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8.レティーシャ(8)

Penulis: 酔夫人
last update Terakhir Diperbarui: 2025-11-19 19:00:38

「傷口の確認をいたします」

アレックスが同意すると、控えていた使用人が両側で支えながらアレックスの体の向きを変えた。半年も寝たきりだったのにアレックスの騎士らしい立派な体躯をレティーシャが動かすのは難しい。

(これだけ筋肉があれば薪割りも直ぐに終わってしまいそうね)

立派な胸筋にはりついたどす黒く染まったガーゼにレティーシャが手をかけた瞬間、アレックスが身をよじった。

「あ……う、あっ……ぐうぅ」

苦痛で呻きながら、レティーシャはガーゼの隙間からゆらりと立ちのぼる淀んだ魔力を見る。不気味な光景だが、レティーシャにとっては半年間ずっと見てきた慣れた光景。

レティーシャはアレックスが口を開けた瞬間にタオルを入れた。

奥歯がかみ砕けるのを防ぐためだ。

「騎士団長様、タオルをしっかり持っていてくださいませ」

駆け寄ってきた騎士団長がタオルの両端を握る。

寝たきりのアレックスの警護のほか、レティーシャの補佐としてタオルを抑えることが最近の騎士団長の仕事だ。

痛烈な痛みに脂汗が滲み出て、アレックスの首が反りかえるとタオルが外れそうになるので力を込める。アレックスが意識を失うなどしたら力を緩める。この見極めと力加減が重要だった。

痛みによる痙攣なのか、アレックスの体が飛び跳ねるように震えた。

胸元に貼っていた大きなガーゼがどんどん黒く染まっていった。

「うっ……」

騎士団長は青くなった顔を背けて吐き気を堪えた。

肉が腐る臭いに似た、アレックスの火属性の魔力と魔物の瘴気が混じった何とも言えない腐臭が室内を満たしはじめる。

 *

(魔物に対して耐性がある方なのでこの状況にも堪えてくださっていますが……)

「二人は外に出ていてください」

腐臭に耐えきれず、えずき始めた使用人たちにレティーシャは指示を出した。従うまい、逃げるまいと彼らがレティーシャを見る目は鋭いが、その顔色は青を通り越して白くなっている。

「これは忠誠心の問題ではありません」

レティーシャの言葉に使用人二人はハッとする。

「人には向き不向きがあります、気にする必要はありませんわ。適材適所です。代わりに新しいガーゼとお湯の準備をしてください。シーツも替えますので、新しいシーツの準備もお願いしますわ」

レティーシャの言葉に二人は互いの顔を見合わせた。吐き気を堪えるのに精いっぱいでは動くこともできない。それならばと、ぺこりと頭を下げて二人は部屋を出た。

扉が閉まるのを確認してレティーシャがアレックスに向き直ると、騎士団長が笑っていることに気づいた。

「団長様?」

「使用人の使い方が上手になられましたね」

騎士団長の言葉にレティーシャの顔がパッと明るくなった。

「レダ卿のアドバイスのおかげですわ」

レティーシャの声が弾む。

褒められて嬉しかった。

騎士団長はケホッと咳をしてみせて、「表情が素直過ぎる」という呟きをレティーシャから隠した。

 *

レティーシャの対人スキルは会話以上に下手だった。

誰かに何かを頼むという習慣がなく、ウィンスロープ邸に来たばかりの頃は全てを一人でやろうとしていた。

そして手が足りずに慌てる。

そんなことを何度か繰り返していたらレダに「頼ることを覚えてください」と叱られたのだった。

「レダ様に叱られてハッとしましたわ。開眼ってああいうことを言うのですね」

「あのあとレダは『泣かせてしまった……』と、それはもう心の底から悔やんで落ち込んでいたんですよ」

「泣……それはっ……わ、忘れてくださいまし」

「はい、努力しましょう」

泣いたことを知られていたことに慌てたレティーシャはガーゼを抑える手に力をこめた。アレックスがぐうっと苦し気に唸ったのは同じタイミングで痛みがきたからだと騎士団長は思いたかった。

「叱られて嬉しかったです」

「そうですか」

「叱られるって気持ちいいですね。クセになりそうです」

「それはちょっと……」

恍惚とした表情のレティーシャに、騎士団長は反応に困った。

 *

(レダ卿が教えてくれた通り、誰かに頼れば体は増えます。腕は六本にも、十本にだってなりますわ)

「さあ、団長様。閣下の体をしっかり押さえてくださいませ」

「手があと数本は欲しいですな」

騎士団長の弱音を聞きながらレティーシャはベッドにのぼり、呻きながら体をよじるアレックスに跨る。

両腿に力を入れてその屈強な体を挟むのだが、スカートが膝まで捲り上がり騎士団長としては目のやり場に困った。

指摘したいが、指摘していいのかも悩む。

だから、気づいてくれとレティーシャに念じる日々だけが続いているが、今日も改善されていない。

「いつも思うのですが……」

いや、気づいているのか。

「公爵様の腹筋ってすごいですわよね。私、ときどき体が宙に浮きますの」

「……鍛えていますからね」

気にするのはそこではない、騎士団長は横を向いて嘆息した。

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