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死に戻りの妻は、妹を愛する夫を完全に見限る

死に戻りの妻は、妹を愛する夫を完全に見限る

Par:  チビッコComplété
Langue: Japanese
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中村夏美(なかむら なつみ)は、夫である中村湊(なかむら みなと)のサブアカに投稿された「再会のきろく」を見て、結婚して3年もの間、彼が愛していたのは自分の妹・御手洗美優(みたらい みゆ)だったと知った。 それは夏美が余命1ヶ月と宣告された日だった。その日、湊は美優と楽しく食事をしていた。そして、夏美からの着信を受けてもスマホの画面を伏せて無視していた。 湊は、「美優が今月、珍しく帰ってきているから、彼女に付き合ってやらないと」と言った。 そして夏美が抗がん剤の副作用で意識を失うほど苦しんでいる時、湊は日記にこう綴った。【母校の並木道を一緒に歩いていたら、あの頃に戻ったみたいだ】 さらに彼女が湊の目の前で血を吐いて苦しんでいる時も、彼は駆け足で走り去りながら言った。「美優の愛犬が病気になったから、病院に連れて行かないと」 ついに大晦日の夜、夏美が病室で孤独に息を引き取る時、湊は彼のいわゆる家族と乾杯をしながら、年越しをしていたのだった。 一方息を引き取ったはずの夏美がふたたび目を開けると、なんと生まれ変わって運命の岐路に舞い戻っていた。 目の前には、血走った目で雨の中に飛び出し、彼女の手を掴もうとする湊がいた。「夏美、約束する、一生お前に尽くしていくから!」 しかし、今度の夏美は冷静に振り返って言った。「湊、通らせてください。それからこれからも関わるつもりはないから」

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Chapitre 1

第1話

「余命は長くて1ヶ月、年を越すのは難しいでしょう」

医師は検査結果をデスクに置き、対面に座る中村夏美(なかむら なつみ)を見つめた。「中村さん、病状の悪化は予想よりも早いです。今後の治療や介護の方針を決めるためにも、家族の方を呼ぶべきです。お一人では無理だと思われますので」

そう言われ、夏美はゆっくりと顔を上げて言った。

「家族はいません」

医師は少しきょとんとして答えた。「カルテには旦那さんの連絡先も記載されていますが……」

「それはもう過ぎた話です」夏美は言葉を遮った。「今の私は独り身です」

そう言われ、数秒の沈黙が続いたあと、医師はパソコンに目を落とし、複雑な表情で操作を行った。

「痛みが強い時は我慢せず、鎮痛剤を倍にして飲んでください」処方箋を渡しながら、彼は続けた。「栄養剤も朝晩忘れずに、来週、必ず再検査しにきてください。治療方針を考え直さなければなりませんので」

