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山も海も越えたのに、愛は届かなかった

山も海も越えたのに、愛は届かなかった

By:  福餅あんCompleted
Language: Japanese
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連休を利用して、私・桜井美緒(さくらい みお)は遠距離恋愛中の彼氏・藤崎悠真(ふじさき ゆうま)を驚かせようと、内緒で航空券を取った。 ところが飛行機を降りた途端、到着ロビーで花束を抱えて誰かを待っていた彼を見つけた。 遠くに住む恋人がサプライズで空港まで迎えに来てくれる。そんな動画を、ネットで見たことがあった。 きっと、私たちも以心伝心なのだ。私が来ると察して、待っていてくれたに違いない。 駆け寄って抱きつこうとした、その時だった。 見知らぬ女の子が私を追い越し、彼の胸に飛び込んだ。

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Chapter 1

第1話

騒がしかった空港が、急に静まり返った気がした。

緊張で、心臓が嫌な速さで脈打っていた。

スーツケースを握る指は、力を込めすぎて白くなっている。私の目は、あの女の子に釘づけだった。

どうか、人違いであって。心の中で、ただそれだけを祈った。

けれど、悠真は口元に笑みを浮かべ、両腕を広げて彼女をしっかり受け止めた。

「そんなに急ぐなよ。この前どうやって転んだか、もう忘れた?」

彼女はむっと唇を尖らせ、スーツケースを彼のほうへ押しやった。

「悠真が受け止めてくれなかったせいでしょ。おかげで半月も入院したんだから!」

先月、悠真とビデオ通話をした時、確かに背景は病室だった。

彼が病気になったのだと思い、私は気が気でなくて、すぐに航空券を取ろうとした。

「俺は平気。友達がバスケで足をひねったから、病院に連れてきただけ。

無理して時間を作って来ようとしなくていいよ。普段だって仕事で忙しいのに、これ以上疲れてほしくないんだ。

修士論文の口頭試問が終わったら、俺から会いに行くから」

そう言い終えるや否や、電話の向こうから甘えるような女の子の声がかすかに聞こえた。

私は少し眉をひそめた。

「どうして女の人の声がするの?」

彼はスマホを手に病室を出た。目元には笑みが浮かんでいた。

「隣のベッドの子が、彼氏に甘えてるんだよ」

私はつい、自分の勘ぐりすぎを笑ってしまった。

あの時、彼が病室を出たのは、静かな場所で私と話すためではなかった。

私に気づかれるのが怖かったのだ。

あんなにうれしそうに笑っていたのも、私から電話が来たからではない。

あの女の子が彼に甘えていたのだから。

鼻の奥がつんと痛み、何の前触れもなく涙が落ちた。

それでも、2人から目を離せなかった。

悠真は彼女の手を握り、自分から降参した。

「全部俺が悪かったよ。今度こそ埋め合わせするから、このあと好きなもの食べよう。何でもいいぞ」

彼女はお腹をさすった。

「でも、もうお腹すいちゃった」

悠真は懐から袋を取り出した。

「そう言うと思った。

大学の前で売ってる、お気に入りのホットサンド。卵とソーセージ入り、マスタード抜き。

ずっと懐に入れてきたから、まだ温かいよ」

彼女はうれしそうにホットサンドを抱え、大きくかじった。それからいたずらっぽく、悠真に目配せをした。

「でも、温かいミルクティーも飲みたいな。あっつあつの」

悠真は観念したようにため息をついた。

「じゃあ、ここで待ってろよ。買ってくる」

私は目を伏せ、自嘲の笑みをこぼした。

黒いダウンジャケットばかりが目立つ空港で、私はひときわ鮮やかな黄色を着ていたのに。

彼の目には、あの子しか映っていなかった。たった2メートル先にいる私に、最初から最後まで気づきもしなかった。

