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風の果てに君はなく

風の果てに君はなく

By:  秋月静葉Kumpleto
Language: Japanese
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深見紬希(ふかみ つむぎ)は、三年間も重いうつ病に苦しんできた。その間、篠原凌也(しのはら りょうや)は眠る暇も惜しんで、彼女の傍に寄り添い続けていた。 二十五歳の誕生日、凌也は盛大なバースデーパーティーを開き、皆の前で紬希にプロポーズした。 「紬希、一生をかけて、君を愛させてほしい。俺と結婚してくれ」 涙ぐむ紬希は頷き、二人は煌めく花火の下で、永遠の誓いを交わした。 特別に飾り付けられた高級ホテルのスイートルームには、バラの花びらが溢れていた。 凌也は紬希を何度も抱きしめ、夜が明けるまで、飽くことなく彼女を求め続けた。まるで彼女のすべてを、自分のものにしようとするかのように―― 紬希が疲れ果てて眠りに落ちるまで、凌也は名残惜しそうに、彼女を腕の中から離さなかった。 再び目を覚ましたとき、バルコニーから凌也の電話をする声が聞こえてきた。 「俺が紬希と結婚するなんて、あり得ないだろ?プロポーズなんか、演技に決まってるだろ。 紬希が結婚に同意しさえすれば、深見家は彼女の相続権を奪うはず。そうなれば、家業は全部玲奈(れいな)のものになる」 さっきまで熱く燃えていた紬希の身体は、今や震えるほど冷えきっていた。

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Kabanata 1

第1話

深見紬希(ふかみ つむぎ)は、三年間も重いうつ病に苦しんできた。その間、篠原凌也(しのはら りょうや)は眠る暇も惜しんで、彼女の傍に寄り添い続けていた。

二十五歳の誕生日、凌也は盛大なバースデーパーティーを開き、皆の前で紬希にプロポーズした。

「紬希、一生をかけて、君を愛させてほしい。俺と結婚してくれ」

涙ぐむ紬希は頷き、二人は煌めく花火の下で、永遠の誓いを交わした。

特別に飾り付けられた高級ホテルのスイートルームには、バラの花びらが溢れていた。

凌也は紬希を何度も抱きしめ、夜が明けるまで、飽くことなく彼女を求め続けた。まるで彼女のすべてを、自分のものにしようとするかのように――

紬希が疲れ果てて眠りに落ちるまで、凌也は名残惜しそうに、彼女を腕の中から離さなかった。

再び目を覚ましたとき、バルコニーから凌也の電話をする声が聞こえてきた。

「俺が紬希と結婚するなんて、あり得ないだろ?プロポーズなんか、演技に決まってるだろ。

紬希が結婚に同意しさえすれば、深見家は彼女の相続権を奪うはず。そうなれば、家業は全部玲奈のものになる」

さっきまで熱く燃えていた紬希の身体は、今や震えるほど冷えきっていた。

向こうの声は少し疑念を含んでいた。

「凌也、この三年、お前は本当に紬希に何の感情もないのか?ずっと彼女に優しかったじゃないか」

凌也は冷たく鼻で笑った。その声には、抑えきれない嫌悪が滲んでいる。

「感情?あんな女に与える価値なんてないよ。あいつがいたせいで、玲奈がどれだけ苦しんできたと思ってる?

もし紬希が自分のうつが俺のせい、俺が密かに精神薬を盛ったせいだと知ったら、どう思うだろうな?

