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第5話

Author: こがね
女はコンビニの棚の横に立ち、買い物カゴに様々な種類のパンを入れていた。どうせインスタントな食事で済ませるくせに、裏面の成分表示をじっくり見て、少しでも保存料の少ないものを選り好みしている。

彼女もかつてはあの娘たちのように、手入れされた巻き髪に、ラインストーンで飾られたネイルをしていた。

今、その白く滑らかな首筋には何もない。

手入れされていない髪は少しパサついて黄色味を帯び、大きな黒縁メガネが瞳の輝きを遮っている。

誰かとテレビ電話をしているようだ。繋がった瞬間、彼女は小さくくしゃみをした。相手に何か言われたのか、彼女は「どうしようもない」といった顔をして、唇を曲げて頷いた。まるで家族に説教されている子供のように。

明弘は、彼女のそんな表情を久しく見ていなかった。

ずっと昔のことだ。妊娠中の彼女は足がひどく浮腫んでいたが、それでもいつも彼の目を盗んで遊びに行こうとし、見つかると明弘は冷たい顔で黙り込んだ。

彼女はいつもそうやって、甘えるような、困り果てたような顔を見せた。

「ごめん、ごめんってば明弘~次は絶対勝手に遊びに行かないから、ね?叩いてもいいから、無視しないで……

ねえ明弘、明弘ってば……」

彼女の甘え方はどこか執拗で、機嫌が直るまで、いつまでも体にまとわりついて離れない。

明弘は当時、自分の怒りの何割が本物で、何割が演技なのかわからなかった。

だがはっきりしていたのは、彼をなだめようとする奈々美の真心だ。

それは、十分すぎるほど本物だった。

物心ついた明弘が最初に学んだ掟、それは「情を殺し、愛を捨てる」ことだった。彼は過去を振り返って懐かしむような男ではないし、自らの行いを悔いることも決してない。

これまでも、そしてこれからもだ。

だが今、心臓のどこか麻痺していた神経がピクリと動いた気がした。

ほんの一瞬、針で刺されたように。

彼は視線を戻し、眼下の鋭い光を隠した。そんな感情をもたらす人物を、もう見ようとはしなかった。

会計時、奈々美は棚の横にあるガムに気づき、ついでに一箱買った。買い物袋を提げてコンビニを出る。雨が降り続いているため今日は車を使っておらず、傘を差して地下鉄の方へ歩いた。

稔とのビデオ通話はまだ繋がっている。向こうは忙しいらしく、話し声が飛び交っている。

「もう切って、仕事に戻って」

奈々美は困ったように言った。

「平気だよ、そんなに忙しくない」

周囲が外国人だらけの中、稔は平然と嘘をつく。

「家に着くまで繋いでて」

「もう地下鉄に乗るから、本当にいいのよ」

彼女は稔に反論の隙を与えず、通話を切った。

稔からボイスメッセージが届く。三秒間沈黙があり、最後に仕方なさそうなため息が聞こえた。

「じゃあ家に着いたらメッセージをくれよ、奈々美」

奈々美はわかっている。もし着いたと連絡しなければ、今夜彼から十数回の着信が待っているだろうことを。

稔は、奈々美がこの世で出会った最も善き人だ。最も優しく、最も思慮深い。彼が、もう一度人を愛する勇気をくれた。

奈々美は稔に感謝し、信頼している。

「桑原先生!」

地下鉄の入り口近くまで来た時、三十代半ばの男が大股で歩いてきた。素朴な笑顔を浮かべている。

「やっぱりそうだ。白衣を着てないから、一瞬わかりませんでしたよ」

奈々美には少し覚えがあった。ある骨折した妊婦の患者の家族だ。

「病院に戻るんですか?よかったら入れてもらえませんか……妻に物を買ったんですが、傘を忘れてしまいまして」

男は雁取市に出稼ぎに来ている労働者で、朴訥で大人しそうに見えたが、彼女の方へ一歩踏み出してきた。

奈々美は無意識に警戒し、半歩下がった。

男は一瞬止まり、気まずそうにした。悪気はないと言おうとしたが、奈々美はすでに傘を差し出していた。

「使ってください」

地下鉄まではあと五十メートルほどだ。彼女は雨の中をそのまま歩き出した。

「いやいや悪いですよ、先生を濡れさせるわけにはいかないんです。どこへ行くんです、送りますよ……」

男は実直そうな口調で、傘を差して彼女を追いかけ、傘に入れようとする。

「こんな大雨です、濡れたら風邪をひいてしまいます」

「結構です、すぐそこですから」

「たった数十メートルじゃないですか。送らせてくださいよ、ちょうど妻の具合も聞きたくて……」

奈々美は簡単に説明した後、念を押した。

「奥さんはハイリスク妊娠です。今は一番大事な時期ですから、油断は禁物ですよ。あなたがもっと気をつけてあげないと」

「俺は十分気をつけてますよ。でも、あいつが毎日面倒なことばっかり言うんです。子供産むくらいで大袈裟な……お袋が俺を産んだ時なんて、そんな注文つけなかったんですがね。卵を何個も食うわ、気に入らなきゃすぐ泣くわ、見ててイライラしますよ」

