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夫が娘の心臓を奪った日

夫が娘の心臓を奪った日

作者:  水恋し已完成
語言: Japanese
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故事簡介

切ない恋

ドロドロ展開

愛人

ひいき/自己中

婚姻生活

私、広中紗穂(ひろなか さほ)の娘・広中葵(ひろなか あおい)には、生まれつき心臓の病があった。 五年ものあいだ待ち続け、私はようやく、葵に適合する心臓を見つけた。 手術室に入る前、心臓外科医である夫・広中優一(ひろなか ゆういち)は目を赤くしながら、私に約束した。 「紗穂、安心してくれ。必ず俺の手で、葵を助けてみせる」 けれど、手術が半ばまで進んだところで、優一は何の説明も残さず、慌ただしく姿を消した。 嫌な予感に突き動かされ、私は足をもつれさせながら手術室へ飛び込んだ。 そこで目にしたのは、胸を開かれたまま、血に染まって横たわる葵の姿だった。 夫の助手の医師は、青ざめた顔で言葉を詰まらせた。 「広中先生が……葵ちゃんはまだ待てる、と。でも相川さんの息子さんは待てないからと、葵ちゃんに移植するはずだった心臓を持って出ていかれました……」 私はその場に崩れ落ち、震える手で何度も優一に電話をかけた。 けれど、葵の命が尽きるその瞬間まで、電話がつながることはなかった。 葵の遺体の処置を待つあいだ、私は優一のかつての教え子・相川律子(あいかわ りつこ)がSNSに上げた投稿を見てしまった。 【誤診だったみたい。大したことなくて本当によかった。せっかくだから、もう必要なくなったこれは、クロへのご褒美にしちゃおう】 動画の中で、律子の犬は、葵のものになるはずだった心臓に噛みつき、夢中で引き裂いていた。 冷たくなった葵を見つめた瞬間、私はようやく悟った。 もう優一を許す理由など、どこにも残っていないのだと。 そして優一がようやく、手術台の上に残した娘のことを思い出したとき。 彼を待っていたのは、がらんとした部屋と、小さな位牌だけだった。

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第 1 章

第1話

私は広中紗穂(ひろなか さほ)。

二時間前、心臓外科医である夫・広中優一(ひろなか ゆういち)は、娘の広中葵(ひろなか あおい)を手術台に残したまま、相川律子(あいかわ りつこ)のもとへ駆けつけた。

律子は、夫がいつも私たち母娘より優先してきた女だった。

二時間後、私は医師から差し出された死亡診断書を受け取り、震える手で死亡届の欄に名前を書いた。

葵は霊安室へ移され、私はそのストレッチャーの横を、ただ黙ってついて歩いた。

そのときになって、ようやく優一から電話がかかってきた。

通話がつながった瞬間、耳をつんざくような音楽が鼓膜を打った。

向こうはひどく騒がしく、優一の声は信じられないほど明るかった。

「紗穂?なんでこんなに電話してきたんだ。葵が俺に会いたがってるんじゃ――」

「どうして葵を手術台に残して、途中で出ていったの!?」

私は奥歯を噛みしめ、叫ぶように彼の言葉を遮った。

「優一、約束したじゃない。あなたの手で、葵を助けてくれるって……!」

電話の向こうで、優一が息をのむ気配がした。

けれど次に返ってきた声は、まるで大したことではないとでも言うように、ひどく軽かった。

「紗穂、ごめん。俺が悪かった。でも律子のほうが本当に緊急だったんだ。どうしても放っておけなかった。心配するな。新しいドナー心臓の目処はもうついてる。二、三日中には手術を組めるから」

二、三日中?

