LOGIN結婚式当日、白洲一輝の元カノから危篤の連絡が届いた。 元カノは「死ぬ前に、せめて一度でいいから花嫁姿になりたい」と願った。 その願いを叶えるため、一輝は私を控え室に閉じ込め、元カノとの式を始めようとしていた。 「そんなに冷血でいられる?彼女はもうすぐ死ぬんだ。少しぐらい勘弁してやってもいいじゃない!」とドア越しに、苛立った一輝の声が響く。 その後、長年私を想い続けてきた年下の幼馴染みが、屋上に立ち、結婚を懇願した。 「こいつのために、俺たち七年の関係を捨てるつもりか?」と一輝は目を潤ませながら私に訴えた。 私は静かに一輝の手を払いのけて言った。 「そうよ。彼を死なせるわけにはいかないでしょ?ただの婚姻届ぐらいを出すだけだよ、そんなに冷血でいられないでしょ?」
View Moreエレベーターが一階で止まった時、ちょうど宅配を取りに行く澄香とばったり会った。 澄香が乗り込んで来た瞬間、私はぱっと只雄の手を離した。人の前ならまだしも、澄香の前だと、どうしても彼女の弟と付き合ってるってことに気まずさを感じちゃうからだった。幸い、只雄は静かに私をちらと見ただけで、すぐに澄香と他愛もない話を始めた。 私も一言二言を挟んで、さりげなく会話に加わる。話しているうちに、澄香は只雄を押しのけ、携帯でゴシップ記事を見せてきた。 突然、只雄が「姉さん」と声を上げた。 「何よ?」澄香は面倒くさそうに応える。 「今日僕が千円を使ったって、どうして知ってるの?」と只雄が聞く。 「は?何それ?知らんよ」澄香はわけがわからず、ぽかんとしていた。さっき只雄が「うっかり」落としたあの受付証明書を思い出し、まずいと思って止めようとしたが――只雄はもうその証明書を取り出していた。エレベーターの灯りの下でじっくり眺め、澄香は証明書に釘つけになった。 私は思わず両手で顔を覆った。 やがて澄香の驚きの声が響く。「あなたたち、入籍したの!?」キーンという音と共に、エレベーターが停止した。 扉が開くと、出かけようとしていて、手をつないでいる綾野家の両親が立っていた。五人は一瞬、顔を見合わせた。「誰が誰と入籍したって?」そこで優しい綾野夫人の方が先に口を開いた。 その一時間後、澄香の両親が只雄を連れ、私の実家に謝罪しに来た。 綾野家夫妻はまず只雄が報告なしに私と籍を入れたことを詫びた。 そして只雄の私に対する熱い想いを述べ、財産と婚前契約の話まで切り出した。 話中、只雄は、もし結婚後に不貞を働くことがあれば、すべての財産を私に譲り、無一物で家を出て行くと誓い、さりげなく一輝のことを皮肉った。 そして、私の両親は、まず只雄の少年じみた未熟さに懸念を示した。 すると澄香が弟に助け船を出し、その未熟さを「研究者らしい純真さ」と美談に仕立て上げる。 綾野家の綾野家の凛とした家風への信頼に加え、只雄が幼い頃からその成長を見守ってきた子であることもあり……そして何より決定的だったのは、私たちが既に婚姻届を提出していたという事実である。 これらの事情を酌み、両親はついに私の選択を認め、綾野家のご夫妻と婚礼
帰り道、指先にむずむずとした感覚を覚えることが何度もあった。 視線の隅で捉えたのは、只雄がこっそりと小指を伸ばし、私と手を繋ごうとして、慌てて引っ込める様子だった。 彼の手は大きく、手首は細く長い。 青みがかった血管がほどよく浮き上がっていて、まさに私の好みそのものだった。 しばらくためらった後、私が気づいたのを見て、一輝は顔をそむけ、耳の根元をすぐに赤らめた。その手もさも何事もなかったようにポケットにしまった。 ……この人は本当にすぐ耳を赤くすると私が思った。 私は自分の手を彼のポケットに入れ、彼の手をしっかりと握った。 彼は私を見ようとしなかったが、ひっそりと握り返してきた。 そのまま二人はよそよそしく家の前まで歩いていった。 玄関の前に立つ人影を見ると、只雄の顔がまた曇った。 一輝が花束を抱えてそこに立っていた。視線が私と只雄の繋いだ手の上で少し止まった。 私は反射的に手を引っ込めようとしたが、只雄にその手をぎゅっと握りしめられた。 私はようやく、一輝はもう私の誰でもないのだと思い出した。 一輝は寂しそうに見えたが、口にした言葉は相変わらず人をイラつかせるものだった。 「佐奈、他人を使って俺を怒らせるのはやめてよ。本当に悪かった」 「悦子は?」私は反論せず、逆に問い返した。 私の知る限り、悦子は両親に厳しく叱られた後、静養が必要という名目で一輝との交際を断たれていた。 ついこの前、悦子の両親は二人が交際していたことを知ったばかりだった。 私は一輝の手に抱えられた新鮮なスプレーバラを見つめた。 彼と付き合っていた頃、私が一番好きな花だった。彼は定期的に贈ってくれていた。 けれど悦子とのウェディングドレス試着写真の中にも、同じ花束が写っていた。 「同じ花を二人に同時に贈るなんてできないでしょう。あなたが今後悔してるというのも、ただ単に両方の側でうまく立ち回れず、損得計算後の選択に過ぎないでしょう」と私はごく落ち着いた口調で言った。 「本当に私がそんなに好きなの?今まで注いだコストが勿体なくて、私を諦めきれないだけじゃない?それとも悦子が手に入らないから、私がその代わりなの?」 「私はサンクコストに未練を抱くような人間じゃない。あなたもそうであることを願うわ」私は只雄の手を
