Masukあえて言う事でもないが、早瀬家における惠の価値と言うものは低い。
と言うのも姉である早瀬歩が文武両道を絵に描いたような人物だったからだ。
幼いころから勉学にスポーツにと多くの賞を貰っていたし、家の内外問わず被っている仮面が見事であった故に誰もその本性を知らず歩を持て囃していた。故に、早瀬家の将来を担うに相応しい人物と目されるのは当然と言える流れだった。
あるいは、惠の性格が控えめだったことも災いしたと言えるかもしれない。歩が脚光を浴びるたびに母は惠に姉の為にもっと尽くせと言いつけたし、使用人たちですら歩を盛り立てるために惠を使うようになった。
「――おいっ! 今日の仕込み当番は誰だよっ!」
「知らないわよ! っていうか厨房管理はあなたの仕事でしょう!?」そうとも、それが普通になってしまったからこそ。
「あぁもうくそう! こんなもの歩お嬢様にお出しできないぞ!」
「だから知らないって! 私たちは掃除にいそが――」 「おーい! 剪定ばさみってどこにあったっけ?」 「知らねぇよっ!! 庭師がコックに聞いてきてんじゃねぇっ!」当然がなくなってしまえば、混乱も起きる。
如何に惠へ無意識、無自覚に依存してきたかを実感したとも言える。 もっとも、誰一人として惠の存在は大きかったと認めるものはいないだろうが。しかしながらに今回の生贄婚により惠に対して、家中で使い潰すこと以外の価値が生まれた。
それはいわば利用価値というものだ。
単純に次期当主である早瀬歩を守るためという面もあれば、家から出したことで別の使い方が生まれもした。故に、今更早瀬家においての役割になど戻れるはずもない。
「どうしてこうなった! あぁもうだれかどうにかしてくれよ!」
結局その日の朝食にありつけたのは早瀬家現当主である母と、歩だけ。
使用人たちは昼食の時間まで空腹に耐えながらなんとか職務にあたっていたのだった。「――今朝は差し出がましいことをして申し訳ありませんでした」
さて、辰巳家の朝食の場が終わり、惠は真人の下へとまず謝罪にやって来た。
部屋へと入ってくるなり三つ指をついて謝罪される理由がこれっぽっちも思い浮かばない真人であったが、ひとまず。「何に対して謝罪されているかわからないな」
ぶっきらぼうに言うしかできなかった。
そうとも、重ねて何故惠が謝罪しているのか見当もつかなかったのだ。「そも、何を申し訳なく思っているというのか。俺の許可がなかったからであれば今言っておこう、日向悠太が認めたのならば否はないと」
そもそもの話をするのであれば、こうして惠が直接謝罪にやってくること自体が謝罪に値することと言える。
曲がりなりにも神の一族だ。礼儀作法もあれば序列と言ったものとて存在している。
現状、立場上惠は真人の妻ではあるが、誰がそうだと心から認めているのか、圧倒的に惠は値する信頼や信用を積み重ねていない。にもかかわらずその立場を利用して直接真人と言葉を交わすなど、家中の人間からすれば受け入れがたいものに相違なかった。
「……申し訳、ありません」
「……ふぅ」とはいえ真人がそうだと認めろと言えばそれこそ鶴の一声ではあるだろう。
だが自分に尽くしてくれている家中の者たち相手に強権に似た何かを振るうことは憚れるし、仮に振るうにしたとしても、やはりそこには惠を認めるに足る信頼が必要だ。「で、ではその。つ、妻としての役割など、ありませんか?」
「妻として?」 「は、はい。あっ! そ、その、昨夜は寝所にお伺いもせず申し訳ありません!」再び頭を下げる惠だった。
真人がついた溜息の理由は頭に浮かばない。 浮かばないが、何かをしなければならないという強迫観念は変わらずに付きまとっている。捨てられたくない、その思いに背を押されて惠はなんでもしますと口にするが。
「一つ、誤解があるようだな」
「誤解、ですか?」 「ああ。まったく、早瀬家は一体何を考えているというのか……いや待て、お前が頭を下げることではない」 「は、はぁ」こほんと真人は咳ばらいを一つして、更に頭を下げようとした惠を制する。
