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第5話

Auteur: くらげ
到着してスマホの電源を入れると、通知が一気に押し寄せてきた。

彩葉からも、10件以上メッセージが届いている。

『理玖、やばい』

『一花がどこに行ったのかって聞かれたけど、知らないって言っといた』

『絶対、本当に行くわけないって』

『今、国際交流センターまで行った』

そこへ母からビデオ通話がかかってきた。

『着いた?』

「着いたよ」

『寒くない?』

「平気」

『無理しないの。ちゃんとマフラーしなさい』

首元に目を落とす。

グレーのマフラーは、きちんと巻いたままだった。

「してるよ」

画面越しに、母がしばらく私の顔を見つめる。

『泣いた?』

「泣いてない」

『そう』

少し間を置いてから、いつもの調子で続けた。

『じゃあ先に寮行って、荷物片づけてから泣きなさい。空港で泣いたらみっともないでしょ』

思わず笑ってしまった。

「お母さん、私そこまで弱くないよ」

『知ってる』

母は少しだけ声をやわらげた。

『今まで、迎えに来てくれる人がいるのが当たり前だっただけよ』

空港の出口には、「リヴェル大学」と書かれたボードを掲げたスタッフが立っていた。

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    袋を握ったまま、私は言った。「ありがとう」「あと……」理玖は少し言いよどんだ。「俺たちの写真、消してない」何も言わずに理玖を見る。「前は、周りに言わないほうが一花のためだと思ってた。変に噂されたりしないようにって」理玖は少し苦く笑った。「でも違ったんだよな。俺が勝手に、一花はずっとそばにいるって思い込んでただけだった。だから、関係をはっきりさせなくても、いちいち説明しなくても平気だって思ってた」声が低くなる。「でも、一花だって、ちゃんと言葉にしてほしかったし、大事にしてほしかったんだよな」少し間が空いた。「ずっと」私は理玖を見つめ、最後に一言だけ返した。「理玖。もう終わったことだよ」理玖はうなずいた。「分かってる」「理玖も、これからは自分のこと大事にして」「うん」もう一度、搭乗案内のアナウンスが流れた。私は振り返り、保安検査場へ向かった。ゲートを通る前に、1度だけ後ろを見る。理玖はまだそこにいた。追いかけてはこなかった。ただ、こちらに向かって小さく手を振っていた。……それからの1年、理玖から連絡が来ることはほとんどなくなった。たまに年末なんかに、『体に気をつけて』と短いメッセージが届く。私は、『ありがとう』とだけ返した。蒼士に告白されたのは、翌年の春だった。論文発表を終えた日。階段に腰を下ろし、資料を足元に置いていると、蒼士がペットボトルの水を差し出した。「常温だよ」受け取る。「ありがとう」蒼士も隣に座った。「一花、話したいことあるんだけど」「うん」「好きだよ」手の中で、ペットボトルが小さく音を立てた。蒼士は私ではなく、まっすぐ前を見ている。両手は膝の上に置いたままだった。「一花が誰かに世話してもらわなきゃいけないからじゃない。こっちで1人なのがかわいそうだからでもない」少し間を置く。「自分でちゃんと道を探そうとする一花が好き」私は黙って聞いていた。「一花が嫌じゃなければ、これからは隣で一緒に探したい」手元のキャップを見つめた。「蒼士」「うん」「私、すぐには付き合えないかもしれない」「いいよ」「まだ昔のこと、全部整理できたわけじゃない」「知ってる」「すご

  • 幼なじみでいるのをやめたら、彼は死ぬほど後悔した   第10話

    理玖から、もう1件メッセージが届いた。『前に言ってたよな。初雪は一緒に見ようって』返事はしなかった。数分後、今度は音声メッセージが届く。『一花。今日、前によく行ってた鍋焼きうどんの店に行った』少し間があった。『店の人、まだ一花のこと覚えてたよ。「いつもの女の子は?」って聞かれた。一花が好きだった鍋焼きうどん、三つ葉抜きで頼んだ』そこで、理玖の声が一度途切れた。『半分くらい食べたところで、やっと思い出した。もう一花、ここにいないんだって』少しだけ息を吐く音がする。『俺、なんでずっと、一花はどこにも行かないって思ってたんだろうな』そこで再生を止めた。向かいにいた蒼士が聞く。「元カレ?」私は首を振った。「違う」「じゃあ、何?」少し考えた。「昔から、いるのが当たり前だった人」蒼士は軽くうなずいた。「当たり前って、変わるもんだよ」「うん」「俺も前は、変えられないと思ってたことがあったし」「どんな?」「夜更かしするとか、朝飯食べないとか」少し間を置いて、笑う。「1人のほうが楽だって思ってたのも、そうかな」「今は?」「ある人に会って変わった」私は本へ目を落とした。「その人、大変そう」「うん。かなり」蒼士も笑った。「来たばっかりで道に迷うし、放っておくとパンばっか食べてるし」冬休みに入る前、1度国内へ帰った。空港には両親が迎えに来ていた。母は私を見るなり抱きしめ、背中を軽く叩いた。「痩せたんじゃない?」父がキャリーケースを受け取る。「向こう、飯ないのか?」「あるよ」「じゃあ、なんで痩せるんだ」「勉強が大変だから」すると父が、何気ない調子で言った。「そういや理玖、少し前まで毎日のように来てたぞ」母がすぐに父を睨んだ。父は口を閉じる。私はマフラーを巻き直しながら聞いた。「今も来るの?」「前ほどじゃないわ」父が鼻を鳴らした。「来たって入れないけどな」帰国した翌日。醤油を買いに家を出て、近所のコンビニまで行くと、店の前に理玖が立っていた。手には、焼き芋の入った紙袋を提げている。私を見ると、理玖はその場で固まった。「一花」軽くうなずく。「久しぶり」目元がみるみ