「わかりました」

夏美は短く答え、診察室をあとにした。

そして、彼女はスマホに目を落とした。

通知画面には天気の予報が一つだけ。

着信も、新しいメッセージも、何もなかった。

バスに乗り込むと、夏美は座席の背もたれに寄りかかり、目を閉じた。

中央通りを通過する時、霧雨の向こうに、有名な鍋料理のお店が見えて、ネオンの看板がチカチカしているのだ。

そして店内の明かりも煌々としていて、窓越しに客たちの賑わっている姿が見えているのだった。

その瞬間、夏美の体は、石のように固まった。

窓際の席に座る四人は誰もが彼女の見慣れた顔ぶれだった。

夫の中村湊(なかむら みなと)は、朝自分がアイロンをかけたばかりのシャツを着ていた。そして今、彼は隣の女性に何かを囁きながら、優しい眼差しで笑っている。

その隣にいた女性はまさに、3年ぶりに戻った妹の御手洗美優(みたらい みゆ)だった。

そして向かい側の席には、自分の両親が座っていた。

父親の御手洗大輔(みたらい だいすけ)は楽しそうに美優に取り皿を差し出し、母親の御手洗香織(みたらい かおり)も目を細めながら笑って頷いているのだった。

それは夏美がもう3年間も見ていない、混じりけのない幸福そうな笑みなのだ。

こうして彼らは熱々の鍋を囲み、ぐつぐつとスープが沸き立つ中、美優の前の取り皿には、たっぷりと具が積まれていた。

一方その頃、バスがゆっくりと減速し、信号待ちで停まった。

夏美はスマホを取り出し、連絡先の筆頭にある「湊」という名前をタップした。

そして無機質な呼び出し音が鳴り響いた。

一度、二度、三度。

窓の内側に目を向けると、そこでテーブルに置かれた湊のスマホの画面が明るく光った。

だが、彼はチラリと画面を一瞥しただけで、音を立てることなく画面を下に向けて、テーブルに置き直した。

そしてまた美優の方を向き、彼女が差し出したグラスを受け取りながら笑いかけているのだった。

一度切れた電話を再度掛ける。

夏美はそんな風に掛けては切る、という動作を機械的に繰り返した。

信号が変わるまで、あと30秒。

その頃、お店の窓からは、大輔がスマホを掲げて写真を撮っているのが見えた。

左から湊、美優、その後ろに両親。美優は楽しそうに指を立ててVサインを作っていた。

すると、カシャ、という音が聞こえたような気がして、夏美はそっとスマホを置いた。

もっと早く気づくべきだったんだ。

3ヶ月前、湊のサブアカを見つけた時から。彼がそのアカウントを「再会の記録」と名付けて、日々他の女との日常を記録していると知ったときから気づくべきだった。

そうこうしているうちに、信号が青に変わり、バスが動き出した。

夏美はガラスの冷たさを感じながら、窓枠に頭を預けた。

しばらくして、彼女は手を伸ばし、掌で顔を覆った。

彼女はこの時3年前、実家が倒産した日の夜を思い出していたのだ。

あの日もこんな雨の降る晩だった。両親は最後の貯金が入った通帳を美優に押し付けてこう言った。「美優、これでしっかり勉強してきて。家のことは気にしないでいいから」

そう言われ、美優は泣きながら香織に抱きつき、「でも、お母さんたちのことが気がかりだわ」と言った。

すると、大輔は彼女の肩を叩き、「バカだなぁ、そんなことより自分を大事にして」と答えた。

その時自分は扉のところで、古いカバンを背負ってただ突っ立っていた。誰からも気づかれることなく、声を掛けられることもなかった。

そして、雨脚が強まった頃、20年住んだ家を自分は一人で出た。傘もささず、全身ずぶ濡れになりながら。

そして湊が車を運転して見つけ出してくれた時、自分はバス停で震えながらしゃがみこんでいた。

あの時彼は車から飛び出し、上着をかけてくれた。「夏美、帰ろう」とだけ言って。

突然、車内のアナウンスで、夏美は思い出から現実へ引き戻された。

目を開けると、車内は静まり返っており、運転手が心配そうに振り返って自分を見ていた。

「すみません、終点ですよ」

すると、夏美は薬袋を手に取ると、バスを降りた。

家の中は暗かったが、玄関のライトが反応して灯った。靴を脱ぎ、靴箱に薬袋を置いてから、ふと壁に視線を向けると、そこには、今もまだ湊との結婚写真が飾られているのだった。

写真の中の湊は自分の肩を抱き寄せ、穏やかな笑みを浮かべていた。

夏美はその写真をじっと見つめた後、すっと視線を逸らした。

そして、キッチンに明かりがついているのが見えたので、行ってみると、炊飯器の保温ランプがついていた。蓋を開けると、温かなシチューが入っていた。

付箋にはこう書かれていた。【最近、胃の調子が悪そうだから。よく噛んで食べるんだよ。冷めないうちに。帰りは少し遅くなる】

それを見て夏美はお皿にシチューをよそうと、ダイニングテーブルの横に腰を掛けた。

シチューはまだ湯気が立つほど温かかった。

その時、スマホが震えた。

【シチューは食べたか?クライアントとの付き合いで遅くなるかもしれない。胃が弱いんだからあまり冷たいものは食べないようにね。冷蔵庫に切っておいた果物があるから、それも少し常温になるまで待ってから食べて】

