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第5話

Author: 栄子
小島紬は、ハイブランドの仕立ての良いパンツスーツに身を包んでいた。細身のスタイルに、アッシュブラウンの長い巻き髪を揺らし、ピンヒールを鳴らして悠然と歩いてくる。斜め後ろを歩く若い女性アシスタントに軽く首を傾けて何かを指示するその姿は、いかにも「やり手の女性経営者」といった風格を漂わせていた。

確かに今の紬には、男を惹きつけるだけの十分な洗練と魅力が備わっている。

指示を終えて前を向いた瞬間、紬の視線が大門の前に立つ咲良と不意に合った。

ピタリと足が止まり、彼女の眉間に微かにシワが寄る。

まさか咲良が直接会社に乗り込んでくるとは思わなかったのだろう。いや、これほど早く行動を起こすとは予想していなかったのかもしれない。

だが、紬はすぐに冷静さを取り戻した。

この五年間、咲良は子供を失った悲しみで完全に廃人となり、会社の経営など一切放置してきたのだ。『S&Kジュエリー』に、もはや結城咲良の居場所などない。

そう高を括り、紬は優雅な足取りで大門へと歩み寄った。

二人の警備員は紬の姿を認めるなり、露骨なまでに媚びへつらう笑みを浮かべ、深く頭を下げた。

「小島副社長! お疲れ様です!」

紬は警備員たちを一瞥した。

「どうしたの?」

一人の警備員が、手を揉みながら言い訳をする。

「それが、こちらの女性が社内に入りたいと仰るのですが、どう見ても部外者なので、現在身元を確認しておりまして!」

それを聞いた紬は、自らは直接言葉を発することなく、横に控えるアシスタントの小林にチラリと視線を送った。

小林は紬の腹心であり、その一瞥だけで主の意図を完璧に察した。

「そこのあなた、どう見ても業界関係者には見えないんだけど?」

小林は一歩前に出ると、痩せこけて顔色の悪い咲良を上から下まで見下し、あからさまな嘲笑を浮かべた。

「おばさん、ここは国内でもトップクラスのジュエリーブランドの本社よ。スーパーの特売会場と間違えてない?」

咲良は冷ややかな目で小林を見据えた。

――紬は、こんな下っ端の三文芝居で私の心を折ることができるとでも思っているのか?

咲良は小林の挑発など完全に無視し、真っ直ぐに紬を見据えて、ふっと冷笑を漏らした。

「小島紬。飼い犬に手を噛まれるのは心外だけれど、飼い主を噛んだ犬には、それ相応の痛い躾が必要みたいね」

紬の顔色が一瞬、サッと強張った。

その時、本社のエントランス前に二台の高級黒塗りセダンが滑り込んできた。

車が停まり、中から降りてきたのは、この会社の残りの株式を保有する三名の役員・株主たちだった。

彼らの顔を見た瞬間、紬の顔からスッと血の気が引いた。

徐々に青ざめていく紬の顔を眺めながら、咲良は氷のように静かな声で言い放った。

「私は当社の筆頭株主、および創業者の権限を行使し、これより臨時株主総会を開催する。小島紬、これはあなたのための会議よ」

言い終わるや否や、咲良は呆然とする紬や小林を置き去りにし、合流した三名の株主を引き連れて、迷うことなく社長専用エレベーターへと乗り込んでいった。

二人の警備員は完全にぽかんと口を開けている。

紬の背後にいた取り巻きたちも事態が飲み込めず、すがるような目で紬を見た。

紬はギリッと奥歯を噛み締め、冷たい笑みを浮かべた後、小林に小声で命じた。

「今すぐ韮沢特任補佐に電話して。『結城咲良が会社に怒鳴り込んできた』って伝えるのよ」

小林は慌てて頷いた。

「は、はい! すぐに!」

筆頭株主である咲良が他の三名の株主と結託すれば、紬を会社から追放することなど造作もないはずだった。

だが、咲良は圭吾の「紬への偏愛」を、まだ甘く見ていた。

会議室で突きつけられた事実。

圭吾は、自身の持ち株のうち『十パーセント』を、なんと小島紬に無償譲渡していたのだ!

譲渡されたのは五年前。

つまり紬は、ただの副社長ではなく正規の株主となり、この五年間、圭吾という絶対的な後ろ盾を利用して、咲良が手塩にかけて育てた優秀なデザイナーや社員たちを次々と会社から追い出していたのである。

咲良が血の滲むような思いで創り上げたジュエリーブランドは、今や完全に紬の「戦利品」と化していた。

株式譲渡契約書のコピーを握る咲良の指先が、白く変色する。

静まり返った会議室には、異様なまでの緊張感が漂っていた。駆けつけた三名の株主たちも、予想外の泥沼の権力闘争に巻き込まれ、互いの顔を見合わせて困惑している。

紬はゆっくりと立ち上がり、完全なる勝者の優越感を滲ませて咲良を見下ろした。

「咲良さん。圭吾さんが私に株を譲ったことで、あなたがお怒りの気持ちは分かります。でも、圭吾さんがそうしたのは、あなたが残していった古株の社員たちが、誰一人として私の指示に従おうとしなかったからです。圭吾さんは、私が理不尽な目に遭うのを心配して、私を守るために株をくださったんです」

