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50話

Author: 東雲桃矢
last update publish date: 2026-04-11 13:07:19

「まだ1時間以上あります。しっかり掃除してくださいね。他の使用人達も、別の場所を掃除しているんですから」

 ふさはそう言うが、食堂からは楽しそうな笑い声がする。

(見え透いた嘘を……)

 食堂に乗り込んで、彼らを叱ってもよかったが、人間とは不思議なもので、1度掃除を始めると、綺麗になるまで掃除し続けたくなる。

 そのふたつは天秤にかけるまでもなく、うたは掃除を選び、水を取り替えに行く。ついでに塵芥箱(今で言うゴミ箱)も書物庫に持っていくと、ボロボロの布切れを押し込んだ。

「やっぱり、少しでも埃を取り除いたほうがいいよね……」

 二度手間になるのを承知で、掃き掃除をしていると、壁際に紐が上からぶら下がっているのを見つけた。紐は上の小窓に繋がっており、紐を引くと木製の小窓が開いた。壁のフックに紐を固定すると、夜風が淀んだ空気を追い出し、新鮮な空気を少しずつ送り込んでくれる。

「これで掃除しやすいかな」

 掃除をしていた地点に戻り、椅子に登って見渡すと、奥の本棚の上に何か乗っているを見つけた。遠くてここからはよく分からない。

「なんだろ、あれ」

 好奇心のままに何かが乗っていた本棚の前に椅
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     引越し作業を始めて半年が過ぎた頃、文彦は全員に荷物をまとめるように指示をした。「いよいよ引っ越しね」「あぁ、ようやくこの忌々しい屋敷とさよならだ」 この頃になるとふたりとも敬語が抜け、以前より夫婦らしくなってきた。「うた、あなたの荷物は小生がやるから、あなたはゆっくりしてて」「そんな、悪いよ。皆頑張ってるのに」「あなたひとりの躯じゃないんだから、無理をしないでほしいんだ。もう少ししたら、ちえがお菓子を持って来るから、一緒にお茶をしてるといい」 文彦の柔らかな視線は、うたの膨らんだおなかに向いた。うたのお腹には、新しい命が宿っている。妊娠が発覚してから、文彦はうた以上に彼女を身長に扱い、はる達からは「過保護すぎる」と笑われるほどだ。「ふふ、お言葉に甘えようかな」「あぁ、そうしてくれると助かる」 文彦はうたを応接室にエスコートすると、温かい飲み物を持っていくよう、はるに頼んだ。「姉様、お待たせ」 しばらくしてちえが、うたの大好物であるすあまを持って遊びに来てくれた。彼女は少し早めの花嫁修業として、時々屋敷に来ては、うたやはる、はるの母親に家事を教わっている。引っ越したら、毎日のように来る予定だ。「ありがとう、ちえ」「どういたしまして。お腹の子、順調?」「うん。お医者様も、今のところ問題ないって」「そっか、よかった」「そういえば、ちえは新築見たの?」「近いから、外観だけは嫌でも見えるよ。素敵なお屋敷、とだけ言っておくね」 ちえはいたずらっぽく笑うと、大きな口を開けてすあまにかぶりつく。「もう、大きな口開けて……。はしたないじゃない」「普段はちゃんとしてるんだから、姉様の前でくらい、許してよ」「そういう気の緩みが、大事な場所でのミスを招くの。嫁ぎたいなら、今から練習しておきなさい。私よりもいい家に嫁ぐんでしょ?」「はーい……」 不満そうにちびちびすあまを食べる妹を微笑ましく見守ってる間、引っ越しは着々と進んでいく。 引っ越しが終わったのは6日後のこと。文彦のエスコートで馬車に乗り、他愛のない話をしながら新居へ向かう。「ここだよ。さぁ、手を掴んで」「ありがとう」 文彦の手を借りて馬車から降り、顔を上げる。「わぁ、素敵……!」 眼の前には程よい広さの庭園と、小さな洋館。以前住んでいた屋敷の半分ほどだろう。それでもと

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  • 怪人の花嫁   24話

    「やっぱり、いい人」 先程の会話を脳内で繰り返す。いつも無表情だから冷たい印象が拭えないが、常にうたを気遣ってくれる。最初はやっていく自信が皆無だったが、今ならなんとかやっていけそうな気がする。 ただ、問題は……。「あの使用人達、どうにかならないかしら」 いくらうたに悪口耐性があるとはいえ、聞いてて気分の良いものではない。それに、争い事は嫌いだ。このままだと、いつ使用人達と言い争いをするか、分かったものじゃない。「15円ももらってるなら、ちゃんと働けばいいのに」 実家にいた頃、うたの小遣いは庶民より少し多いくらいだった。父がケチだからそれしかもらえなかったのだが、おかげでまともな

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  • 怪人の花嫁   21話

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