登入陽介は痩せ、ベッドに横たわる彼は骨と皮ばかりになり、髪も薄くなっていた。彼は私を見ると、目に光を宿して言った。「結衣、会いに来てくれたんだ」彼の虚ろな様子を病室の椅子で見ていると、胸の奥がキュッと締め付けられた。かつて抱いていた恨みや憤りは、跡形もなく消え失せていた。陽介は弱々しく、しかし穏やかな声で言った。「泣かないで。生まれた者はいずれ死ぬ。それが、この世の理なんだから」彼は貪るように私を見つめた。私の姿を深く焼き付けたいかのようだった。しばらくして、彼は続けた。「実はお前がA市を離れた時、何とも思っていなかったんだ。その頃の俺は、本気で奈央を愛していたから。でも、両親と揉めて奈央と一緒に暮らし始めてから分かったんだ。彼女は俺の前で見せていた顔とは別人で、利己的な女だったんだよ。俺といたのは、ただ俺が持っているリソースが目当てだった。奈央と再び別れた時は大騒ぎになった。親たちが裏で手を回して事態を収めてくれたんだ。きっと両親は腹を立てていて、だからずっと口を利いてくれなかったんだろう。すべては報いだよ。それから、お前の指輪が見つかったんだ。これを大切に持っていれば、お前が戻ってきてくれるはずだと思ってさ」彼は力なく手を上げると、その指には指輪が光り輝いていた。彼はふっと笑った。「陣内さんを呼んでくれないか……安心して、責めたりなんてしないから」航平を呼ぶと、陽介は航平を見て羨望の眼差しを向けた。陽介は咳をしながら、あの時私に何があったのかを航平に語った。私のために心を痛める航平の姿を見て、陽介は安心して微笑んだ。陽介が言った。「この指輪は、俺と一緒に眠らせてくれ……これが俺を一番愛してくれた結衣が残した宝物なんだ。これからは、今の結衣を、頼んだよ」……病院の外に出ると、毅が涙声で私に礼を言った。少し丸まったその背中を見て切なくなったが、力になれることがあれば言ってほしいとだけ伝えた。毅は言った。「大丈夫、陽介の兄が仕事を休んで戻ってきてくれているから」航平と歩道を歩きながら、行き交う人々を眺めた。公園でバラの花が咲き誇る中、航平が不意に言った。「周防さん、俺と一緒に歩んでみませんか」私が口を開こうとすると、航平はそれを遮るように言った。「周防さんが今、まだ恋愛に踏み出す勇気を持てない
陽介についての便りを再び耳にしたのは、なんと彼の両親からだった。私が陽介と別れて海外へ留学した経緯を、彼らも知っている。ふたりは負い目を感じていたようで、私と直接会う勇気はないものの、何度も実家の両親に私の近況を尋ねていたそうだ。私が元気にしていると聞き、彼らはようやく胸をなでおろしたらしい。彼らには、これはあくまで陽介の問題で、あなたたちのせいではないと伝えたかった。ただ、当時の私は気持ちの余裕が全くなく、陽介という存在に関わること全てを拒絶していた。そんなわけで、この6年間は陽介の両親と連絡を取ることさえなかった。今の私なら感情を整理できているし、一度電話をして彼らと言葉を交わしてもいいと考えていた。でも、最近は航平とプロジェクトで手一杯で、彼らと向き合う時間は作れなかった。そんな時、陽介の父親・瀬尾毅(せお つよし)から電話が入った。毅の声を聞くのは6年ぶりだった。声は変わらず穏やかで、ただ酷く掠れていた。「周防さん……いや、今はどう過ごしているんだ?」あまりに不自然な話の変え方で、胸がざわついた。私はすぐさま何があったのかと問い質した。重ねての問いに、ついに毅が打ち明けた。「陽介が重病で、会いたいと言っている。だが、あの息子のしたことだ。周防さんを巻き込むのは違う。あいつには自分でケリをつけさせる」電話を切った後、たまらなく悲しい気持ちになった。二度と顔を合わせることなく一生を終えると思っていたのに。病という知らせを聞いて、少し心が揺らいでしまったのだ。この時ふと思い浮かんだ陽介は、奈央と出会う前の、ただ楽しかったあの頃の顔だった。人の心は、どうしてこうも複雑なのだろう。電話の後からぼんやりと空を見つめる私を見て、航平はとても心配していた。私は包み隠さず全てを話し、航平に問いかけた。「会いに行かなければ、この20年以上良くしてくれた彼の両親への恩義を裏切ることになります。かといって、行けば心が苦しいです。どちらにしても、辛いです」航平が急に私を抱きしめた。そして、予想外のことを口にした。「忘れているかもしれないが、子供の頃、俺は一度だけあいつと喧嘩したことがあります。俺が周防さんに将来お嫁さんになってほしいと言った時、怒った陽介に殴りかかられました。本当はずっと周防さんを見ていま