彼は忘れてしまったのだろうか。

自分の娘が胸を開かれたまま、たった一人で手術台の上に残され、死を待っていたことを。

「優一、葵はもう……」

「優一さん!」

電話の向こうから、女の甘えた声が割り込んできた。

律子の声だった。

「拓馬が、クロの具合がまた悪いって言ってるの。早く見てあげて」

「悪い、紗穂。話は帰ってから聞く。律子の犬の具合が悪いらしい。先に診てくる」

「優一!」

返ってきたのは、ツーツーという空しい音だけだった。

すっかり血の気を失った葵の寝顔を見つめた瞬間、全身から力が抜けた。

私はその場に、崩れるように座り込んだ。

氷点下のように冷えきった霊安室にいるはずなのに、背中にはじっとりと嫌な汗がにじんでいた。

背筋に冷たいものが走り、胸の奥まで凍りついていくようだった。

葵が息を引き取る前に残した言葉が、耳元でよみがえる。

あの子は最後の最後まで、律子の息子・相川拓馬(あいかわ たくま)のことまで心配していた。

「ママ……パパがね、拓馬くんのほうが危ないんだって。助けに行かなきゃいけないんだって……葵、パパが戻ってくるまで頑張るから……だから、パパのこと怒らないで……」

けれど、葵が誰よりも大好きだった「パパ」は、いちばん助けが必要だったその瞬間に、あの子を見捨てた。

優一は、心臓外科では指折りの名医だった。

検査データを見れば、患者の状態くらいすぐに分かる。

だから律子の息子が誤診されていたことに、優一が気づかなかったとは思えない。

ただ、想いを寄せる女の前でいい顔をして、気を引きたかっただけなのだ。

これまでの私なら、見て見ぬふりもできた。

けれど今回は違う。

彼は、私たちの娘を死なせた。

意識がぼんやりとかすむ中、私はスマホを取り出し、父――竹中玄三郎(たけなか げんざぶろう)に電話をかけた。

泣き崩れる私の声を聞いた父は、痛みをこらえるような声で言った。

「紗穂、父さんは三日後には戻る。安心しなさい。あの連中には、必ず報いを受けさせる」

電話を切ると、私は冷たくなった葵を抱きしめた。

がらんとした霊安室に、私の泣き声だけがいつまでも響いていた。

葵は生前、賑やかな場所が苦手な子だった。

だから葬儀には、ごく親しい友人だけを呼ぶことにした。
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第1話
私は広中紗穂(ひろなか さほ)。二時間前、心臓外科医である夫・広中優一(ひろなか ゆういち)は、娘の広中葵(ひろなか あおい)を手術台に残したまま、相川律子(あいかわ りつこ)のもとへ駆けつけた。律子は、夫がいつも私たち母娘より優先してきた女だった。二時間後、私は医師から差し出された死亡診断書を受け取り、震える手で死亡届の欄に名前を書いた。葵は霊安室へ移され、私はそのストレッチャーの横を、ただ黙ってついて歩いた。そのときになって、ようやく優一から電話がかかってきた。通話がつながった瞬間、耳をつんざくような音楽が鼓膜を打った。向こうはひどく騒がしく、優一の声は信じられないほど明るかった。「紗穂?なんでこんなに電話してきたんだ。葵が俺に会いたがってるんじゃ――」「どうして葵を手術台に残して、途中で出ていったの!?」私は奥歯を噛みしめ、叫ぶように彼の言葉を遮った。「優一、約束したじゃない。あなたの手で、葵を助けてくれるって……!」電話の向こうで、優一が息をのむ気配がした。けれど次に返ってきた声は、まるで大したことではないとでも言うように、ひどく軽かった。「紗穂、ごめん。俺が悪かった。でも律子のほうが本当に緊急だったんだ。どうしても放っておけなかった。心配するな。新しいドナー心臓の目処はもうついてる。二、三日中には手術を組めるから」二、三日中?彼は忘れてしまったのだろうか。自分の娘が胸を開かれたまま、たった一人で手術台の上に残され、死を待っていたことを。