LOGIN「そういえば、美羽はどっち?レオくん? それとも、柊先輩?」「えっ!?」突然の質問に、私の声は最高に裏返った。ついでに、椅子からお尻がずれ落ちる。「な、何で?」瞬きが多くなるのを必死に抑え、唾を飲み込む。「昨日、あのバカ兄貴のせいで聞きそびれちゃったから」そう言う日和は、すごく楽しそうだ。キレイな顔が、ニヤけて不気味に崩れている。「わ、私は、別にそんなんじゃ」顔の前で、両手をブンブンと振る私に、「もうバレてんだから、白状しちゃいなよ。ついでに、少しでも惹かれたなら、本気になって」と、グンと身を乗り出してきた。「え?」「高校生活くらい、静かに過ごしたいのよ。美羽がどちらかの彼女になってくれるだけで、少しは違うと思うの。ねっ、お願い!!」「そ、そんな事言われても……」私の目の前で両手を合わせる日和。必死に拝まれる私は、苦笑するしかない。どちらかの彼女って……。拝まれて簡単になれるものじゃないでしょ。望みを捨てるわけじゃないけど、あの美形の二人に、私は釣り合わない。それに……。私の心臓、ちょっと変なんだ。柊先輩を見ると、必ず心臓をわしづかみにされるのに。なぜか、レオくんに惹かれつつある自分がいる。私は、決して一目惚れするタイプではない。それに、気持がすぐに変わってしまうような、嫌なタイプでもない。だけど……。レオくんの顔を見ると、吸い込まれるように、レオくんの傍に行ってしまうんだ。すごく不思議な感覚で。こんな事、今までに経験したことなんてなくて。戸惑って、どれが本当の自分の気持ちなのかわからなくなる。もしかしたら、この心臓の高鳴りは“好き”だから高鳴っているんじゃないのかもしれない。みんなと同じでただの憧れで。だって、今までに見たことのない美男子だ。彼らが珍しくて、ただ、興味を持っただけかもしれない。“恋” なんかじゃない。だけど、はっきりと、そう言えない。どうして……?この気持ちは何なんだろう。
『え……?』と、彼女達の表情が引きつった。私も、ちょっと驚いた。はっきりとこんな事が言えるなんて……。「きついことを言うようだけどさ、彼の事を知りたいなら、自分たちで調査しな?陰でコソコソ調べてもさ、いいことなんて一つもないよ」あの子達は、相当な覚悟で私に話しかけたのだろう。日和の言葉に顔を赤らめて、今にも泣き出しそうな表情で去って行った。その背中を、見送ることしか出来ない私。やっぱり、レオくんの人気はすごい。入学してたったの数日で、こんなにも女子を動かしてしまうなんて。「こういうのはさ、最初できつく言っておかないといけない事だよ」え? と日和を見ると、日和は肩をすくめた。「中学の時の経験からね。あの3人、コソコソされるのが一番嫌なタイプだから」日和はため息をつくと、机に突っ伏すレオくんに視線を向けた。「レオくんといい、柊先輩といい。そこにいるだけでオーラを放ってんのよね。私には何がいいのかわからないけど、そのオーラに女子は引き寄せられるというか」頬杖をついて顔を歪める日和だけど。私は、それが少しわかるような気がする。3人が放つオーラ。最初は、変な人達に出会ってしまったと思ったけど、たった数日でときめいている自分がいる。あまりにもキラキラと輝いていて。今となっては、もう目が離せなくなっているし。私も、彼女達と同じって事かな……。先輩に心を躍らせて、釘づけになる。だけど。彼女達と同じ立場っていうのは、ちょっと嫌だ。“彼の特別になりたい”と、図々しくも、すでに欲が生まれている。
教室に戻ると、レオくんはまた机に突っ伏していた。その机の周りに、何人かの女子が集まっている。ヒソヒソと話し、顔を赤らめていた。「あの……レオくん」さっき、レオくんの足を蹴ってしまった事もあって、また彼を不機嫌にさせないようにと、遠慮がちに名前を呼んだ。だけど、反応なし。反応があったのは、周りの女子の視線だけ。痛いよなあ……。「レオくん、これ、図書室で落としてたみたいだから。ここに、置いとくね」素早くレオくんの机の上に生徒手帳を置き、女子の痛い視線から逃げるようにそそくさとその場を去る。自分の席に戻ってレオくんの様子を横目で見たけど、まだ机に突っ伏したまま。よくあんなに寝ていられるよな。というか、あの女子の視線、気にならないのかな。まあ、これくらいもう慣れてるんだろうけど。私には、たぶん一生この感覚はわからないんだろうな……。「ねぇねぇ、如月さん」肩を叩かれ振り向く。そこには、同じクラスの下川さんと女子数人が立っていた。今は、一週間後に控えているクラスマッチの出場種目を決めている。私の前の席に向き合う形で座っている日和と、どの種目に出場するかちょうど話し合っていた時だった。「何? どうしたの?」私が聞くと、彼女達は恥ずかしそうに、モジモジと体をひねらせていた。私の視界の隅で、日和が眉をひそめる。「如月さん、仲良いの?」下川さんから遠慮がちに聞かれ、私は首を傾げた。「あの、その、佐藤くんと」彼女が指差す先には、相変わらず机に突っ伏しているレオくんがいた。「昨日、佐藤くんに話しかけてたからさ。それに、図書室がどうのって……」ああ……。昨日の、あれか。あんな一瞬の事を、しっかり見てたんだ。「あれは、仲が良いっていうか、たまたま私がレオくんの生徒手帳を拾っただけで...」特別何も……。そう言おうとしたところで、私の横から日和が言葉をはさんできた。「悪いけど、私達、協力は出来ないよ」
