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第3話

Author: 塩せんべい
「さっさとこっちに来て梨乃に謝れ!

お前のせいで梨乃は人生めちゃくちゃなのに、自分だけのうのうと幸せな家庭に収まってやがるのか?

これから梨乃はどうやって生きていけばいいんだ!」

兄が大股で迫ってくる。

私は恐怖で瞳孔が収縮するが、逃げ場などどこにもない。

彼は私の腕を掴むと、乱暴にベッドから引きずり下ろした。

全身が悲鳴を上げている。

「兄さん、離して、痛いよ……」

涙が勝手に溢れ出した。

「兄さんと呼ぶな。お前のような妹を持った覚えはない。梨乃が俺の妹だったらどれほどよかったか」

悟の手の力が強まる。手首の骨が砕けそうだ。

彼は私を梨乃の前まで引きずっていくと、髪を鷲掴みにし、そのまま私の顔を床に押し付けた。

「土下座が好きだったろ?情けない奴だ。なら、梨乃に向かってきっちり九十九回、ゴツンと音が鳴るほど強く頭を打ち付けて詫びろ」

兄の口調はあまりに軽く、まるで些細な雑用でも命じるかのようだった。

息子の蓮が梨乃に寄り添い、真っ赤な目で私を睨む。

「梨乃さん、悲しまないで。僕が梨乃さんの息子になるから。あんなママ、僕もいらないの!

僕がママの代わりに、梨乃さんを幸せにするよ」

蓮は必死に顔を上げ、梨乃に媚びるような表情を向けていた。

私は自嘲気味に笑うしかなかった。これが、私の家族なのか。

「そう、なら彼女を家族にすればいい。私たちはもう赤の他人よ」

和也と離婚したい。もう二度と、彼らとは関わりたくない。

けれど、私にまだその時間は残されているのだろうか……

「まだ反省しないのか!この恥さらしが!どこまで悪事を働けば気が済むんだ!」

兄の蹴りが脇腹に突き刺さる。

激痛に息を呑み、激しく咳き込むと、口の中に血の味が広がった。

「被害者ぶって逃げられると思うなよ。早く叩け」

悟は私の異変に気づかない。

彼は私を死に物狂いで押さえつけ、床にねじ伏せる。

「いい子にしてろ。謝れば、何もなかったことにしてやる」

本当に?

私は彼の手を振り払い、まるで感情を失くした機械のように、ゴン、ゴンと額を床に打ち付けた。

悟の声が耳元で響く。「二十三、二十四……」

昔のことをふと思い出した。

「詩音、兄さん金これだけしかないけど、全部お前にやるよ」

「お前ら、俺の妹をいじめるな。指一本でも触れてみろ、俺が相手になってやる」

「詩音、両親も早くに逝っちまったけど、俺が親父の代わりだ。俺が絶対にお前を守ってやるからな」

意識は遠のいていくのに、脳裏に浮かぶ悟の姿は鮮明になるばかりだ。

小さな体で、迷うことなく私の前に立ちはだかった彼。チンピラに殴られて肋骨を折ったのに、私を笑わせようと冗談を言っていた彼。

いつからだろう。私を見る彼の瞳から、温もりが消えてしまったのは。

梨乃が私の目の前で階段から落ち、振り返りざまに「詩音を責めないで」と言ったあの時からか。

それとも、私が作ったお菓子を食べて彼女が入院し、「悟さんがいてくれたら、いじめられなかったのに」と泣いた時からか。

ああ、もう……思考が、続かない。

寒い……体の震えが止まらない。

「うわ、なんであんなに血が出てるの?怖いよぉ」

蓮の幼い声が耳に届く。そこでようやく気づいた。私の体から流れ出たものが、床一面を赤黒い海に変えていることに。

悟は動じない。冷酷に数を数え続けている。

ふと、懐かしい香りが鼻を掠めた。私は縋るように、目の前のズボンの裾を掴む。

力を振り絞って顔を上げ、その姿を捉えた。

「和也、助けて……」

彼は一瞬、呆然と私を見つめていた。

「詩音!しっかりしろ、今医者を呼ぶ!」

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