し違うだろうが。 それでも変わらず早瀬恵は自分の価値を極めて低い場所にあるものだと今でも思っている。 ただ、食事を作る手伝いや家の掃除をするようになり、真人と共に文字通り一緒に眠るようになってからの一週間で、ひとまずの落ち着きは得られたと言えるだろう。「――ん」 とはいえ、である。 流石に朝目を覚ました時、目の前に美形男性がいるという状態に惠はまだまだ慣れることができない。(う、うぅ……じ、自分で言いだしたこと、だけど……) 子供のころより姉の付き人紛いをずっと続けてきた身である。 全てにおいて姉を優先してきた惠には、悲しいかな異性とのアレコレと言った経験はない。「ふ、ぅ……」 それでもいわば惠は年頃の女性だった。そうだったんだとようやく自覚できたというべきか。 義務感か強迫観念かに突き動かされて申し出たのはいいものの、多少の落ち着きを得たことで現状に対する認識を受け止めるだけの余裕ができた。 できてしまったがために、今更自分がどれだけはしたないと言うか、大胆なことを言ってしまったかに気づいてしまった。「旦那様、旦那様。朝です、お伺いしていた時間ですよ」「む、ぅ……」 いっそのこと、寝所へ誘ったその日に身体を捧げられていたのならまた変わってはいただろう。 男の慰み者となるという役割を認識し、そうすれば生きていられると安心できた。 だが、そうはならなかった。ならなかったが故に、少しの落ち着きしか得られなかったと言える。 ともあれ、惠の新しい日常は同じ布団の中で眠る美形の旦那様を起こすことから始まる。「め、ぐみ……?」「っ……はい。惠です、おはようございます」「そう、か。あさ、か……」 寒さに弱いというのは本当のことなのだろう、それも想像できる弱さを超えた域にある。 大きな体躯を丸めて布団に潜り込み眠り、起きるときは
「む、むぅ」 その日の夕食後、真人は居心地の悪さを感じながら書き物に向かっていた。「旦那様? お茶のお代わりはいかがですか?」「も、貰おうか」「はい。すぐにご用意いたします」 それもそうだろう。 いつもなら一人で仕事に向かう時間だと言うのに、自分以外の誰かがいるということに落ち着かなさを感じるのはもちろんだが。「どうぞ、お待たせしました」「う、む。ありがとう」 既にこの茶で何杯目か、胃の中にまだ残っている夕食はきっと茶の海を泳ぐことになっているだろう。 そんなわけのわからないことを考えながら、ちらりと真人は近くに控えている惠を盗み見た。「その、なんだ。何か用があったか?」「いえ。どうぞお気になさらずお仕事のほうを優先してください」「そ、そうか」 その惠は自覚がないのか、やけにそわそわしている様子で。 少しでも手を止めてしまえば先程のようにお茶のお代わりを勧めてくる。(どういう風の吹き回しだ? 先日よりも距離が近いが……) 思い当たることがあるとするのなら、学んでほしいと言ったことに関してだろう。 確かに日向はお調子者のケがある人間だし、惠に対して抱いている警戒はあっても、基本的には他者に対して真摯であり紳士だ。 情報を探るためとはいえ惠に対して滅多なことをするとは思えないし、教えてやってくれと言った内容に関して間違いが生じるわけもない。(だとするのなら、やはり何か俺に直接確認したいことがあると考えるのが筋か) 学ぶことを許可したのは己だ、ならば教えを乞う事も認めたと同義である。「……ふぅ、このままでは仕事にならん。先に要件を聞こうか」「い、いえ。そんな、旦那様に何かなんて」「どこまで勉強をしたのかまだ聞いてはいないが、俺に嘘が通用しないくらいは聞いただろう?」「う……」 カマかけに近い真人の言葉だったが、どうやら思いのほかお勉強は進んでいたようで。「申し訳ありません」「謝る必要などない」 真人は小さく息をついた後、机を離れ惠の前へと座った。「気味が悪く、思ったか」「え?」「構わない、慣れている。人の感情が見える目を持つなど、気味悪がられて当然だとも理解している」 巳神様こと辰巳真人はそういう贈り物を神様から頂戴している。 より正確に言うのならば、遥か昔にそういう力を先祖が頂戴し、引き継がれていた。