呆然と立ち尽くしていると、突然、誰かが私の背中を軽くたたいた。

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第1話
騒がしかった空港が、急に静まり返った気がした。緊張で、心臓が嫌な速さで脈打っていた。スーツケースを握る指は、力を込めすぎて白くなっている。私の目は、あの女の子に釘づけだった。どうか、人違いであって。心の中で、ただそれだけを祈った。けれど、悠真は口元に笑みを浮かべ、両腕を広げて彼女をしっかり受け止めた。「そんなに急ぐなよ。この前どうやって転んだか、もう忘れた?」彼女はむっと唇を尖らせ、スーツケースを彼のほうへ押しやった。「悠真が受け止めてくれなかったせいでしょ。おかげで半月も入院したんだから!」先月、悠真とビデオ通話をした時、確かに背景は病室だった。彼が病気になったのだと思い、私は気が気でなくて、すぐに航空券を取ろうとした。「俺は平気。友達がバスケで足をひねったから、病院に連れてきただけ。無理して時間を作って来ようとしなくていいよ。普段だって仕事で忙しいのに、これ以上疲れてほしくないんだ。修士論文の口頭試問が終わったら、俺から会いに行くから」そう言い終えるや否や、電話の向こうから甘えるような女の子の声がかすかに聞こえた。私は少し眉をひそめた。「どうして女の人の声がするの?」彼はスマホを手に病室を出た。目元には笑みが浮かんでいた。「隣のベッドの子が、彼氏に甘えてるんだよ」私はつい、自分の勘ぐりすぎを笑ってしまった。あの時、彼が病室を出たのは、静かな場所で私と話すためではなかった。私に気づかれるのが怖かったのだ。あんなにうれしそうに笑っていたのも、私から電話が来たからではない。あの女の子が彼に甘えていたのだから。鼻の奥がつんと痛み、何の前触れもなく涙が落ちた。それでも、2人から目を離せなかった。悠真は彼女の手を握り、自分から降参した。「全部俺が悪かったよ。今度こそ埋め合わせするから、このあと好きなもの食べよう。何でもいいぞ」彼女はお腹をさすった。「でも、もうお腹すいちゃった」悠真は懐から袋を取り出した。「そう言うと思った。大学の前で売ってる、お気に入りのホットサンド。卵とソーセージ入り、マスタード抜き。ずっと懐に入れてきたから、まだ温かいよ」彼女はうれしそうにホットサンドを抱え、大きくかじった。それからいたずらっぽく、悠真に目配せをした。
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第2話
期待に胸を躍らせ、私は振り返った。あの女の子が笑顔で、ファンデーションのコンパクトを差し出していた。「すみません……お化粧が崩れちゃってますよ。よかったら、これで直してください。彼氏が買ってくれたんです。すごくいいんですよ」3か月前、私のもとへ、悠真から大量の化粧品が送られてきた。お世話になった指導教授に恩返しがしたいから、教授の奥さんへ何かふさわしいプレゼントを贈りたいそうだ。化粧品を考えているものの、どれを選べばいいのかわからないらしい。電話の向こうで、彼はすがるように頼んできた。「ねえ、お願い。ちょっと試してみてよ。頼めるの、美緒しかいないんだ」私は成分を調べ、自分の肌でも試した。アレルギー反応が出て、半月も顔が腫れたことさえあった。そうして最後に選んだのが、このファンデーションだった。結局、他の女のためにせっせと尽くしていたわけだ。私は自嘲気味に笑い、彼女に尋ねた。「さっき一緒にいた人、彼氏なの?付き合ってどのくらい?」あまりに唐突な質問だった。それでも彼女は、自分の幸せを誰かに聞いてほしかったらしい。堰を切ったように、何もかも話し始めた。「1年です。まだそんなに長くないけど、彼、私のことなら何でもお見通しなんですよ。この何日か、わざとそっけない返信をしてたんです。予定より早く大学に戻って、びっくりさせたくて。そしたら、どうなったと思います? 気づかれちゃったんです。