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第6話

Author: こざかな
そんな折、宴の主催者からある余興が提案された。

恋人同士がステージでピアノを合奏し、最も優れた演奏を披露した者に、景品として稀少なジュエリーが贈られるという。

「あのジュエリー、本当に素敵……」彩葉の瞳が輝き、碧斗の袖を引いて甘えるようにねだった。「ねえ碧斗、もうすぐ私の誕生日でしょう?お祝いに、あなたと花音さんで、私のためにあのジュエリーを勝ち取ってくれないかしら?」

周囲の令嬢たちが、追い打ちをかけるように笑い声を上げた。「彩葉、それは無茶よ。外国語さえ覚束ない彼女に、上流階級の嗜みであるピアノなんて弾けるはずがないもの」

「いっそのこと、彩葉と碧斗さんで演奏なさったらどうかしら?」ある人がこう提案した。

彩葉は困ったように碧斗の顔を覗き込んだ。「……碧斗、いいかしら?」

碧斗は淡々と頷いた。「いいだろう」

「それじゃあ、碧斗を少しの間だけお借りするわね」彩葉は勝ち誇ったように花音を一瞥すると、碧斗と共にステージへと上がった。

旋律が流れ出した瞬間、会場は静寂に包まれた。

彩葉の指先が鍵盤の上を軽やかに跳ね、碧斗がそれに完璧な呼吸で合わせていく。その姿は、誰もが認めざるを得ないほど完璧な似合いの二人だった。

会場が感嘆に包まれる中、独りステージの下に取り残された花音は、彩葉の友人たちに幾重にも取り囲まれていた。

「見た?花音さん。あれが本当のパートナーというものよ。

外国語も満足に話せず、ピアノの旋律一つ奏でられないような育ちの悪い小娘が、高橋家の御曹司に相応しいとでも思っているの?少しでも弁えがあるなら、さっさと自分から消えなさいな。

以前は西側のスラムのような掃き溜めに住んでいたんだってね。あんな場所に人が住めるなんて驚きだわ。道理で、いくら着飾っても貧乏臭さが消えないわけね。

貧乏女が玉の輿にでも乗って、人生一発逆転でも狙ってるつもり?惨めなだけだから、これ以上恥をさらすのはやめなさいよ」

卑俗な嘲笑が、逃げ場のない矢となって花音の耳を貫く。

花音は裾を握りしめ、その場を離れようと背を向けた。だがその瞬間、誰かがわざと出した足に引っかかり、彼女は無様に床へと倒れ込んだ。

鈍い衝撃と共に、鋭い激痛が体中を駆け巡る。

痛みに呻き、息を整える暇もなかった。鮮やかな真紅のヒールが花音の手首を、無慈悲に踏み抜いた。

「あら、ごめんなさい。そこにいたなんて、全然気づかなかったわ」

踏みつけた令嬢はわざとらしく声を上げたが、その瞳には冷酷な愉悦が宿っていた。彼女は花音の指先をぐりぐりと、悪意を込めて執拗に踏みにじる。

パキッ、と乾いた音が響いた。

視界が真っ白に染まるほどの激痛。花音は悲鳴を上げようと口を開いたが、喉が引き攣れて声にならない。ただ縋るような思いで、ピアノの前に座る碧斗へと視線を向けた。

碧斗の視線が、一瞬だけこちらを捉えた。たしかに、彼は花音を見た。

だが、彼はまるで道端に転がる石ころでも見るかのように、冷淡に、何事もなかったかのように視線を逸らした。そのまま、隣で演奏する彩葉のために、指先一つ乱さず優雅に譜面をめくってみせたのだ。

花音は唇を血が滲むほど強く噛みしめ、溢れ出そうになる涙と呻きを必死に飲み込んだ。

脳裏に、三年前の光景が蘇る。スーパーのアルバイト中に少し指を切っただけで、彼は血相を変えて仕事を放り出し、彼女を無理やり病院へ連れて行った。

「これくらいの小傷なら、特に処置は必要ありませんよ。放っておいても自然に治ります」医師からそう告げられても、当時の碧斗は頑ななまでに一晩中、花音の傍を離れようとはしなかった。

万が一にも化膿して熱でも出たらどうするんだと、まるで自分の身が削られるような思いで、彼女をじっと見守り続けてくれた。

なのに、今。手首を無残に踏み砕かれているというのに、今の彼は一瞥を向けることさえ惜しんでいる。

碧斗と彩葉は見つめ合い、穏やかに微笑みを交わした。その姿はまるでお伽話から抜け出してきた王子と姫君のように、非の打ち所がないほど眩かった。

「っ、ああ……!」

鋭利なヒールが再び、容赦なく振り下ろされる。全体重をかけて抉るように踏みしめられ、花音は自分の手首の骨が、嫌な音を立てて砕け散るのをはっきりと聞いた。

激痛が、一瞬にして全身の神経を食い破る。あまりの苦痛に視界はぐにゃりと歪み、周囲の景色がどろどろと溶け出していく。

意識が深い闇へと沈んでいく間際、彼女の耳に届いたのは、美しく結ばれた連弾の終止符と、会場を揺るがすほどの万雷の拍手だった。

……

意識を取り戻した時、鼻を突いたのは消毒液の匂いだった。

医師が碧斗に、深刻な表情で告げている。

「高橋さん、浅見さんの手首は粉砕骨折しており。完治しても一生、後遺症が残るでしょう。もう二度と重いものを持つことはできませんし、この一ヶ月は夜も眠れぬほどの激痛に苛まれるはずです。細心の注意を払って看病してください」

花音の顔から血の気が引いた。

震える手でサイドテーブルのコップを取ろうとしたが、手首を突き抜ける激痛に指先が跳ね、掴み損ねたコップをそのままなぎ倒してしまった。

ガシャンッ。

床に落ち、砕け散ったグラスの音が、病室の静寂を切り裂く。医師と碧斗が、弾かれたように同時にこちらを振り返った。

医師は重いため息をつき、病室を後にした。碧斗はベッドに歩み寄り、新しいコップに水を注ぎ、彼女の口元に差し出す。

碧斗はわずかに眉を寄せ、言い淀むように喉仏を上下させてから、ようやく口を開いた。「……すまない。あの時は演奏に集中していて、お前が転んだことに気づかなかったんだ。まだ痛むか?」

花音は彼の顔をじっと見つめた。脳裏に浮かぶのは、ピアノの前で彩葉を優しく見つめていた彼の横顔だ。

気づかなかったのではない。気づかぬふりをして、彼女を見捨てたのだ。

花音はゆっくりと瞳を閉じ、胸を抉るような痛みを飲み込んで、一文字ずつ静かに告げた。「警察を呼ぶわ」

碧斗は絶句した。「……何だって?」

「先生の話、聞こえなかったの?」花音はギプスで固められた腕を上げ、滲みそうになる涙を堪えて、鋭い眼差しで彼を射抜いた。「私の腕は、もう元には戻らない。あんな仕打ちをした人たちに、相応の報いを受けてもらうのは当然でしょう?」

碧斗の表情に、困惑と苦渋が混じる。「ただ重いものが持てなくなるだけだろう。以前とは違うんだ、俺がいる以上、お前が重い物を持つ必要なんてない」

彼は一度言葉を切り、諭すように続けた。「あいつらはみんな彩葉の友人なんだ。警察沙汰にでもなれば、彼女の顔に泥を塗ることになる。……たかがそれだけのことで、波風を立てるつもりか?」
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