その文字をじっと見つめて、夏美はスマホの電源を切った。

そして、半分ほど食べたところで、突然、強烈な吐き気が込み上げてきて、夏美は慌てて立ち上がり、洗面所へ走った。

洗面台に縋り付き、身体を折り曲げて、激しく吐き戻した。

しばらくして、ようやく収まると、彼女は蛇口をひねって水を出して、鏡の前に立った。

そして、冷たい水を顔に叩きつけた後、顔を上げて、鏡の中の自分を見つめた。

するとそこに映る自分は青ざめた顔で、唇も血色がなく、髪は乱れ、瞳は真っ赤に腫れ上がっていた。

こうして夏美は、鏡の中の自分を暫く見つめていた。

それから、不意に、フッと笑った。

幸い、あと1ヶ月の我慢だ。

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commentaires

ノンスケ
ノンスケ
生き直して幸せをつかめたってことは、夫との生活が彼女を死に至らしめたってこと?ようわからないけど、幸せになるべき人がなれて良かった。
2026-04-23 22:43:18
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KuKP
KuKP
主人公が未来の為に自分の為に生き直したのブラボーだった 元々目標を達成できる人だったから当然だね しかし「ずっと冷遇して利用して虚仮にし続けた娘が死んだ途端に泣き崩れる親」は、よく見かけるけどこれは理解できないパターン 死んだ途端に誤解や冤罪が明らかになるとかなら解るけどそれも別に無いし、過去何の情も見せてなかったのに急に何故?
2026-04-23 18:07:42
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松坂 美枝
松坂 美枝
結局並行世界にちょっと行ってきましたみたいなもんだったのかな 結局どちらの世界でも主人公は家族と別れたまんまか 美優が向こうの世界で楽しそうなのが腹立つな でも主人公が幸せならオーケーです
2026-04-23 11:06:50
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第1話
「余命は長くて1ヶ月、年を越すのは難しいでしょう」医師は検査結果をデスクに置き、対面に座る中村夏美(なかむら なつみ)を見つめた。「中村さん、病状の悪化は予想よりも早いです。今後の治療や介護の方針を決めるためにも、家族の方を呼ぶべきです。お一人では無理だと思われますので」そう言われ、夏美はゆっくりと顔を上げて言った。「家族はいません」医師は少しきょとんとして答えた。「カルテには旦那さんの連絡先も記載されていますが……」「それはもう過ぎた話です」夏美は言葉を遮った。「今の私は独り身です」そう言われ、数秒の沈黙が続いたあと、医師はパソコンに目を落とし、複雑な表情で操作を行った。「痛みが強い時は我慢せず、鎮痛剤を倍にして飲んでください」処方箋を渡しながら、彼は続けた。「栄養剤も朝晩忘れずに、来週、必ず再検査しにきてください。治療方針を考え直さなければなりませんので」「わかりました」夏美は短く答え、診察室をあとにした。そして、彼女はスマホに目を落とした。通知画面には天気の予報が一つだけ。着信も、新しいメッセージも、何もなかった。バスに乗り込むと、夏美は座席の背もたれに寄りかかり、目を閉じた。中央通りを通過する時、霧雨の向こうに、有名な鍋料理のお店が見えて、ネオンの看板がチカチカしているのだ。そして店内の明かりも煌々としていて、窓越しに客たちの賑わっている姿が見えているのだった。その瞬間、夏美の体は、石のように固まった。窓際の席に座る四人は誰もが彼女の見慣れた顔ぶれだった。夫の中村湊(なかむら みなと)は、朝自分がアイロンをかけたばかりのシャツを着ていた。そして今、彼は隣の女性に何かを囁きながら、優しい眼差しで笑っている。その隣にいた女性はまさに、3年ぶりに戻った妹の御手洗美優(みたらい みゆ)だった。そして向かい側の席には、自分の両親が座っていた。父親の御手洗大輔(みたらい だいすけ)は楽しそうに美優に取り皿を差し出し、母親の御手洗香織(みたらい かおり)も目を細めながら笑って頷いているのだった。それは夏美がもう3年間も見ていない、混じりけのない幸福そうな笑みなのだ。こうして彼らは熱々の鍋を囲み、ぐつぐつとスープが沸き立つ中、美優の前の取り皿には、たっぷりと具が積まれていた。一方
