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届かない婚姻届

届かない婚姻届

By:  甘さ7割Completed
Language: Japanese
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向井圭介(むかい けいすけ)はある組織で副部長を務めている。彼の家には、「別れるなら死別のみ、婚約破棄はなし」という不文律がある。 私の兄が戦死する前に残した願い──それは圭介に私を娶らせてほしい、というものだった。 だからたとえ幼なじみの吉田小春(よしだ こはる)に心を寄せていても、圭介は組織に私との婚姻届を提出した。 小春が、兄が遺してくれた唯一の形見である腕時計を壊してしまうまで。 圭介はまたしても小春をかばい、私は今回、喧嘩もせず、ただ遠く海外にいる先生に連絡を取って、海外特派員になる準備を始めた。 旅立つ前に、私は自分に10日間の整理期間を与えた。 初日、私は提出されるはずだった婚姻届をこっそり隠した。 三日目、組織に退職願を提出した。 旅立つ日、圭介はようやくあの腕時計のことを思い出し、「次の休みに新しいのを買いに行こう」と自ら言ってくれた。 その直後、彼は続けた。「小春が今夜、友達を連けて家で食事するから、ちゃんと料理用意しといてね」 私は笑って応えておいた──そして二度と彼の世界に現れることはなかった。 その後、メディアで私の情報を見るたび、圭介は引き出しにしまった婚姻届を眺めてはぼんやりと佇むのだった。 そこにしまわれているのは、あの未熟な秋の日々、二度と戻らぬ恋人、そして彼が渡せなかった腕時計……

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Chapter 1

第1話

婚約者の向井圭介(むかい けいすけ)との冷戦が三日目に入った頃、ようやく海外にいる先生と連絡が取れ、参加したい意向を伝えた。

電話の向こうでしばし沈黙があった後、先生は苦しげに口を開いた。「和希、君の家はもう君一人だけだ。それに結婚する年頃でもある。ここに来たら、君の身の振り方はどうするつもりだ?

それに、国際情勢は目まぐるしく変わり、国内ほど安定して安全ではない。女の子一人では……」

決心はしていたものの、胸の奥が避けがたく刺すように痛んだ。

もともとの計画では、確かに来月、幼なじみの婚約者と結婚するはずだった。

だが、お互いの気持ちが通じ合った結婚だと思っていたら、いつしかそれは、一方が永遠に我慢し続ける、三人で窮屈な関係へと変わっていた。だから私は身を引き、もっと意味のあることをしようと選んだのだ。

「先生、父も兄も困難にひるみませんでした。私も同じです」

電話の向こうで長いため息が漏れた。「国内の事務所にすぐ連絡を取らせる。準備にどれくらい必要だ?」

「十日あれば」

通話を終え、通信室に戻って腰を下ろしたら、圭介がやって来た。

彼は険しい顔で婚姻届を差し出した。「個人情報を確認して、あとで提出しろ」

父と兄が相次いで戦死した後、彼は私の面倒を見やすくするために、早々に官舎を申請していた。

以前なら、放送局に緊急の伝達があれば、どんなに遅くても必ず自分で送り迎えしてくれ、私が少しでも危ない目に遭わないかと気を揉んでいた。

だが、吉田小春(よしだ こはる)が戻って来てからは、すべてが変わってしまった。私はその家で最も透明な存在になった。

今回、小春に大切にしていた腕時計を奪われ、抗議したが実らず、むしろ彼に責め立てられたため、私は三日間、あの家に帰らなかった。

今回会っても、彼から一声の心配や気遣いの言葉さえなかった。

愛は隠せない。彼の心には既に私の居場所はない。ただ私が鈍感すぎて、気づくのが遅かっただけだ。

少し躊躇したが、余計な波風を立てたくはなかったので、とりあえず婚姻届を受け取った。内心では、どうやってこの届を握り潰すかばかり考えていた。

私が不機嫌だと思ったのだろう、彼は不満げな顔をした。「ガラクタの時計だ、小春が気に入ったんだから譲ってやればいいじゃないか。毎日、そんな顔をして誰に向かってるんだ?」

まだ足りないと思ったのか、彼は続けた。「生田和希(いくた かずき)、いったいいつからこんな女になった?細かいことまでやけに執着して、どうしようもないな」

私は彼を見つめた。血の温度が一気に引いていくのがわかった。

ガラクタの時計?

そうだ、彼はこういう男だ。

ペン一本、ノート一冊といった小さなものから、私の仕事、私の部屋といった大きなものまで、小春が気に入れば、私は全てを差し出さなければならなかった。そうしなければ度量が狭いと言われ、少しでも言い返そうものなら、徹底的に貶められた。

わずか三ヶ月の間に、このような責め立ては、もう数えきれないほどあった。

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