「心音……パパが遅くなって、本当にごめん……パパは五年間ずっとお前たちを探していたんだ。ようやく会えたのに、ここまでかかってしまったのは全部パパのせいだ……」私はそばで口を押さえ、涙にくれて声も出せなかった。――私の娘に、ようやく父親が戻ってきたのだ。心音の小さな顔には、驚き、喜び、そして強い寂しさと悔しさが次々と浮かび、最後には唇を震わせて声を上げて泣き出した。二人の教師は先ほどまでの傲慢な態度を消し去り、怯えた顔で警察官に縋った。だが警察官たちは一切取り合わず、彼らを再び牢に押し込んだ。晴嵐の決断は稲妻のように速かった。その日のうちに父親として二人を告訴し、間髪入れず訴訟へと踏み切ったのだ。弁護士チームの調査もまた迅速だった。二人が繰り返してきた虐待の前科を一つひとつ暴き出し、揺るぎない証拠として提出したのだ。その衝撃は瞬く間に広がり、社会全体を巻き込む大騒動へと発展していった。「うちの娘も山本先生に殴られていました。『口外すれば暗い部屋に閉じ込める』と脅されていたんです」「娘は毎日泣きながら登園を嫌がっていたのに、私は無理やり通わせて……」ある母親が泣きながら訴えた動画は、弁護士の主張を裏づけ、さらに多くの被害者が勇気を持って声を上げ始めた。幼稚園の不正は次々と暴かれ、園長まで捜査対象となった。園は閉鎖され、山本と佐々木はまさに世間の敵と化し、石を投げられる存在となった。――やはり、晴嵐の言った「牢屋に入れるだけじゃ足りない」という言葉は正しかった。埋葬の日、晴嵐は心音の手を強く握り、私の墓碑の前に長い間立ち尽くしていた。その姿を、私は亡霊のように撫で、そして娘の頬に最後の口づけを残した瞬間――完全に溶けて消えていった。次に目を開けたとき、けたたましい五時の目覚ましが鳴り響き、夢は無残に破れた。隣には、まだ幼い娘が安らかに眠っている。私ははっとした。――自分が死んだ、あの日に戻っている。すぐに会社へ休暇を願い出て、一日だけ娘と過ごす時間を作った。すべてのアラームを切り、心音を抱きしめながら安心して二度寝する。午後、私は幼稚園の門に立ち、娘を迎えに行った。彼女の体を入念に調べ、過去のような痣がどこにもないことを確認して胸を撫で下ろした。そのとき、晴嵐が現れた。充血
娘の耳を必死に塞ぎながら、私の目は煮えくり返る怒りで燃え上がり、まるで二人の骨を引き裂いてしまわんばかりだった。周囲の誰もが二人の教師に怒りで震え、晴嵐でさえ例外ではなかった。男は歯を食いしばり、今にも飛びかかりそうだったが、娘の恐怖に満ちた視線を受けると、反射的に彼女の手を取って自分の後ろへ引き寄せた。「今日ここで言ったことを忘れるんじゃないぞ――これから先の一日一日、必ず代償を払わせるからな!牢屋に入れるだけじゃ足りないぞ!」佐々木は冷笑を浮かべ、得意げに言い放った。「お前は金持ちだからって偉そうにしてるのか?最初からお前が俺たちを陥れようと狙ってると思ってたぜ!だからお前が俺を殴ったとき、録音してスマホで送っておいたんだ!もし俺たちに何かあったら、真っ先に疑われるのはお前だ!」山本も頷いた。「我々はただの一般人だが、繋がりは持っている。もしこの件が学校のグループラインにでも流れたら、この幼稚園だけじゃなく、小学校も含めてどこもこの子を受け入れなくなるだろう」晴嵐は怒りで額の血管がぴくりと立ち、心音の手をぎゅっと強く握り締めた。もしこの件が公になれば、彼が苦労して築いてきた相良グループがどれほどの世間の攻撃に晒されるか――それを思うと恐ろしかった。しかし彼がもっと恐れているのは、もし心音がネット上で誹謗中傷を受けたとき、幼い心に一生消えない傷が残ることだった。佐々木が晴嵐の忍耐に付け入り、さらに煽る。「警察の方々、あなたたちは私が心音にそんなことをするって疑っているが、なんで彼のことを疑わないんだ?金持ちの中には特殊な嗜好を持つ者もいる。小さな女の子を可愛がるのが好きなやつもいるって聞くぞ……」警察官は一瞬言葉を詰まらせ、晴嵐をちらりと警戒の目で見た。母親が亡くなって間もなく、彼が真っ先に養子を望んだことは、確かに疑念を招きかねない。空気は不穏に張り詰めた。心音はそっと晴嵐の手を離す。「おじさん、ごめんなさい。わたし、一緒に行けない」晴嵐の目に痛みが走る。「心音――」俺は以前、お前の母さんに一度捨てられたんだ。それなのに、今度はお前まで俺を拒むのか?――と、彼は胸の内で叫んだ。娘は晴嵐を見つめ、彼の顔と引き出しの中の写真がゆっくりと重なっていくのを感じているようだ