「現状、俺とお前はただの婚約者だ。祝言……結婚式を挙げるまで俺たちの関係は夫婦と確定しない。従って、俺がお前を自分の妻として扱うことはない。婚前交渉などあってはならん話だ」
急なお堅い話に惠は目を瞬く。
真人が持つ貞操観念が故の話でもあるが、それだけではない。「祝言の日程を決めるのは俺ではないから具体的な日程は言えない。だが、時が来れば俺は神の役割としてお前を孕ませなければならない。あえて言うのであれば俺に孕まされる、それ以外に役割はないと言える。故に、何かしてくれとは言わん。重ねて日向が許可する範囲のことをやればいい」
役割としてと語った真人の話に、何故か惠は言葉に出来ない想いが沸き起こる。
真人が役割を望んだ惠に対しての答えを言うのならば真実それ以外にないのだ。
自分の子を孕み、巳を継ぐ神を生む。
それ自体が重責でもあるのだ、その重さは真人自身よく知っている。「で、では……!」
「うん?」ここで初めて、あるいはようやくか。
「か、神様の一族について、学ばせて頂けませんか?」
強迫観念の中に僅かに別の色が挿し込んだ。
「神様の子を産むことが役割であることは、承知しました……しかしながら、それだけでは居たくないのです」
当然孕まされる時を待っている間にやはり捨てられてしまうのではないかという恐怖はある。
あるが、真人を見て思うのだ。
「どうか、お役に立たせて頂くためにも、お願いいたします……!」
決められた役割だけでは嫌だと。
それは真人自身から、課せられた役割を何処か諦めにも似た境地で受け入れている雰囲気が伝わってきたからであり、その姿が何処か寂しそうに見えたからで。
今ある役割だけを受け入れた惠の将来の姿でもあったから。
「そうか」
生きているようで死んでいる。
惠がそう言語化できたわけではないが、強迫観念の中に生存本能とも言える何かが芽生えた瞬間だった。「わかった、良いだろう。日向には言っておく。後はヤツの言うことを聞け」
「っ……! ありがとうございます!」惠が何を考えたのか真人にはわからない。
わからないが、そうすることも必要な一つに違いないと、小さく顎を引き、初めて惠の行動への許可を出した。羊屋に注文した服が届けばすぐにお披露目会が始まった。 注目されることに慣れていない惠ではあったが、今は羞恥の感情が強いらしく俯き加減だったが。「おー! 似合ってるっすよ! 惠さんっ!」「そ、そうでしょうか? いえ、こちらの着物はとても素敵なのですが、えぇと」「いやいや! 惠さんの綺麗な黒髪に白が映えるっす! オヤジのセンスとはとても――」「俺のセンスがどうした?」 思わずというよりはあえてだろう。 日向の言葉にしっかりと真人は反応して。「後で来い」「か、勘弁っすよオヤジ! だってほら、テンションあがるっすよこの惠さんを見たらっ! オヤジもそうでしょう!?」「否定せん。よく似合っている。だがそれとこれとは話が別だ」「ひえぇ……うぅ、小指でいいっすか?」「いらん」 日向と真人のやり取りに男衆が笑が、空気に合わせてそうしているだけで内心では驚き一色だった。 誰よりも先に当主である真人が惠を認めた。 その事実に驚いているのだ、それは日向にしても同じく。(オヤジ……いいんすか?) 意図を掴めないというわけではない。 それなり以上に長い付き合いだ、外側だけでも辰巳家の人間と示す必要性はあったのだから、こうして服を仕立て与えることに異論はない。 無いが、これは真人からの合図としても受け取れるのだ。 各自、惠に対しての態度を改めて考えてみろと言った合図として。(……これから、っすね) 判断を急がされたとは思わないが、これからは警戒と共に、受け入れるという方向性を常に考えるべきだろう。 そんなことを日向や男衆が考えている中、惠は確かめるように。「ほ、本当に似合っていますか? 旦那様」「ああ。つまらんことで嘘は言わん。本当によく似合っている」「ほんとう、に?」「くどいな。それともこれで俺の隣を歩くに相応しいとでも言えばいいか? むしろ俺のほうが負けてそうで悪い気がするが」 真顔で真人は言う。 その様子と、周りがひとまずの覚悟を決め始めたタイミングで。「……素敵な服をありがとうございます、旦那様。大事に、します」「そうしてくれ。だが、大事にしすぎるな。いつでも新しいものくらい、用意する」 ぎゅっと胸元で手を握り、惠は小さく安堵するように息を零した。 こういった場面でどういう態度を取るべきかを惠は知らない。 笑えばいい
