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第4話

Author: 結菜
手術室の上に灯る赤いライトが、見ているだけで不安を煽る。

柚希は入口で立ち尽くした。健太が飛び降りたのは、自分への心ない罵倒を止めるためだと知っていたからだ。

柚希は、健太を守れなかった自分を責め、胸が押しつぶされるような痛みに襲われた。

医師がマスクを外すと、事務的な口調で支払いをするように促した。

「息子は、どうなりましたか?」

柚希の顔には疲れが滲み、まるで魂の抜けた人形のようになっていた。

医師は小さく溜息をつくと、告げた。

「足の骨折があり、腕の傷が開いてしまっています。まずは支払いの手続きを済ませてください」

支払い窓口へ向かった柚希は、そこで偶然にも雅臣を見つけた。

「健太の様子を見に来てくれたの?」

遥香が割り込んで言った。「いいえ、私はこの楽譜について分からない所があって……神谷先生が親切にも、ついでだからと柚希さんに聞くよう連れてきてくださったんです」

遥香は雅臣の弟子だが、問題があるなら彼に聞けばいいのに、なぜわざわざ自分を通すのか?

遥香が楽譜を差し出した。柚希が目を落とした瞬間、体中の血が凍りついた。

それは、自分が結婚する前に作った最後のピアノ曲だった。自分にとって宝物であり、家の金庫に隠して誰にも公開したことのない作品だった。

「誰が金庫を開けていいと言ったんですか!」柚希は激昂して手を振り上げたが、遥香に当たる前に、その手は雅臣に力任せに止められた。

「俺が許可した」雅臣は手を離した。「君は俺の妻だ。君の全て、持ち物も、俺がどう扱うか決める権利がある」

雅臣には、勝手に自分の私物を漁る権利なんてない。正妻である自分に、愛人へ自分のすべてを教えろと言うのか?

雅臣の影から顔を出した遥香が、「それじゃあ、よろしくお願いします」と嫌味な笑みを浮かべる。

雅臣の手が緩んだ隙をつき、柚希は溜め込んでいた怒りを爆発させ、今度こそ遥香の頬を強く打ち据えた。

廊下に乾いた音が響き渡る。

「雅臣、死んだとしても、この女には絶対に教えない!」

遥香の顔に赤い掌の跡が浮き上がった。雅臣の冷徹な視線が落ちる。

「俺の女に手を出したのか?こいつを連れていけ。言うことを聞くようになるまで躾けてやれ」

控えていたボディーガードが命令を受け、無理やり柚希を床に膝突かせた。

「奥様、お許しを!」

柚希は抵抗する術などなかった。何回平手打ちを受けたのか、その痛みに耐えきれず、思わず弱々しい泣き声が漏れた。

「分かったわ……入江さんに教えるから」

雅臣の合図で解放されると、柚希はその場にぐったりと崩れ落ちた。

雅臣が柚希の姿を見下ろした。瞳の奥には、かすかに後悔にも似た光がよぎる。

「君の楽譜を遥香が弾くなんて、その楽譜にとっても君にとっても光栄なことだ。

家に閉じこもって育児ばかりしていると、才能も埋もれていくぞ。遥香が、古いものを世に出すチャンスをくれたんだ」

雅臣は低く言い放った。

「健太の治療費は全部俺が持つ。家の家政婦は解雇したから、明日からは生活費を稼ぐ代わりに、飯炊きと曲の指導をしっかりやるように。君が言う通りにすれば、健太の治療も保証してやる」

柚希には、反論の言葉さえ残されていなかった。

雅臣は冷徹なまでにその弱点を握っている。我が子のために、柚希は屈するしかなかった。

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