紬はさらに、憐れむようなため息をついた。

「私が株を頂いたのは、あくまで会社をより良く管理するためです。この五年間、ご自宅で圭吾さんに養われ、何もせずに過ごしてきた咲良さんには、第一線で戦うキャリアウーマンの苦労なんて到底理解できないでしょうね。でも、あなたに私を解雇する権利はありませんし、圭吾さんだって、あなたがこんな風にワガママを言って会社をかき回すことを、絶対に許さないはずですよ?」

言葉の端々に、咲良への強烈な嘲笑と挑発が込められていた。

咲良は、氷点下の眼差しで紬をじっと見つめ返した。

少しの沈黙の後。彼女は手元の書類をテーブルに置き、静かに立ち上がって紬の目の前まで歩み寄った。

そして、すべての株主と役員が息を呑んで見守る中。

咲良は高く手を振り上げ、一切の躊躇なく、紬の頬を思い切り張り飛ばした。

――パーーンッ!!

乾いた、しかし重く鋭い破裂音が、広い会議室に響き渡った。

その場にいた全員の動きが停止した。

不意打ちを食らった紬は、赤く腫れ上がった頬を押さえ、憎悪に満ちた目で咲良を睨みつけた。だが、感情が爆発しかけた次の瞬間には我に返り、痛ましげに眉をひそめると、大粒の涙をポロポロとこぼし始めた。

「咲良さん……私に手を挙げることであなたの気が済むなら、甘んじて受け入れます。でも、ここは会社です。株主の皆様の前でこんな問題を起こしたことを圭吾さんに知られたら、またあなたに失望して怒ってしまいますよ……」

「小島紬」

咲良は紬の安っぽい芝居を冷たく遮った。

「自分が愛人だと知りながら他人の家庭を壊す行為は、立派な不法行為よ。圭吾が庇ってくれるからといって、私が何もできないとでも思っているの?」

紬の顔から血の気が引き、怨念のこもった目で咲良を睨み返した。

その時、急報を受けて会議室に駆けつけていた圭吾の特別補佐・韮沢が、複雑な表情で間に割って入った。

「奥様、どうか落ち着いてください。この件に関しては、社長にもお考えが……」

「圭吾に伝えなさい。彼が勝手にくれてやった株は、そっくりそのまま返させると」

咲良は韮沢を振り返り、一切の妥協を許さない強硬な態度で言い放った。

「もし彼がこのまま紬を庇い立てするつもりなら、刺し違えてでも、二人を社会的に抹殺してやる。そう伝えなさい」

韮沢は息を呑み、何かを言いかけたが、咲良はそれ以上彼に弁明の機会を与えなかった。そのまま身を翻し、真っ直ぐに会議室を後にする。

かくして、臨時株主総会は嵐のように始まり、嵐のように幕を閉じた。

会社に残された韮沢は、慌てて圭吾に電話を入れた。

「社長……奥様が株式譲渡の件をお知りになり、大変ご立腹です。……はい。小島様が、奥様に平手打ちを……私が間に入ってご説明しようとしたのですが、奥様は聞く耳を持たれず、そのまま帰られてしまい……」

会社を出た咲良は、どこへも寄らずに自宅へ戻った。

自室に入るなり、彼女はすぐにスマホを取り出し、昔馴染みの番号へ発信した。

「私よ。少し準備をしておいて。あなたに帰国して手伝ってほしいことがあるの……」

やがて夜の帳が下り、家政婦の麗さんが夕食の支度ができたと呼びにきた。

咲良が階段を降りてダイニングへ向かうと、そこには見慣れた男の姿があった。

圭吾が、ダイニングテーブルの上座に座っていたのだ。

彼は黒いシャツを纏い、袖口をまくって引き締まった白い前腕を覗かせている。片手に椀を持ち、もう片方の手でスプーンを取り、白身魚の栄養スープをゆっくりと、実に優雅な仕草でよそっていた。

頭上のクリスタルシャンデリアが放つ温かいオレンジ色の光が、彫刻のように端正な彼の顔立ちを照らし出している。

五年という月日は、この男から何も奪わなかった。むしろ、その眉宇に底知れない深みと色気を加えただけだ。

足音に気づいた圭吾が顔を上げた。

漆黒の瞳が咲良を捉える。その声は低く、そして限りなく穏やかだった。

「麗さんが、お前の好きな白身魚のスープを煮込んでくれたそうだ。温かいうちに飲みなさい」

咲良の足がピタリと止まった。

そのあまりにも悪びれない態度に、咲良は怒りを通り越して、思わず乾いた笑いが込み上げてきた。

「圭吾。あなたは今でも私たちが穏やかにテーブルを囲んで食事ができる状況だと思ってるの?」

圭吾はよそったスープの椀を咲良の席の前に置き、おしぼりでゆっくりと指先を拭いた。

そして、ゆっくりと伏せていた長い睫毛を上げ、再び静かに咲良へ視線を向ける。その態度は、どこまでも余裕に満ちていた。

「咲良。まずは食事を摂りなさい。話は、食べ終わってからゆっくり聞こう」
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