「お、お待たせ致しました」「ふむ、来た時の服か。これならば恥をかくこともないだろう」 着替えて玄関にやってくれば、もう一度着替えてこいと回れ右を申し付けられる事三回。 ようやくというべきか、惠は辰巳家へとやって来た時の服を着ることで良しとされた。「恥……あっ、考えが至らず申し訳ありませんでした。旦那様のお傍にいるのでしたらそう、ですよね」「俺のことでない。ないが……そうだな、相応しいとは言えないという意味ではそうか」 使用人服を着た女を連れ歩く男は確かに異様の一言だろうが、真人が言いたかったのはそういう事ではなく。 単に惠が奇異の目で見られないようにという配慮のつもりだった。 しかし、今回の外出目的を考えれば大きく筋を外れてはいないと、やや真人は混乱しつつも無理やり頷くことにした。「えぇと?」「気にするな。行くぞ」「は、はい」 そのあたりの機微を惠はいまいちどころか全く考えを及ぼせられない。 むしろ早瀬家にいた頃は使用人服が私服と言えたような状態だったが故に仕方ないのかもしれないが。 ともあれ。(やっぱり、大きいな) 真人の三歩後ろを歩き始めた惠はそう思った。 共に同じ布団で眠るようになった時にも実感したが、男の背は大きく広い。 この背中に何を背負っているのかをまだ惠は推しはかることができないが、それでも干支神として世の一般男性より大きく重いものを背負っているのだろうということは理解できる。「なおさら、お役に立たないと、ですね」「む? 何か言ったか?」「い、いえ。なんでもありません」「そうか」 惠が抱いた考えはいつもの生存本能から一歩先に進んだところにあるものだった。 自分が脅かされないためではなく、他者の為をもとにした発想だ。成長と言うには彼女に自覚はないが、それでもである。 惠が内心で心を新たにしている一方、真人はむず痒さを感じていた。「大和撫子たるもの男児の三歩後ろを、か」 真人が持つ貞操観念というか、こうあるべきという価値観そのままである構図だったが、どうにも落ち着かない。 実際に体験して初めてわかるとはこのことか、どうにも最近自分には亭主関白は似合わないらしいと感じていた。(だが、命令など論外だ。性に合わん) かといって落ち着かなさを解消するため隣に来いというのにも違和感がある。 こういう時上
恵にとって役割や役に立てるか否かという評価とは、存在許可証のようなものだ。 いっそのこと辰巳家がやって来た恵を使用人の如く扱っていたのなら安心感は得られていただろうが、そうはならなかった。 ならなかったがため恵は落ち着きを失ったし、狼狽えた。 何も任せられなかった理由は、やはり惠に対する警戒心や信用足らずが理由ではあったが、結果的に仕事を任せられなかったのは事実である。 故に、依然としてと言う言葉は少し違うだろうが。 それでも変わらず早瀬恵は自分の価値を極めて低い場所にあるものだと今でも思っている。 ただ、食事を作る手伝いや家の掃除をするようになり、真人と共に文字通り一緒に眠るようになってからの一週間で、ひとまずの落ち着きは得られたと言えるだろう。「――ん」 とはいえ、である。 流石に朝目を覚ました時、目の前に美形男性がいるという状態に惠はまだまだ慣れることができない。(う、うぅ……じ、自分で言いだしたこと、だけど……) 子供のころより姉の付き人紛いをずっと続けてきた身である。 全てにおいて姉を優先してきた惠には、悲しいかな異性とのアレコレと言った経験はない。「ふ、ぅ……」 それでもいわば惠は年頃の女性だった。