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#33 大きすぎる背中

last update تاريخ النشر: 2026-09-20 21:00:41

 稲妻が、樹木を叩き割った。パァン、と派手な音が響く。

「まさか、紅雷龍こうらいりゅうなのか⁉」

 そう春香が声を発した時、空を舞う十字の影が、急降下を開始した。重々しい、地鳴りにも似た音を鳴らしながら、深紅の龍が彼の前に降り立つ。

 陽光を反射する、紅玉めいた鱗。頭に生えた長い角。背中から生える蝙蝠のような翼。四本の脚は、若草繁る地面に、深くめり込んでいた。

 屹立した首の上、牙の並ぶ口の中に、雷の弾が産まれる。

「春香、来る!」

 背中のクィオウが発した一声を聞いて、春香は横に飛ぶ。一瞬前までいた地面が、三尺は抉られただろう。

 天津龍。龍の中でも、最強と名高い四種の龍。出会えば最後、死ぬか殺すか。逃げるなどは、叶わないのだ。

 だとして、

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  • 幽世の狩人~不死の少女と妖魔狩りの少年~   #35 二年後

    「春香さん」 縁側で雪を眺めていた春香に、リズの細い声が投げかけられる。「ご飯、できたみたいですよ」 「そうか」 のっそりと立ち上がった彼は、短い左袖を揺らすリズと並び、奥座敷へと向かう。喪服のような黒い羽織も、夜の色をした黒髪も、紅玉のような瞳も、変わってはいない。ただ一つ、幼さを捨てた顔に刻まれた悔恨を除いては。 本日の夕餉は、鯖の味噌煮だった。狩人二人には一尾丸ごと。只人であるリズ、佳代子、老婆には半身が提供された。春香と頸創が上座に座り、その斜向かいにリズがいた。「いただきます」 合掌した春香の声に、皆倣った。「頸創、逆梟の話をここしばらく聞かないが、活動は落ち着いているのか?」 麦飯を片手に、彼は問う。向かいにいる褞袍の頸創は、茶髪と緑青の目で答える。「二年前、俺らが潰してからはかなり大人しいぜ。フザンが送り込んでくる刺客も、月に二人いるかってくらいだし……ま、平和ならそれでいいだろ」 「だが、あにう──フザンがまた何かを企んでいるかもしれない」 兄上と言いかけて、彼は慌てて言い直したのだ。「かもしれない、だけだろ? 根拠がないなら安心しろよ」 安心。鷹眼──いや、フザンと彼は呼ぶようにしていた。あれは、憧れた兄ではないのだから。 閑話休題。そのフザンとの戦いから二年。安心というものは遠く、時折姿を見せるフザンの幻影と言えるような刺客もいる。何も考えず大の字になって眠れる日はもう来ない。春香は、刀を手放せない日々に心を蝕まれつつあった。「春香さん」 少し隈のあるリズが呼びかけた。「今度、本屋さんに行きたいんです。明日か、明後日か……」 「そうか。付き合おう。だが、読みたい本でもあるのか?」 「新聞に出てたんです。その辺りで、歴史書の続刊が発売されるって」 「なら、買いに行かねばならないな」 春香は微かに表情を緩めて、応じた。火鉢の熱。炭が割れる。それでも、彼はずっと張りつめた緊張の中にある。「ごちそうさまでした」 皆、ほぼ同時に食べ終わる。合掌し、頭を下げ、彼らは立ち上がった。それぞれのやるべきことをやる。「風呂は沸いているか」 春香が佳代子に問うた。「ええ。奉公人が炊いているはずです」 「あいわかった。詰所にも暖かい飯を届けてやれ」 ペコリ、佳代子は頭を下げて台所へ走った。頬に

