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第3話

Auteur: 晴天に会う
結衣は馬鹿げて笑えるとしか思えなかった。最初から最後まで、莉子に視線すら向けていないのに、どうして晃は、自分が彼女を敵視しているなどと思うのだろう。

結衣が心から気にかけ、大切にしてきたのは、いつだって晃ひとりだ。

けれど今は、その晃さえ、もういらないと彼女は決めた。

もう二人のくだらない言い合いを聞く気もなければ、産婦人科に何の用があるのかも気にしない。結衣は背を向け、その場を立ち去ろうとした。

晃は理由のない胸騒ぎに襲われ、このまま何もしなければ結衣を失う――そんな予感に突き動かされて、彼女の手首をぐっとつかんだ。

「どこか、具合が悪いのか?」と訝しむように問いかける。

晃の腕に抱かれた莉子が、結衣を鋭くにらみつける。結衣は口の端をわずかに上げ、晃を見返した。

「じゃあ、私と行くの?」

晃の体が硬直した。腕に抱えた莉子を見下ろし、思い悩んでどうすればいいのか分からなくなる。そのとき、莉子が突然、苦しげな声をあげた。

「お兄ちゃん、お腹、すごく痛い……死んじゃいそう。私、このままパパとママのところへ行っちゃうのかな。うう……いやだ。お兄ちゃん、あなたを置いてなんていけない……」

晃はたちまち慌てふためき、結衣の手首を放すと、莉子を横抱きにして足早にエレベーターへと向かった。

「馬鹿なことを言うな。まずは医者の言うとおり、エコー検査を受けよう」と、彼は低く優しくなだめた。

エレベーターの扉がゆっくり閉まりゆくその瞬間になって、晃はようやく外に残された結衣のことを思い出す。狭い隙間から見えたのは、嘲りの色を浮かべた彼女の顔だった。

結衣は扉の外に立ち尽くし、二人が去っていくのを見送った。やがて背を向け、階段へと足を踏み入れる。言葉もなく、静かに五階へと歩を進めていった。

涙は音もなくこぼれ落ちる。捧げた五年の青春は、結局、すべて無駄だったのだ。

結衣は、五年間すべてを懸けて晃を愛し抜いた自分が、あまりに不憫だと感じた。

――夜。結衣はテーブルに座り、納豆ご飯をかき込んでいた。珍しく晃が早く帰ってきた。

玄関を開けた瞬間、納豆の匂いが部屋に充満し、晃は思わず顔をしかめ、吐き気を覚えるほどだった。彼は昔から納豆が苦手で、匂いをかぐだけで耐えられないのだ。

けれど結衣は知らぬ顔で、両手で茶碗を抱えたままカーペットに座り、バラエティ番組を見ながら納豆ご飯を口に運んでいた。

結衣はバラエティ番組に夢中で、声をあげて笑っていた。先ほどまで怒り心頭だった晃も、その無邪気な光景に気勢を削がれ、肩の力が抜ける。

彼は結衣の背後のソファに腰を下ろし、両脚で彼女を囲い込むようにして捕らえると、首筋に顔をうずめ、くぐもった声を漏らした。

「どうして急にこんなものを?もう食べないって言ってなかったか」

晃は昔から匂いの強い食べ物が苦手だった。けれど結衣は本当は大好きで、それでも晃のために、彼が嫌うものはすべて断ってきたのだ。

もう、結衣は自分を抑えるのはやめた。わざと大きく納豆ご飯をかき込み、茶碗を晃の鼻先へぐいと近づける。

「食べてみる?本当においしいんだから」

匂いに耐えきれず、晃は結衣から身を離し、ソファの背もたれに凭れると、苛立ちを隠さず問いただす。

「お前、いったいどうしたんだ?何を拗ねてる?」

結衣は視線を落とし、黙ったまま納豆ご飯を口に運び続けた。返事はしない。

晃はしばし黙り込み、それから口を開いた。

「莉子の検査結果が出た。大したことはなかったよ。どうやら食あたりみたいだ。それで、お前はどうして病院に?」

結衣は口の中の納豆ご飯を飲み込み、ようやく答えた。

「生理の調子を整えに行ったの」

晃はどこか疑わしげに尋ねる。

「今日がその日だったか? 俺の記憶だと違うような……」

結衣は気のない調子で返す。

「あなたの勘違いよ」

晃はそれ以上問いただせなかった。莉子の生理は覚えているのに、結衣のことは忘れていた――そう気づくと後ろめたさが込み上げ、口をつぐむしかない。だからこそ、今回は結衣に歩み寄ろうと思った。

「……なら、俺にも一膳、よそってくれないか?」

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