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第3話
それからの1週間、湊が家に帰ってくることはほとんどなかった。それでも、夜の7時半になると夏美のスマホには決まってデリバリーが届いたという通知がきた。そしてそれに続けて湊からこんなメッセージが届くのだ。【出前、温かいうちに食べろよ。食事はしっかりとらないと。俺を心配させるな】そんな中彼女は昔を思い出した。湊はどんなに忙しくても必ず帰ってきて、キッチンで1時間も2時間もかけて、自分のために料理を作ってくれたものだ。あの時彼は、「デリバリーなんて体に悪い。手料理じゃないと安心できない」と言っていた。だが今はただ出前が届けられるだけだ。そう思って、夏美は出前に口をつけることはなかった。そして、その度に彼女は、あのサブアカを静かに開くのだった。予想通り、サブアカには毎日のように投稿が更新されていた。【再会65日目。彼女と母校へ行った。昔歩いた並木道も、何もかもが変わっていなかった】【再会67日目。彼女が風邪を引いた。薬と温かい飲み物を差し入れた。相変わらず大雑把なんだから】【再会70日目。彼女と一緒に物件を見てきた。彼女は国内でも家を構えたいらしい】こうして、2週目に入り、夏美は一人で病院の検診に向かった。抗がん剤治療は、痛みも伴う苦しくて長い闘いだ。強烈な吐き気に襲われ、彼女はトイレに駆け込むと、内臓まで吐き出してしまうほどだった。そして鏡に映る自分のやつれたつやのない顔と、地肌が見えるほどスカスカに抜けた髪を見て、彼女は蛇口をひねり、冷たい水で何度も顔を叩いた。それから階段の踊り場に出たところで、スマホが鳴った。画面には「お父さん」の文字が表示されていた。大輔が自ら電話をしてくることなど、滅多にないと思い、夏美は足を止めた。しかし、電話に出るやいなや、大輔の怒鳴り声が飛んできた。「おい夏美!今日はいったいどうしていたんだ?お母さんの誕生日だって知っているんだろう!家族みんなで待っていたんだぞ。お母さんが一日中準備していたのに、それも忘れたのか?」そう言われ、夏美は思わず手に力が入り、爪を手のひらに食い込ませた。ここ一か月、繰り返される治療と増していく病の苦しみに押しつぶされそうで、彼女はそのことを本当にすっかり忘れていたのだ。「ごめん、お父さん」彼女は弱々しく、精一杯絞り出した声で言った。「私
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第4話
翌日、夏美は鉛のように重い体を引きずって銀行を出た時、スマホの画面には、振り込み完了の通知が表示されていた。それを見て彼女は冷たいATMの機械に背を預け、大きく息を吐き出した。これでやっと、返せた。実家が倒産したときに抱えた最後の借金を、死ぬ前にようやく清算できたのだ。そう思っていると突然、目の前がクラッとなり、銀行のホールがぐるぐると回り、周囲の喧騒が遠ざかっていくように感じた。彼女は何かにつかまろうとしたが、力が入らず、手を上げることさえできなかった。そして夏美が再び目を開けると、視界がぼやけていて、ピントが合うまでに少し時間がかかった。「気がつきましたか?」横から心配したような女性の声がして、夏美がなんとか視線を向けると、病床の傍らに親切そうな女性が座っているのだった。そして、女性は顔を寄せて話しかけてきた。「あなたが銀行で倒れたんですよ。