「優一、葵はもう……」「優一さん!」電話の向こうから、女の甘えた声が割り込んできた。律子の声だった。「拓馬が、クロの具合がまた悪いって言ってるの。早く見てあげて」「悪い、紗穂。話は帰ってから聞く。律子の犬の具合が悪いらしい。先に診てくる」「優一!」返ってきたのは、ツーツーという空しい音だけだった。すっかり血の気を失った葵の寝顔を見つめた瞬間、全身から力が抜けた。私はその場に、崩れるように座り込んだ。氷点下のように冷えきった霊安室にいるはずなのに、背中にはじっとりと嫌な汗がにじんでいた。背筋に冷たいものが走り、胸の奥まで凍りついていくようだった。葵が息を引き取る前に残した言葉が、耳元でよみがえる。あの子は
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第2話
葬儀の場で、優一を知る人たちはみな、娘を溺愛していたはずの彼が姿を見せないことに驚いていた。参列者たちは心配そうに、次々と優一へ電話をかけた。けれど、私には分かっていた。その電話がつながるはずがないことを。案の定、葬儀が終わるまで、優一が姿を見せることはなかった。喉の奥にせり上がる嗚咽をこらえながら、私は出棺の前にもう一度だけ、葵の冷たくなった小さな手を握った。父親でいる資格もないあの男に邪魔されなかったことは、葵にとって、むしろよかったのかもしれない。そのまま納骨を迎えるはずだった。けれど、霊園の職員が血相を変えて駆け寄ってきた。「広中様、大変です。お嬢様のためにお選びいただいた墓所で、騒ぎを起こしている方がいまして……!」一瞬、息が止まった。私は足をもつれさせながら、葵のために選んだ墓所へ向かった。そこにいたのは、職員の鼻先に指を突きつけ、声を荒らげている律子だった。「あなた、ただの職員でしょう?どうして勝手に決めるの?」「言っておくけど、ここは知り合いの風水師に見てもらったの。この霊園で一番いい場所だって言われたんだから。クロを納める時間に間に合わなかったら、あなたたち、ただじゃ済まないわよ!」職員は困り果てた顔で、何度も頭を下げていた。「申し訳ございません、お客様。こちらの墓所は、すでにご契約済みでして……それに、恐れ入りますが、こちらは人のための霊園です。ペットの埋葬は承っておりません」「ここを使わせるかどうか、あなたに決める権限なんてないでしょ。誰が契約したの?その人を呼んで。お金ならいくらでも払うから」優一は律子をなだめながら、職員を見据えた。「聞こえなかったのか。責任者を呼んでこい」優一に味方されたことで、律子はさらに調子づいた。彼女は優一に身を寄せたまま、次の瞬間、職員の頬を平手で打った。「聞こえたでしょう?責任者を呼ぶか、この墓所を契約した人を連れてくるか、どちらかにしなさい。でないと……」「それを契約したのは、私よ」私は人垣を抜け、優一と律子のもとへゆっくり歩いていった。私の姿を見た瞬間、優一ははっとしたように律子から身を離した。そして、足早にこちらへ向かってくる。目が合った瞬間、彼の瞳がかすかに揺れた。「紗穂……?どうしてここに
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第3話
「少しは事情を汲んでやれないのか!お前が使うわけでもないんだろ。だったら譲ってやればいいだけの話じゃないか!」そこで、私の中で何かが切れた。私は優一の襟元をつかみ、喉が裂けるほど叫んだ。「葵のために用意した場所だからよ!葵は死んだの!あなたが手術の途中であの子を置いていったせいで、手術台の上で死んだのよ!それでも父親なの!?」それまでざわついていた周囲が、私の言葉に一瞬で静まり返った。優一は呆然とした顔で振り返り、墓石を見た。けれど、その表情が崩れたのはほんのわずかな間だけだった。すぐに彼は顔をしかめ、馬鹿にしたように笑った。「紗穂、お前……そんな嘘までつくようになったのか。俺が二日戻らなかっただけで、今度は葵が死んだって?