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第51話

Auteur: 魚住 澄音
頭の中に寧々と翔真のことが次々と浮かび、ことはは急にむかつきを感じた。

「すみません、トイレに行ってきます」

彼女は速く走り去り、歪んだ表情を隼人にはっきりと見られていた。彼は黒い瞳を沈ませて立ち上がり、飲み物カウンターでレモンソーダを一本取り、そのままゆっくりとトイレの方へ向かった。

トイレでことはは何度もえづいたが、結局何も吐けなかった。気持ち悪い光景を思い出さないよう無理に頭を切り替えると、少しずつ吐き気が引いていった。

バカみたい。どうしてあんなことを考えてしまうんだ。

自分で自分を気持ち悪くしてたな。

手を洗い、ことははトイレから出た。

壁にもたれかかる隼人の姿が目に入り、彼女は驚く。「神谷社長もお手洗いに?」

「君を探しに来た」

「???」ことはは一瞬考え込む。てっきり佳乃との会話について聞きたいかと思った。「ご安心ください。杉浦さんは神谷社長のことを聞きに来たわけではありません」

隼人は感情の読めない表情で、手に持っていたレモンソーダを彼女に差し出した。「吐き気に効く」

「ありがとうございます」ことはは、やっぱり走ってトイレに向かった姿を見られていたと悟った。

そのとき、彼は身をかがめ、底の見えない黒い瞳にことはの驚いた顔が映った。「篠原ことは、君と東雲翔真の離婚は本当か?」

まさかこんなタイミングでその質問が来るとは思っていなかった。彼女は眉を寄せて答えた。「ええ、本当です」

「本当なら、きれいに断ち切ることだ。二人を一生縛るようなものは、何一つ残すな」

ことはは困惑した表情を浮かべた。

一生縛るようなもの?

すでに隼人はその場を去っていた。彼女はゆっくりレストランに戻ったが、隼人も芳川ももういなかった。佳乃は早く帰ってことはの提案を試したくてたまらない様子で、手を振って別れを告げた。

ことはは隼人の最後の一言が頭から離れず、もう食欲も失せてしまい、一人でエレベーターを待つことにした。

そして、エレベーターが開いたその瞬間、彼女は思いがけない人物を目にした。

速水駿(はやみ しゅん)、涼介の友人だ!

ことはが無意識に身を隠そうとした時、駿はすでに彼女に気づいていた。

「ことはちゃん?!」駿が彼女を呼び止めた。

彼はすぐさまエレベーターから飛び出し、彼女の前に立って顔を何度も見比べると、目を輝かせて叫んだ。
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