地下鉄で1時間もかけて、花束を持って先に待っててくれたんですよ」彼女は幸せそうに笑った。「ほんと、ばかですよね!」少し離れたところから、悠真がミルクティーを手に戻ってくるのが見えた。彼女は私の手にコンパクトを押し込むと、手を振った。「もう泣かないでね。私の幸せ、半分おすそ分けします。あなたにも、あんなにすてきな彼氏ができますように」目の奥が焼けるように熱く、胸が苦しかった。けれど、もっと痛かったのは、悠真でいっぱいだった私の心だ。初めて会った時、彼はまだ地方の高校3年生だった。頭がよく、成績も抜群だった。なのに、ギャンブル狂いの父親のせいで、学校も進学も諦めざるを得なくなっていた。不幸な境遇の人を放っておけない、そんな性分が顔を出したのだろう。大学で勉強したいと泣きながら訴えられ、
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第3話
私は少し距離を置き、2人のあとを歩いた。悠真の視線は、ずっと彼女を追っていた。腰をかがめ、辛抱強く彼女の話に耳を傾けている。頭がぼんやりした。私たちが最後にあんなふうに手をつないで歩き、おしゃべりしたのはいつだっただろう。もう思い出せなかった。いつからか、悠真から返信が来るまでの時間は長くなる一方だった。LINEのトーク画面には、いつも私が送ったメッセージばかりが並んでいた。2人が車に乗り込む前に、私は悠真へ電話をかけた。長い呼び出し音の末に、ようやくつながった。声はいつもと同じ、軽くて明るい調子だった。「美緒、今、友達と出かけてるんだ。最近忙しいんじゃなかった?どうしたの、急に」私は容赦なく問い詰めた。「友達?男の人?女の人?」悠真はためらいもせず、きっぱり答えた。「男に決まってるだろ。俺、女っ気ないって知ってるじゃん」私は冷ややかに笑った。「そうなの?じゃあ、今手をつないでる子は、何のお友達なの?悠真、後ろを見て」彼はぎこちなく振り返った。目が合った瞬間、彼女の手を振りほどき、私に向かって駆け出した。私はタクシーに乗り込み、バックミラーに映る、必死に追いかけてくる人影から目をそらした。車内には何年か前に流行ったラブソングが流れていた。窓の外の景色が、次々と後ろへ飛んでいく。忘れていた記憶が、また頭の中に押し寄せた。18歳の時、彼は携帯の電波すら届かない山奥の村から、車の行き交う都会へやって来た。新しい家での初めての食事。私が買ったばかりの服を着た彼は、食卓で声を詰まらせて泣いた。「美緒さん、俺、いつか必ず恩返しするから」彼が20歳の時、私は友人の紹介で一度だけ見合いをした。悠真は大学の授業を抜け出して会いに来ると、見合い相手の顔が腫れ上がるほど殴った。怒った私が家から追い出すと、彼は玄関先にひざまずき、目を真っ赤にしてすがった。「美緒さん、追い出さないで。これからはちゃんと言うこと聞くし、二度と迷惑かけないから。お願い」22歳の時には、卒業式で同級生や先生たちの前でプロポーズしてきた。私がうなずくと、彼は私を抱きしめ、子供のように泣いた。その後、彼が遠方の大学院に受かり、私たちは離れて暮らすことになった。それでも休みができるたび、彼は列車の切符
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第4話
前もって予約していたホテルの前で、タクシーを降りた。すると、隣の写真スタジオの店先に貼られた大きなポスターに、目が吸い寄せられた。そこに写っていたのは、悠真とあの女の子のウエディングフォトだった。気づけば店に入っていた。ポスターを見つめる私に、店員が愛想よく声をかけた。「この2人、お隣の大学じゃ有名なんですよ。誰もが認める、お似合いのラブラブカップルなんです。これ、修整なしなんですよ。撮影の腕には自信がありますから」少しでも彼の近くにいたくて、私は1か月も前に、大学から道を1本挟んだだけのこのホテルを押さえていた。「大学中が知ってる……お似合いの2人、ね」そうつぶやくと、店員は口元を押さえて笑った。