ログイン娘・芹奈が7歳になった年、私、御堂志乃(みどう しの)はようやく思い知った。夫・御堂蓮司(みどう れんじ)は、私を一度も愛していなかった。 こんな結婚生活は、もう終わりにしよう。芹奈を連れ、二度と蓮司のもとへ戻らないと決めた。 ところが、これまで私と芹奈に見向きもしなかった蓮司が、突然取り乱した。何度も何度も謝り、芹奈が欲しがっていたものを次々と買ってきた。芹奈を喜ばせるため、真夏に着ぐるみ姿で踊ったことさえある。汗だくになったその姿に、私も芹奈もとうとうほだされ、これを最後にもう一度だけ信じることにした。 だが、その帰り道、私と芹奈は突然何者かに拉致された。 私は左耳を、芹奈は片脚を失った。 絶望の中、私たちを救い出したのは蓮司だった。 「一度は間違えた。もう二度と間違えない」 私も芹奈もその言葉を信じ、今度こそ家族3人でやり直せると思っていた。 ある日、芹奈と一緒に蓮司の会社を訪ねた。そこで偶然、蓮司と顧問弁護士・高瀬湊(たかせ みなと)が話しているのを聞いてしまった。 「御堂社長、白石美羽(しらいし みう)さんの息子を救うために、奥様とお嬢様の拉致を仕組み、お二人から移植に必要な部位まで摘出させたんですよ。この件が少しでも外に漏れたら、御堂グループは終わりです。本当に、そこまでする価値があったんですか?」 「ああ。美羽が喜ぶなら、何をしたって構わない」 「では、奥様とお嬢様はどうするんですか?」 蓮司は黙り込み、テーブルに置かれた家族3人の写真を手に取ると、複雑なまなざしを向けた。 「あの二人は、家族そろって暮らしたいだけだろう。それなら、これから一生かけて償う」 蓮司が心を入れ替えたというのは、すべて嘘だった。
もっと見る最後の拉致犯も体中を何度も刺され、血まみれで倒れた。蓮司もとうとう力尽きた。ほどなく警察が駆けつけた。調べの結果、3人の身元はすぐに判明し、事件の経緯も明らかになった。湊は少しでも刑が軽くなるよう、知っていることをすべて警察に話した。蓮司は退院後、そのまま逮捕され、拘置所へ送られた。重い刑は免れない状況だった。偽装死を依頼した業者からその話を聞いたとき、私はすぐには信じられなかった。これまでの蓮司なら、あそこまで誰かと争うことはなかった。人は変わるものなのかもしれない。拘置所に入ってから、蓮司はよほどこたえたのか、毎日のように自殺を図った。壁に頭を打ちつけたり、異物を飲み込んだりした。何度も死にかけたが、そのたびに医師に助けられた。やがてうつ状態に陥り、症状は日に日に悪化していった。……裁判の日、私は芹奈と手をつないで法廷に入った。私と芹奈の姿を見た蓮司は、その場で固まった。次の瞬間、床にひざまずき、泣きながら笑いだした。何度も自分の頬を叩き、真っ赤な目で私たちに許しを求めた。「志乃、すまなかった。全部、俺が悪かった。二人に本当にひどいことをした。もう一度だけ、やり直させてくれ。今度こそ二人を大切にする。お願いだ。許してくれ」一度、蓮司を許したときのことが、ふと脳裏によみがえった。あのときも、今と同じように床にひざまずき、泣きながら許しを求めていた。そのあとに起きたことを思い出すと、胸の奥から憎しみがこみ上げた。口を開こうとしたとき、芹奈が先に言った。「悪いことをしたら、ちゃんと罰を受けなきゃだめなんだよ。謝るだけで許されるなら、警察なんていらないもん」そう言うと、芹奈は私の手を握り、一度も振り返らずに法廷を出た。……湊の証言に加え、証拠もそろっていたため、審理は長引かなかった。蓮司には長期の実刑判決が言い渡された。事件の全貌が明らかになると、世間は騒然となった。御堂グループの株価はストップ安となり、会社は破産手続きに入った。美羽には国際手配がかけられた。1か月後、芹奈は義足を装着するための手術を受けた。幸い経過は順調で、やがて走れるまでに回復し、大好きなバレエの練習も再開した。退院して家に戻ったその日、差出人不明の小包が届いた。中には、1本の動画と数枚の写真が入っていた