玲奈が失ったものは、全部あいつから取り戻してやるよ」

紬希は、あまりの絶望に、膝から崩れ落ち、全身が小刻みに震えた。

――凌也は、最初から深見玲奈(ふかみ れいな)のために、わざわざ紬希に近づき、すべてを計算していたのだ。

床に崩れ落ちながら、紬希は信じてきた愛と信頼が音を立てて崩れていくのを感じていた。

この恋が、凌也によって仕組まれた罠だったなんて。

目の奥が熱くなるが、手を伸ばしても何も触れない。

痛みが極まると、人は涙さえも出ないものなのだと、紬希はその時初めて知った。

誰の目にも、紬希は深見家のお嬢様。幼い頃から贅沢に囲まれ、誰もが憧れるような暮らしをしてきたと思われていた。

だが、本当のことは紬希しか知らない。

外では数えきれないほどの女を囲い、家では表面だけの優しさしか見せない父親。

父の冷たさと、母のすすり泣きが、彼女の幼い日々のすべてだった。

広すぎる深見家の屋敷は、母と紬希を閉じ込める冷たい牢獄のようだった。

十歳のとき、父は外からどこの誰かも分からない娘――玲奈を連れてきて、母に無理やりその子を受け入れさせた。

紬希は、深見家の屋上に立ち、自分の命を盾に父を脅した。「この家に玲奈がいるなら、私はいらない」と。

父は結局折れて、玲奈をどこかに送り出した。

けれど、幼い紬希の心には、深い傷だけが残った。

その日から誰も信じられなくなり、周囲の人間すべてに警戒心を抱くようになった。

――三年前、病院の検診で、白衣を着た凌也と出会うまでは。

彼は背が高く、優しげな目元で、その微笑みはまるで春風のように穏やかだった。なぜか、この人には自然と心を惹かれてしまった。

凌也は、彼女が重いうつ病にかかっていると告げ、きちんと治療するよう勧めた。

篠原家は医療の名門。紬希は凌也の言葉を疑ったことは一度もなかった。

指示通りに抗うつ薬を飲み続けても、症状は一向に良くならなかった。

うつの発作が来るたび、凌也は必ず彼女のそばに現れてくれた。

紬希のわがままも、気まぐれも、時に薔薇の棘のような鋭ささえも、彼はそのまま受け入れてくれた。

紬希がある日、自分の手首に刃を当てたとき、凌也もそばにいて、同じように自分の手首を切った。

真っ赤な血が床を染めていくのに、彼は気にも留めず、優しく紬希を抱きしめた。

「君が笑ってくれるなら、何だってする。一緒に死にたいと言うなら、俺も付き合うよ」

そのとき、紬希はようやく、自分にとっての救いがここにあると信じた。

深見家には「娘が嫁げば、相続権を失う」という古い決まりがある。

それでも紬希は、何の迷いもなく、凌也と生きていこうと決めていた。

本当の愛さえあれば、財産や権力なんて何の意味もない――そう信じていた。

だが今、紬希は心の底から自分が愚かだったと悟る。

全てを懸けて賭けたこの愛の先にあったのは、徹底的な計算だった。

身体にはまだ凌也の温もりが残っている。

そのままシャワーも浴びず、最低限の荷物だけまとめて、夜の闇の中へと身を投じた。

夜風が骨の芯まで冷たく吹きつけるのに、紬希の心はもう何も感じなかった。

ただ一つ、頭の中に響き続けるのは――「凌也から離れなきゃ」

それだけだった。
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20 Kabanata
第1話