  • 幽世の狩人~不死の少女と妖魔狩りの少年~   #34 追憶の終わり

    「では、正式に婚姻を了承するということで、よろしいですね?」 襖越しに、春香は父と来客との会話を聞いていた。警備の任を受け、数人の侍と共に襖の前に正座し始めて、既に数十分。チチチッ、と雀が昼空へと飛び立っていく。「ああ。これで、レヴェダギと雷天の友好の証としよう。ヴォウ・ニーウ」 ヴォウ。クィオウの父親だ。屋敷に来た時に見た顔は、クィオウにはあまり似ておらず、むしろ無骨な印象を与える男性だったな、と彼は思い起こす。鱗は頬にまで達していたことが、印象的だった。「二年の歳月を経て、クィオウから何度も手紙をもらい、家臣からも報告を受けておりますが……春香くんは、随分と実直で素朴な少年のようですな」「未熟だが、腕もそれなりに立つ。いずれ、雷業の家臣団を率いるに足る人物となるだろう」 あの父が、自分を認めてくれている。春香は、それが嬉しかった。滅多にないこと。侍たちも、ニコニコと笑っていた。「坊ちゃん、やりましたね」「やめてくれ、こそばゆい」 囁き合って、会話の進展を待つ。「春成殿は、お酒は嗜まれますか?」「飲まんようにしている。いつ何時敵が来るかわからないものでな」「では、このウォッカは持ち帰るといたしましょう」 ヴォウの渋い笑いが聞こえてきた。同時に、衣擦れの音も。「だが、クィオウを嫁にやって、家のことはどうするつもりだ? 一人娘なのだろう?」「イェルラという年の離れた弟がおります故、然して問題にはなりませぬ。向こう十五年は、やってもらわねば」「随分と期待しているのだな」 父の声が知っているものよりずっと穏やかで、春香はもっと聞いていたくなる。「……そうだな。今日ばかりは酒宴としよう」 警護の侍たちは、ニヤリと笑みを交わし合った。「今晩、我が雷天の酒を以て、ヴォウ殿をもてなそう。よろしいか」「ええ、異存ありません」 その晩、盛大な歓待が行われた。雷業屋敷の滅多に使われない大広間。そこに、雷天の誇る美酒美食、総計八十八の器や徳利、瓶が並んだ。 上座に座るのはヴォウではなく、春香とクィオウだった。当然酒は飲めず、行商人の持ってきたサイダーなるものを供される。「レヴェダギ国と雷天の末永き友好を祈って、乾杯」 下座の春成が音頭を取ると、出席した旗本や、ヴォウ直属の騎士という身分の者たちが酒の入った器を掲げる。「乾杯!」 白い

  • 幽世の狩人~不死の少女と妖魔狩りの少年~   #33 大きすぎる背中

     稲妻が、樹木を叩き割った。パァン、と派手な音が響く。「まさか、紅雷龍なのか⁉」 そう春香が声を発した時、空を舞う十字の影が、急降下を開始した。重々しい、地鳴りにも似た音を鳴らしながら、深紅の龍が彼の前に降り立つ。 陽光を反射する、紅玉めいた鱗。頭に生えた長い角。背中から生える蝙蝠のような翼。四本の脚は、若草繁る地面に、深くめり込んでいた。 屹立した首の上、牙の並ぶ口の中に、雷の弾が産まれる。「春香、来る!」 背中のクィオウが発した一声を聞いて、春香は横に飛ぶ。一瞬前までいた地面が、三尺は抉られただろう。 天津龍。龍の中でも、最強と名高い四種の龍。出会えば最後、死ぬか殺すか。逃げるなどは、叶わないのだ。 だとして、春香は死ぬつもりもない。兎に角、気を廻らせた体で逃げ回り、撒いてしまわなければ、物言わぬ肉となる。それだけは、避けたい。(父上……!) 胸中で助けを求める。木の陰に入っても、気を探知した紅雷龍は木々を貫き、春香まであと一寸という所を過ぎる雷撃を連発していた。 脚を止まれば、死体の一片も残らないかもしれない。走りながら浅くなる呼吸。恐怖が背中にピタリと張り付いて、肩を引く。(生きろ、生きろ、ここでクィオウを死なせるな!) 春香は、洞窟を見つけた。紅雷龍の邪気は遠い。一度、彼はクィオウを降ろした。「ここで隠れていてくれ」「でも、あんな龍に勝てるの?」「……勝つしかない」 肌を突き刺すような邪気が、少し

  • 幽世の狩人~不死の少女と妖魔狩りの少年~   #32 雷業春香の追憶、クィオウとの出会い

     伊英の街に、雪が降っていた。縁側の遥か頭上。真っ黒な空を仰いで、春香は目を閉ざした。あの出会いも、冬の日だったのだから……。◆ 雷業春香が十になった年、冬の終わり。坐天島、雷天の街に来訪者の姿があると聞き、彼はまだ幼い体に刀を差して、玄関に向かった。 一目で、彼はその来客に惚れた。墨色の瞳。長い銀髪。赤茶色の服を着ている。腰にサーベルを佩いた一団を背後に控えさせた、少女の姿だ。「はじめまして」 流暢な東方語で挨拶するその声は甘く、聞く者の心を蕩けさせる。「雷業春香だ」「ヘヴノヴールより参りました、クィオウ・ニーウ。これから、よろしくお願いします」 微かに振る雪の中、二人は握手を交わした。そこで向けられた、布団のように安心感のある微笑みのせいで、春香は相手を直視できなくなった。「こちら、ご挨拶にと思いまして」 パパン、とクィオウが手を鳴らすと、家臣の一人が紙袋を持って前に出た。「中を見てもいいか?」「ええ、もちろん」 茶色い紙袋だ。それを覗いた春香の鼻腔を、甘い香りが擽る。茶色い、小麦粉の塊だ。立ち昇る、中に酸いものもある芳香で、彼はそれが菓子であることを理解する。「ヘヴノヴールでよく食べられる、ケーキというものです。乾燥させた果物をふんだんに使ったものですのよ」「そうか、皆で分ける。ありがとう」 礼を言った時、彼の耳に足音が届く。無遠慮で重く、それでいて隙の無い足音だ。「お前の妻となる女だ」「父上&helli