「去年、ウエディング衣装で記念撮影にいらしたんです。美男美女でしょう?オーナーが広告に使わせてもらおうって、写真の使用料をお支払いしたんですよ。最初、彼のほうは乗り気じゃなかったんですけど、彼女が『みんなに私たちの結婚写真を見てほしい』って甘えたんです。最後には彼のほうが追加料金まで払って、とにかく大きく引き伸ばして、1年間飾ってほしいっておっしゃったんです。2人の愛にあやかったのか、あの写真を出してから、お店の売り上げまでよくなったんですよ。同じ大学のカップルが大勢、あの2人と同じ写真を撮りたいって来てくださったおかげで、閉店寸前だったお店が、見事に持ち直したんです」私は皮肉っぽく笑った。「へえ、そんなにすごい写真なの?」店員は私を、店の奥の写真が飾られた壁へ案内した。「ええ、もう。オーナーなんて2人を福の神扱いですよ。あの2人が来たら、いつでも無料で撮ってあげてって言うんです。ほら、もう壁1面じゃ収まらないくらい」私は何気なく1枚を手に取った。裏には黒い油性ペンで、日付と、その日にしたことが書かれていた。去年の初夏の連休、私は会社の出張で地方へ行った。悠真が来ても空振りにならないよう、前日に連絡しておいた。彼は物分かりよく慰めてくれた。「大丈夫。ちょうど研究室の留守番が必要だったんだ。今年はそっちに帰らないよ」その同じ日、彼はこの街であの子と思いきり遊び、夕方ここに戻って、記念にこの写真を撮っていた。去年の6月、私は足をひねって入院した。悠真は休みを取り、半月も私の世話
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第5話
「もっとも、もう元彼だけどね」店員はぽかんとして、写真の中で満面の笑みを浮かべる女の子と、私とを交互に見た。最後には気まずそうに隅へ下がり、息をひそめた。私はもう一度、目の前の壁を見渡した。彼とあの子の愛情が、余すところなく飾られている。「悠真、私がいない間、ずいぶん充実してたのね」彼はまだ息も整わないまま、私の手をきつく握った。「美緒、話を聞いて。小野寺莉奈(おのでら りな)は家が大変なんだ。あの写真を広告に使わせてくれたら、売り上げの一部を渡すって、オーナーが言ってくれたんだ。美緒の負担を少しでも減らしたかったんだ。そのついでに、あの子のことも助けられたらって」彼は都合のいい話ばかり並べ、二股をかけていた自分の最低な行いには、一言も触れなかった。莉奈は本当にかわいそうなのだと、悠真は言った。重病の母親に、ギャンブル狂いの父親。彼女はやっとの思いで大学に入り、不幸な境遇から抜け出したのだという。私は笑った。笑いながら、涙が出た。悠真は莉奈に、かつての弱く哀れだった自分を重ねたのだ。だからこそ、心を通わせた。彼女がかわいそう?恋人にだまされ、浮気までされた私は、かわいそうじゃないの?強いから、自分で何とかできるから。それだけの理由で、私が彼女に譲らなきゃいけないの?どうして?そんな理不尽、あっていいはずがない!「悠真、知らなかった。あなたの愛って、他の人にも簡単に配れるほど安っぽいものだったのね。2人分の好みまで、ちゃんと覚えていられるなんて。私が思っていたより、ずっと器用な人だったのね」彼の生い立ちがあまりに不幸だったせいで、その後どんなに立派になっても、私には、涙を流すすがるようなあの姿が重なって見えていた。けれど現実には、私の目の届かない場所で、とっくに別人になっていたのだ。彼は目を真っ赤にし、傷ついたように首を振った。「違うよ、美緒。信じて」前にそう言われたのは、彼が大学3年の時だった。同じ大学の女の子に告白されているところを、私が見てしまったのだ。あの時も彼は、こんなふうにおずおずと私の服の裾を握り、弁解していた。「美緒さん、信じて。あの子とは本当に何でもないんだ」まだ付き合う前だった。私は笑って背伸びをし、彼の頭をなでた。「信じてるよ」でも、今度ば
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第6話
