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幼馴染の花嫁奪いは、ただの賭け
幼馴染の花嫁奪いは、ただの賭け
Author: 蕎竹

第1話

Author: 蕎竹
私の結婚式当日、幼なじみの山下拓哉(やました たくや)が大勢の仲間を引き連れて式場の扉を蹴破り、花嫁の私を奪いに来た。

彼は私を娶り、私を連れて駆け落ちすると言い放った。

ところが式場を出て間もなく、彼はあっさりと私の手を放し、気だるげに笑った。

「ほらな、また俺の勝ちだ。百回目、賭けに負けた奴は金を払えよ」

そう言って振り返り、私を見やる。

「ただの冗談だよ。本気にしたんじゃないだろ?さあ、中に戻って結婚式を続ければいい」

周りはみな、私が十年も拓哉の言いなりで、彼のためなら何でもすると嘲った。

でも、彼らも拓哉も知らなかった。この花嫁奪いは、私の結婚式の余興のひとつにすぎなかったのだ。

耳をつんざくような嘲笑が、私の鼓膜を突き破る勢いで響く。

「ちっ、詩帆、お前に賭けたら大赤字だ。いい加減、その馬鹿げた妄想やめろよ」

「うけるな。本気で拓哉があんたを娶ると思ってたのか?」

このどうしようもない窮屈さは、あまりにも馴染み深い。

私は無意識にウェディングドレスを握りしめ、爪が指先に食い込み、鋭い痛みが走った。

拓哉はタバコを一本くわえて火を点け、目の奥にうっすらと嫌悪を浮かべた。

「詩帆、まだ俺にまとわりつこうなんて思ってるなら、早めにやめておけ」

その言葉と同時に、またしても周囲から嘲るような笑いがどっと広がる。

いつもなら、私は耐えきれず泣き出し、どうしてそんな仕打ちをするのかと拓哉を問い詰めていた。

けれど今回は違う。拓哉の言葉が終わるや否や、私はくるりと背を向けた。

すると、つぎの瞬間、ぐいと強い力に腕がつかまれた。

「どこへ行くつもり?」

「結婚式に戻るの」

その言葉に拓哉は一瞬あっけに取られたが、すぐに嘲るように口元をゆがめた。

「詩帆、自分を安売りする才能なら、お前は誰にも負けないな」

目をぎゅっと閉じたけれど、その言葉に心臓はどうしても震えてしまう。

そうだ。私は何をしても、拓哉の目には自分を安売りする女としか映らないのだ。

三日前、私は彼に結婚式の招待状を送った。

そのあと、誰が回したのかは分からないが、一本の電話が私のところにかかり、私は彼らの賭けを耳にした。

「面白いな、今回はずいぶん大げさに騒いで、結婚まで持ち出したってわけか」

一人が拓哉に尋ねた。

「もしかして、本気なんじゃないのか?」

すぐに別の人が口を挟む。

「あり得ねえだろ。誰だって知ってるさ、詩帆は拓哉一筋で、拓哉としか結婚しないってな。どうせ拓哉に新しい彼女ができて、嫉妬してんだろ。目立ちたいだけだよ」

拓哉の新しい恋人は、村瀬玲奈(むらせ れな)という。

彼女のことをすっかり惚れ込んで、彼は長いあいだ執拗に追いかけていた。

玲奈は招待状をひょいと手に取り、一瞥しただけで床に放り投げ、けたたましく笑った。

「ふん、こんな女。私が男でも選ばないわ」

その場はまたしても嘲笑に包まれた。すると、拓哉は酒のグラスをテーブルに置き、仲間を見やって問いかけた。

「賭けようか。乗るやつはいるか?」

「また賭け?じゃあ俺らが勝ったら、玲奈と別れろ」

その言葉に、拓哉の声が一瞬で冷え切った。

「誰が玲奈を賭けに使っていいと言った?」

電話の向こうで、私は拓哉が軽々しく仕組んだ賭けの内容を聞いてしまった。

──それは、私が彼のために駆け落ちするかどうか。

玲奈は決して賭けの対象にはならない。

けれど私は、彼の仕組んだ賭けに何度も使われてきた。もう百回を超えるほどに。
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