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第7話

Author: 霜降
紗江は、財前家から迎えに来た人々に付き添って、静かに東都市を離れた。

そして二日後――彼女は初めて、未来の夫と対面することになった。

彼の名は財前深志、財前家の跡取りだ。

よく仕立てられた黒のスーツをまとって、その姿は高貴で端正だった。

車椅子に座り、膝には薄い毛布が掛けられていたが、背筋はまっすぐに伸び、広い肩は力強く、見る者に障害を意識させない堂々とした佇まいだった。

「紗江」

低く、静かな声で彼は名を呼んだ。

紗江は深く息を吸い、足早に近づくと、静かに膝をついてしゃがみ込んだ。

彼の目線と自分の目線がぴたりと重なった。

その瞬間、彼女は自分がどれほど緊張し、そして恥じらっていたかを悟った。

彼の深く漆黒の瞳の奥に、自分の姿が映り込んでいた。震えるまつ毛までも、そこに映っていた。

そっと息を呑んで、勇気を振り絞って手を伸ばした。

毛布の上に置かれていた彼の手を、そっと包み込むように握った。

「初めまして、財前さん。元松紗江と申します」

その痩せた手を握った瞬間、周囲から小さな驚きの息が漏れるのが聞こえた。

だが、緊張で胸がいっぱいの彼女には、それを気にする余裕などなかった。

むしろ、その手をぎゅっと、無意識に強く握りしめた。

深志は彼女の手を振り払うことなく、じっと受け止めていた。

彼の指は長く、関節は力強く、彼女の手ではとても包みきれなかった。

呼吸が詰まりそうになるほど緊張したその刹那――彼の手が動いた。

深志は、氷のように冷たい彼女の指を、静かに、しかし確かに握り返したのだ。

大きな手が、彼女の手をすっぽりと包み込んだ。温もりを与えるように、しっかりと。

「紗江、部屋まで俺を押してくれ」

彼の言葉に、紗江は慌てて立ち上がろうとするが、急に身体がふらついて、よろけかけた。

すると、深志はすぐに手を伸ばして、彼女の腰をしっかりと支えた。

「気をつけて」

その手はすぐに離されたが、彼女の頬にはじんわりと熱がこもったままだった。

小さく「うん......」と頷いて、使用人から車椅子のハンドルを受け取って、部屋へと押していった。

ドアが閉まり、暖かな照明が灯された室内。

財前深志は彼女を一瞥すると、自身の脚を指差した。

その唇の端が、わずかに弧を描いたようにも見えたが、きっと見間違いだろう。

「脚が不自由でね。紗江、今夜は少し苦労をかけるかも」

彼の言葉に、紗江は視線を落とし、ただ小さく頷いた。彼と目を合わせることはできなかった。

気まずさに耐えきれず、思わず耳たぶを指先でつまんだ。だが、そこが既に熱くなった。

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