昨日の夜、拓馬は葵と話していたんだぞ。それなのに、今日になったら死んでいた?さすがに無理があるだろ。もういい。これ以上、相手にしていられない。うちに嫁いだ以上、勝手な真似は許さない。この墓所は律子たちに譲る」そう言って、優一は職員へ視線を向けた。「手続きを進めてくれ」ほどなくして、職員は困り果てた顔で書類を差し出してきた。「お客様、こちらにご署名をお願いいたします……」私はその書類を破り捨てようと手を伸ばした。けれど、優一のほうが早かった。彼は私に詰め寄ると、容赦なく腹を蹴りつけた。息が詰まり、体がその場に崩れかける。その隙に、優一はポケットから小さなナイフを取り出し、私の親指の先を切りつけた。痛みで指先が震える。けれど彼は構わず、血のにじむ親指をつかみ、そのまま無理やり書類に押しつけた。私は血走った目で優一をにらみつけた。「優一、この人でなし……父が私をあなたに託したとき、あなたは何て約束したの?あなたは……」言い終える前に、平手が私の頬を打った。乾いた音が響き、視界が大きく揺れる。「お前の父親のことを、いちいち持ち出すな。あいつの名前を出せば、俺が黙るとでも思ったのか?」優一は吐き捨てるように続けた。「はっきり言ってやるよ。俺はもう、お前にはうんざりなんだ。葵を産んでいなかったら、とっくに捨てていた。お前が俺の妻だと思うだけで、こっちが恥ずかしいんだよ」そう吐き捨てると、優一は私を力任せに蹴り飛ばした。そして片腕で律子を
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第4話
深夜になって、優一は疲れ切った体を引きずるようにして家へ戻ってきた。本当は帰るつもりなどなかった。けれど、今日の紗穂の態度が、どうにも胸に引っかかっていた。「紗穂、帰ったぞ」玄関のドアを開けた瞬間、真っ暗な部屋が目に入った。その静けさに、優一の胸騒ぎはいっそう強くなる。「紗穂?」寝室を覗いても、紗穂の姿はなかった。クローゼットを開けると、中はがらんとしていて、彼女の服も荷物もきれいに消えていた。どこへ行った?眉をひそめた優一は、リビングへ戻った。そこでようやく、棚の上に置かれた小さな位牌に気づいた。そこには、葵の名前が刻まれていた。次の瞬間、優一の顔色が変わる。「ふざけるな!」彼はその位牌を床に叩きつけた。紗穂のやつ、どこまで俺を試すつもりだ。怒りに任せてスマホを取り出し、紗穂に電話をかける。だが、何度かけてもつながらなかった。続けてLINEを送る。しかし、いつまで待っても既読はつかない。この時間なら、起きているはずだ。もしかして紗穂が、俺をブロックした?律子たちの面倒を少し見ただけで?こみ上げてきた怒りのままに、優一はスマホを床へ叩きつけた。「どこへ逃げたか、俺に分からないとでも思っているのか。こうなったのは、お前のせいだからな」……翌日、私は父が手配してくれた島で目を覚ました。外から聞こえてくる騒がしさに、思わず眉をひそめる。部屋を出た瞬間、真っ先に目に入ったのは、優一と律子の姿だった。二人の後ろには、各社の記者たちや、業界で顔の利く人間たちまで並んでいる。私を見つけるなり、優一の目に勝ち誇ったような色が浮かんだ。「紗穂、本気で俺から逃げられると思っていたのか?拓馬がこの島を気に入ってるから、今日はそれで許してやる。でなきゃ、今すぐ連れて帰って二度と勝手な真似ができないようにしてるところだ」優一は、あからさまに私を見下した顔で言った。「さっさと来い。今日は拓馬の誕生日会だ。余計なことはするなよ」私は心の中で冷たく笑った。子どもの誕生日ひとつに、ここまで人を集める必要がどこにあるのだろう。どうせ皆、竹中家の一人娘である私が、優一の不倫相手に頭を下げるところを見に来たのだ。優一は私の後ろを覗き込むようにして、眉を
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第5話