レストランで陽介と腹を割って話をしてから、彼はおとなしくなった。ただ大人しくなっただけじゃない。研究所に長期休暇を願い出て、いつ戻るのかも告げず姿を消したのだ。あいにく、研究所はプロジェクトの最繁忙期を迎えていた。陽介が突然抜けたせいで、皆の仕事が山積みになった。航平が毎晩遅くまで残業するため、私は下のカフェで彼が仕事を終えるのを待つようになった。両親も、男の人を夜道で一人で歩かせちゃいけないと言うし。もっとも、両親に言われたからじゃない。私自身、航平を送り迎えしたかった。仕事の疲れを少しでも癒してあげたかったから。研究所から疲弊しきった様子で出てくる航平を見て、私はすぐさま駆け寄った。あんなに疲れた顔を見ていたら、切なさと同時に陽介に対する憤りも込み上げてきた。もう完全に未練はなかった。それどころか、他の人のために陽介を恨むなんて。昔の私なら、きっと想像もつかなかった。熱いミルクティーを渡すと、助手席の航平が研究所での出来事を色々と話してくれた。その時、何かに思い当たったのか、彼が目を輝かせてこちらを見た。「そうか、周防さんっていう研究所の天才がいるじゃないですか!忙しさで頭がどうかしていたんです。お願いです、なんとか助けてくれませんか……」彼が両手を合わせて、おねだりをしてくる。私は思わず吹き出して、うんと頷いた。ずっと助けたいと思っていたけれど、ここ6年間はずっと海外にいたし、自分から進んで申し出るのも躊躇われたのだ。身分上の制約も多かったから。航平が嬉しそうに所長へ電話を入れた。色々と面倒な手続きがいると思っていたのに、予想外なほどあっさり承認が下りた。私が加わったことで、プロジェクトは順調に動き出した。航平も夜遅くまで働き詰めになることはなくなり、少しは余裕が出てきたみたいだ。他の研究員からも一目置かれるようになり、所長から極秘で、正式に帰国して働かないかと持ちかけられた。でも、迷った。このA市は、私にとって辛い記憶ばかりが残っている場所だから。今さら陽介なんてどうでもいいはずなのに、この場所にいること自体に無意識の拒絶反応が出てしまう。この街は、私にあまりにも多くの苦痛を与えすぎた。大学生の頃、奈央に意図的に誘導されたことで、私はクラスメートたちから孤立させられた
陽介が駆け寄ってきた。その目には涙が浮かんでいる。「結衣、俺のこと愛してないのか?」と、声を詰まらせて聞いてきた。私は彼を見た。6年前と少しも変わらない、その姿を。でも、その眼差しは別人のようだった。今までそんな愛情深い目で私を見たことなんてなかった。いつも私に向かってくるのは、憎しみと冷たい拒絶だけだったから。以前の私なら、こんな顔を向けられたら、それだけで胸がいっぱいになっていたはずだ。でも、もう私はかつての、陽介のために全てを投げ出そうとしていた頃の私ではない。私の心はとっくの昔に彼に踏みにじられ、死に絶えているのだから。今の問いかけを、耳にしても何も感じなかった。滑稽とさえ思えた。いまさら、何を言っているのだろう。大切さに気づくのは、いつだって失ってからだなんて、本当によくある話だ。でも、私にはもう必要ない。陽介の笑顔ひとつで全てを捧げようとしたあの人は、もうどこにもいない。それでも、苦しそうに泣く彼を見て、胸のあたりがズキリと痛んだ。なぜ痛むのかはわからない。ただ、今の彼に何の未練も情も残っていないことだけは確かだ。私は冷静に告げた。「陽介、あなたを愛さないよう自分に言い聞かせて、6年も経ったのよ。もう好きじゃないの。お互いのためにも、ここで綺麗さっぱり別れましょう。もう二度と連絡もしないで」彼は激しく首を振った。「嫌だ」と繰り返しながら。どうしようもなくなり、私はため息をついた。傍らの航平も困惑している。私と陽介の過去を詳しくは知らないけれど、私から聞いていた話の限りでは、最低な男だったからだ。目の前で泣きつく卑屈な姿を見て、航平も言葉を失っていた。沈黙の中、彼は私の肩に手を置き、陽介に向かってこう言った。「彼女ともう過去の話をするのは、やめてあげてくれないか」しかし陽介は食ってかかった。「何カッコつけてるんだ。お前みたいなクズさえ現れなければ、彼女は俺のものだったのに!」汚い罵り言葉を聞き、私の堪忍袋の緒が切れた。立ち上がり、航平の手を引いて彼から離れようとした。怒りに目を血走らせた陽介は、テーブルのコーヒーを迷わず航平に向けて浴びせた。とっさに庇った私は、頭からコーヒーを被った。私が航平をここまでして守る様子に、陽介は絶望の表情を浮かべた。私は顔に