「もう、会ってたのか?」悠真は顔をこわばらせ、莉奈を振り返った。「さっき空港で会ったの。泣いてお化粧が崩れちゃってたから、悠真がくれたファンデをあげたんだよ。こんなにすぐまた会えるなんて、すごい偶然だね」何かを思い出したように、彼女は口元を覆い、声を上げた。「もしかして、悠真から聞いた、ずっと学費を援助してくださっている方ですか?」彼女は丁寧に腰を折り、私に頭を下げた。「一度、直接お礼を言いたかったんです。悠真を支えてくださって、ありがとうございます。おかげで、私と同じ苦労をせずに済みました。こうして私たちが出会えたのも、あなたのおかげです」「彼氏、ね」私はその言葉を口の中で転がした。笑うでもなく、悠真を見上げた。「あなたと悠真じゃ、言ってることがまるで違うのね」彼女を頭から足先まで見た。昔の悠真に比べれば、今の彼女はずいぶんいい身なりをしていた。有名ブランドの新作を着て、肩には十数万円はする高級ブランドのラムスキンのポシェットを掛けていた。悠真は子供の頃の貧しさが身に染みていて、ずっと倹約家だった。遠い場所で1人、無理をしていないか心配で、私は多めに生活費を渡し、私の口座から決済できるカードまで持たせていた。どうやら私のお金で、彼女にはずいぶんいい暮らしをさせていたらしい。「莉奈さん、だったかしら。悠真は、私と自分がどういう関係なのか、正直に話していなかったようね。私は学費の援助をしているだけじゃないの。何年も付き合っている恋人よ」莉奈はあっけに取られ、信じられないというように目を見開いた。「でも、悠真よりずっと年上ですよね?そんなの、あり得ない……」そして、自分こそ正しいと言わんばかりに、私を責めた。「そんなに年が離れてるのに、悠真と釣り合うわけないですよ。今の悠真がいるのは、確かにあなたのおかげかもしれません。でも、何年か援助しただけで、どうして残りの人生全部を使って返さなきゃいけないんですか」恩を着せて、若い男を縛りつけている。彼女はそう言いたいらしかった。「確かに私は悠真より5歳上よ。でも、先に好きだと言ったのは悠真のほうなの。ひざまずいて、付き合ってほしいって頼んできたのも彼よ。私、無理やり付き合わせた?悠真、どうして黙ってるの?答えてよ!
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第7話
あの頃、私たちの交際には誰もが反対した。とりわけ親友の高瀬紗季(たかせ さき)は、強く反対していた。そもそも私が悠真を援助すると決めた時から、彼女は猛反対だった。「助けすぎると、感謝が恨みに変わることだってあるのよ。おじさんももう亡くなったんだから、自分から厄介事を背負う必要ないでしょ」昔、父は創作の取材で地方の村を訪れた時、牛の世話をしていた悠真と出会った。ぼろぼろの本を抱えて読む姿を見かけ、家が貧しくて学校に通えないと知ると、放っておけなかったらしい。父は援助を続け、彼が中学1年を終えるまで通わせた。けれどその後、父が病気になり、援助も途絶えた。悠真は荷運びのアルバイトと先生の支援を頼りに、何とか高校2年まで勉強を続けた。「そういうドキュメンタリー、見たことない?つらい育ち方をすると、大人になっても傷を抱えることがあるのよ。それに、あの子の家、あんなにごたごたしてるんでしょ。わざわざ首を突っ込むことないよ。巻き込まれたら、あんたまで大変な目に遭うんだから」それでも私は意地を張り、みんなの反対を押し切って、彼を故郷から連れ出した。「人を1人助けられるなら、それだけで意味はあるでしょう。善行を積むと思えばいいのよ。お父さんが生きてたら、きっと賛成してくれるはず」紗季の忠告には従わなかった。けれど、その言葉は心に残った。だから悠真が都会に来たばかりの頃は、彼の心の状態にとりわけ気を配った。毎日、世の中の心温まる話を選んで聞かせ、まっすぐで思いやりのある青年に育ってほしいと願った。幸い、人を見る目は間違っていなかった。