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第7話

Author: マンゴー
私は布団を持って、ゲストルームへ向かった。

部屋を出ようとした時、突然、亮太が後ろから抱きしめてきた。

「霞、そんな冷たい態度をとらないでくれ。耐えられないんだ、頼むから……」

亮太は声を詰まらせて泣いていて、その涙で背中のパジャマが濡れていくのが分かった。

私は、彼の指を一本ずつゆっくりと引き剥がした。

「冷たい態度がどれだけ人を傷つけるか、あなたも知っていたのね?」

これまで何度も喧嘩をしたけど、いつも一方的に私を無視するのは亮太の方だった。

残業で遅くなるときも、同僚と飲み会があるときも、亮太は私に何も言わなかった。

心配で電話をかけて、迎えに行こうとしたら、彼に、「束縛しないでよ!自由がない!」って怒られた。

その後は、私が頭を下げて話しかけるまで、何日も家に帰ってこなかった。

この関係において、私たちの立場はあまりにも長い間、対等ではなかった。

好きという気持ちがとうの昔に消えていたことに、今更になって気づいた。残っていたのは、ほんのわずかな未練だけ。

そして今、その未練さえもなくなった。

亮太はまた私にまとわりつき、手を握って甘えるような声を出した。

「霞、俺が悪かった。だから許してくれ」

彼は顔を上げ、期待に満ちた目で私を見た。「もう一度二人でやり直して、子どもを作らないか?」

子ども?

去年、友達の家に可愛い男の子が生まれたので、何気なく亮太にその話をしたことがあった。

亮太はとたんに不機嫌になって、彼の気持ちも考えずに子どもが欲しいなんて、今の時代がどれだけ大変か分かってるのか、と言った。

でも、そんなこと言われるなんて思ってもみなかった。

その時のことを思い出すと、私はカッとなって亮太を突き飛ばした。

彼は数歩よろめいた。私が拒絶するとは思ってもみなかったようで、ショックを受けた顔をしていた。

「もう離婚するんだから、今さらそんな話をしても意味ないでしょ」

引き留めようとする彼を無視して、私はドアをバンと閉めて部屋を出た。

かえってゲストルームで一人で寝たことで、私は久しぶりにぐっすり眠れた。

翌日、時間通りに引越し業者がやって来た。

作業員が荷物を運び出す様子を、亮太は魂が抜けたように眺めていた。私は再び、彼の前に離婚協議書を置いた。

「早くサインして。そしたら、時間を作って役所に提出しに行
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