「長谷川社長、新しい身分をご用意いただきたく存じます。もう心は決まっております。お彼岸が明けましたら、社長とご一緒に海外へ渡り、そして、自分の本当のルーツに戻りたいと考えております。……それからもう一つ、お願いがあるのですが。あの事故の後、娘の遺体がどこの斎場へ運ばれたか、調べていただけませんか?はい、ありがとうございます。景祐のことは、私の方で何とかしますから、ご心配なく」平静を装って長谷川聡也(はせがわ さとし)との電話を終えると、清水美穂(しみず みほ)は機械的に抗うつ薬を数錠飲み込んだ。大きなベッドに倒れ込むと、彼女の頬はすでに涙で濡れていた。今日もまた、雷雨だった。娘の高橋愛(たかはし あい)が事故で亡くなったあの日と同じ。三年前のあの日、娘が、景祐がかつて心から愛した女の運転する車にはねられるのを目の当たりにして以来、彼女は重いうつ病とPTSDを患い、このような天気を極度に恐れるようになった。雷鳴が、愛ちゃんの血まみれの幼い顔と、あの瞬間の絶望と無力感を思い出させるからだ。しかし、今この瞬間、普段あれほど恐ろしい雷の音も、どこか取るに足りないものに感じられた。それ以上に彼女を恐怖させたのは、ドア一枚隔てた向こうにいる、育ての親である義理の叔父にして長年連れ添った夫である高橋景祐(たかはし かげすけ)だった。先ほど耳にした会話を思い出すと、美穂は全身が冷え切り、吐き気すら催した。今日は、愛ちゃんの命日だった。美穂はまた、事故の日の夢を見た。いつもと違ったのは、今回、愛ちゃんが泣き叫びながら、「パパと遥おばさんが、一緒に私を殺そうとしている」と言ったことだった。美穂ははっと目を覚まし、慌てて景祐を探そうとした。真夜中だというのに、彼は隣におらず、リビングの明かりがついていた。ドアを開けようとした瞬間、ドアの向こうから二人の話し声が聞こえてきた。「義兄さん、義兄さんと呼んでもいいですか?姉さんはあんなにむごい死に方をしたのに、本当に姉さんに対して少しの情もなかったのですか?」話しているのは、景祐が新しく雇った家政婦、桜井沙耶(さくらい さや)だった。当時、景祐が「あの子は可哀想だ」と言うので、彼女はそれ以上何も聞かず、沙耶が家に残ることを許した。何しろ、景祐が美穂を溺愛して
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