彼は素直で気が利き、ほとんど私を困らせなかった。そして、無事に地元の名門大学へ合格した。それで紗季の彼に対する警戒心も、少しは薄れた。彼に告白された日、紗季はちょうど海外出張中だった。知らせを聞くなり夜の便で帰国し、その足で私の家に乗り込んできた。「付き合うって言ったの?どうして、そんな簡単にうなずいちゃうのよ!」怒りをあらわにして、私の目の前に5本の指を突き出した。「5歳よ!あんたのほうが、丸々5歳も上なのよ!」私は笑って、その手を軽く払った。「5歳上だと、そんなにおばさん?」紗季は、もうどうしようもないという目で私をにらんだ。「そういう話をしてるんじ
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第8話
「何も言えないのね。認めるのが怖いんでしょう」私は冷たく笑うと、莉奈を見据えた。「それと、あなた。着ている服も、使っている物も、口に入れる食べ物さえ、全部私のお金で買ってるのよ。よくそんな立場で、私を責めたり、見下したりできるわね」彼女の顔に怒りが浮かんだ。私の笑みは、ますます皮肉なものになった。「まさか、悠真1人で、自分とあなたの生活を賄えると思ってた?私は援助する立場として、高校3年から7年間、彼に何百万円もつぎ込んできたの。あなたはどういう立場で、何の権利があって、私に文句を言うの?恋人としてだって、私は彼だけを見てきた。一度だって、他の人に心が揺れたことなんてない。これだけ証拠がそろってるのに、悠真、よく私に信じてなんて言えるわね」莉奈は怒りで顔を真っ赤にし、バッグと上着を脱ぎ捨てるように床へ投げた。「ちょっとお金があるからって、偉そうにしないで!こんなのいらない。今返すから!」私は腕を組み、薄く笑って彼女の顔を見つめた。「そこまで言うなら、悠真に買ってもらった服、全部返したら?自分では、そんなにいい服は買えないでしょう」見れば分かる。服だけでも、合わせて十数万円はする。後ろのスーツケースまで、有名な芸能人が使っているのと同じものだった。家からの仕送りも望めず、大学院生としてのわずかな収入しかない彼女が、自力で買えるはずはなかった。彼女は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、意地を張り、むしろ勢いよく服を脱ぎ始めた。でも、私は悠真ではない。彼女を見て、かわいそうだと助けてやる気にはなれなかった。最後のインナー1枚になったところで、莉奈の手が止まった。下唇をきつくかみ、涙だけはこぼすまいとしていた。それでも、震える手と背中が、その怖さを物語っていた。「もうやめろ!やめろって言ってるだろ!」悠真は上着を脱いで彼女にかけ、体をすっぽり包んだ。「桜井美緒、怒るなら俺に怒れよ。莉奈は悪くない」私は冷たく彼を一瞥し、思いきりその頬を引っぱたいた。「あなたも同じよ。服を返してもらおうかしら。あなただけ許すなんて言った?」悠真の顔が横を向いた。その顔は、血がにじみそうなほど真っ赤だった。長い沈黙のあと、彼はこわばった顔を戻し、私を責めた。「美緒、いつからそんなに人
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第9話
「同じ大学の後輩と、私に隠れて1年も付き合ってたの。大学中が知ってた。隣の写真スタジオには、2人のウエディングフォトまで飾ってあったのよ。ばかみたいでしょう」今回の旅には、悠真に会うことのほかに、もう1つ目的があった。うれしい知らせを持っていったのだ。私は知り合いを頼り、彼の専攻を生かせるいい就職先を、東都で見つけていた。大学院を修了したら、そのまま東都で働けるようにしていた。彼の通う大学も名門には違いない。けれど、有名大学の卒業生がひしめくこの大都市では、それだけでは太刀打ちできなかった。いずれこちらへ来るのだから、先に仕事を決めておいてあげよう。彼に少しでも楽をしてほしかった。2人の未来を、少しでも幸せなものにしたかった。