私が言い終えたとき、律子はステージの上で呆然と立ち尽くしていた。優一は血相を変え、客席から駆け上がってくると、私の襟元を乱暴につかんだ。「ふざけるな!葵が死んだなんて、そんなわけないだろ!昨日だって動画を送ってきたじゃないか。葵は生きてる。お前が嘘をついてるだけだ!」無数のフラッシュが、一斉にステージへ向けられた。優一は青ざめた顔で、私の体を激しく揺さぶった。「今すぐ葵に電話しろ!早くしろ!葵に直接聞けば分かるんだ。あの子が俺を責めるわけないだろ!」その直後、頭上からヘリコプターの轟音が響いた。数秒後、父が小さな骨壺を抱えて現れた。そして、それを優一の前へ静かに差し出す。「葵に会いたいと言ったな。……ここにいる」優一はゆっくりと視線を落とし、父の手にある小さな骨壺を見つめた。反射的に手を伸ばしかけたものの、その手は途中で止まり、力なく落ちた。彼の顔に浮かんだのは、悲しみではなかった。かすかな苛立ちだった。「お義父さん……あなたは葵の祖父でしょう。いくら何でも、葵を使ってこんな悪趣味な芝居をするのは、やりすぎじゃありませんか……?」優一が言い終える前に、父の平手が彼の頬を打った。「このろくでなしが!」父の怒声が、会場に響き渡った。「葵が亡くなってもう数日経つ。それなのにお前は一度も顔を見に来なかった。死に目にも会わず、愛人の犬に葵の墓所まで奪わせて、そのうえ今日は愛人の息子の誕生日祝いか。お前はそれでも、あの子の父親か!」その一発で、優一の表情がこわばった。最初の数年、優一は父をひどく恐れていた。当時の彼は、貧しい家に育った、医学部の大学院生にすぎなかった。父の支援がなければ、今ごろはどこかの病院で、雇われの医師をしていたはずだ。だからこそ、優一は長いあいだ、父に対して畏れにも似た敬意を抱いていた。けれど、この数年で状況は変わった。周囲に持ち上げられ、名医だ教授だと呼ばれるうちに、彼はすっかり思い上がってしまった。もう、昔のように父の前で身を縮める男ではなかった。優一は不満を隠そうともせず、父をにらみ返した。「お義父さん、少し落ち着いてください。これは俺と紗穂の問題です。外から口を出される筋合いはありません。葵のことだって、紗穂が勝手に話を大きくしている
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第6話
その言葉で、優一の顔からようやく余裕が消えた。彼は一歩前へ出ると、父の手にある骨壺を見つめ、震える声で言った。「お義父さん、さっきから俺が葵を死なせたと言っていますけど……昨日、紗穂は俺に葵の動画を送ってきたんです。それに、拓馬だって言っていました。おとといの夜、葵お姉ちゃんと話したって」私は優一を見つめたまま、スマホを取り出した。彼とのLINEの画面を開き、目の前に突きつける。「よく見なさい。私が送った動画が、いつ撮ったものなのか」今は梅雨の時期だ。それなのに、動画の中の葵は厚手の冬服を着ていた。あのとき、優一が少しでもちゃんと見ていれば、すぐに気づけたはずだった。もしかすると彼は、この動画をまともに見てもいなかったのかもしれない。優一は画面に映る葵をじっと見つめた。そして次の瞬間、顔から一気に血の気が引いていった。ようやく違和感に気づいたのだろう。彼ははっと振り返ると、律子のそばにいた拓馬の腕をつかんだ。「お前、あの夜、葵お姉ちゃんと話したって言ったよな?あれは嘘だったのか!」優一に怒鳴られた拓馬は、びくっと肩を震わせ、その場で泣き出した。律子がすぐに割って入り、拓馬をかばうように優一の手を押しのけた。「優一さん、子どもにそんな言い方しないで。拓馬が嘘をつくはずないでしょう?それに、その骨壺だって本物かどうか分からないじゃない。あなたを信じ込ませるために、二人で用意したものかもしれないわ」律子の言葉に、優一の表情が揺らいだ。彼は父のもとへ駆け寄ると、骨壺を奪い取り、乱暴に蓋を開けた。「律子の言う通りだ。