緊急連絡先が旦那さんになっていたから何度か電話したんですけど、誰も出なかったんです。ご両親にも連絡しましたが、みんなダメでした。仕方ないので、ここまで私が付き添ってきたんです」そう言われ夏美はスマホを受け取って通話履歴を確認したが、家族のそれぞれの名前に残る「応答なし」の文字に、彼女の指先が固まった。その時、スマホが震え、画面に湊の名前が躍った。「あら、早く出なさい!きっと旦那さんが探してますよ!」親切な女性が横から促した。「もしもし?」電話口から湊の声がした。「夏美か?今、電話してた?スマホをマナーモードにしてて聞こえなかった。何かあったか?」夏美は口を開いたが、喉に何かが詰まったようで、一言も言葉が出てこなかった。一方で見ていられなくなった女性がスマホを手に取り、言った。「もしもし!奥さんが銀行で倒れて、今、盛沢市第一病院にいます!」すると電話の向こうが一瞬静まり、やがて湊の明らかに動揺した、焦るような声が聞こえた。「病院?倒れたって……彼女は今大丈夫ですか?」それから約20分後、湊が急ぎ足で救急治療室へやってきた。額にはうっすらと汗をかき、呼吸を荒くしていた。そして、特に異状は見当たらない様子の夏美を見て、彼は険しい顔つきになった。「どうなってるんだ?」湊は近づきながら言った。「お母さんから聞いたぞ。お前はまた仮病を使って俺を呼び出そうとしたのか?
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第5話
それから、正月まであと1週間になった頃。痛み止めの効果が切れたせいで、また胃の奥底から鈍い痛みが広がった夏美はベッドで身が縮こまっていると、インターホンが鳴った。それを聞いて夏美はドアを開けに行った。「お母さん」一方、ドア先に立つ香織は夏美をじろりと見て、いつものように眉間にしわを寄せた。「こんな真昼間に、どうしてそんなに顔色が悪いの?よく眠れてないわけ?」「うん」夏美はそう頷くと、体を横にずらして香織を招き入れた。「今日来たのは、大事な話があるからだよ」香織は咳払いを一つすると、夏美の顔を真っすぐに見つめた。「実はね、友人の話だと、正月明けに親戚の息子さんが海外から帰国するんだって。とても優秀で人柄もいいのよ。二人でお見合いをしてみたらどうかなって」そう言われた夏美は呆気にとられ、言葉が出てこなかった。「お見合いよ、聞こえた?」香織は繰り返して言った。「美優と湊のこと、あなたも知ってるでしょ?あの時は家の問題とか、美優の留学とかで別れることになったじゃない?でも、今回美優が戻ってきてから、もう海外に行きたくないそうよ」香織は間を置き、夏美の様子を窺った。夏美が真っ青な顔で沈黙しているのを見て、彼女は言葉を重ねた。「あなたと湊の結婚も、当時は仕方なかったんだから。今、美優に彼を譲る気はないかしら?どうせ、離婚してもあなたは私たちの家族なんだから。お母さんがもっといい人を探してあげるからさ」そう言って香織は夏美を見つめた。彼女が拒絶したり、号泣したり、あるいは不満をぶちまけてくるんじゃないかと思った。しかし夏美は静かに座ったままで、ふと顔を上げて答えた。「わかったわ。美優がそうしたいなら、それで構わない」すると、今度は香織の方が呆気にとられた。ちょうどその時、ドアが開いて湊と美優が一緒に入ってきた。香織は慌てて口を開いて言った。「湊、美優、ちょうどいいところに来たわね。今、夏美にお見合いの話をしていてね。とてもいい人よ。夏美も了承してくれたから。二人の将来のためにも……」「お母さん、やめてください!」湊が大きな声で香織の言葉を遮った。そして、明らかに怒りを堪えているかのように、数歩で夏美の前に進むと、信じ難いような表情で彼女を見つめた。「夏美、お前はどうしてこんなにも冷たいんだ?どうして俺を簡単に他の
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第6話