深見紬希(ふかみ つむぎ)は、三年間も重いうつ病に苦しんできた。その間、篠原凌也(しのはら りょうや)は眠る暇も惜しんで、彼女の傍に寄り添い続けていた。二十五歳の誕生日、凌也は盛大なバースデーパーティーを開き、皆の前で紬希にプロポーズした。「紬希、一生をかけて、君を愛させてほしい。俺と結婚してくれ」涙ぐむ紬希は頷き、二人は煌めく花火の下で、永遠の誓いを交わした。特別に飾り付けられた高級ホテルのスイートルームには、バラの花びらが溢れていた。凌也は紬希を何度も抱きしめ、夜が明けるまで、飽くことなく彼女を求め続けた。まるで彼女のすべてを、自分のものにしようとするかのように――紬希が疲れ果てて眠りに落ちるまで、凌也は名残惜しそうに、彼女を腕の中から離さなかった。再び目を覚ましたとき、バルコニーから凌也の電話をする声が聞こえてきた。「俺が紬希と結婚するなんて、あり得ないだろ?プロポーズなんか、演技に決まってるだろ。紬希が結婚に同意しさえすれば、深見家は彼女の相続権を奪うはず。そうなれば、家業は全部玲奈のものになる」さっきまで熱く燃えていた紬希の身体は、今や震えるほど冷えきっていた。向こうの声は少し疑念を含んでいた。「凌也、この三年、お前は本当に紬希に何の感情もないのか?ずっと彼女に優しかったじゃないか」凌也は冷たく鼻で笑った。その声には、抑えきれない嫌悪が滲んでいる。「感情?あんな女に与える価値なんてないよ。あいつがいたせいで、玲奈がどれだけ苦しんできたと思ってる?もし紬希が自分のうつが俺のせい、俺が密かに精神薬を盛ったせいだと知ったら、どう思うだろうな?玲奈が失ったものは、全部あいつから取り戻してやるよ」紬希は、あまりの絶望に、膝から崩れ落ち、全身が小刻みに震えた。――凌也は、最初から深見玲奈(ふかみ れいな)のために、わざわざ紬希に近づき、すべてを計算していたのだ。床に崩れ落ちながら、紬希は信じてきた愛と信頼が音を立てて崩れていくのを感じていた。この恋が、凌也によって仕組まれた罠だったなんて。目の奥が熱くなるが、手を伸ばしても何も触れない。痛みが極まると、人は涙さえも出ないものなのだと、紬希はその時初めて知った。誰の目にも、紬希は深見家のお嬢様。幼い頃から贅沢に囲まれ、誰もが憧れる
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第2話
紬希が家に戻ったばかりの時、凌也から電話がかかってきた。男の声には焦りが滲み、いつになく取り乱した様子だった。「紬希、こんな夜中にどこ行ってたんだ?何かあったのか?頼むから、俺を心配させないでくれ。今どこにいる?すぐ迎えに行くから」紬希は無理に元気なふりをして答えた。「大丈夫よ、今日はちょっと疲れてて、先に家に帰って休んでたの。あなたも早く休んでね」「分かった。じゃあ、ゆっくり休んで。でも、こんな遅くに一人は本当に心配だから、次はやめてくれよ」凌也は一瞬黙った後、言葉を付け加えた。「それと、今夜の薬まだ飲んでないよな。忘れずに飲んでくれ」「うん」電話を切ると、紬希はバッグから凌也が特別に用意した抗うつ薬を取り出した。小さな薬瓶を見つめながら、胸にぽっかりと穴が空いたような虚しさが広がっていく。信じていたその薬は、実は自分を奈落に突き落とす毒だった。薬も、人も、同じだった。「お姉ちゃん、どうして帰ってきたの?」部屋からは、身なりを整えた玲奈が現れた。かつて紬希が何もかも捨てて凌也と一緒になろうとしたとき、父は玲奈を家に呼び戻した。娘が外に嫁げば、自動的に相続権を失うことになる。だから、深見家には新たな後継者が必要だった。凌也のために、紬希は父のやり方を黙認した。だが、すべては玲奈が仕組んだ罠だったとは、想像もしていなかった。紬希は玲奈を淡々と見つめ、口元に微かな笑みを浮かべた。「ここは私の家。帰ってきて当たり前でしょ?」玲奈は気まずそうに目をそらし、「じゃあ、お姉ちゃん、先に休んでて。私はちょっと出かけてくるね」と言って、玄関へ向かった。リビングの灯りの下で、玲奈の首にかかったサファイアのネックレスがきらりと輝き、その光がちょうど紬希の目に飛び込んできた。「待って」紬希は立ち上がって玲奈の前に歩み寄り、彼女の首元からそのネックレスを容赦なく引き剥がした。「家の宝石は全部私の名義よ。私の許可なく、誰にも使う権利はないの」玲奈の顔色は一気に青ざめ、怯えた声で呟いた。「ごめんなさい、お姉ちゃん。このネックレス、ずっと使われてなかったから、いらないのかと思って……」紬希は冷ややかに笑った。「状況が分かってないみたいね。この深見家で、たとえ一つのレンガ