これが葵の遺骨だなんて、どうやって証明するんだ。お前たちが勝手に用意したものじゃないと、誰が言い切れる!」父の目に、抑えきれない怒りが宿った。父が後ろに控えていたボディガードたちへ手を上げかけた瞬間、私はすぐに前へ出て、父を止めた。今日こそ、優一に自分が何をしたのか、嫌というほど思い知らせてやる。私は優一の手から骨壺を取り戻し、そっと父の手に返した。「優一、今すぐ私と帰って、葵の遺影の前で土下座して謝りなさい。そうすれば、まだ少しは考えてあげる。でも、あの女の言葉を信じて、まだ私に噛みつくつもりなら――竹中がどういう家か、あなたは知っているはずよ。無事に帰れるな
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第7話
映像の中で、優一は手術台の前に立ち、術野から目を離さないまま処置を続けていた。そこへ、けたたましい着信音が鳴り響く。それでも優一は手を止めず、そばにいた助手の医師に言った。「誰からか確認しろ。紗穂なら出なくていい」助手の医師は着信画面を見て、声を落とした。「広中先生、相川さんからです……」その言葉が終わるより早く、優一は手にしていた器具を置き、振り返って怒鳴った。「なら早く出ろ!何をぐずぐずしている!」助手の医師は一瞬、手術台の上の葵へ目をやった。それからためらうように、通話をつないだ。電話の向こうから聞こえてきた律子の声は、今にも泣き出しそうだった。「優一さん……あの検査結果、本当に誤診だったの?やっぱり不安で……拓馬が今朝起きてから、ずっと苦しいって言っているの。一度だけでいいから、見に来てくれない?」「律子、落ち着け。俺が診断を間違えるはずないだろ。拓馬は大丈夫だ。何ともない」「もう私と拓馬のことなんて、どうでもよくなったの?どうして急にそんな冷たいことを言うの……?」律子の声はさらに震え、涙まじりになっていった。何度も、来てほしいと優一にすがる。優一はほとんど迷わなかった。彼は手術着を脱ぎながら、ため息まじりに言った。「分かった、分かった。まったく、お前にはかなわないな。そこで待っていろ。すぐ行く」手術着を脱ぎ捨てた優一を見て、助手の医師は呆然とした。そして手術台の上の葵を指し、震える声で訴えた。「広中先生、葵ちゃんの手術はまだ始まったばかりです。この移植用の心臓をどれほど待ったか、先生が一番よくご存じのはずです。それに、葵ちゃんの状態はもう限界です。今日この手術を終えられなければ、今月いっぱいもつかどうかも分かりません。こんなところで離れるなんて、正気ですか……!」助手の医師の訴えを聞いても、優一が手術着を脱ぐ手を止めることはなかった。彼は助手の医師にちらりと目をやると、手術台のそばへ歩み寄り、葵の小さな手を握った。「葵、拓馬くんの体の中で悪い病気が暴れているんだ。パパが行って診てあげないと、拓馬くんが危ない。少しだけ、ここで待っていられるか?すぐ戻ってくる。戻ったら、パパが必ず葵も助けるから」弱り切った葵は、痛みに耐えながらも、優一の手をぎゅっと握り返
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第8話
ほんの三十秒ほどのことだった。助手の医師が麻酔を追加しようとして振り返ったときには、葵の体からあふれ出した血が、すでに手術台を赤く染めていた。その後の映像には、助手の医師がよろめくように手術室を出て、私を呼びに来る姿が映っていた。手術室の記録映像は、三十分にも満たなかった。つまり、娘を溺愛する父親として知られていた広中教授は、娘の命が懸かった手術で、たった三十分ほどしかそばにいなかったということだ。それどころか、かつての教え子の女から一本電話が入っただけで、迷うことなく自分の子を捨てて出ていった。映像が終わったあとも、怒りで体の震えが止まらなかった。けれど、まだやるべきことがある。私は震える手でスマホを下ろした。