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第10話

Auteur: 晴天に会う
晃はどうしようもなく、胸の奥の焦りを必死に押し殺した。まず莉子を宥めてから、改めて結衣と向き合って話そう――そう心に決めた。

結衣は親友の小柳美雨(こやなぎ みう)の家に身を寄せた。事情を聞いた美雨は、今にも飛び出して莉子をぶん殴り、ついでに晃に「頭はどうかしてるんじゃないの」と詰め寄りに行きかねない勢いだった。

結衣は彼女を制し、柔らかい声で説明する。

「もういいの。五年一緒にいても、晃は私を愛さなかった。今さら会いに行く必要なんてない。私はずっと、彼が少なくとも私を好いてくれていると思っていた。けれど、今となっては、私の重みなんて莉子の一万分の一にも満たない。晃には大事なものがたくさんある。仕事、養父母への約束、そして妹……そのどれも手放せない。でも手放せるのは、私だけ。執着していたのは私のほうだった。だから、もう全部終わらせる」

美雨はそばで聞いているうちにぽろぽろ涙をこぼし、結衣を抱きしめてわんわん泣いた。

「結衣、泣きたいなら泣きなよ。あんなクズ、いらない。あなたにはもっとふさわしい人がいる。もうすぐ手術で海外に行くんだから、気持ちを押し殺しちゃだめ。体に障るわ」

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