男は盗み見るように彼女の淡白な横顔を見た。

「桑原先生みたいに気立てが良けりゃなあ……」

彼女はいつもシンプルな服装だ。黒いコートに、足のラインが出るスキニーパンツ。

露出はないのに、この大雨の夜は、男にどこかよこしまな気を起こさせた。

「桑原先生、実はさっき聞こえちゃったんですよ。

旦那さん、もうずいぶん帰ってきてないんでしょう?」

男の視線が下がり、奈々美の露わになった首筋の、透き通るように白く柔らかな肌を見て、目が眩んだ。

アドレナリンの衝動が男に魔を差させ、探りを入れた。

「……一人で仕事も忙しいし、誰も世話してくれないし……寂しいなら、俺といいことしない?」

奈々美の足が止まった。

男を見る。

「私の記憶が正しければ、奥さんはあと十日ほどで出産予定日ですよね」

「……ちょっと気持ちよくなるだけだよ。先生が言わなきゃ誰もわかりゃしないさ」

男は後ろめたさを隠すように言った。

「それに、わかってると思ってたよ先生、ここ数日俺が届けた果物も食っただろ……先生だって俺に気があるんだろ……」

奈々美の普段の温厚な性格を思い出し、男は彼女が自分より力が弱いのを見越して、腕を掴んで脇の林へ連れ込もうとした。

心の底から吐き気が込み上げ、奈々美は手に持っていたニットの買い物袋を振り上げ、男の頭に叩きつけた。

男はよろめき、大雨の降り注ぐ地面に転倒した。

袋の中にはパック牛乳が入っている。ずっしりとした重みと角の硬さは、まるで石の塊のような凶器そのものだ。

彼女の手は止まらなかった。大粒の雨が地面を打ち、飛沫を上げる。

一撃一撃が急所に当たり、男は目を開けることもできず、ただ痛みに呻き頭を抱えて命乞いをするしかなかった。

その時――

周囲の雨が止んだようだった。奈々美は呼吸を整え、動きを止めた。一滴の雨粒がまつ毛から落ちる。彼女が見上げると、目の前に明弘が立ち、傘を差しかけていた。

彼の纏う空気は鎮静した凶暴さと鋭さを帯びているが、今は座して獲物を待つ鷲のように静かで、ただ佇んで彼女に傘を差していた。

奈々美は構わず、体の力を込めて男をあと二発殴ってから、ようやく手を離した。

「言っとくけど、食べてないわよ」

奈々美は目を伏せて男を見下ろし、冷静かつきっぱりと言った。

「あんなもの、受付のナースに渡して野良犬の餌にしたわ」

明弘のボディガードが男を引きずっていくと、周囲は静まり返った。

奈々美の呼吸が落ち着き、地面のニット袋を拾おうと腰をかがめる。

明弘が屈み、それを拾い上げた。黒い革手袋で泥と雨水を丁寧に拭い取り、彼女に返す。

奈々美は一瞬静止し、受け取った。

「ありがとう」

明弘の視線は彼女から離れない。

彼が触れた場所を、彼女がもう一度拭うのを見て、明弘は黙っていた。

奈々美は無表情でバッグを拭き終え、背負い直し、背を向けて歩き出した。

「雨が強い。地下鉄はもう止まっている」

背後から明弘の声がした。

「送る」

「結構よ」

「奈々美」

まただ。この馴染み深く、理不尽なまでに拒絶を許さない口調。

奈々美は振り返り、闇の中で明弘と対峙した。

「あなたの車に乗れば安全だとでも?

私を襲ったあの男には下心があった。じゃあ、あなたはどうなの?

こんな夜更けに現れて、英雄気取りの救出劇を演じて、私を車に連れ込む……」

彼女の瞳は鋭く、人を見上げる時、透徹した輝きを放つ。

眼底には、薄い皮肉が漂っていた。

「まさか荒井さんも、私みたいな五体満足でもない女と、『いいこと』したいわけ?」

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