そして、再び目を開けた夏美がゆっくりと意識を取り戻すと、改めて思った。湊に見られてしまった。きっとすごく驚いたに違いない。最後に見せた彼の怯えた表情を思い出し、夏美の胸中には言いようのない複雑な感情が渦巻いた。彼女はなんとか首をベッドの端へと向け、湊に胃の病気が悪化して少し吐血しただけだと、単なる持病だから大丈夫だと、説明する言葉を考えていた。しかし、そこには誰の姿もなかった。ただ冷たい椅子が、ポツンと置かれているだけだった。しばらくして、病室のドアが静かに開き、看護師が薬の入ったトレイを持って入ってきた。「目が覚めましたか?気分はどうですか?」看護師は手慣れた手つきで点滴やモニターをチェックしながら声をかけた。「まあまあです……」夏美はひどくかすれた声で言った。「夫は?」看護師の動きが一瞬止まり、彼女を覗き込んだ。その瞳には、隠し切れない同情と困惑の色が混じっていた。「旦那さんね……」と看護師は声を潜めた。「電話がかかってきて、急いで出て行かれましたよ。なんでも義理の妹さんの犬の具合が悪くなったそうで、急いで獣医さんのところへ連れて行かないとって言ってました」「そうですか……」と夏美は答えた。その後の2日間、病室はしんとしていた。年末年始という時期もあって、病院内は普段よりもひっそりとしており、あたりは一層静まり返っていた。夏美はほとんどの時間を寝て過ごし、窓の外に広がる灰色に霞んだ空をただ眺めていた。彼女の体はひどく衰弱していて、身動き一つするのにも力を振り絞らないとできないほどだった。その日、枕元に置いたスマホが突然に震え出して、静まり返った病室に振動音が響いた。夏美は力を振り絞って腕を伸ばし、スマホを手にした。画面には、湊の名前が表示されていた。「もしもし?」電話越しに湊の声が響いた。背景の雑音からすると車の中のようで、音楽と風の音が混じっていた。「夏美か?体調はどうだ?少しはよくなったか?」「うん、だいぶ楽になったわ」夏美は静かに答えた。「ならよかった」湊の声には安堵の色が浮かんでいた。「ユキちゃん、美優が飼ってる犬が胃腸炎でね。地元の獣医じゃ手に負えなくて、隣の市にある大きな動物病院まで連れて行くことにしたんだ。美優が取り乱して泣き叫ぶし、ご両親も心配で……だからみん
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第7話
ついに大晦日の夜がやってきた。夏美が入院していた個室の窓からも、煌めくネオンで宝石のように輝く街が見えた。そして、時折遠くから子供がはしゃぐような声が聞こえてきていた。テレビからは小さな音で、賑やかな年越し番組が流れていた。そんな中スマホが光り、薄暗い病室で眩しく輝いた。湊からのビデオ通話だ。夏美はその通知をじっと見つめ続けた。結局、彼女は最後の力を振り絞って、震える手で応答ボタンを押した。すると、画面越しに、湊の顔が映し出された。「夏美!」湊の弾んだ声が聞こえる。「年越しそばは食べた?テレビ見てる?」夏美は自分を映すことはせず、枕にスマホを立てかけ、カメラを天井の方へ向けた。「うん、すこし食べたよ」彼女の声はとても小さく、テレビの音にかき消されそうだった。「テレビも見ているよ」「どうして顔を見せてくれないんだ?」湊がいつものような甘えた声で尋ねてきた。「また痩せたのか?ちゃんと食べなきゃダメだって言っただろ」「大丈夫だから」夏美はそれでもカメラを自分に向けることなく答えた。その時、電話越しに香織の楽しそうな声が聞こえた。どうやら彼女たちもそばにいるらしい。「湊、夏美とビデオ通話中?顔を見せてもらうように言って、挨拶くらいしなきゃ!」そしてそれと共に背景で美優の笑い声も重なった。これらを聞いて、夏美の胸は締め付けられたようだった。「お母さんが会いたがってるよ」湊がスマホを二人に向けた。画面には、果物やスナックを広げたソファに座り、テレビを楽しんでいる香織と美優の姿があった。華やかな柄の服を着た美優の肌は白く輝いていて、甘い笑顔を見せている。香織も新しい服を着て、心底嬉しそうに笑っていた。