LOGIN初雪が降ったあの日、婚姻届を提出しようとしたが、私・村上佳穂(むらかみ かほ)は婚約指輪をなくした上、十年も付き合っていた彼氏にすっぽかされた。 区役所の入り口で一人ぼっちで立っていると、突然電話が鳴った。 電話してきた警察によると、私の彼氏・青木湊(あおぎ みなと)は後輩の福田リン(ふくだ りん)の子供を傷つけられないように守ろうとして、相手を重傷させたという。 私が駆けつけた時、彼はその母子二人を抱きしめ、見たこともないほどの焦りを浮かべていた。 「先輩、あの時は私が悪かったんです。あなたのもとを離れるべきじゃありませんでした。 怖くてたまらなかったんです。元夫が執拗に絡んできて、あなたが命がけで守ってくれなかったら、とっくに生きていられませんでした。 そうだ、今日は彼女さんと婚姻届を提出する予定でしたよね?彼女さんの方は大丈夫ですか?」 私は怒りで震え、湊に飛びかかって平手打ちを食らわせ、ヒステリックに言い争った。 湊は決して自分の過ちを認めず、私を「器の小さい女だ」「嫉妬するのが情けない」「離婚した女性への同情心がないのはひどい」と罵った。 最後、私は地面に崩れ落ち、涙ながらに「別れよう」と言った。 すると湊は折れて、リンをブロックし、二度と連絡しないと誓った。 だがその後、家の郵便受けにはいつも手紙が山積みになっていた。 二人はなんと、何でも話す文通相手となり、音楽や理想、生活の些細なことを語り合い、互いのことを「ソウルメイト」と呼んだ。 クリスマスの日、私は一通の手紙を見つけた。 【この前預かっていた婚約指輪を返しましょうか?彼女さんが気にしているようですし、私、悪者になりたくないんです】 【別にいいよ、婚約は彼女を喜ばせるための冗談だ。結婚するつもりはない】 私は笑ってしまった。 一度口にした言葉は、もう取り返しがつかない。 北は寒すぎる。家を離れて五年、そろそろ帰る時がやってきたのだ。
View More実は私も以前、沢くんはもしかしたら湊の子じゃないかと疑ったことがあった。それで私立探偵を雇い、遺伝子鑑定を行ってもらった。その結果、二人に父子関係は確かに存在しないことが判明した。その真実を知った瞬間、私は涙が出るほど笑った。じゃあ湊の行動は一体何だ?男の骨の髄まで刻まれた保護欲なのか?北から離れてからも、湊の噂が時折私の耳に入ってきた。リンが彼に薬を盛って、それで妊娠することで結婚を迫ろうとしたらしい。ところが湊が入る部屋を間違え、ホテルの従業員と肉体関係を持ったという。報道陣がドアを開けた時、二人は乱れた姿で抱き合っていたそうだ。リンは狂ったように殴りかかったが、湊に制止され、「頭おかしい女」と罵られ、その後、二人ともろくでもない人生を送っているらしい。どうやら、湊がリンに優しくしたのは、単なる男の保護欲が働いただけだった。彼は心の底ではリンを見下していて、彼女を妻に迎えるつもりはなかった。渡したお金もわずかで、彼女は子供を育てるのに苦労していた。結局二人は別れた。リンは湊の会社の機密を盗み、子供を連れて国外へ逃げたと聞いている。湊の会社はその影響で資金繰りが悪化し、株主に見捨てられ、多額の借金を背負うこととなった。混乱した関係の中で、最もいい人生を歩んだのはむしろ私のほうだった。「佳穂はもう結婚している。あなたと一緒には行かないさ」星那が私の前に立ちはだかり、真面目な顔で言った。「おじさん、あなたは彼女にふさわしくない。佳穂はもうとっくにお金持ちの奥様だ。店を経営しているのも趣味でやっているだけ。もう子供もいるし、長者番付にも入るぐらいリッチだ。なぜ貧乏そうなあなたと行く必要がある?