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第3話
翌朝、玲奈は何事もなかったように家へ入ってきた。そのすぐ後ろには凌也の姿があった。紬希は顔を上げ、口元にうっすらと笑みを浮かべる。「あなたたち、息がぴったりだね」凌也は足早に紬希のもとへ駆け寄り、手にした朝食を差し出し、微笑みかけた。「昨日、君が何も言わずに出て行ったせいで、俺、一晩中眠れなかったんだ。今朝は早起きして君のために朝ご飯を買いに行ったんだよ。まさか玄関で玲奈さんとばったり会うとは思わなかったけど、すごい偶然だね」玲奈もすかさず会話に加わる。「そうだよ、お姉ちゃん。凌也お兄ちゃん、本当にお姉ちゃんに優しいよね。私、羨ましいなあ」紬希は二人を静かに見つめた。玲奈の首筋にはいくつもの薄紅色の痕が残り、凌也の目の下にはうっすらと寝不足のクマが見えていた。二人は昨夜、ずいぶんと親密な時間を過ごしたのだろう。それでも、紬希は何も見なかったふりをした。「紬希、熱いうちに食べて。この店の名物はいつも行列ができるんだよ。かなり待ったんだから……」「捨てて」紬希の声はいつになく冷たかった。「え……?」凌也は思わず言葉を失った。「黒川(くろかわ)さん、私の朝食はできている?」まもなく、リビングのテーブルには色とりどりの豪華な料理がずらりと並べられた。凌也はその場で立ち尽くし、どうしていいかわからず戸惑っていた。家政婦の黒川は凌也の手から食べ物を受け取ると、口をとがらせて呟いた。「篠原さん、うちのお嬢様は小さい頃から大事に育てられてきたから、来歴の分からない食べ物なんて食べさせられませんよ」凌也の心に冷たい風が吹き抜けた。まるで、昨夜の出来事を境に紬希が全くの別人に変わったかのようだった。以前は、凌也と一緒なら、どんな食事でも笑顔で分け合ってくれたのに――。玲奈は黒川の手を取って止めた。「お姉ちゃん、これは凌也お兄ちゃんがわざわざ買ってきてくれたんでしょ?そのまま捨てちゃうなんて、あんまりじゃない?彼の気持ちだってあるのに……」紬希は食器を置き、ゆっくりと顔を上げて玲奈を見た。「そんなに彼が大事なら、いっそあんたが彼を彼氏にすれば?」「な、何言ってるの!」凌也と玲奈がほぼ同時に声を上げた。「紬希、どういう意味だよ?昨日、君は俺のプロポーズを受けてくれ
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第4話
ほどなくして、紬希の体は細かな針痕で覆われ、柔らかな肌からはじんわりと血が滲み出ていた。「お姉ちゃんは本当に肌がきれいだよね。まるで陶器みたいにすべすべ。私なんて、小さい頃から苦労ばかりしてきたのに……でも、これからは私が幸せになる番だよ」玲奈の瞳に一瞬、険しい光が宿る。針では満足できず、今度は小さなナイフを取り出して紬希の顔の前で弄び始めた。「ほんと、世の中って不公平だよね。家柄もいいし、その上こんなに綺麗な顔まで持ってるなんて……でも私は、この顔がどうしても気に入らない。今日、ここで全部壊してやる。もう二度と威張れないようにね」玲奈は手首をさっと振り上げ、ナイフの刃先を紬希の顔めがけて勢いよく振り下ろそうとした。紬希は全身が粟立ち、息もできないほどだった。もしこの刃が本当に振り下ろされたら自分はどうなるのか、想像しただけで体がすくんだ。その瞬間、冷たい刃が頬に触れたかと思うと、「カシャン」と鋭い音を立ててナイフが床に落ちた。「やめろ!」凌也が玲奈の手からナイフを叩き落としたのだ。張り詰めていた紬希の心臓は、ようやくほんの少しだけ落ち着いた。