「レオ。 おまえまた寝てたのか」レオくんが、本を元の位置に戻した、その時。柊先輩とコウ先輩が、同時に本棚の間から出てきた。その後ろには、日和がいる。レオくんは、柊先輩に返事をすることなく、ズボンのポケットに片手を突っ込んで大きな欠伸をした。「ったく… おまえなあ。少しは体を動かそうとは思わないのかよ」「………」「もうすぐクラスマッチがあるだろ?おまえ、少しは周りとコミュニケーション取れよ」柊先輩の言葉に全く耳を傾けようとしないレオくん。また大きく口を開いて、欠伸をした。「おまえな……」首の後ろをかいて呆れる柊先輩。それを見て苦笑するのは、コウ先輩。レオくんが図書室から出て行くのを、先輩2人が溜息をつきながら追った。「私達も行こう、美羽」私は、日和とその後に続いた。と、その時。ムニュっと、足元に柔らかい感触があった。………?絨毯の上に落ちていたのは、生徒手帳だった。紺色の生徒手帳を拾い上げて、踏んでしまった部分を叩く。誰のだろう。と、開けてみると、“佐藤 礼央奈”と、名前が記入されていた。……礼央奈。「どうしたの?」眉をひそめて生徒手帳を見ていると、日和がそれを覗き込んできた。「ああ、レオくんのね。 さっき落したんだね、きっと」礼央奈……。「だから、“レオくん”なんだぁ!!!」突然大声を上げた私に向かい、日和が眉をひそめた。「そんなに驚くこと?」「だって、今初めて名前知ったし」私が言うと、日和はおかしそうにクスっと笑った。礼央奈……。綺麗な名前だなあ。レオくんにピッタリだ。
授業中の図書室には、誰もいない。グラウンドから体育の声が聞こえてくるだけで、この部屋の中は物音ひとつしなかった。しかも、窓から差し込む日差しで、舞い上がる埃がキラキラと光っている。とても幻想的だ。こんなところに、本当にレオくんがいるのだろうか。柊先輩達と一緒に、本棚の間を探す。高校の図書室には、たくさんの本がぎっちり詰め込まれていた。絶対に読まないであろう分厚い本まである。ついでに、表紙の漢字が難しくて、何て書いてあるのかさえもわからない。ゆっくりと足を進めながら、本棚の間を覗く。すると。視界の下に、誰かのつま先が映った。首だけ本棚から出して、さらに覗き込む。そこには、絨毯に座り、本棚に寄り掛かって寝ているレオくんがいた。太ももの上には、一冊の本が広げられている。レオくんの寝顔は、今までに見た事もない程、キレイな顔だった。思わず、吸い込まれるように足が進む。茶色のサラサラの前髪が、目元にかかっている。目を閉じていても、目が大きいんだろうなと思わせる、二重のライン。鼻筋がすらりと通っていて、男の子とは思えない美しさ。レオくんの美しすぎる寝顔に見とれて足を進めていると、コツンと、レオくんの足に私の足が当たってしまった。それに反応して、レオくんが薄っすらと瞼を開ける。眩しそうに目を細めて、私を睨むように見上げた。「ご、ごめん」慌てて謝る。すると、レオくんは大きなため息をついて、太ももに広げていた本をパタンと閉じた。のっそりと立ち上がる。レオくんが手にしていた本の表紙には、『花図鑑』と書かれていた。花が好き……なのかな?
「見学とかいいからさ、あいつんとこ行こうぜ」今にも逃げ出したい空気の中、柊先輩は私と日和に向かいさらっと言ってのけた。嫉妬の渦。今すぐにでも飲み込まれそうなんだけど。「そだな」それに同意したコウ先輩が、先生の制止を無視して教室から出てきた。先生は教科書片手に、またか。と、完全に呆れかえっている。「美羽ちゃん、行こう。あ、おまえはついて来んな」コウ先輩は私の腕を引っ張ると、日和に冷たく言い放った。「バカ兄貴。その手を離して。マジで美羽に触れないで」今度は日和に腕をとられる。よろけながら苦笑すると、「おまえ、人気者だな」と、柊先輩が笑った。笑うとこじゃないでしょうが……。「ところで、あいつって?」腕を引っ張る日和に耳打ちすると、『あー、レオくんよ』と素っ気なく言った。そう言えば、さっきからレオくんの姿が見当たらない。「レオくんは、団体行動をとらない人なの」「え?」「自分の興味を持った時にしか行動しない人」興味を持った時にしか、って。随分、マイペースな人だな……。私達の前を歩く先輩2人は、レオくんの居場所がどこなのか分かりきっているように、ずんずん進んでいく。高校生になってまだ、2日目。どこに何があるのか全くわからないこの校舎の、一体どこにいるというのだろうか。迷いもなく歩みを進める先輩と。それに何も言わずについて行く日和。理解不能。「おーい、レーオ」ガラガラっと部屋のドアを開けたのは、柊先輩。先輩達の後ろからその部屋を覗き込んでみると、そこは、とても静かな図書室だった。つかつかと中へ入って行く先輩達。その後へ続くと、古い本の匂いや、埃の匂いが混ざった、図書室独特の匂いに包まれた。