「お願い、みんな、ママを探しに行ってくれない?ママはどこにいるの?どうしてまだ迎えに来ないの?ママに会いたい……」男性警察官は一度深呼吸をしてから、なるべく穏やかに言った。「心音、ママは今、とても疲れていてね、とても遠くへ行って、長いお休みを取らなければならないんだ。君が十八歳になるまでには、きっと帰って来るよ」娘は呆然とし、鼻に震えを帯びて言った。「そんなの……ありえない。ママは私のことをすごく愛してる……置いて行ったりしない……しないよ……ママは絶対にしないよ……」晴嵐は心音をぎゅっと抱き寄せ、背中を何度もさすった。「心音、怖がらなくていい。おじさんがここにいるから」彼からは温かいぬくもりが伝わり、少しずつ心音の震えは収まっていった。私はただ傍らで、嗚咽を漏らすしかなかった。――晴嵐、お願いだ。私たちの子を助けてくれ。――せめて……施設で一人で育てさせないで。心音は晴嵐の腕の中で長い間泣き続け、夜が明ける頃、疲れ果ててようやく眠りに落ちた。晴嵐は眠る彼女をいっそう強く抱きしめ、そっと立ち上がって警察官の側へ歩み寄り、小声で切り出した。「もし私がこの子を養子にしたいと言ったら、できますか?」児童福祉施設への入所は比較的容易だが、養子縁組は多くの手続きが必要だ。心音が何度も訴えたため、養子手続きが完了するまでの間は、一時的に自宅に戻しておくことが認められることになった。廊下の突き当たりで、二人の教師が警察官を相手に声を荒げていた。「私たちは無実だ!あの子が嘘をついているんだ!」山本が先に心音を見つけ、指を刺して怨嗟を込めて言う。「その子の母親は場末であんな仕事をしているんだ。そんな親に育てられた子に、まともなものがあるわけない!」佐々木も負けじと言い募る。「そうだ、だってあの子は俺の胸に飛び込んできて、泣きながらスカートを脱ごうとしたんだ。誘惑してきたんじゃないか!驚いて服を整えようとしたら、みなさんが来たんです――俺は無実です!」心音は二人の非難が続くのを聞きながら、ただ無力に立ち尽くす。「違う、私じゃない、ほんとうに違うの」堪えかねた男性警察官が蹴りを入れ、佐々木はその場にひざまずいた。「いい加減にしろ。お前らをずっと我慢してきたんだ!警察が暴
「パパ……おじさん、心配しないで……わたし、痛くないから……」私は娘の傷を見て胸が張り裂けそうだった。心音は本来、痛がることを一番嫌う子だ。「よしよし」しようとした私より先に、晴嵐がそっと身を乗り出し、心音の手首に向かって優しく息を吹きかけた。自分のしたことに気づいたのか、彼の表情には少し戸惑いと苛立ちが混じる。心音は彼の袖をつかんで訪ねる。「おじさん、私のママはどこに行ったの?まだ迎えに来ないの?」晴嵐は沈黙した。本来なら他人には無関心でいられる男だ。だが、心音のわずかな仕草ひとつが、どうしようもなく胸の奥をかき乱す。心音は他人の子――そのはずなのに、私に驚くほど似た顔を見てしまえば、どうしても目を逸らすことができない。五年ものあいだ憎しみに縛られてきたというのに、私の死を知った瞬間、彼の思考は空白に塗りつぶされた。そして無意識に、ずっと彼を苛んできた疑問を口にしていた。「どうしてパパには連絡しないんだ?」心音は眉を寄せ、首を小さく振る。「会ったことないの。生まれてから一度も会ったことがないの」「えっ?」と晴嵐。心音の落ち込んだ小さな顔を見て、ますます胸が痛む。「でもママが言ってた。私のパパはすごい人だって。いい人なんだって。いっぱいお金を貯めたら、私たちを迎えに来てくれるんだって」晴嵐は眉をきつく寄せ、小声で呟いた。「そんなクズ男、夢を描かせて逃げたんだな。見つけたらとことん殴ってやる……」私は思わず白目を向いた。――口は慎めよ。言うなら本当にやる覚悟を見せてくれ。ほどなく警察官が取調室の扉から出てきて、顔色を曇らせた。「二人は一貫して『しつけのため』だと言っています。しかも校内の防犯カメラが突然故障していて、証拠の収集が難しいです」晴嵐の顔は曇り、彼は携帯を取り出して電話をかけた。「最高の弁護士チームを探してくれ。金は問わない。勝てればいい」電話を切り、晴嵐は心音を見下ろして静かに言った。「この子の父に連絡を取ってくれ、お願いします……」警察官は首を振る。「既に調べました。瀬川南楓さんは婚姻届を出していません。父親の欄は空白です」その言葉が晴嵐の脳裏で轟音のように響き、何かの真実がうっすらと浮かび上がるような気配がした。まさか――しかし、山本