「ここが書庫っす~! ちょっと埃っぽいっすけど勘弁してくれたら嬉しいっすよ」「わぁ……」 少しどころではなく物凄い埃の立ちっぷりだった。 それはもう惠が一歩後退りしてしまうほどのレベルで。「なはは……実のとこ、ほとんど入らない部屋なんすよね。部外秘っつーか、身内以外に見せちゃダメなもんばっかで、オレたちは一家にお世話になるって決まった時くらいしか用事なくて」「そう、なんですね」 中々の有様ではあったが、古書が持つ特徴的な匂いというのか雰囲気は惠の肌にあるものだった。 軽く口元を手で覆いながら埃の溜まった床に足跡をつけていけば、奥には読書の為のスペースだろうか、窓からの光が溜まる机があって。「素敵、です」「え? どうかしたっすか?」「いえ、何でもないです。その、簡単に掃除からやらせてもらってもいいですか?」「ういっす! ほんじゃあ雑巾とか持ってくるっすが……あの辺の棚には触らないで欲しいんでよろしくっす」 本来であれば自分が用意すると言っていたところだろうが、この場の雰囲気を味わいたいと言う欲求が惠の足をその場に縫い付けた。 そんな惠の姿を見て日向は警戒心を高める。 真人の申し付けが故にこの機会は設けられたが、重ねて書庫への入室と記録の閲覧は部外秘だ。 まだ信用を置けない人間を立ち入らせるには不安があったし、日向としては反対も大反対と言った所。(……ある意味、チャンスと思うべきっすね。ハイリスクっすけど、ここで妙なことをしでかすかどうかを確かめるっすか) 思案を一つ部屋へと残して、日向は書庫から離れていく。 そして離れていった日向に気づくことなく、惠は書庫の中を噛み締めるように歩を進めた。「私、本が好きだったんだなぁ」 そうだったのかという発見だった。 思い返してみれば思い当たる節はあったが、実感したのは初めてで。「ふふっ。埃っぽい」 楽し気に棚に並んでいる本の背表紙を見て回る。 背表紙に書かれている文字は崩し字も多く内容の見当がつかない。 つかないが、これはどんな本なのだろうと心が躍っている。「あれ? これって……よいしょ、っと」 そんな中で一つ、古いことに変わりはないがまだ新しいと言うか異質な本があった。 特に深く考えることもなく、ページをめくってみれば。「写真……アルバム、かぁ」 最初のページには白黒
早瀬家は女系一族である。 戦後の発展期に成長した会社の重役たちへと嫁入りし、その会社の実権を奪い取る形で力をつけてきた。 今となっては血筋に関係ない会社へすら強い影響力を持ち、自身で興している会社を持たずとも最高顧問として多くの会社に早瀬の名前が刻まれている。「そう。では特に動きはないと」「はい奥様。辰巳家、ひいては天宮家からは何も」 現当主、惠と歩の母である早瀬景もそうだ。 自惚れか思い上がりか、早瀬の名は既に天に比肩すると信じていた。「わかりました。下がりな――いえ、一つ」「如何なさいましたか?」「最近使用人たちの気が緩んでいるのではないかしら? 注意しておきなさい」「っ……承知いたしました。大変申し訳ありません」 景は返答にひとまず頷き、そのまま顎で退室を促した。 静けさが戻った自分の部屋で、椅子へともたれかかりながら瞼を閉じる。「順調、あるいはもう天を超えた、と思ってもいいのかしらね」 考えることと言えば自分が仕込んだ毒のこと。 惠を辰巳家へと差し出して一週間、使用人頭が言ったように辰巳家からも天宮家からも何の沙汰はない。 景は人為的に作ったアザをいつまでも生贄の証明であるなんて貫けはしないことなど理解している。 それこそ子供騙しも良いところだったし、挙句の果てには当の本人不在での結納なんて常識を疑うようなことすら通った。 それはつまり、辰巳が天宮が、早瀬の家に何も言えなくなっている証左ではないのか。「ふ、ふふ」 景にはそう思える、そう思った。 先祖たちが目指した高みへ、私が、私こそが至ったのだと。 そうとも、早瀬の女は奪うために生まれてきた。奪うことで命と名を繋ぎ、力を高めてきた。「守ってあげたくなる系女子、でしたか? そんな花にこそ毒はあるものでしょう」 その血は認めたくなくとも惠にとて流れているし、素直で従順な女を好まない男なんていないのだ。「感謝してあげるわ、惠。だから喜びなさい、近い将来辰巳……いえ、天宮を通してまた、あなたを使ってあげますからね……あとは」 残るはもう一つ、歩のことだけ。「早瀬に尽くすと言う意味では問題ないでしょうが……さて、あの子は何を考えているのかしらね」 歩の動きにおかしい点は見られない。 お互いに惠を利用して生贄婚を回避するという考えの一致にして