一輝の姿が完全に見えなくなると、私は只雄に手を招いた。 「降りておいで。危ないから、もう演技は終わりにしよう」と彼に言った。只雄の生き生きした顔が一気に紅潮し、きまり悪そうにしながらも、さっと手すりを越えて戻ってきた。「わかってたの?」澄香が大きく目を見開き、びっくりしているように見えた。 「最初からじゃないけど、只雄があの棒読みを始めた頃かな。可笑しかった」と私が笑った。 「じゃあなんで芝居を付き合ってくれたの?」澄香は弟を睨みつけた。私は只雄に振り向き、「承諾しなかったら、あなたたちどう収拾つけるつもりだったの?本当に飛び降りる?」と聞いた。 澄香はそれを聞いて咽せ返るように咳いた。私は彼女の肩を抱きながら、「私のためだってわかってるよ。でも私にも考えがあるの。今回は本当に、絶対に元には戻らないから」と澄香を宥める。 「わかってるならいいわ」と彼女は口を歪めた。「全部が演技だったわけじゃない」私たちが屋上を下りようとした時、後ろで只雄が突然言った。 澄香は私たちをちらと見て、先にさっさと逃げていった。 私は間を置いてから、笑顔で彼を見ながら、「え?何の話?」ととぼけ続けた。 「片想いだけは、本当でした」只雄はうつむいて私を見た。 この茶番劇の中で、彼の冗談に紛れた本心が全く読めないわけでもなかった。 しかし長い恋愛を終えたばかりの私は、ただ疲れを感じているだけだった。 とぼけて誤魔化そうとしたその時、只雄が一歩前に出た。 私は昔の子供がもうこんなに大きくなったのかと、改めて感慨にふけた。 「僕は佐奈姉さんより二つ年下ですけど、元カノはいません。佐奈姉さんの大学に合格して、学歴も専門も知っています。今年研究所に入り、年収は一輝より少し低いけど、まだ若いし、来年には追いつくかもしれません」と彼は真剣な口調で言った。 「何より大事なのは、僕が一度心に決めた人にはずっと最優先で大事にします。絶対に悔しい思いをさせません」 只雄のあまりの誠実さに、逆にまともに向き合えない私が悪者のようだった。 断る口実を探していると、彼は腰をかがめ、「僕も泣けばいいですか?」と囁いた。 その瞬間、私の胸の奥には太鼓の轟きような鼓動が高鳴った。 朝焼けが彼の輪郭を柔らかく縁取り、その影が私をすっぽ
只雄が一輝を一瞥し、「佐奈姉さんが彼と出会う一年前からです」と言った。一輝は杳としており、いったいどういうことか理解できていない様子だった。「本来なら告白する準備をしていたのに、佐奈姉さんに好きな人ができたと言われてしまいました」と只雄が続ける。私ははっとした。 一輝と付き合い始めた年のことだった。只雄が私たちの大学に合格し、いろいろ相談してきたとき、一輝はやきもちを焼いていた。 その後、私は学業が忙しいことを理由に、只雄と距離を取るようになった。思い返せば、胸が苦しくなった。人付き合いの距離感を、一輝は本当に理解していなかったのだろうか? いいえ、彼はただ私の限界をわきまえ、際限なく試していただけなのだった。風に乗って届く只雄の声が、次第に自然なトーンに変わっていく。「彼は佐奈姉さんを幸せにできると思ったから、諦めたんです。なのに、あの式であんな屈辱な思いをさせられて、まだあいつとよりを戻そうとするなんて!」と只雄が再び興奮し、声を詰まらせながら怒鳴る。 澄香は顔を背け、恥ずかしそうにしている弟を見ようともしなかった。只雄も気まずさを感じたのか、軽く咳払いをしてから、「とにかく、もし佐奈姉さんは一輝とよりを戻すようなら、僕は生きていけません」と言った。私も軽く咳払いをし、「よりを戻したりしないから、まずは降りてきてくれる?」と彼を宥めると――「本当ですか?」と只雄が確認する。 真剣にうなずいて、「本当よ」と私は答えた。明確な回答を得た只雄はすぐにでも手すりを越え、こちらに降りようとした。私は息が止まるほど緊張した。 その時、澄香が再び咳払いをした。 只雄は直ちに立ち止まった。「ダメだ、もし佐奈姉さんは約束を守らなかったらどうするんですか?」と彼は眉をひそめた。 一輝が口を開こうとするが、私に睨られると、やはり黙り込んだ。「絶対に約束を破らないと誓います」と私は誓った。「証文を書いてください」と只雄が真剣な表情で言った。 そして、少し悩んだ後、ひらめいたように、「そうだ。僕と婚姻届を出そうか!」と彼は大声で言った。「いいわよ」と私は即座に答えた。 一輝は信じられない様子で私を見る。そして、彼は珍しく目を潤ませ、「こいつのために、俺たち七年の関係を捨てるつもりか
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