神谷柚希(かみや ゆずき)は、事故で腕を切断されてしまった息子の神谷健太(かみや けんた)を抱き、空港で救援を待っていた。すると突然、この便が誰かにチャーターされたという知らせが届いた。「お願いします、どうにかなりませんか……」柚希は空港の係員の手にすがった。「息子の腕は切断していて、一刻を争うんです。3時間以内に東都へ戻って手術を受けさせないといけないんです!」切り落とされた腕が入った保冷バッグを、柚希は凍えそうになりながら必死に抱きしめ、絶対に離そうとはしなかった。係員は困り果てた表情で答えた。「申し訳ございませんが、神谷さんが通常の3倍の料金でこの機を貸し切られました。愛弟子の快気祝いを開かれるそうで、絶対に誰も乗せないよう指示を受けているんです」神谷さんって?「どちらの神谷さんですか?」柚希は問いただした。係員は答えた。「有名なピアニストの、神谷雅臣(かみや まさおみ)さんです」雅臣。それは、柚希の夫の名だった。言葉が終わるか終わらないかのうちに、柚希は大勢のファンに囲まれ、サインに応じながら歩いてくる雅臣の姿を目にした。いつも通り冷徹で凛とした雅臣。しかし柚希は、雅臣が隣を歩く弟子の入江遥香(いりえ はるか)をかばい、ファンにぶつからないよう手を添えているのを目撃した。あまりにも慣れた所作だった。思考を巡らせる暇もなく、柚希は血だらけの保冷バッグを抱えて雅臣に駆け寄った。声を震わせて叫んだ。「雅臣、健太が大変なの……旅行先で農機の事故に巻き込まれて、腕を……手術ができる病院に連絡はついたの。3時間以内に戻れればつなげる可能性はある……健太はまだ3歳なのよ。この子の人生を潰したくない……どうか、私たちも乗せて。お願い」雅臣の視線が、痛みで意識を失っている健太の姿を一瞬だけ捉えた。しかし、その目には何の情も宿らなかった。「だめだ」全身がこわばった。柚希は耳を疑った。「今、何て言ったの?健太は、あなたの実の息子なのよ!」雅臣が視線を上げた。その声は、驚くほど冷徹で残忍だった。「この便は遥香のために手配したものだ。あまり聞き分けのない、幼稚な焼きもちはやめてくれないか?」その一言が、まるで錆びた鉄釘のように、柚希の胸へ容赦なく突き刺さった。柚希は言葉を失った。雅臣の性格
Mehr lesen