そうだったんだとようやく自覚できたというべきか。 義務感か強迫観念かに突き動かされて申し出たのはいいものの、多少の落ち着きを得たことで現状に対する認識を受け止めるだけの余裕ができた。 できてしまったがために、今更自分がどれだけはしたないと言うか、大胆なことを言ってしまったかに気づいてしまった。「旦那様、旦那様。朝です、お伺いしていた時間ですよ」「む、ぅ……」 いっそのこと、寝所へ誘ったその日に身体を捧げられていたのならまた変わってはいただろう。 男の慰み者となるという役割を認識し、そうすれば生きていられると安心できた。 だが、そうはならなかった。ならなかったが故に、少しの落ち着きしか得られなかったと言える。 ともあれ、惠の新しい日常は同じ布団の中で眠る美形の旦那様を起こすことから始まる。「め、ぐみ……?」「っ……はい。惠です、おはようございます」「そう、か。あさ、か……」 寒さに弱いというのは本当のことなのだろう、それも想像できる弱さを超えた域にある。 大きな体躯を丸めて布団に潜り込み眠り、起きるときは
「む、むぅ」 その日の夕食後、真人は居心地の悪さを感じながら書き物に向かっていた。「旦那様? お茶のお代わりはいかがですか?」「も、貰おうか」「はい。すぐにご用意いたします」 それもそうだろう。 いつもなら一人で仕事に向かう時間だと言うのに、自分以外の誰かがいるということに落ち着かなさを感じるのはもちろんだが。「どうぞ、お待たせしました」「う、む。ありがとう」 既にこの茶で何杯目か、胃の中にまだ残っている夕食はきっと茶の海を泳ぐことになっているだろう。 そんなわけのわからないことを考えながら、ちらりと真人は近くに控えている惠を盗み見た。「その、なんだ。何か用があったか?」「いえ。どうぞお気になさらずお仕事のほうを優先してください」「そ、そうか」 その惠は自覚がないのか、やけにそわそわしている様子で。 少しでも手を止めてしまえば先程のようにお茶のお代わりを勧めてくる。(どういう風の吹き回しだ? 先日よりも距離が近いが……) 思い当たることがあるとするのなら、学んでほしいと言ったことに関してだろう。 確かに日向はお調子者のケがある人間だし、惠に対して抱いている警戒はあっても、基本的には他者に対して真摯であり紳士だ。 情報を探るためとはいえ惠に対して滅多なことをするとは思えないし、教えてやってくれと言った内容に関して間違いが生じるわけもない。(だとするのなら、やはり何か俺に直接確認したいことがあると考えるのが筋か) 学ぶことを許可したのは己だ、ならば教えを乞う事も認めたと同義である。「……ふぅ、このままでは仕事にならん。先に要件を聞こうか」「い、いえ。そんな、旦那様に何かなんて」「どこまで勉強をしたのかまだ聞いてはいないが、俺に嘘が通用しないくらいは聞いただろう?」「う……」 カマかけに近い真人の言葉だったが、どうやら思いのほかお勉強は進んでいたようで。「申し訳ありません」「謝る必要などない」 真人は小さく息をついた後、机を離れ惠の前へと座った。「気味が悪く、思ったか」「え?」「構わない、慣れている。人の感情が見える目を持つなど、気味悪がられて当然だとも理解している」 巳神様こと辰巳真人はそういう贈り物を神様から頂戴している。 より正確に言うのならば、遥か昔にそういう力を先祖が頂戴し、引き継がれていた。
「ここが書庫っす~! ちょっと埃っぽいっすけど勘弁してくれたら嬉しいっすよ」「わぁ……」 少しどころではなく物凄い埃の立ちっぷりだった。 それはもう惠が一歩後退りしてしまうほどのレベルで。「なはは……実のとこ、ほとんど入らない部屋なんすよね。部外秘っつーか、身内以外に見せちゃダメなもんばっかで、オレたちは一家にお世話になるって決まった時くらいしか用事なくて」「そう、なんですね」 中々の有様ではあったが、古書が持つ特徴的な匂いというのか雰囲気は惠の肌にあるものだった。 