さっさと行って。佳穂に付きまとうなら、殴るからね!」湊は一瞬呆然とした。彼自身も、なぜこんな状況に陥ったのか理解できなかったようだ。しかし私には明らかだった。湊は昔から満足を知らない男だった。当時、彼は必ずしも私と別れたかったわけではなく、ただ私を屈服させ、私の限界を試そうとしただけだ。彼がほかの女と遊ぶことを、私は受け入れられるかどうかを。ただ私の去り方があまりにも決然としていたため、彼に対応する時間を与えなかった。それが一連の連鎖反応を引き起こしたのだ。故郷で過ご
「あのさ、今日は早く帰れる?」星那がいつものように私の仕事を邪魔する。彼は私の指を絡め、顎を乗せて、目を細めて笑っている。「久しぶりにお出かけしようよ。子供たちが実家にいる間に、二人きりの時間を満喫しよう」私はうんざりして、彼の耳をつまんで引っ張り上げた。「さっさと帰ってよ、お坊ちゃん。私の仕事を邪魔をしないで」星那はふくれっ面をして、私の腰を抱きしめると車の中に押し込もうとした。「これ以上僕に冷たくすると警察呼ぶからね。僕たちは法律で認められた夫婦なんだから、相手に優しくしないのは精神的虐待だ!」じゃれ合っているうちに、私は突然見覚えのある人影を見つけた。薄暗い照明の下で、湊はかなり痩せて見え、目の下には濃いクマが浮かび、憔悴しきっていた。「佳穂……」彼はかすれた声で、私の名前を呼んだ。しかし、その目は星那と私の絡み合った指をじっと見つめ、胸が激しく上下していた。星那はわけがわからず、私の髪を弄りながら小声で私に聞いた。「この人誰?狂犬みたいに見えるけど」私はその言葉に呆れたけど、うつむいて答えた。「元彼。キツい別れ方したの」星那ははっと理解すると、すぐに湊に冷たい視線を送った。すると自慢げに結婚指輪を見せびらかし、皮肉っぽく笑った。結婚後、星那との間に隔たりを作りたくなかったので、過去の出来事を全て打ち明けた。意外にも、彼は嫌悪せず、むしろ私の境遇に深く同情した。「あの男は最低だ」と星那は言った。「妻を捨てた人には報いが必ず来る。君のせいなんかじゃない。人を愛するなら心を尽くすものだ。君は精一杯やった。彼が大切にしなかったのが悪いんだ」そう言われてようやく私は胸をなでおろした。それから何年も経ち、湊の姿や声、笑顔は記憶から薄れていった。彼のことをほとんど思い出せなくなったが、時々不思議に思ってしまう。一体あの頃、どうして彼に惹かれたのだろうかと。そして今目の前にいる湊はかなり老け、精気が完全に抜けたようで、あの頃の彼とは似ても似つかない姿となった。「佳穂、ずっと君を探していた」彼は苦しげに口を開き、星那の怒りの視線を無視して、手を伸ばして私の手を掴もうとした。私はそれを避け、冷たく言った。「もういいわ、私の前でそういう演技はやめてちょうだい」
流産した後は大変だと、湊も知っていたんだね。それなのに、私が病院にいた半月近く、一度も面会に来なかったのはなぜなんだろう。タクシーに乗ると、湊からまた何通かメッセージが届いた。【いい加減にしろ佳穂、騒ぐのはやめろ。位置情報を送れ、今すぐ迎えに行く。結婚式は来月に決まって、招待状も出したんだ。君が戻らなければ、俺は別の女と結婚するしかないからな】ただただ苛立たしい。【末永くお幸せに】と適当に返信し、いっそうSIMカードを折った。関係を断つなら完全に断ち切る。何も残してはいけない。ぬかるんだ地面を踏みしめる。微風が草や葉を揺らす。埃まみれの門を押すと、記憶の中にある幼い頃住んでいた家が再び目の前に現れた。隣のおばあちゃんはすっかり白髪になり、歯もほとんど残っていなかった。