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39.905号室

last update Last Updated: 2025-10-20 21:00:07

 Dは大曲のラブホの前でへたり込んで呆然としていた。

自分と同じ顔の屍人に首を絞められたことが相当ショックだったのだ。

きっと、

「あれはあたしだった」

 という言葉がDの頭の中でリフレインしているのだろう。

 バイパスから来たスポーツタイプの車が、私たちの前を徐行しながらラブホの駐車場に降りて行った。

助手席の女性が私たちを凝視していた。

ラブホの前にしゃがむ若い女性とそれをなだめるおじさん。

パパ活の二人に見えてなければいいが。

 私はDに肩を貸して立たせると、今日泊まることになっているヤオマンホテル・大曲へ向かった。

 フロントに着くと、

「予約した、鞠野です」

「ようこそ鞠野様。奥様と」

 と区切って一旦、私の横でうなだれたDを見てから、

「二名様でダブルのお部屋を3日のご予定でお取りしております。ご案内しますのでお荷物を」

 と言われてようやく、コロコロを私のもDのも地下道に置いてきてしまったことに気がついた。

まだ屍人のミヤミユがいるだろうから明日明るくなってから取りに行くことにした。

「荷物はないです」

 フロント係からカードキーを渡されたボーイさんが、

「こちらへどうぞ」

 とエレベーターホールへと向かった。

エレベーターホールの床に敷かれたフカフカの赤い絨毯、豪華な生け花、日本画の巨大な壁絵。

ビジネスホテルのヤオマン・インとは比べられないほど豪華だった。

 エレベーターが降りて来るのを待っている間に、Dがボーイさんに聞いた。

「部屋番号は?」

「905号室です」

 途端にDが血相を変えて、

「部屋、変えないと」

 と言い出した。同意を求めるように私の顔を見ている。

「そうか。まずいか」

 このホテルの905号室こそ、私がベッド・イン・ビジョンで観た屍人のミヤミユとフジミユが対決した部屋だった。

辻沢に来てすぐ幽霊J

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     Dがレストルームへ行く物音で目が覚めた。カーテンの外は明るかったので私も起きることにした。着替えをコロコロから出そうとベッド脇を見て昨晩地下道に置いてきたのに気付く。ベッドを出て窓辺のチェアに脱ぎ捨てた昨日の服をもう一度着た。下着のTシャツに袖を通すとヒヤッとした。「ビュッフェ、楽しみですね」 レストルームから出て来たDが言った。Dは着替えを済ませていたが、昨日と違う服を着ていた。着替えをバックパックに入れていたのかもしれない。「何時から?」「7時からです」 あと20分ほど時間があった。「先に取りに行く?」 ビュッフェの場所はロビーのカフェなので降りるついでに地下道に行って帰ってこれる。「そうですね。先に取りに行きましょう」 私は顔を洗うためにレストルームに入った。トイレを済ませて洗面台の前に立った。白い蛍光灯の下、鏡の中の無精ひげの男は『アルゴ』の鞠野フスキのように見えた。自分の研究室の女子大生を辻沢に誘い込む大学教授。そのせいでミヤミユは吸血鬼に襲われて屍人になった。私は私のミヤミユを屍人にしてしまうのではないか。そう思えてきて恐ろしくなった。 口の中がねちゃついて気持ち悪いのでコップに水を汲んで口をゆすいだ。犬歯が取れた歯茎がズキっとする。吐き出した水が洗面台に薄ピンクの跡をつけた。顔を洗いながらそれを綺麗にしてレストルームを出た。「行きましょう」 Dはすでに用意を済ませドアの前にいた。私も靴を履いてアキレス腱を伸ばしてから部屋を出た。 エレベーターホールで待っている間、Dはずっとうつむいたままだった。やはり昨日のことが頭から離れないのかもしれない。〈♪ゴリゴリーン〉 エレベーターが来た音にDが、「昨日は気がつかなかった。やっぱりここは辻沢ですね」 この音は、コンビ

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     私とDはヤオマン・カフェにいて、辻沢駅前の人の往来を眺めながら遅い昼飯を食べていた。「宿取れました」 Dがスマフォの画面を私に見せた。それは「ヤオマンホテル・大曲」からの予約完了メールだった。「3日の予定で取りましたけど、状況次第で」 延長もありか。ダブルベッドの部屋が一室。値段は三泊で10万を超えていた。また痛い出費。帰ったらすぐバイト探さないと。「スオウ山椒園は明日だよね」「はい。8時半に」 それなら、今日は辻沢を見物しないかと言おうとしたが止めた。私たちは人探しに来たのだった。しかも状況は切迫している。「聖地巡礼でもしますか?」 逆にDから提案されてしまった。「いいの?」「焦ってもしかたないですから」 まだ3時を過ぎたところで今からホテルに行ってもやることが無い。「行ってみたいところある?」「辻沢女子高校?」 行き先が決まったところで、私とDは荷物を持ってカフェを出た。「一旦大曲のホテルへ行って荷物を置いたがいいか、このまま辻沢の町を突っ切って行ったがいいか」 Dはしばし思案してから、「辻バスに乗りましょう」 辻女は駅から歩いても行けるが、小説のレイカたちは辻バスを使っていた。「じゃあ、ゴリゴリカード買おう」「それな」 町長の肝いりで導入されたプリペイドカードで、辻沢内なら何にでも使えてポイントも付く。もちろんバスにも乗れる。 バス停に停まっていた六道辻行きのバスに乗った。辻沢の旧市街を通るためか小型のバスだ。「辻女行きますか?」 乗る前に運転手さんに確認する。「行きますよ」 運転席の前で、「2000円のゴリゴリカード2枚ください」 と言うと、16種類のカードが並んだシート冊子を見せてくれた。「どれがいいですか?」 カードには女子高生モデルが宮木野線沿線8女子高の夏冬の制服姿でプリントされてある。これも町長の趣味。 私は中から辻女の夏服を選ぶ。それを見てDは辻女の冬服を取った。代金は私がまとめて交通系のICカードで払った。「辻女前まで」〈♪ゴリゴリーン〉 早速ゴリゴリカードを使う。 Dと二人で出口近くの座席に着く。乗客は私たちの他は中年の女性客が2人、大学生風の男子が一人だ。「この女子高生モデルって、失踪した子なんですよね」 Dがカードをしまいながらぼそりと言った。辻女生の

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