「夏美、ほら!お母さんたちとも何か話して!」香織が画面越しに笑いかけた。夏美は指を小さく動かしたが、画面の位置は動かさなかった。鏡に映る自分は、見る影もなくやせ細り、顔色も悪い。帽子をかぶっていても病気の影は隠せないでいたから。家族みんなが幸せそうに過ごすこのひと時をぶち壊すような、自分のみすぼらしい姿を見せたくはなかった。「少し具合が悪くて、動けないんだ」そう言い訳をすると、彼女の声はよりか細くなった。すると、画面の向こうが一瞬静まり返った。続いて香織が声を強め、苛立ちを隠さずに言っ
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第8話
「夏美?夏美?どうしたの?スマホ、落とした?夏美!」湊は、ふいに天井や乱れたベッドだけを映し出すようになったスマホの画面に向かって、声を張り上げた。ベランダの外で辺りを輝かせるネオンの光が湊の顔を明滅させていた。この瞬間、新年の明るい気分も、湧き上がる不安にかき消されてしまいそうになった。だが、湊の呼びかけに対し夏美の返事はなかった。代わりにホテルのスイートルームの奥から、美優の楽しげな声が響いてきた。「湊さん!早く来てよ!みんなであけおめの乾杯をするんだって!もう、電話は終わりにしよう!」続いて、香織の急かすような声がした。「湊、何もそんなに長く電話をする必要はないじゃない、話はまた帰ってからでいいから。ほら、みんな待ってるわよ!」だが、湊は眉をひそめ、スマホに向かって再び「夏美?」と呼びかけた。返ってきたのは、何かの医療機器の単調なアラーム音と、テレビのかすかな音だけだった。スマホが床に落ちて、回線がおかしくなったんだろう。そう思うことで、湊は胸を締めつけていた不安をなんとか打ち消そうとした。きっと、疲れて寝てしまっただけだ。スマホも滑り落ちたんだろう。夏美は最近、体調が優れないことが多いから。そう思って彼はそのまま通話終了のボタンを押すと、画面が暗くなった。そして明かりが灯る、あたたかなリビングへ戻ろうと彼は背を向けた。ダイニングテーブルにはワインとジュースのグラスがあり、テレビからは年越し番組の歌声が聞こえてくる。美優は顔を少し赤くして目を輝かせながら、湊にグラスを差し出してきた。香織も穏やかに笑い、無口な大輔もどこか寛いだ様子だ。「さあ、明けましておめでとう!これからも、ずっと変わらず家族仲良くね!」香織が満ち足りた表情で乾杯の音頭を取る。「明けましておめでとう!」美優も明るく応じる。その声は未来への期待に満ち溢れていた。「明けましておめでとうございます!」湊も杯を重ねる。しかし、お酒を喉に流し込んでも、湊の心はどこかぽかんとしたように感じた。先ほどの電話が途切れたことがどうにも引っかかって仕方がないのだ。「夏美ったら、自分から連絡してきてもいいのに、あなたからかけさせるなんて」香織がグラスを置き、溜息をついた。「電話に出てもろくに喋らないし。またふてくされてるのかしら。あの性
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第9話
「わかった」という言葉が喉まで出かかったその時、頭の中にある女性の顔がよぎった。それは青白く、静かな横顔だった。すると急に心の中に湧き上がる苛立ちが広がり、湊は顔をしかめた。そして彼は半歩後ろに下がり、美優と少し距離をとった。「美優、もうこういうことはよそう」すると、美優の顔から期待が消え、呆然とした表情が浮かんだ。「湊さん……」「もう、過ぎたことだ」湊が話を遮った。声は冷静だった。「言ったはずだ。今はもう、お前のことは妹だと思っている」「妹?」美優が声を荒らげた。不信感とやるせなさで震えている。「ただの妹だって?じゃあどうして、私たちが再会してからのことをあんなに細かくサブアカに書いているの?あなたの日記を毎日見ていて、どれだけ苦しかったか……どれだけやるせなかったか、わからないの?」