LOGIN結婚七年目、葛城真紀(かつらぎ まき)は二兆円もの莫大な遺産を相続することになった。 しかし、顧問弁護士との手続きの最中、彼女は衝撃的な事実を告げられる。婚姻届受理証明書は偽物だったのだ。 二兆円の遺産は、法的に独身である彼女一人が相続することになる。 調査を終えた弁護士は、ある名前を口にした。 「西園寺様が戸籍に入れているお相手は、早川恵美(はやかわ えみ)様です。葛城様は……現在、未婚でいらっしゃいます」 臨海市(りんかいし)の誰もが知っていることだが、真紀と西園寺蓮(さいおんじ れん)は親同士が決めた許嫁だった。 真紀は蓮にとって、目に入れても痛くない最愛の存在、掌中の珠だった。 結婚の際、蓮は真紀のために盛大な結婚式を挙げた。 彼は高らかに誓った。 「この俺、西園寺蓮は、生涯かけて真紀を愛し抜く!」と。 だが、彼と恵美が入籍したのは、その結婚式の翌日のことだった。
View More【これは出す勇気のなかったラブレターだ。真紀、俺は君を好きになってしまったみたいだ。でも君の隣には西園寺がいる。彼を見る君の目は輝いている。これは、ただの片想いで終わるしかないんだろうな】ウェディングドレス姿の真紀の瞳が潤んだ。まさか、司が高校時代から自分を想っていたなんて。彼女は涙ぐんだ目で司を見つめた。その時、警備員の切迫した声が無線から響いた。「神宮寺様!屋上から飛び降りようとしている男がいます!さ、西園寺様です!」真紀の手が震えた。昨日、あれほどはっきりと言ったのに。司は彼女を見た。「真紀、俺が行って処理してくる」真紀は首を横に振った。「司、式はそのまま続けて。二十分だけ遅らせてくれる?」司は彼女を優しく抱きしめた。「分かってる。彼が死んだら君が苦しむのは知ってるからな。待ってるよ」真紀の目に涙が浮かぶ。もう誰かを激しく愛する力は残っていないかもしれない。でも、残りの人生のすべての時間を使って、司を愛することに努める。真紀は屋上へ上がった。蓮は十三年前の結婚式で着ていたあの白いタキシードを着ていた。年月が経っても、真紀には一目で分かった。「西園寺、死ぬつもり?」蓮の赤い瞳には絶望しかなかった。彼は屋上の縁に立っていた。あと一歩踏み出せば、七十八階から落下し、粉々になるだろう。蓮の声は掠れていた。「真紀、君がいないと、一日だって生きていられない」真紀は涙の中で微笑んだ。「空港であなたが早川にキスしているのを見た時、私もそう思ったわ。あなたを失ったら、もう長くは生きられないって」蓮は悲痛な声で懇願した。「真紀、許してくれ。この五年間、一日たりとも君を探さなかった日はない。君が国内にいると知っていたら、すぐに戻ってきたのに」真紀は笑った。「西園寺、毎年結婚記念日を祝っていたあのレストランへは行った?」蓮は動きを止めた。あのレストランは、この神宮寺系のホテルの中にある。最初にここへ来たのは、司への当てつけだった。「俺たちは結婚して幸せだぞ」と見せつけるために。だがその後、真紀がここを気に入ったため、毎年通うようになったのだ。真紀は言った。「西園寺、あそこに五年前、私が最後に贈った結婚記念日のプレゼントがあるの。取りに行って。
蓮は愕然とした。五年間海外を探し回っていたのに、真紀はずっと国内で司と一緒にいたのか。蓮は翌日の便で臨海市へ戻った。神宮寺グループ本社へ直行し、社長室へ押し入った。最初に目に入ったのは、真紀の姿だった。蓮は目を真っ赤にして突進し、真紀を力強く抱きしめた。彼の体は震えていた。「真紀、真紀……やっと見つけた」この数年、蓮が世界中を探し回っていたことを真紀は知っていた。今回の結婚発表で、彼が戻ってくることも予測していた。「西園寺、ここは私の夫のオフィスよ」蓮の体が硬直した。彼は怒鳴った。「嫌だ!君が他の奴と結婚するなんて認めない!君は俺のものだ。俺はずっと君を探していたんだぞ!」「西園寺、私は海外には一年しかいなかったわ。この四年は、ずっと臨海市にいたの」真紀の瞳は冷え切っていた。彼女は静かに事実を告げた。蓮は激昂した。「関係ない!これからはずっと俺がそばにいる。永遠に一緒だ。怒っているのは分かってる。でも真紀、俺たちは二十七年間も一緒にいたんだぞ」真紀は目の前の男を見た。かつての覇気は消え失せ、廃人のようにやつれている。五年前の輝いていた彼とは別人だった。会社を失ったからか、自分を失ったからか。真紀は一枚のキャッシュカードを蓮に差し出した。「この五年間で、はっきりさせたかったことがあるの。西園寺、これ、六千億円入ってるわ。私が西園寺グループの株を売ったお金よ。これでお返しする。もう貸し借りなしね」蓮の顔色が紙のように白くなった。「真紀、頼む。もう一度俺と結婚してくれ」だが、彼が受け取ったのは一枚の婚姻届受理証明書だった。そこには、真紀と司の名前がはっきりと記されていた。蓮は激しく咳き込み、血を吐いた。赤い目で本物の婚姻届受理証明書を見つめる。「真紀、わざとじゃなかったんだ。愛してるんだ。君が俺を助けてくれていたなんて、本当に知らなかったんだ」五年ぶりに蓮と対面しても、真紀は自分が想像以上に冷静であることに驚いていた。司との結婚は両親も賛成してくれた。彼との関係は自然で、燃えるような愛ではないかもしれないが、無類の安心感があった。おそらく、情熱はすべて蓮に使い果たしてしまったのだろう。真紀は手を伸ばし、蓮の白髪が混じったもみあげに触れた。「西園寺、私はも