血の気を失った優一には目もくれず、ゆっくりと会場の記者たちへ向き直る。「皆さんが、優一に呼ばれて、竹中家の醜聞を見物しに来たことは分かっています」私は会場を見渡し、言葉を続けた。「でも、今の映像を見てもなお、この男の味方をするつもりですか? 自分の手で娘を死なせた男をかばって、竹中家を責めるつもりですか?」会場は静まり返っていた。「ここにいる皆さんにも、子どもや、大切な家族がいるはずです。もし自分の夫が、外の女のために我が子をこんな目に遭わせたら、あなたたちは黙っていられますか?」しばらく、誰も口を開かなかった。やがて、会場の片隅から低い声が上がった。「竹中さん……私たちは確かに、広中教授に呼ばれてここへ来ました。でも、良心まで売った覚えはありません」その記者は、静かにカメラを下ろした。「カメラは止めました。今日ここで見たことは、一言も外へ漏らしません。どうか、広中教授に相応の報いを受けさせてください」その言葉をきっかけに、会場のあちこちから同意の声が上がった。一人、また一人とカメラが下ろされていく。つい先ほどまで目を刺すほど眩しかったフラッシュは、いつの間にかすべて消えていた。その光景を見て、私はようやく小さく息を吐いた。そして、抜け殻のように立ち尽くしている優一へ向き直る。迷いはなかった。私は力いっぱい、彼の頬を打った。「このろくでなし。葵に土下座して謝りなさい」優一はもう、言い返すことすらできなかった。葵の遺骨が納められた小さな骨壺を、た
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第9話
会場中から向けられる怒りに、律子の顔から血の気が引いた。彼女は葵の骨壺の前に膝をつき、震えながら何度も頭を下げた。「ごめんなさい、葵ちゃん……私が悪かったの。許して。お願い、恨まないで……」けれど次の瞬間、律子は必死に首を振った。「でも、私は電話しただけなの。来るって決めたのは優一さんよ。心臓を持っていったのも、あなたを置いていったのも、全部あの人なの……!」彼女は泣きながら、今度は拓馬を指さした。「それに、嘘をついたのはこの子よ。葵ちゃんと話したって言ったのは、この子なの。だから、恨むなら私じゃなくて……!」その言葉に、会場中が息をのんだ。この女は、自分が助かるためなら、実の息子まで切り捨てるのだ。優一は血走った目で律子をにらみつけた。「お前……全部お前のせいだ。お前があんな電話をしてこなければ、葵は死ななかった。お前が俺を狂わせたんだ。お前のせいで、俺は娘を失ったんだ!」彼の声は、憎しみに震えていた。「許さない。殺してやる……!」優一は律子へ飛びかかり、我を忘れたように殴りつけた。律子は悲鳴を上げ、必死に抵抗した。けれど、どれだけ暴れても、男の力にはかなわなかった。私はその様子を見つめ、冷たく笑った。「優一、もっと強くやったら?それじゃ、あなたの恨みは晴れないでしょう」優一は一度こちらを振り返った。そして律子へ向き直ると、拳を固く握りしめた。次の瞬間、その拳が律子のこめかみへ叩き込まれた。優一は長年、医師として人の体を見てきた。どこが急所なのか、知らないはずがなかった。やがて、律子は動かなくなった。母親が倒れるのを見た拓馬は、その体にすがりついて泣き叫んだ。優一はゆっくりと振り返った。その体は震えていた。それでも彼は片手を伸ばし、拓馬の首に指をかけた。やがて、その泣き声も途切れた。目の前で母子が息絶えるのを見た瞬間、優一は完全に崩れ落ちた。足元から力が抜け、その場に膝をつく。そして、近くにあった果物ナイフをつかみ、自分へ向けようとした。けれど、優一が手を振り上げた瞬間、私はそのナイフを蹴り落とした。ここまで来て、楽に死ねると思わないで。死ぬことさえ、今のあなたには贅沢すぎる。優一には、罰が下るその日まで、苦しみながら息をして
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