研究会が終わったらすぐM国に戻るつもりだった。でも、両親がどうしてもA市にもう数日滞在しろと譲らなかった。あまりにしつこいので、渋々A市に残ることにした。ある日は私が航平に届け物をし、またある日は向こうから仕事の打ち合わせだと持ちかけてくる。数日もしないうちに、私は航平の両親と自分の両親が何を考えているのか悟ってしまった。航平もそれに気づいているはずだ。でも、彼は一切動じることなく、余裕を見せていた。航平と親しくなるにつれ、彼の退勤時間に合わせて食事に誘おうかとも思った。ただ、彼は陽介の同僚だ。陽介の顔など二度と見たくないので、航平のほうから私を誘ってくれるのを待つことにした。その日、航平とレストランでディナーをした。彼は私のために優しくステーキを切り分け、笑顔で手渡してくれた。何口か食べていると、彼は急に不思議そうな目で私を見て言った。「知ってますか?ここ数日、瀬尾さんが周防さんの電話番号を教えろとしつこく言ってきているんです」私は慌てて手を振った。「お願いします、絶対に教えないでください!」私が動揺するのを見て、航平はカラリと笑った。「あいつったら、毎日のように俺のところへやって来ては、昔の周防さんがいかに自分を愛していたか、周防さんが自分になら何でも捧げていたかって話ばかりするんです。言葉の端々に、俺が横からかっさらったようなニュアンスがあって。ほとんど、俺を不倫男だって罵りかねない勢いです」かつての陽介からは想像もできない豹変ぶりに、背筋が凍りついた。巻き込んで申し訳なくなり、私は言った。「迷惑をかけてごめんなさい。私の連絡先を彼に教えてもらえませんか?これ以上、迷惑をかけたくないので」航平はまた笑った。「いや、面白くて。周防さんも知ってるでしょう、研究所で、『氷の塊』と呼ばれたあいつが、こんなに余裕をなくして取り乱しているんです。俺が彼をそこまで追い詰めてやったっていう達成感が、実は少しあるんですよ」航平が笑いながら話している間、私は食事を続けた。ステーキのソースが口元につくと、彼は自然な仕草でナプキンを手に取り、拭き取ってくれた。私たちの息が同時に止まる。気まずい時間が流れた。顔が熱くなった瞬間、突然、刺すような陽介の声が響いた。「結衣、何をしてるんだ」私は驚いて慌てて手を引っ込
私と航平の親しげな様子を見ると、陽介の目は悲しげに揺れた。「久しぶりに会ったんだ……少しだけ、話さないか?」私は冷ややかに鼻で笑った。陽介のこんな姿を見るのも、もううんざりだ。何を話せばいいというの。彼がかつて、奈央と結託して自分に研究盗用の濡れ衣を着せたことについてか?それとも、自分が無実を証明した後に証言を覆そうとしたことについて?あるいは、学園の皆の前で自分と叔父を徹底的に追い詰めようとしたこと?以前、陽介を狂おしいほど愛していた。彼の中にまだ奈央の影があるのを知りながらも、「結衣、俺が好きか?俺と一緒にいてくれるか?」と聞かれた時、迷わず頷いてしまった。私はまさに、飛んで火に入る夏の虫だった。しかし、返ってきたのは、こんな裏切りだった。あの時、監視カメラの映像がなければ、どれほど叩かれ、社会的地位を失っていたことか。叔父にまで、どれほどの悪影響が及んだことか。でも、私に何の罪があったというのだろう。陽介を愛したことが罪だというのか。なぜ、こんな扱いを受けなければならないのか。世間から後ろ指を指される毎日はあまりに過酷だった。それなのに陽介は一度も自分の味方にはならず、他人事のように冷ややかな目を向けていただけだった。世間が自分のことをどう言おうと気にはしなかった。ただ、陽介に支えてほしかっただけなのだ。なのに……そこまで考え、私は嫌悪感を隠しきれず、思わず顔をしかめた。私の目に浮かんだ嫌悪を察したのか、陽介は反射的に私の手を掴もうとした。まだ決別する前のあの日々のように……怒っていた私が彼の甘えるような仕草一つで、すべての怒りを解いてしまったあの日々のように。あの頃は、彼に言われるがままに何でもした。けれど今は……ただただ、吐き気がするだけだ。私が陽介の手を払いのけようとすると、航平が陽介の手を掴み、力任せに振り払った。その拒絶の動作が陽介を完全に追い詰めたのか、彼は涙を流して崩れ落ちた。「なぜ変わってしまったんだ?なぜ俺を愛さないんだ?なぜ他人のものになったんだ!」取り乱す彼を冷ややかに見下ろし、私は告げた。「陽介、いい加減にして。あなたにはもう新井さんがいるじゃない?二度と私に関わらないで。昔みたいに、私があなたたちを引き裂いたって憎んでいてくれればいい。私はもう