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第3話

作者: 桐の木漏れ日
美穂は一晩中眠れなかった。

美穂が腫れぼったい目で寝室から出てくると、沙耶が食卓に朝食を並べているところだった。

景佑も、例の小部屋から足を引きずるようにして出てきた。昨夜は夜通し跪いていたのだろう、足取りが重そうだ。

彼は生まれつき足に障害があったが、手術で矯正され、日常生活に大きな支障はなくなった。

それでも、長時間同じ体勢でいると、やはり耐え難いほどの痛みに襲われるのだった。

美穂の胸がチクリと痛んだ。

心が痛まないと言えば嘘になる。けれど、彼の嘘を思い出すと、美穂の心はすっかり冷え切ってしまう。

一瞬ためらい、彼女は無言で顔をそむけ、景佑を視界に入れないようにした。

景佑の胸が締め付けられた。彼が口を開こうとした、まさにその時、沙耶の声が割って入った。

「奥様、旦那様は本当に奥様のことを大切に思っていらっしゃるんですね。

一晩中お跪きになっていたんですよ。

ネットでよく言いますでしょう?母性愛は本能的なものだけれど、父性愛は多くの場合、父親がその子の母親を愛しているからこそ、子供にも愛情が及ぶものだって……」

その言葉は、夫婦仲の睦まじさを称賛しているようでいて、実のところ、美穂の心の最も痛い部分を抉り出す刃だった。

景佑は彼女を愛していない。だから当然、彼女の子供のことなど気にかけているはずがないのだ。

痛みをこらえて一晩中跪いていたのも、父親としての愛情からではなく、娘を殺したあの女への未練からに違いない。

美穂は手にしていたフォークを握りしめた。返事などしたくなかったが、ふと沙耶の腕に赤いものが見えた。

奇妙な形をした赤い痣だった。

沙耶はその痣を隠そうとしているらしく、コンシーラーを厚く塗り、長袖を着ていたが、それでもわずかに端が覗いている。

そして三年前、美穂はまったく同じ痣を目にしていた。それは……

突拍子もない考えが脳裏をよぎる。美穂は唇の端をかすかに吊り上げて微笑むと、隣の景佑に向き直り、わざと甘えた声を出した。

「ええ、夫は本当に私を愛してくれているわ。彼の資産だって、ほとんどが私の名義になっているのよ。

笑われるかもしれないけれど、彼は本当に些細なことまで覚えていてくれるの。結婚してから今まで、生理用品ひとつ自分で買ったことがないくらい。

それに私の足の傷……あの酷い傷跡、自分でも見るのが怖いくらいなのに、夫がずっと薬を塗ってくれているの。

本当に幸運だったわ。こんなに素晴らしい夫に巡り会えたのだもの」

そう言って、美穂は微笑みながら沙耶に視線をやった。

沙耶の表情が、案の定、一瞬歪んだ。

まったく異なる容貌とは裏腹に、その瞳の奥に宿る憎しみと無念さは、三年前、「死んだ」はずの遥と瓜二つだった。

もし真相が本当に自分の推測通りだとしたら……

あの人は、それを知った時、一体どんな顔をするのだろうか。

しかし景佑は、沙耶には一瞥もくれなかった。

美穂の言葉を聞いて、景佑は心の緊張が少し和らぐのを感じた。

美穂が黙り込んでいたのは、やはり心が落ち着かないからだろうと彼には思え、かえって美穂が不憫でならなかった。

「目が腫れているじゃないか、美穂ちゃん。昨夜はよく眠れなかったのか?」

景佑の心底心配そうな眼差しに、美穂は一瞬言葉を詰まらせた。言葉にできない複雑な感情がこみ上げ、曖昧に答えるのが精一杯だった。

「……ええ。雨が、あまりにも長く降り続いたから」

その雨は、美穂の心に一生消えない湿り気を残すほど、長く降り続いたのだ。

それでも、景佑の視線とぶつかった瞬間、美穂の心にはやはりさざ波が立った。

彼の瞳に宿る心配や気遣いは、偽りのようには見えない。しかし、彼が自分を騙し、隠し事をしているのもまた事実なのだ。

自分はもう、うつ病のせいで正気を失ってしまったのではないか、と美穂は思った。

でなければ、どうして彼を憎みながらも同時に愛しているなどということがあり得るだろう。

それどころか、サイズの合わないウェディングドレスを着て、急遽彼の花嫁になったあの日が、今でも人生で一番幸せな日だったとさえ思っているのだ。

相反する二つの感情が頭の中で激しくせめぎ合い、美穂は吐き気を催すほど苦しかった。

景佑が何か言う前に、美穂はふらつきながら立ち上がり、洗面所のドアを閉めると、激しくえずいた。

景佑が慌ててドアを叩く音がしたが、美穂は適当な言い訳でごまかしつつ、さらに激しく嘔吐した。

ついに彼が飛び込んできて、汚れも気にせず、手慣れた様子でお湯を汲み、彼女の口元を拭った。

彼に抱きしめられた瞬間、美穂の心は、完全に絶望に覆い尽くされた。

駄目だ……

どうしても、彼を心の底から憎むことができない。

……

美穂がようやく落ち着いたのを見届けてから、景佑はやっと安心して会社へ向かった。

ちょうどその時、聡也から連絡が入った。美穂が窓の外を見ると、彼の車が屋敷の前に停まっているのが見えた。

心を鎮め、美穂は金庫を開けて愛ちゃんの死亡診断書を探し出し、階下へ降りて聡也と共に葬儀場へ向かった。

書類を係員に手渡し、美穂はようやく、寝ても覚めても焦がれていた娘の姿を目にした。

十月十日お腹を痛めて産んだ娘。意識を失うその瞬間まで自分の涙を拭い、「ママ、痛くない?」と気遣ってくれた娘が、葬儀場の霊安室に冷蔵保存されたまま、丸三年間も置かれていたのだ。

三年、丸三年間も!

どうりで、あの小さな姿がいつも夢に出てきては、寒い、周りに知らない人がいっぱいいて怖い、ママに会いたい、と訴えていたのだ。

もし自分が気づかなければ、景佑は娘を、あの「殺人犯」と一緒に合葬するつもりだったのだ。

そうなったら……

美穂はそれ以上想像する勇気がなかった。

目の前が何度も暗転し、見る影もなくなった娘の小さな亡骸に震える手で触れた瞬間、美穂はついに崩れ落ちた。

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