軽く口元を手で覆いながら埃の溜まった床に足跡をつけていけば、奥には読書の為のスペースだろうか、窓からの光が溜まる机があって。「素敵、です」「え? どうかしたっすか?」「いえ、何でもないです。その、簡単に掃除からやらせてもらってもいいですか?」「ういっす! ほんじゃあ雑巾とか持ってくるっすが……あの辺の棚には触らないで欲しいんでよろしくっす」 本来であれば自分が用意すると言っていたところだろうが、この場の雰囲気を味わいたいと言う欲求が惠の足をその場に縫い付けた。 そんな惠の姿を見て日向は警戒心を高める。 真人の申し付けが故にこの機会は設けられたが、重ねて書庫への入室と記録の閲覧は部外秘だ。 まだ信用を置けない人間を立ち入らせるには不安があったし、日向としては反対も大反対と言った所。(……ある意味、チャンスと思うべきっすね。ハイリスクっすけど、ここで妙なことをしでかすかどうかを確かめるっすか) 思案を一つ部屋へと残して、日向は書庫から離れていく。 そして離れていった日向に気づくことなく、惠は書庫の中を噛み締めるように歩を進めた。「私、本が好きだったんだなぁ」 そうだったのかという発見だった。 思い返してみれば思い当たる節はあったが、実感したのは初めてで。「ふふっ。埃っぽい」 楽し気に棚に並んでいる本の背表紙を見て回る。 背表紙に書かれている文字は崩し字も多く内容の見当がつかない。 つかないが、これはどんな本なのだろうと心が躍っている。「あれ? これって……よいしょ、っと」 そんな中で一つ、古いことに変わりはないがまだ新しいと言うか異質な本があった。 特に深く考えることもなく、ページをめくってみれば。「写真……アルバム、かぁ」 最初のページには白黒
早瀬家は女系一族である。 戦後の発展期に成長した会社の重役たちへと嫁入りし、その会社の実権を奪い取る形で力をつけてきた。 今となっては血筋に関係ない会社へすら強い影響力を持ち、自身で興している会社を持たずとも最高顧問として多くの会社に早瀬の名前が刻まれている。「そう。では特に動きはないと」「はい奥様。辰巳家、ひいては天宮家からは何も」 現当主、惠と歩の母である早瀬景もそうだ。 自惚れか思い上がりか、早瀬の名は既に天に比肩すると信じていた。「わかりました。下がりな――いえ、一つ」「如何なさいましたか?」「最近使用人たちの気が緩んでいるのではないかしら? 注意しておきなさい」「っ……承知いたしました。大変申し訳ありません」 景は返答にひとまず頷き、そのまま顎で退室を促した。 静けさが戻った自分の部屋で、椅子へともたれかかりながら瞼を閉じる。「順調、あるいはもう天を超えた、と思ってもいいのかしらね」 考えることと言えば自分が仕込んだ毒のこと。 惠を辰巳家へと差し出して一週間、使用人頭が言ったように辰巳家からも天宮家からも何の沙汰はない。 景は人為的に作ったアザをいつまでも生贄の証明であるなんて貫けはしないことなど理解している。 それこそ子供騙しも良いところだったし、挙句の果てには当の本人不在での結納なんて常識を疑うようなことすら通った。 それはつまり、辰巳が天宮が、早瀬の家に何も言えなくなっている証左ではないのか。「ふ、ふふ」 景にはそう思える、そう思った。 先祖たちが目指した高みへ、私が、私こそが至ったのだと。 そうとも、早瀬の女は奪うために生まれてきた。奪うことで命と名を繋ぎ、力を高めてきた。「守ってあげたくなる系女子、でしたか? そんな花にこそ毒はあるものでしょう」 その血は認めたくなくとも惠にとて流れているし、素直で従順な女を好まない男なんていないのだ。「感謝してあげるわ、惠。だから喜びなさい、近い将来辰巳……いえ、天宮を通してまた、あなたを使ってあげますからね……あとは」 残るはもう一つ、歩のことだけ。「早瀬に尽くすと言う意味では問題ないでしょうが……さて、あの子は何を考えているのかしらね」 歩の動きにおかしい点は見られない。 お互いに惠を利用して生贄婚を回避するという考えの一致にして