私にできることは、何でもするつもりだった。でも、私が2人の未来を懸命に描いていた間に、悠真はもう、自分の人生から私を締め出していた。紗季は怒りで目を赤くし、悠真を散々罵倒した。そして、いたわるように私を抱きしめた。「あのクズ!あんたがあの家から連れ出して、学校にも通わせてあげなかったら、今頃どこで野垂れ死んでたか分からないくせに。こうなるって知ってたら、彼のことなんか放っておいて、ギャンブル狂いの父親と一生暮らさせておけばよかった!」彼の学費を稼ぐため、私は取引先の接待で飲みすぎ、胃から出血して病院に運ばれたこともあった。それでも、彼は大事な試験を控えていたから、言えなかった。就職先を用意するために、何人もの相手に頭を下げ、人脈をたどり、必死に頼み込んだ。紗季は、それを全部見ていた。私がどれほどこの恋に尽くしてきたか知っているからこそ、余計に腹が立つのだ。紗季は悠真を恩知らずとののしり、あの時の誓いどおり罰が当たればいい、ろくな死に方はしないとまで言った。やがて悪態をつくのにも疲れ、私たちは2人で床に寝転がった。紗季が顔をこちらへ向けた。「大丈夫。あんたはまだ若いもの。今のうちに本性が分かって、かえってよかったのかもしれないよ」私は袖を持ち上げ、頬の涙を拭った。「悠真って、人を救うヒーローになりたいんでしょう?持て余すほど同情心があるんでしょう?いいよ、望みどおりにしてあげる。私を裏切った代償は、きっちり払ってもらうから。自分のしたことを思い出すたび
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第10話
その日の夜、悠真はこちらへ戻ってきた。ちょうど私は、専門の片づけ業者を呼び、家の中から彼に関わる物をすべて片づけてもらっていた。玄関に立った彼は、自分の物が少しずつ運び出されていくのを、呆然と見つめていた。「美緒、何してるの?引っ越すの?」私は腕を組み、雑多な物の詰まった段ボールを外へ運ぶよう、作業員に指示した。「見れば分かるでしょう。家のゴミを片づけてるの。欲しければ、外に出て左にあるゴミ置き場から拾ってきたら?中古で売るのさえ、汚らわしくて嫌なのよ」彼は深く息を吸い、黙って玄関に立ち尽くした。リビングの段ボールが全部運び出されて、ようやく彼の立つ場所もできた。「美緒、もう一度、大学のある街へ来てくれないかな」「何?」4時間も玄関に立っていて、ようやく口を開いたかと思えば、唐突にそんなことを言いだした。彼は指をぎゅっと握り込んだ。緊張した時の癖だった。「昨日の店でのことが、どこからか広まったみたいなんだ。今、大学中であの子が恥知らずの浮気相手だって言われてるんだ」私は冷たく笑った。「間違ってないでしょう?違うの?まさか、私にあっちへ行って、彼女の誤解を解けなんて言わないよね」悠真の沈黙が、すべてを物語っていた。「お断りよ。悠真、別れるってどういうことか、分かってる?もう私の家に立ち入る資格もないし、私に何かを要求する資格なんて、なおさらないってことよ」引き止めるために追いかけてきたのだと思っていた。昔みたいに、頭を下げてすがるのかもしれない。それができなくても、せめて自分を正当化する言い訳くらいはするのだろうと思っていた。けれど悠真は、そのどれもせず、莉奈のために頼み込むことを選んだ。私が断ると、彼の目つきが冷たくなった。声もぞっとするほど冷え切っていた。「美緒、いつからそんなに冷たい人間になったんだよ。都会に生まれて、何不自由なく育ってきたじゃないか。浮気相手だったのは自分だってことにしてくれたって、順風満帆な人生に何の影響もないだろ。でも、あの子は違う。恵まれない家に生まれて、ここまで1人で頑張ってきたんだ。美緒の何気ない一言で、あの子の将来が潰れるかもしれないんだぞ。美緒、よくそんなひどいことができるな」昨日、飛行機の中で、涙はもう枯れたと思っ
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