「凌也、もしかして心配になっちゃった?本気であの女に情でも湧いたの?」玲奈は不満げに問い詰めた。「何を言ってるんだ、玲奈。俺の心の中にいるのはお前だけだ。もし紬希がここで大怪我したら、深見家が黙っていないだろ?計画が台無しになるのは避けたいだけだよ」凌也は落ち着いた口調で説明した。玲奈は意識を失ったままの紬希を一瞥し、皮肉な笑みを浮かべた。「まあ、いいわ。急ぐ必要もないし、私が深見家の跡取りになった後、ゆっくりあの女を始末すればいい。凌也、私ちょっと用事があるから、後はお願いね。絶対に彼女に気付かれないようにしてよ」玲奈が去った後、凌也は深く息をついた。目の前の傷だらけで意識のない紬希を見ていると、心のどこかが妙にざわついた。無意識に彼女の傷に手を伸ばすが、触れる直前で思わず引っ込めてしまう。愛しているわけじゃないのに、さっき玲奈が彼女を刺した時、なぜか凌也は自分の胸まで痛んだ気がした。凌也は首を振り、部屋に漂うアロマの火を消した。数分後、紬希はうっすらと目を覚ました。凌也は何事もなかったかのように彼女を抱き寄せ、そ
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第5話
紬希は、何気なく通報窓口に電話をかけた。「もしもし、仁愛病院(じんあいびょういん)の精神科医、篠原凌也が職権を利用して、違法な薬物を投与している件で通報します」「通報内容は記録しました。証拠があれば郵送してください。確認が取れ次第、すぐに調査を開始します」家に戻ると、紬希はこの数年、凌也から渡された診断書や薬、そして、録音データも証拠としてすべて管理当局へ送った。その後、凌也がくれたプレゼントや、二人で出かけた時の写真、そして何百通ものラブレターも一つ一つ取り出し、まとめて箱に入れた。美しい封筒を指先でなぞるうちに、紬希は涙が自然と頬を伝った。かつては一通一通が凌也の愛の証だったはずなのに、今やすべて、自分が騙されていたという屈辱の象徴となった。紬希はラブレターや贈り物に火をつけた。火が「ぼっ」と燃え上がり、炎がすべての思い出の品を一瞬で飲み込んでいく。紬希は、目の前で燃え尽きていく灰の山をぼんやりと見つめながら、心の中で静かにため息をついた。――これで、ようやくすべてが終わるのだ。その後数日、紬希は一歩も家を出ず、ひたすらエンカのプロジェクトに没頭した。もう長い間、家業の仕事から離れて、すべての時間と心を凌也との儚い恋に費やしてきた。紬希は今、このプロジェクトを完全に把握しなければならない――後継者として、万全を期すために。凌也からは何度も電話がかかってきたが、すべて適当にあしらった。だがある日、家の防犯カメラを確認すると、凌也が屋敷にやってきている映像が映っていた。しかも彼が入っていったのは、紬希の部屋ではなく、玲奈の部屋だった。紬希が部屋にこもっている間、二人は連日連夜、まるで世界に二人きりかのように愛し合っていた。寝室から書斎へ、書斎から倉庫へ、倉庫から庭へ――どこにでも、二人の情事の痕跡が残されていた。二人は誰にも気づかれていないと思っているようだが、紬希はかつて父親の浮気の証拠を探すため、屋敷のあちこちに防犯カメラを仕掛けていたのだ。モニターに映る親密な光景を見ても、紬希の心はどこまでも静かだった。――まさにお似合いの腐れ縁だ。そんなある日、凌也が紬希の部屋にやって来た。「紬希、最近は一体何をそんなに忙しくしてるの?全然会ってもくれないし……」男の視線は、
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第6話
