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心に残る人を選んだ夫の、その後
心に残る人を選んだ夫の、その後
Penulis: 洛音

第1話

Penulis: 洛音
離婚が決まったその日、私は結婚したときに着ていた服だけを身につけたまま、家を出た。

住むところも、車も、貯金も、子どもたちも。全部、高遠慎也(たかとお しんや)に任せて。

慎也は意外そうに私を見て、鼻で小さく笑った。

「本気か?三人とも、お前が育ててきた娘だろ。それも置いていくって?

本当に何もいらないなら、養育費も請求しない。それでいいんだな」

私は迷うことなく離婚協議書に署名し、静かに答えた。

「ええ。それで構わないわ」

慎也はしばらく黙ったまま書類を見つめていたが、やがてゆっくりと名前を書いた。

「……もし後悔したら、もど――」

私は軽く手を振って、その先を言わせなかった。そして振り返ることなく、逃げるように家を飛び出した。

すると珍しく、慎也が後を追ってきた。

「そんなに急いでどうする。外は冷えるだろ。その格好じゃ、厚手のコートも着てないじゃないか」

そう言って、彼は手にしていた毛皮のコートを差し出してきた。けれど私は、首を横に振る。

「あなたのお金で買ったものだから。受け取らない」

慎也は数秒、言葉を失ったように立ち尽くし、その目に苛立ちと、ほんのわずかな痛みを浮かべた。

いつもなら、もうとっくに不機嫌になって怒鳴っている。でも今回は、珍しく声を落とした。

「さっきの話、まだ終わってない……もし後悔したら、戻って来い」

そう言うと彼は、私の手にひんやりとした平たい金属を押し込んできた。

「お前の願いコインだ」

わざと私の手のひらをつまみ、すべてがまだ自分の掌の上にあるとでも言いたげな態度だった。

私は、何年も目にすることのなかった願いコインを強く握りしめ、胸の奥に複雑な感情が渦巻くのを感じた。

結婚したばかりの頃、慎也は特注の願いコインを百枚作り、私への「ご褒美」だと言っていた。

あの頃はまだ愛情も深く、私は毎月一枚ずつコインを受け取り、そのたびに一つ願いを叶えてもらっていた。

けれど、いつからか――どれほど甘えても、機嫌を取っても、二度とコインをくれなくなった。

ここ二年、私は以前と変わらないつもりで彼に尽くしてきた。

それでも、願いコインは一枚も手に入らなかった。

私は何度も頼み込んだ。願いコインで、たとえ一度だけでも、彼と触れ合いたかったから。

慎也はもう長い間、私を近づけようとしなかった。私たちの関係も、日を追うごとに冷え切っていった。

どれだけ努力しても、慎也は頑としてコインを渡さなかった。

それなのに離婚することになって、こんなにも簡単に一枚手に入るなんて。

……本当に、笑えない話だ。

家を出て間もなく、使用人たちのLINEグループが一気に騒がしくなった。

何人ものメンバーが、次々と私をメンションしてくる。

「奥さま、長女がお腹を痛がっています。お薬は何を飲ませればいいでしょうか?」

「奥さま、次女がピアノに水をこぼしてしまって。アフターサービスの連絡先は?」

「奥さま、三女は明日の早期教育クラス、行かせますか?」

「奥さま、旦那さまが外でお酒を飲まれています。二日酔い対策のスープは……」

……

私は小さくため息をつきながらも、一つひとつ丁寧に返事をした。

最後に、こう添えた。

「慎也さんとは、近いうちに離婚します。これからのことは、皆さんにお任せすることになります」

私は家で威張ることもなく、使用人たちとも普段から関係は悪くなかった。

すぐに、諭すような返事がいくつも届く。

「ちょっとした喧嘩でしょう。三人も可愛いお嬢さんがいるのに、離婚だなんて」

「前みたいに慎也さんに甘えて、少し折れれば大丈夫ですよ。今までも、そうやって乗り越えてきたじゃありませんか」

皆、今回もこれまでと同じだと思っていた。私が頭を下げて妥協すれば、また元に戻るのだと。

けれど今回は、本当に違った。

ふと気づいたのだ。もう、これ以上愛し続ける理由がないのだと。

「今回は本当です。これからは、三人の子どもたちのことを、どうかよろしくお願いします」

グループは静まり返った。

しばらくしてから、ようやく一人が言葉を送ってきた。

「奥さま……私たちは、ずっとお二人を見てきました。あんなに仲が良かったのに、どうしてここまで来てしまったんですか?」

私は、苦く笑う。

もう、この結婚には――引き返せる余地が、残っていなかった。

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