LOGIN卒業アルバムの集合写真を撮る日。 私、白石澪菜(しらいし みおな)は、彼氏である橘秀平(たちばな しゅうへい)の指にそっと自分の指を絡めようとした。 すると彼は私を軽く突き放し、冷たく言った。「お前は一番後ろに立ってろ。 一番かわいい子が真ん中にいたほうが写真映えするだろ。お前がそこにいたら邪魔になる。円香、代わりに来い」 顔から血の気が引いた私に、親友の相沢円香(あいざわ まどか)は笑いながら言った。 「澪菜、秀平も澪菜のためを思って言ってるんだよ。 澪菜は気が弱いから、真ん中に立っても落ち着かないでしょ。一番後ろのほうが澪菜らしいよ」 クラスメイトたちはそれぞれ位置を決め終え、カメラマンは待ちきれない様子で撮影を急かしていた。 私は何も言わず、一番後ろへ下がった。 譲ることに慣れすぎて、悔しささえも声にならなかった。 撮影が終わると、クラスの代表がグループチャットに写真を送ってきた。 写真の中の私は、前に立つ背の高い男子生徒に隠れ、顔すら写っていなかった。 円香はさっきまで私が立っていた場所で秀平と指を絡め合っている。 秀平はわずかに顔を傾け、優しいまなざしで円香だけを見つめている。 秀平の視線が私に三秒以上向けられたことなど、今まで一度もなかった。 三年間、私たちは周囲に隠れて付き合ってきた。 秀平はいつもこう言っていた。「毎日お前のことばかり見てたら周りにバレるだろ。それに、お前なんか見て何になる?」 私はペアリングを買い、彼に関係を公表したいと伝えた。 けれど秀平は指輪を引き出しに放り込み、こう言った。「お前は気が弱い。公表したら周りにあれこれ言われて耐えられないだろ。俺はお前を守ってるんだよ」 翌日、その指輪は円香の指にはめられていた。 少し離れた場所で、二人は寄り添いながら何枚も写真を撮っている。 陽の光を受けて輝くおそろいの指輪が目に入り、目の奥が熱くなった。 公表しないなら、それでもいい。これから先、もう公表する必要はない。
View More一週間後。円香から一本の電話がかかってきた。「秀平に業界全体から干されちゃったの。クラスのグループチャットでも毎日『略奪女』って叩かれてるし、部屋の敷金すら返ってこない。澪菜、お願い。秀平に口添えしてくれない?もう、本当にどうしたらいいか分からないの」私は培養皿の中で少しずつ色を変えていく試薬を見つめたまま、何も答えなかった。円香は焦ったように昔話を持ち出した。「澪菜、覚えてる?大学一年の時、熱を出したあなたを、私が一晩中看病したでしょう?アルバイト先で給料を引かれた時だって、私が店長に掛け合ってあげたじゃない。私、ずっとあなたによくしてきたでしょう?だからお願い、見捨てないで」「円香」私は円香の言葉を遮った。「大学一年の時の熱なら覚えてる。あなたは朝の授業を休みたくて、仮病を使って寮に残っただけだった。一晩中スマホで遊んでいて、私が体調を崩した時はお白湯の一杯すら用意してくれなかった。アルバイトの件もそう。あなたが店長に掛け合ってくれたのは、あのお店の限定バッグが欲しかったからでしょ?私の給料で、そのバッグを買った。そのお金も、今まで一度も返してもらってない」電話の向こうで、円香は息をのんでいた。私がここまで細かく覚えているとは思っていなかったのだろう。円香は震える声で言った。「ごめんね、澪菜。もう一度だけ許してくれない?」「私はあなたを助けない。許すこともない。だから、もう電話してこないで」それから一週間、秀平は私につきまとい続けた。ある雨の日、秀平が上着を脱いで私に掛けようとした、そのときだった。先輩が私の頭上に傘を差しかけてくれた。