彼女はいまや全身が泥にまみれ、まるで壊れた布の人形のように力なく女性警察官の腕に抱かれていた。自分の娘ではないとしても、その子の身に起こったことを思えば、胸がひどく痛んで仕方がない。そのとき、山本が叫び声をあげながら佐々木の前へと飛び出してきた。「あなたたち、どういう権利で人を殴っているの!」山本の声を聞いた瞬間、心音は反射的に女性警察官の腕の中へと身を縮めた。小さな手で警察官の袖を強く掴み、その拍子に細い手首に残された痕があらわになる。「心音、教えてくれる?その体の傷はどうしてできたの?」女性警察官が優しく問いかけると、山本は心音に一瞥をくれただけで視線を逸らした。心音は深くうつむき、唇をきつく噛みしめながら、ぽたぽたと涙を落とし続けた。晴嵐が身をかがめ、女の子の頭をやさしく撫でる。「心音、怖がらなくていい。俺はお前のお母さんの……友人なんだ。もしママに心配をかけたくなかったら、おじさんにだけ教えてくれないか……?」心音は潤んだ大きな瞳を瞬かせ、晴嵐をちらりと見上げる。長い睫毛には透明な涙の粒が光っていた。「本当に……ママに言わない?」私の目からも思わず涙がこぼれる。こんなに健気な子が、この先、母親の庇護なしでどう生きていけるというのか。晴嵐が力強く頷くと、心音はようやく安堵したように息をつき、勇気を振り絞って口を開いた。「おじさん……山本先生が、私が男の人を誘惑してるって言ったの……でも、心音は悪い子じゃない。本当にそんなことしてない……」お願い、どうか山本先生に言って……もう殴らないでって……」そのひと言ごとに、周囲の大人たちの心は重く沈んでいった。話の最後には、山本の顔色は真っ青になっていた。「ち、違うわ!彼女が盗みをしたから、正しく指導しただけよ!そんなことは一言も言っていない!彼女の作り話よ!」だが、心音は大声で泣き出した。「違う、違うの……私、盗んでなんかない……ただゴミ箱の中に落ちていたクッキーを拾っただけ……でも、それで……山本先生に物入れに閉じ込められたの……だって……お腹がすいて……どうしようもなかったから……」晴嵐の眉間に怒りが走り、冷たい光を帯びた視線を二人の教師に突き刺した。「お前たちは教師を名乗る資格なんてない!」山本は必
人々は一斉に校内へ駆け込んだ。悲鳴がますますはっきりと聞こえ、晴嵐の胸はぎゅっと締めつけられた。馴染みのある声を聞いた刹那、男の心臓がつかまれたような痛みが走り、心の中でただ一つの祈りが繰り返された。「心音じゃないように……お願い、心音じゃないように……お願い、あの子じゃないで……」幼い子のかすれた泣き声と、得意げに笑う男の声が、誰もいない教室の廊下に何度も反響している。警察が扉を打ち破った瞬間、晴嵐の視界に飛び込んできた光景は、彼の血を一気に凍りつかせた。女の子がどれほど必死に拒み叫んでも、卑しい男は離すことなく、なおも強く抱え込んでいた。私は目に涙を浮かべ、狂ったように駆け寄ってその男に拳を振るった。――この野郎!畜生!幽霊になってもてめぇを許さないからな!晴嵐は必死に男を引き離し、抱かれている子の顔を見ると心臓が止まるかと思った。思い切り拳をふるって、佐々木の顔面を殴りつけた。「この畜生!」佐々木は一撃で倒れ、しがみついていた心音の手をようやく放した。女性警察官がその隙に心音を抱き上げ、安全な場所へと素早く退避させる。男の上に雨のように拳が落ち、佐々木は頭を抱えて声をあげ続けた。「助けてくれ!殺された!」晴嵐の目は血走り、振るう拳は全力だった。ほどなくして佐々木の顔は大きく腫れ上がった。殴られた男は警察の制服にちらりと視線をやり、もがきながら警察の方へ這っていこうとした。男の行為を見た男性警察官は容赦せず、跪いて彼を押さえつけ、息を詰まらせた。続いて手錠を取り出し、ためらいなく両手を拘束した。「制服がなければ、今すぐお前を殴り殺していたところだ!」と、男性警察官は吐き捨てるように言った。女性警察官は心音の怪我を慎重に診て、痛々しげに顔を歪めた。「このとんでもない奴め!こんな小さな子に手を出すなんて……!」佐々木は目を泳がせ、被害者ぶって叫んだ。「冤罪だ!放課後になっても帰らないから、ひとりで泣いているのを見かけて慰めようとしただけなんだ!。信じないなら彼女に聞け!」皆の怒りに燃える顔に、ほんの一瞬だけ疑念の影が差し、視線は一斉に心音へと注がれた。佐々木はそこへ付け入るように、凶悪な脅しの表情を作る。心音の体が震え、口を開こうとしてまた躊躇した。私は取り乱しながら