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第7話

Author: 晴天
実乃里は苦笑を浮かべると、静かに視線を落とした。

もう何も弁解しなかった。

ただ黙ってしゃがみ込み、散らばった書類を拾い集める。

重苦しい沈黙が流れる中、口を開いたのは終始おとなしく裕翔の隣に座っていた奈々花だった。

もっとも、それは場を収めるためというより、実乃里を彼の側から遠ざけるための提案だった。

「夏井さん、最近あまり仕事に集中できていないみたいですし」

奈々花は柔らかく微笑む。

「ちょうど私も結婚式の準備で手伝ってほしいことがあるんです。しばらく私のところに付いてもらってはどうでしょう?」

裕翔はまだ怒りが収まっていない様子だった。

奈々花の提案を聞いても、実乃里に視線を向けることすらしない。

当然、本人の意思を確認することもなく、その場で了承した。

こうしてその日から、実乃里は奈々花の専属のような扱いになった。

そして奈々花は、彼女をいたぶることに異様な執着を見せた。

バラの茎から棘を一本一本素手で抜かせる。

深夜に買い物へ走らせ、少しでも気に入らなければ癇癪を起こす。

そんな日々が続いた。

この日も、奈々花から押し付けられた仕事をようやく終えた実乃里は、疲れ切った身体で部屋の隅に腰を下ろした。

そしてスマホを取り出し、密かに設定しているカウントダウンを見つめる。

残り7日。

その数字を確認した瞬間、ようやく胸を撫で下ろした。

あと7日。

7日経てば、すべて終わる。

だが次の瞬間――

「何を見ている?」

低く冷たい声が背後から響いた。

振り返ると、そこには険しい表情の裕翔が立っている。

実乃里は画面を消し、首を横に振った。

「何でもありません」

裕翔は眉をひそめた。

何かがおかしい。

見間違いでなければ、先ほど画面に映っていたのはカウントダウンだった。

いったい何を数えている?

問い質そうとしたその時――

「夏井さん!」

離れた場所から奈々花の声が響いた。

「ウェディングドレスを試着するから手伝って!」

実乃里は裕翔を一瞥する。

彼から特に指示がないことを確認すると、すぐ試着室へ向かった。

カーテンを開ける。

そこにはすでにウェディングドレスを身にまとった奈々花が立っていた。

背中のファスナーだけがまだ閉まっていない。

彼女はそれを待っていた。

実乃里は近づき、手を伸ばす。

だがファスナーに触れるより早く、突然悲鳴が上がった。

「痛っ!」

実乃里は思わず動きを止めた。

目を向けると、奈々花の背中には長く赤い傷が走っている。

まるでファスナーで強く引っ掻かれたような傷だった。

状況を理解する暇もなかった。

悲鳴を聞きつけた裕翔が勢いよく試着室へ飛び込んできたのだ。

傷を見た瞬間、彼の顔色が変わる。

「どうした!?」

慌てて奈々花のもとへ駆け寄る。

奈々花は今にも泣き出しそうな顔を作った。

「裕翔、夏井さんはわざとじゃないの......」

口では庇うようなことを言う。

だがその一言で、すべての責任は実乃里へ押し付けられた。

案の定、裕翔は冷たい目で彼女を見た。

「わざとじゃない?」

彼は吐き捨てるように言う。

「俺には故意にしか見えないな。前回は奈々花を陥れようとして、今回は怪我までさせた。奈々花はお前を責めず、処分されないよう自分の側に置いてやったのに......それがお前の恩の返し方か?」

一言一言が鋭く胸へ突き刺さる。

実乃里は知っていた。

どれだけ説明しても、彼は信じない。

だから黙って怒りを受け止めるしかない。

「出ていけ」

裕翔の声は冷酷だった。

「自分の何が悪かったのか分かるまで、戻って来るな」

彼女は何も言わず試着室を後にした。

だがどうしても理解できなかった。

なぜ奈々花はこんなことをするのだろう。

二人はもうすぐ結婚する。

そして自分も間もなくこの会社を辞める。

何もしなくても、裕翔はいずれ奈々花の夫になる。

自分たちの間に可能性など、とうの昔になくなっているのに――

外では大雨が降っていた。

薄いスーツ姿の実乃里は、あっという間に全身ずぶ濡れになる。

冷たい雨が骨の髄まで染み込んでくる。

だが彼女はその場を離れなかった。

明かりの灯る窓越しに、部屋の中がよく見えたからだ。

裕翔が優しく奈々花の傷へ薬を塗る姿。

手当てが終わると二人で映画を選び、ソファに寄り添って座る姿。

そして物語が進むにつれ、自然に唇を重ねる姿。

そのすべてが、はっきりと見えた。

豪雨の中で立ち尽くしていた実乃里の身体は限界を迎える。

足元がふらつく。

そしてそのまま地面へ崩れ落ちた。

意識の奥から、昔の記憶が次々と浮かび上がる。

――「俺の実乃里は、世界で一番可愛い実乃里だ」

そんなふうに笑ってくれた彼。

映画館へ行くお金がなくて、小さなソファに肩を寄せ合い、古くて動きの悪いスマホで時代遅れの映画を観た夜。

高価すぎて諦めた一本のブレスレット。

当時の二人には手の届かない品だった。

それを買うため、彼は何日も徹夜でゲームの代行プレイを続けた。

そしてようやく手に入れたブレスレットを大切そうに差し出しながら言った。

――「実乃里、いつか必ず君に最高のものをあげる」

異国の地で働きながら病と闘っていたあの苦しい日々。

彼女はその思い出だけを支えに生きてきた。

けれど今、激しく降り続く雨の中で、実乃里は自らその記憶を心の奥底へ沈めていく。

二度と思い返さないように。

二度と縋らないように。

過去は過去のまま。

本当に終わったものとして。

これからは、もう振り返らない。

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