  • 幼なじみでいるのをやめたら、彼は死ぬほど後悔した   第9話

    私は理玖を見た。「私が怖がりなのも、胃が弱いのも、夜道が苦手なのも覚えてるよね」理玖は黙っている。「でも、何か選ばなきゃいけないときは、いつも私に我慢させた」「一花なら分かってくれるって思って、説明もしなかった」「私が離れないって思ってたから、後回しにしても平気だと思ってた」理玖が唇をきつく結んだ。「違う」「違わないよ」自分でも驚くほど、声は静かだった。「理玖が私のことを好きなのは分かってる。でも、私がずっと同じ場所にいるって決めつけてた」理玖は何か言おうと口を開いたものの、言葉は出てこなかった。私はノートパソコンのバッグを持ち上げた。「もう帰って」「帰らない」「じゃあ、好きにして」翌日、SNSに写真を1枚投稿した。青い屋根のメイン棟を撮った写真だった。添えた言葉は短い。【新生活1週目】投稿して1分もしないうちに、理玖から「いいね」がついた。けれど、すぐに消えた。そのあと、DMが届く。『あの男に撮ってもらったの?』『通りすがりの人』そう返すと、すぐにまた通知が来た。『一花。俺、しんどい』前なら、理玖が具合悪いと言えばすぐに駆けつけていた。薬と白湯、それから理玖が好きなシュガーレスのミントタブレットを持って。今は一言だけ返した。『病院行って』返事はすぐに来た。『前はそんなこと言わなかっただろ』それ以上は返さなかった。夜になると、茉白からフォローリクエストが届いた。承認すると、長いメッセージが送られてきた。『一花ちゃん、ごめんね。私、本当に理玖を取ろうと思ってたわけじゃないの。ただ、理玖って優しいし、一緒にいると安心できて、それでだんだん何でも頼るようになっちゃった。一花ちゃんが嫌がってるのも途中から分かってた。でも、何も言わないから、勝手に大丈夫なんだって思ってた』数分後、またメッセージが届いた。『理玖が一花ちゃんを追いかけて行って、やっと分かった。理玖がずっと好きだったのは、一花ちゃんだったんだね』『知ってる』そう返した。画面には何度も「入力中」と表示されては消えた。しばらくして、ようやく届く。『それなら、理玖のこと許す?』私は画面を見つめた。そして返した。『許さない』……

  • 幼なじみでいるのをやめたら、彼は死ぬほど後悔した   第8話

    理玖が蒼士を見た。「俺たちのことだから、他人は口出さなくていい」蒼士は理玖には目を向けず、私だけを見ていた。私は理玖の手を振りほどく。「大丈夫」理玖の手が力なく下がり、指先がきゅっと丸まった。蒼士にスープジャーを差し出す。「昨日、スープありがとう」蒼士はそれを受け取った。「午後のグループワーク、忘れないでね」「分かった」蒼士がその場を離れると、理玖が低い声で聞いた。「グループワークって、あいつと同じグループなの?」「そう」「一花、俺に当てつけてる?」「ここで授業受けてたら、グループ組むくらい普通でしょ」「でも、前のお前なら……」「前ならしなかったこと、今はいっぱいしてるよ」理玖は私を見たまま、しばらく何も言わなかった。やがて、小さく聞く。「……俺、どうしたらいい?」「帰って」「それ以外で」「ないよ」長い沈黙のあと、理玖は足元に保温バッグを置いた。「俺が来たのは無駄だったってことでいい。せめて焼き芋だけは持ってって。このまま持って帰りたくない」私は袋を見つめた。結局、かがんで持ち上げる。「みんなに分けるね」理玖の口元がわずかに歪んだ。「好きにすれば」午後のグループワークでは、焼き芋を食べやすい大きさに分けてテーブルに置いた。みんながそれぞれ手を伸ばしていく。蒼士も1切れ取ろうとして、私を見た。「糸賀さんは食べないの?」「甘すぎるから」蒼士は伸ばしかけた手を引っ込めた。「じゃあ、俺もいいや」……理玖は大学の近くにホテルを取り、それから毎日のようにメッセージを送ってきた。『朝はちゃんと温かいもの食べろよ』『今日は冷えるから、いつもより厚着して』『前に好きだって言ってたスープ買った。寮の受付に預けてある』どれにも返事はしなかった。しばらくして、寮の受付から連絡が入った。取りに行くと、預けられていたスープはまだ温かかった。受付の人が私を見て聞く。「これ、彼氏さんから?」私は首を振った。「違います」受付の人は少し意外そうな顔をした。「そうなの?じゃあ、次からは受け取らないほうがいい?」「すみません。次からは断ってもらえますか?」その夜、寮の前には理玖がいた。図書館か

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