  • 幽世の狩人~不死の少女と妖魔狩りの少年~   #31 喪った者、喪われる者。

     槍めいた雨が窓を打つ音で、春香は、ゆっくりと目を開いた。体に被さる布団の重さ。腹の辺りにも、何かがある。頭を起こすと、金髪の少女が体を預けていた。「リズ」 力の抜けきった声と、生気のない顔で、彼は呼びかける。リズは飛び退くように体を動かし、困ったような笑みを浮かべる。「ごめんなさい、あんまり眠れなくて」 赤い着物の左袖が、空しく揺れる。喉には赤い火傷の痕。春香の口が、外れたように開いた。上体が起きる。脇腹に走る痛みも構わず、軽くなったリズの体を抱きしめた。「俺が、弱かった!」 何かを探し求めるにも似た動きで、春香の指はリズの背中を何度もなぞる。「俺が、油断してしまった。カガリもピジョを警戒しろと言っていたというのに、俺は、俺は!」 背骨をへし折らんばかりの抱擁だった。「く、苦しいです、春香さん」 その言葉は耳に届かない。「俺は、何をすればいい」 息か、声か。その判断さえできない程に、細い声だった。「どうすれば、俺は償える。君の左腕の分に、何をすれば釣り合う」「……いいんです」 小さな右手が、春香の背を優しく打つ。「近くにいてください」「俺の責任なんだぞ。俺が、一撃を許したから、その左腕が……」「でも、春香さんがいなかったら、私はここにいません」 フッ、と春香の腕から力が抜けた。「春香さんがあの場に立っていたなかったら、私は

  • 幽世の狩人~不死の少女と妖魔狩りの少年~   #30 フザン襲来

     一隻の蒸気船が、月夜の海を滑っていく。甲板に立つ人夫も声を発さず、ただ淡々と監視を続ける。 その中に、二人、手摺の近くに立つ男の姿があった。一人は背広、一人は二本差し、紅い羽織の男だ。だが、何より目を引くのは、頭全体を覆う金属製の兜だった。後頭部から銀色の髪がはみ出ているが、それだけだ。「フザン様、まずはどうなさいます?」 背広の男──ピジョは、兜の男をフザンと呼んだ。「どうもこうもない」 何重にも反響したような低い声で、フザンは応じる。「速やかにリズ・ユヤデオナを確保する。そのために、色々と手を尽くしたのだ」「しかし、逆梟を使って狩人を引き剥がしても、ゲルカルナに鬼傀兵を使わせても、失敗でした。そう上手くいくでしょうか」「カガリは龍の血をもう持ってはいないだろう。あれには基本的に最低限のものしか渡さないからな……ならば、相手になるのは頸創と春香のみ。殺せずとも、目的は達成できよう」 クックック、と彼は低い笑いを兜から漏らした。「しかし、雷業春香は障害となるでしょう。どう抑えるのですか?」「兜を脱ぐ」 ふむ? とピジョ。「やっとあなたの素顔を拝める、と。楽しみにしておりますよ」「殺し合いに行くのだぞ」「だとしても、ですよ」 灯台の輝きが近づいてくる。「不死の力、確かに分け与えてくださるのですね?」「疑うのか?」「単なる確認にございます」 フザンは、左腰の打刀に触れ、柄頭を握った。「無論、共に不死を喰らうのだ。真なる幽世竈食の時が来る……」「ならば、百術の頸創は私が抑えてみせましょう。雷業の倅は、お任せしますよ」 船は東に進んでいく。最悪の日が、訪れる。◆ 窓から差し込む朝日。文机に向かっても、リズは額縁に入った白黒写真を眺めるばかりだった。(思い出……) ずっとこのままでいたい。それが彼女の本心だった。布団も片付けられ、いつもなら本を読む所。 今を維持するために、何ができるか。浅知恵ばかりの己の小さな手で、掴めるものはそう多くない。家事も、佳代子と老婆が全部やってしまう。(できるのは、春香さんや頸創さんに、少しだけ意見を述べるだけ) でも。(でも、春香さんと離れたくない) ゲルカルナに襲われた時。春香が来なければ、今頃こうしてもいられないのだ。何か、返したい。 その背後に、大き

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