「澪菜、これ使って。天気予報で雨だって言ってたから、予備の傘も持ってきたんだ」秀平はその場で立ち尽くしていた。「……誰だ、お前」先輩は静かに秀平に向き直り、自己紹介をした。「高瀬直樹です。澪菜の先輩であり、友人でもあります。あなたはもう十分、澪菜さんの生活をかき乱しています。これ以上つきまとうなら、警察に相談しますよ」秀平は鼻で笑った。「友人?お前に何の関係がある」そう言って一歩踏み出し、先輩の胸ぐらをつかもうとした。「秀平」私はその名を呼んだ。「ここで手を出したら、今すぐ警察を呼ぶから」秀平は信じられないものを見るよう
三日後、分厚い解剖学の本を何冊も抱えて校舎を出た私のもとへ、秀平が歩み寄ってきた。秀平はポケットからベルベットのジュエリーケースを取り出した。ケースを開くと、中にはシンプルな銀色の星型のネックレスが入っていた。大学一年の時に秀平が私に贈ってくれたものと、まったく同じだった。「店に頼んで、もう一度作ってもらった」秀平はどこか得意げだった。「円香に渡したやつは取り返さなかった。そのまま捨てた。これは新品だ。これを身につけるのは、お前だけでいい」私はジュエリーケースを受け取ると、そのまま近くのゴミ箱へ放り込んだ。秀平はその場で表情を強張らせた。私は手についた埃を軽く払いながら言った。「もう、いらない。秀平がくれるものは、私にとって全部ゴミだから」そのとき、クラスのグループチャットで円香が秀平をメンションした。【@秀平 今日の仕事帰り、迎えに来てくれる?秀平の好きなたこ焼き買ったよ♡】グループチャットは一気に騒がしくなった。【おいおい、ラブラブすぎるだろ!】【円香、秀平の会社に入ったんだよな?毎日会えて最高じゃん】【いつ結婚するんだよ!】秀平は流れていくメッセージを見つめていた。額には青筋が浮かんでいる。彼は一度だけ私に視線を向けると、唇を強く噛み締めながら素早く文字を打ち込んだ。【勝手なこと言うな。俺と円香は何の関係もない】その一言で、グループチャットが一瞬静まり返った。しかし、円香はボイスメッセージを送信した。少し甘えたような、拗ねた声だった。【秀平、昨日はあのワンピース似合うって言ってくれたのに。今日は知らないふりするの?】その一言で、グループチャットはさらにざわついた。秀平は険しい表情を浮かべていた。【最後にもう一度だけ言う。俺と円香は何の関係もない。俺の彼女は、澪菜だけだ。俺たちは三年前から付き合っていた。今まで公表しなかったのは、澪菜を守るためだった。これ以上、俺と他の女を勝手に結びつけるな】円香も、まさか秀平がみんなの前でそこまで言うとは思っていなかったのだろう。すぐにメッセージを送ってきた。【秀平、アカウント乗っ取られたの?私たち、昨日だって……】秀平はそのまま会社の人事部に電話をかけた。「今すぐ円香の解雇手続きを進めて
秀平が家へ戻ると、母親の橘美智子(たちばな みちこ)がキッチンから果物を載せた皿を持って出てきた。美智子は秀平の後ろに目を向け、小さく首をかしげた。「今日は一人なの?もう半年以上、澪菜ちゃんの顔を見てないわ。今日は一緒にご飯を食べに来ると思ってたのに」秀平は靴を脱ぐ手を止めた。そして、何気なく靴箱の一番下へ目を向けた。そこには、ピンク色のうさぎのスリッパが置かれていた。それは澪菜がここへ来るたびに履いていた専用のスリッパだった。以前は毎週末になると、澪菜は決まってここへ来て、美智子と花を生け、お茶を飲んでいた。今では、そのスリッパにも薄く埃が積もっていた。「最近、あいつ忙しいみたいだから」秀平はネクタイを緩めながら、ぶっきらぼうに答えた。美智子は呆れたように秀平を見た。