「何をするつもりだって?…すぐ分かるさ。お嬢さんには、今日は存分に楽しませてあげるよ」男は信じられないほどの力で、ほんの少し腕に力を込めただけで、紬希をソファに押し倒した。「離して!もし何かしたら、深見家が黙っていないわよ!」紬希は何とか抵抗しようとしたが、体にまるで力が入らない。男の手は蛇のように紬希の体を這い回り、彼女は全身が震え、吐き気を覚えた。「助けて、助けて……誰か……!」彼女を返ってくるのは、底知れぬ静寂だけ。「無駄だよ、深見のお嬢さん。ここじゃ誰も助けに来ない」男はウェディングドレスを乱暴に引き裂き、彼女の身体をむき出しにした。「こんな美人、人生で見たことがない。たとえここで死んでも悔いはないさ」紬希は胸元を必死に押さえ、絶望的な目で男を見上げた。「お願い、私に何が欲しいのか言って、何でもあげるから……」男はにじり寄りながら、口元にいやらしい笑みを浮かべた。「そんな殊勝なこと言ってもダメだよ。せっかくの美人なんだから、存分に楽しませてもらう」そう言うが早いか、男は飢えた獣のように紬希に覆いかぶさり、息のかかった口元で彼女を下から上まで舐めるようにキスした。男の体の硬さが彼女に押し当てられ、もう少しで侵入される――その瞬間、紬希は人生で初めて味わう屈辱と絶望に、死んでしまいたいほどの憎しみが心を覆った。そのときだった。突然、男の体がぐらりと紬希の上に崩れ落ちた。驚いて目を開くと、凌也が棍棒を手に、男を容赦なく殴りつけていた。これほどまでに激怒した凌也を見るのは、紬希も初めてだった。彼の瞳には獣のような紅い炎が燃えていた。一発、二発、三発――男は床に崩れ落ち、そのまま血の海に沈んだ。凌也はようやく棍棒を捨て、裸同然の紬希を急いで服で包み込み、何度も謝り続けた。「ごめん、紬希……全部俺のせいだ。さっき患者から電話があって外に出てたんだ。まさか、こんなことになるなんて……」彼の涙が紬希の胸元にぽたりと落ちる。その一瞬だけ、紬希は再び彼の体温と、かつての優しさを感じてしまった。その後、凌也は片時も紬希の側を離れず、身の回りの世話も、薬の塗布もすべて自分で行った。数日のうちに、彼は目に見えて痩せていった。だが、紬希は毎夜悪夢にうなされ、夢の中であの男に体を引き裂
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第7話
「動画を流すだけでよかったんじゃないの?どうして彼女の足まで折る必要があったんだ?」凌也の声には、あきらかに不満の色がにじんでいた。玲奈は得意げに笑った。「私は、ただ彼女の名誉を地に落とすだけじゃなくて、本当に使いものにならない人間にしたいのよ。この日を、どれほど待ち望んできたと思う?ようやく夢が叶うのよ」「でも……やりすぎじゃないか?」凌也は眉をひそめた。「凌也、前にあなたが無理やり助けに入らなかったら、あの浮浪者に紬希はもう……もしかして、あなた本気で紬希に同情でもしてるの?」凌也の心はふと揺らぎ、どこか胸の奥の柔らかい部分を突かれたような気がした。しかし、それも一瞬のことで、すぐにその思いを否定した。「何を言ってるんだ、俺が好きなのは最初から玲奈だけだよ。全部は紬希の信頼を得て、彼女と結婚するためのものだ。そうしなきゃ計画が進まないだろう」……そのすべてを、病室の中で紬希は聞いていた。指先が手のひらに食い込み、血がにじむほど握りしめても、その痛みすら感じなかった。痛い、胸が切り裂かれるように痛い。凌也の優しさも、守りも、全部嘘だったのだ。扉が開き、凌也がいつも通り穏やかな顔で入ってきた。「紬希、今回のことは本当に不運だった。玲奈がもう調査に動いてるし、すぐに真相も分かるはずだ。メディアにも頼んで対応させたから、動画が広まることはないよ。今はとにかく、しっかり休んで回復することだけを考えて」完璧すぎるほど、隙のない物言いだった。紬希は冷たく笑った。「不運?私の身に、今まで何度『偶然』が起きたか、気づいていないの?」凌也はその言葉にわずかに眉をひそめ、紬希を見つめる視線にも迷いが浮かんだ。さらに何か言おうとしたが、紬希はもう目を閉じていた。「もう休みたいから、ここにいなくていい」凌也は、紬希が心身ともに疲れ切っているだけだと思い込み、部屋を出ていった。彼が去ると、紬希はスマートフォンを手に取った。そこには、自分が襲われる映像がネット中に拡散されていた。コメント欄には、見るも無惨な言葉が並んでいる。【なあ、あのオヤジ、最後までやっちまったのか?】【もうあそこまでいったら、やらないわけないよな?】【うらやましいよなあ、あのお嬢様がどんな味か、一度