ずっと飲み込んできた言葉を吐き出し、美優は泣きじゃくった。それを聞いて湊は動きを止めた。その顔には、隠していた秘密を暴かれたという戸惑いと羞恥が浮かんでいた。「美優、どうしてそのアカウントを?」それは自分しか知らないはずなのに。美優は湊の混乱した姿を見て、急に悲しみに混じってある種の報復にも似た感情が湧き上がった。「どうしてって?お姉ちゃんのスマホで見たからよ!お姉ちゃんはあのアカウントをフォローして、一つ残らず全部読んでいたのよ!」ドン――夏美が知ってしまっていた。あのサブアカ、これまでの再会の記録、当時の甘酸っぱい感情、そして捨てられた悔しさまでも……すべて夏美に知られていたのだ。どうりで……どうりで最近の夏美は、なにも言わなくなってしまったのだ。これなら義母にお見合いを勧められた時、彼女がすぐに頷いたのも説明がつく。自分がかける言葉に対しても、彼女の反応が冷たく感じられたのは、そういうことだったのだ。「夏美の最近の態度は、そのせいだったのか?」湊の声が低くなり、美優に向かって呟いた。顔色が変わりゆく湊を見つめながら、美優は唇を噛み、涙を拭って頷いた。「お姉ちゃんは知ってしまったのよ。湊さん、私たちはこんなふうに親しく接するべきじゃなかったかも」「そういう問題じゃない」湊が言い放った。彼が一語一句刻み込むように言った。「美優、よく聞け。3年前、お前の実家が危機に陥った時、ご両親は最後に残った全財産
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第10話
湊は電話を切ると、体中の血の気が引いていくのを感じた。指先は、自分でも止められないほど震えていた。彼は画面が消えたスマホを見つめた。「いや……そんなはずはない……」そう呟いて、この受け入れがたい話を頭から打ち消そうとした。香織はすでに誰かに支えられて立ち上がっていた。涙の跡は残っているものの、最初の混乱は収まり、代わってどこか現実逃避したような疑念と、それゆえに湧き上がる苛立ちを見せた。彼女は茫然自失とした様子の湊を見て、枯れた声でこう言った。「湊、夏美ったら……私たちだけで正月を過ごすからって拗ねて、わざと病院とグルになってこんな悪戯で私たちを驚かせようとしてるんじゃないの?」大輔は何も言わなかった。しかし彼は眉間に深い皺を寄せて、同様に疑念から湧き立つ苛立ちを露わにしていた。悪戯?湊はその言葉を鋭い針で刺されたかのように感じた。夏美が?いつも静かで、時として理不尽な要求にも従う夏美が、死ぬなんていう悪質な悪戯をするのか?そう思ったが、それでも心のどこかで、救いを求めるようにそれが事実であってほしくない、たかが悪質な悪戯に過ぎないのだと思いたい気持ちが芽生えていた。すぐさま確かめる必要があった。彼は震える指で連絡先を辿り、近所に住む友人の松尾聡(まつお さとし)に電話をかけた。「もしもし?聡か、湊だ。頼む、今すぐ、俺の家の窓を見てくれないか?リビングか寝室の電気はついてるか?そう、今すぐだ。急いでいるんだ。わかったらすぐ掛け直してくれ!」それは畳み掛けるような、容赦のない焦燥に満ちた口調だった。そして彼が電話を切ると同時に、美優の部屋のドアが開いて入ってきた。彼女は湊に寄り添い、優しく囁いた。「湊さん、お父さん、お母さん、そんなに心配しないで。お姉ちゃんはいつも元気だったじゃない、きっとただの胃腸炎で、大したことはないわよ。今回も……」美優は唇を噛み、濡れた瞳で湊を見上げ、自分を責めるように頭を下げた。「きっと私のせいだ。私が戻ってきて、二人を振り回したから、お姉ちゃんが耐えかねて……みんなの注目を集めたくてこんなことしたのよ」そう言って彼女は涙に濡れた瞳を湊たちに向け、よりいっそう申し訳なさそうに言った。「ただ、少し悪質だよね。正月という日に、亡くなったなんて嘘をついてみんなを困らせるなんて
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