「忙しくたって、ご飯くらい食べるでしょう。また澪菜ちゃんを泣かせたんじゃないの?言っとくけど、私が認めるお嫁さんは澪菜ちゃんだけだからね。他の子なんて絶対だめよ」秀平は何も答えなかった。ソファへ腰を下ろし、深く体を預けた。静かなリビングには、エアコンの運転音だけがかすかに響いていた。ぼんやりと果物の皿を眺めているうちに、不意に十四歳の頃の澪菜の姿が脳裏によみがえった。あの頃の澪菜は、今と違って明るい少女だった。十四歳の初夏。真っ白な制服のシャツを着て、高い位置で髪を結んだ澪菜は、スピーチコンテストで優勝したトロフィーを抱え、壇上で誰よりも明るく笑っていた。会場の男子生徒たちはみんな澪菜の姿に目を奪われ、舞台裏まで連絡先を聞きに来る者までいた。客席の隅からその光景を見ていた秀平は、手にしていたペットボトルを握り潰した。胸の奥を締めつけたのは、言葉にできない嫉妬と焦りだった。自分のものを奪われるような気がして、あれほど多くの視線が澪菜に向けられることに耐えられなかった。だから、舞台裏へ嬉しそうに駆け寄ってきた澪菜を前にしても、秀平は笑わなかった。握り潰したペットボトルをゴミ箱へ放り込み、冷たく言い放った。「壇上のお前、ピエロみたいだったぞ。動きも大げさすぎる。こっちが恥ずかしくなった」あの瞬間、澪菜の笑顔は凍りついた。あれが、秀平が初めて澪菜を否定した日だった。それから秀平は、澪菜のすべ
秀平は天璃市へ帰らず、頑なに海凪大学の近くにある五つ星ホテルへ泊まり続けていた。ここで待ち続けていれば、そのうち私が折れるとでも思っているのだろう。三日後の夕方。私は分厚い本を何冊も抱え、同じ研究グループの先輩である高瀬直樹(たかせ なおき)と一緒に図書館を出た。先輩は海凪大学出身の明るい人で、研究について話す口調にはわずかな訛りが残っていた。「澪菜、この前君が提案したデータモデル、本当に見事だったよ。今日のミーティングでも、先生が『今年一番才能のある学生だ』って褒めてた」私は思わず口元を緩めた。心から笑えたのは、久しぶりだった。「ありがとうございます。先輩のご指導のおかげです」「澪菜!」突然、低く重たい声が私たちの会話を遮った。振り向くと、階段の下に秀平が立っていた。険しい目で、私と先輩を見つめている。彼は私の笑顔を見ていた。心から楽しそうに笑う、その顔を。「そいつ、誰だ?」秀平は私たちの前まで歩いてきた。その目には、隠そうともしない敵意が宿っていた。先輩は少し戸惑ったように私を見た。「澪菜、この方は?」「知りません。知らない人です」秀平の表情が固まった。次の瞬間、彼は私の腕を乱暴につかんだ。「誰が知らない人だ?」「離して」先輩はすぐに一歩前へ出て、私をかばうように立った。「手を離してください。これ以上乱暴するなら、警備員を呼びます」秀平は先輩には目もくれず、私だけを見据えた。「澪菜、お前、新しい男ができたからそんな態度が取れるようになったのか?こいつ、お前が昔どんなだったか知ってるのか?自信もなくて、人の後ばかりついて回るような奴だったんだぞ」そんな言葉を浴びせられても、私の心は少しも揺れなかった。「秀平。どうして私があんなふうになってたのか、本当に分からないの?」秀平は一瞬言葉を失い、私の腕をつかむ力をわずかに緩ませた。私はまっすぐ秀平を見つめた。「十四歳の時、私はスピーチコンテストで優勝した。でもあなたは私に向かって、『お前、ピエロみたいだったぞ。動きが大げさで見苦しかった。だからもう二度と人前に立つな』って言ったのよ。十六歳の時、新しく買った花柄のワンピースを着た。でもあなたは、『脚がまっすぐじゃないから似合わない