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第8話
紬希が怪我をして以来、凌也は一度も彼女に会うことができなかった。何度電話をかけても、何通メッセージを送っても、紬希は「治療に専念したい」と理由をつけて、決して会おうとはしなかった。最近の紬希は、どこか変わってしまった気がする。彼女は以前のように凌也に甘えることもなく、いつも心待ちにしていたはずの結婚式にも、まるで興味がないようだった。凌也が結婚式の準備についてどんな連絡をしても、返ってくるのは【任せる】の一言だけ。ここしばらく色々なことがありすぎて、彼女もきっと変わってしまったのだろう――凌也はそう思った。だが、結婚式さえ無事に終わればいい。玲奈が深見家の後継者となれば、彼の目的も果たせる。結婚式当日、凌也は意気揚々と式場に向かった。会場は祝福ムードに包まれ、ホテルのロビーには巨大なウェディングフォトが誇らしげに掲げられている。篠原家は有数の医師一族。その長男の結婚式とあって、準備も一流だった。しかも、相手は名門の深見家の長女だ。司会やスタッフは皆、慌ただしくも手際よく式の準備を進めている。凌也はオーダーメイドのタキシードに身を包み、ホテルの入口で招待客を出迎えていた。なぜだろう――ふいに、こうした儀式の重みが胸に迫ってきて、心の底から幸せが湧き上がるような気分になった。結婚って、こんな気持ちになるものなんだな――本当は、この結婚式さえ終われば、紬希と手を切るつもりだった。けれども今の彼は、なぜか迷いが生じていた。この何年も、紬希は無条件に彼を信じ、寄り添い、深見家の跡継ぎという立場さえも、自分のために諦めようとした。ここまで自分を愛してくれる女性は、きっともう現れないのではないか。そう思うと、凌也の胸の奥に申し訳なさが募る――結婚したら、今度こそ彼女を大切にしよう。玲奈とのことは、このまま墓場まで持っていけばいい。だが、式場の入口でどれだけ待っても、紬希の乗った車は現れない。本来なら彼が迎えに行くはずだったが、紬希はと強く言い張った。「式場で待っていて。結婚前の最後の時間は、自分だけのものにしたい。他の誰にも邪魔されたくない」しかし、刻限が迫っても紬希は姿を見せない。凌也は落ち着かなくなり、自ら迎えに行こうとした。だが玲奈が彼を引き留めた。「凌也、そんなに焦
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第9話
深見家当主はゆっくりと歩み寄り、玲奈の腕を乱暴に引き寄せた。「篠原凌也のことが、お前に何の関係がある?」玲奈はしどろもどろになりながら答えた。「だって、凌也お兄ちゃんはもうすぐ私の義兄になる人だよ?見捨てるなんてできないし……もしお姉ちゃんが来たら、何て説明すればいいの?」深見家当主は重くため息をついた。「お前の姉は、もうここには来ない。何も説明する必要はない」凌也は驚いて顔を上げた。「まさか……紬希が来ないなんて、本当ですか?」深見家当主は静かながらも威厳のある口調で言う。「篠原凌也、この数年間、お前が紬希に処方した薬のせいで、もう少しで認知症になりかけたこと、分かっているのか?お前は一体、どんなつもりでそんなことを?」その低い声には、誰も逆らえない威圧感があった。凌也は恐怖で体を震わせながら、うわずった声で答えた。