おばあちゃんの息子によると、彼女は数年前から認知症を患い、自分が誰かもわからなくなったそうだ。それでも私が通りかかると、昔のように呼び止め、ポケットから飴を二つ取り出した。「佳穂、帰って来たのかい」目がしみる。おばあちゃんは微笑みながら私を見つめ、飴の包みを開けて私の掌に載せた。「もう何年も経ったね。もう会えなくなるかと思ったわ。あの時、家を出たあなたは、まだ幼くてね。行かないで、北は遠すぎるって言ったのに、どうしても行きたいって。ばあちゃんに、ずっと大切にしてくれる恋人が見つけたって言ったね。私にはわからなかったけど、あなたが嬉しそうだったから、そのまま行かせてあげたのよ」彼女は優しく私の頭を撫でながら、かすれた声で囁いた。「十年も経ったのね、子供はできたのかい?あの男の子は、あなたのことを大切にしているのかい?あなたが幸せなら、ばあちゃんはそれでいい」私は手で目を覆い、こぼれ落ちる涙を隠した。痛ましい過去が、この瞬間についに炸裂したのだ。おばあちゃんは慌てふためき、何かを悟ったようだった。彼女は私の涙を拭いながら、優しく慰めた。「大丈夫よ、時間は全てを癒してくれる。うちの佳穂は、この世で一番の女の子なんだから。きっとあなたにぴったりの人を見つけられるわ」私はその場で大泣きして、すべての悲しみが涙となって消えたようだった。おばあちゃんの言う通りだ。私はもっといい人生を選べるはずだ。過
夢の中の湊は、まだ少年時代の姿だった。私たちは狭い地下室で、同じラーメンを分け合って食べていた。「将来、赤ちゃんが生まれたら、大きな家を買って、専用の赤ちゃん部屋を作ってあげようね」「娘がいいな、君に似ていてくれれば。出世してもらわなくても別に構わない、家族が平穏でいればそれでいいんだ」湊は優しく笑った。「佳穂、永遠に愛し合おうね。君がいる場所こそが、温かい俺の居場所なんだ」思い出すとなぜか胸が詰まった。私にはもう居場所なんてないのよ、湊。あなたがリンのために私を捨てたあの瞬間から、過去の誓いは、すべて無効になったのだ。……再び目を開けると、私はすでに集中治療室に横たわっていた。看護師が私の包帯を交換しているようで、腹部の傷口を慎重に避けて新しいのを当てた。「運が良かったわ」若い看護師が淡々と言った。「あんなに血が出て、あと一息だったのよ。幸い妊娠してそんなに週数経ってない。そうじゃなければ神様でも助けることはできなかったわ。若いからって、体を大事にしないのは感心しないよ。妊娠中なのに、パジャマ一枚で雪遊びなんて行っちゃって」私は弁解もせず、ただ窓の外の枯れ木を見つめた。突然、涙がこみ上げてきた。「南の方から来たんだよね?」看護師が笑いながら言った。「あなたの故郷はきっと美しいんでしょうね。冬は暖かいし。そういえば、どうして北の方に来たの?気候にはもう慣れた?」私は首を振り、無理やり笑みを浮かべた。「慣れない。冬はいつも鼻血が出て、肌が乾燥して赤く腫れるの。針で刺されるみたいに痛い」看護師は驚いた様子で言った。「それならなぜ帰らなかったの?恋人のため?」私は黙り込んだ。胸が苦しく、しびれるように痛んだ。看護師は薬瓶を片付け、部屋を出ようした時、ふと思い出したように振り返って念を押した。「青木さんは急用で出たんだけど、あなたに安静にして、下手に動き回らないよう伝言を預かってるの。なんだか、後輩の元夫がまた現れて、青木さんはその人と殴り合いになったそうで……状況は結構厳しいみたいなの。警察で調停を受けていて、弁護士を立てて訴訟になるかもしれないって」私はうなずいた。まるで取るに足らない些細な話を聞いているかのようだった。死の淵を半ば踏み越え