蓮は、真紀を乗せたヘリコプターが空の彼方へ消えていくのを見送った。彼のヘリは草原に着陸していた。彼は長い間、身動き一つしなかった。充血した瞳には、底知れぬ苦痛が渦巻いていた。真紀の最後の言葉。「どんな説明も意味をなさない」。あの力なく、それでいて決意に満ちた声。彼女の絶望と決別が痛いほど伝わってきた。あれほど彼女を傷つけたのに、彼女は罵倒ひとつしなかった。彼女が自分に与えた一番つらい報復は、自分の世界から完全に消失することだったのだ。蓮は病に倒れた。糸が切れたように崩れ落ちた。病院へ搬送され、三日三晩の救命措置の末、ようやく息を吹き返した。見舞いに来たのは一人だけ。湊だった。彼は言った。「蓮、お前と恵美さんが結婚式を挙げたあのドレスショップ、あれは真紀さんの店だったんだよ」蓮は絶望の淵に叩き落された。彼は手の甲から点滴の針を引き抜いた。血が滴り落ちるのも構わず、狂ったように走り出した。あのドレスショップへ。店はまだ営業していた。店長は蓮を見て驚愕した。「西園寺様」蓮は尋ねた。「ここは……真紀の店か?」店長は答えた。「今は私の店です。葛城様から買い取りました」店長は奥から一冊のアルバムを持ってきて、蓮に手渡した。「これらはすべて、葛城様がデザインされたドレスのカタログです。ご覧になりたいかと思いまして」蓮は震える手で最初のページを開いた。透明感のある美しいウェディングドレス。その横に手書きのメモが添えられていた。【彼は、私が海のクラゲみたいだと言った。可愛くて毒があるって。笑うとエクボが可愛いとも言ってくれた。だから私は、彼のためにクラゲのようなドレスをデザインしたい】ドレスのデザインはクラゲをモチーフにしており、透き通るようなふわふわとしたシルエットが美しかった。蓮は次々とページをめくると、すべてのドレスに、彼に関するメモが添えられていた。【今日、彼を怒らせちゃった。私がワガママでチョコを食べないからだって。だから真っ黒なドレスにする。全身チョコレートまみれにして、彼をこの甘さで死にさせてやるんだから】【彼は私の肌が白すぎて、つねるとすぐ赤くなると言う。鎖骨を出すのも禁止だって。はいはい、今日のドレスは総レースよ。頭から爪先まで隠してやるわ】
一ヶ月前、自分がここを去った時、蓮は高らかに恵美との結婚を宣言していた。それなのに今、こうして自分に許しを乞うている。なんて滑稽なのだろう。真紀はホテルに戻った。エントランスで、司と鉢合わせした。司の魅力的な低音が響く。「西園寺がここに来ようとしたが、警備員に追い返させたよ」真紀は頷いた。「ええ、ありがとう、神宮寺社長」司の瞳がわずかに暗くなる。「真紀、名前で呼んでくれよ。同級生だろう?」真紀の唇がかすかに動く。「うん……この数日、厄介になるわね、司」「厄介だなんて、とんでもない」そこへ蓮の車が猛スピードで滑り込み、急停車した。彼が降りてきた瞬間、司の視線が鋭い警戒色に染まる。真紀は背後の蓮を一瞥した。「今、葛城家と西園寺家の関係は、原告と被告、それだけよ。西園寺、続きは法廷で」葛城家は、剛造の殺人罪に対し、死刑以外の判決を受け入れない構えだった。蓮は、司と真紀が並んで歩き去る後ろ姿を、呆然と見送るしかなかった。ホテルの外に締め出され、蓮は息もできないほどの痛みに襲われた。突然理解した。あのドレスショップで、真紀が高いバルコニーから自分と恵美の結婚式を見下ろしていた時の気持ちが。自分はただ、彼女が司と歩いているのを見るだけで、心臓が引き裂かれそうだというのに。真紀、ごめん……二週間後、葛城家の祖父殺害事件の判決が下った。剛造の刑期は加算され、三人の命を奪った罪により、即時死刑執行の判決が言い渡された。真紀はニュースを見ていた。蓮は剛造の遺体を引き取った後、九百九十九本のバラの束を抱え、神宮寺グループのホテルの外に立ち、片膝をついて彼女に許しを乞い続けているという。なぜ今さらそんなことをするのか、真紀には理解できなかった。彼と恵美の間に何があったのかも知らない。だが、短期間で消え去る愛など、その理由を知る価値もない。蓮は連日ホテルの前で騒ぎを起こし、真紀に会わせろと叫んでいた。この騒動を嗅ぎつけたマスコミが殺到し、ホテル前は黒山の人だかりとなっていた。これでは真紀と家族が空港へ移動することすらできない。見かねた司が提案した。「屋上のヘリポートを使おう」三人の視線が真紀に集まる。真紀は窓際に立ち、遥か眼下を見下ろした。豆粒のような蓮