「深見さん……いえ、私は……決して……わざとじゃありません……」深見家当主は鋭い目つきで見下ろす。「そうか、ではわざととはどういうことだ?玲奈と共謀して罠を仕掛け、紬希の心を欺き、さらに玲奈を後継者に据えようとしたのは、すべてお前の計画だったのか?」彼の声が一段と大きくなり、場内に響き渡る。玲奈の顔は見る見るうちに真っ青になり、長い指先で無意識にスカートの裾をねじった。「パパ、何を言ってるの?誰がそんなこと吹き込んだの?私は絶対そんなことしないよ!」玲奈の声には焦りが滲む。「パパ?俺はお前のような恥知らずで卑劣な娘を、娘と思った覚えはない!」深見家当主の顔つきは一瞬で鋼のように冷たくなり、眉間には凍りつくような険しさが漂った。玲奈は、なぜ父の怒りを買ったのか全く分からず、これほど厳しい態度を見せられたのも初めてだった。恐怖で身を震わせながら、涙を流した。「パパ、ママはもういないし、私にはあなたしかいないの。お願い、私を見捨てないで!」母親のことをわざと持ち出し、父親の同情心を誘おうとしたが、逆にその言葉は父の怒りに油を注いだ。「誰か、この女を連れて帰れ。こんな所で恥をさらすな!」「パパ!お願い、私は何も悪くない!」玲奈の泣き声もむなしく、すぐに深見家の警備員によって会場から連れ出された。凌也はその場に立ち尽くし、茫然としたまま動けなかった
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第10話
凌也は警察署に連行された後、ずっと黙秘を貫いていた。三日三晩勾留されて尋問を受けても、警察は結局、彼の口から有益な供述を引き出すことはできなかった。「篠原凌也さん、このまま事実をお話しいただけない場合、あなたが受ける刑罰はさらに重くなります」凌也はやつれ切り、血の気のない唇はひび割れていた。彼は皮肉げに、薄く笑みを浮かべて尋ねた。「……やっぱり、通報したのは深見紬希か?」「通報者の個人情報は守秘義務があります。お答えできません」凌也は力なく笑った。内心、答えはとっくに分かっていたのだ。紬希がいつ彼の所業に気付いたのか、までは分からない――だが、まさかここまで徹底的に、彼を切り捨てるとは思っていなかった。医師として最大のタブーを犯した今、彼はもう、二度とこの世界で白衣を着ることはできない。篠原家の顔にも泥を塗った。これからは家族の前にすら顔向けできない。そんな絶望の淵で、篠原家は一族を挙げて手を尽くし、ようやく彼の保釈を勝ち取った。凌也は自分の父と再会したとき、いつも元気だったその姿はすっかり老け込み、髪もすっかり白くなっていた。「凌也……今回の件は、できる限り影響が広がらないように手を回してある。裁判のときは、『うっかり薬を間違えただけ』と主張しろ。最悪、医師免許を失うだけで済むはずだ。刑務所行きにはならない」父がどれほど多くの人に頭を下げて回ったのか、凌也には想像もつかない。家に戻ると、凌也の父が彼を一つの録音機を差し出した。「これは深見家から送られてきたものだ。よく聴いてみろ」再生ボタンを押すと、玲奈の声が聞こえてきた。「篠原凌也なんて、私にとってはただの犬よ。本気でこの先ずっと一緒にいられると思ってるの?奴が紬希と結婚して、私が深見家の後継者になったら、欲しい男なんていくらでも手に入るわ。考えただけで笑っちゃう。バカみたいに私の言いなりになってくれるから、便利なのよ。何を命じても絶対に逆らわないし」……結局、玲奈は最初から最後まで彼を利用していただけだったのだ。凌也は、玲奈が本当に自分を愛してくれていると信じていた。なにしろ、あの昔、学校で玲奈がいじめに遭った時、身を挺して彼女を守ったのは自分だった。それ以来、玲奈はどんな時も彼に寄り添い、献身的に尽くしてく
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