美羽は怒りに任せ、手近にあった花瓶をつかむと、湊めがけて投げつけた。「冗談じゃないわ!法律を破ったのはあなたたちでしょう。どうして私まで責任を取らなきゃいけないの?勝手にやったのはそっちでしょう。私が無理やりやらせたとでも言うの?」蓮司は呆然と美羽を見つめた。このとき初めて、彼女の本性を思い知った。「美羽!」蓮司の怒声に我に返った美羽は、目に涙を浮かべ、その袖をつかんだ。「蓮司、さっきは取り乱してただけなの……刑務所になんて入りたくない……お願い、何とかして……」蓮司の表情は何度も変わり、最後には嫌悪もあらわに美羽の手を払いのけた。「美羽、助けてほしいなら、今すぐ俺の前から消えろ!」美羽はオフィスを追い出されたが、不安は消えなかった。蓮司が自分だけ助かるために、美羽と湊にすべての罪をかぶせるのではないか。先ほどの言葉を思い出すほど、不安が募った。その夜、長いあいだ考えた末、美羽は思い切って逃げることにした。遠くへ逃げ、海外まで行ってしまえば、警察だって自分を捕まえられない。二度とこの国へ戻れなくても、陽向と二人でやり直せばいい。その日のうちに、美羽は蓮司から受け取った金をすべて持ち、一番早い便で海外へ逃げた。……裁判が始まるのは、1週間後だ。私は芹奈と海外を旅しながら、国内の動きを追っていた。代理人を務める弁護士はとても頼りになった。資料をすべて確認すると、短いメッセージを一つだけ送ってきた。【問題ありません】その弁護士は、業者が私のために選び抜いた腕利きだった。専門知識も経験も申し分ない。そのうえ、ネット上には私たちを支持する声があふれていた。裁判が始まる前から、結果は見えていた。一方、蓮司は湊を通じ、再び拉致犯たちに連絡を取った。蓮司と湊は、拉致犯たちと街外れのカフェで落ち合った。顔を合わせるなり、蓮司は一枚の小切手を差し出した。「2億円ある。これを持って海外へ消えろ」男は小切手をひらつかせ、嘲るように笑った。「2億円ぽっちで俺たちを追い払う気か?御堂社長、これじゃ話にならねえ。3人で6億円だ。入金を確認したら、すぐに海外へ消えてやるよ」蓮司は眉をひそめた。「これは交渉じゃない。命令だ!お前たちが俺に条件を出せる立場か!」男は少しも動じなかった。
今日7回目の電話をかけると、聞き慣れた着信音が少しずつ近づいてきた。やがて姿を見せた蓮司は、苛立たしげに眉をひそめ、電話を切った。美羽は蓮司をちらりと見やり、気づかれないようあとをつけた。オフィスでは、湊が落ち着かない様子で歩き回っていた。その声には不安と苛立ちがにじんでいた。「この件を漏らしたのは、いったい誰なんですか?今、ネットでは、御堂社長が愛人のために奥様とお嬢様を死に追いやったと、大騒ぎになっています。当時の事件の詳しい経緯まで出回っているんですよ。危険すぎるからやめるべきだと、最初から言いましたよね。それなのに、御堂社長は隠し通せると言い張ったじゃないですか。これからどうするおつもりですか?」蓮司は深いため息をついた。「もう逃げるしかない。俺が渡した金を持って、できるだけ早く海外へ逃げろ。二度と戻ってくるな」湊は声を荒らげた。「御堂社長、私を馬鹿だとでも思っているんですか?今ここで逃げたら、私がやったと認めるようなものじゃないですか!まさか、罪を全部私と白石さんにかぶせて、ご自分だけ逃げ切るおつもりですか?」蓮司の目がすっと冷え、かすかな殺気がにじんだ。「高瀬、お前に罪をかぶせるつもりなら、こんな手間はかけない。これまでお前が関わった件を少し調べるだけで、いくらでも証拠は出てくる」湊は顔をこわばらせ、鋭い口調で問い詰めた。「今はマスコミもこの件に注目していて、私たちの説明を待っています。対応を誤れば、御堂社長も私も、あの子まで無事では済みませんよ!」ドアの外で聞いていた美羽は、とうとう耐えきれず、甲高い声を上げて中へ飛び込んだ。「今の話、どういうこと?どうして外に漏れたの?」美羽を見る蓮司の目には、隠しきれない嫌悪がにじんでいた。美羽が余計なことさえしなければ、自分は志乃と芹奈を傷つけることも、幸せな家庭を失うこともなかった。こんな女をそばに置いておけば、また何をしでかすか分からない。いっそ、志乃と芹奈のあとを追わせればいい。そう考えた瞬間、蓮司の声が冷えた。「誰がここへ来いと言った?」美羽は再び傷ついたような顔を作ったが、声には焦りが残っていた。「蓮司、どうしても連絡がつかなくて、会社まで来るしかなかったの……」蓮司は額を押さえた。「美羽、もう俺に付きまとうなっ
美羽はスマホを強く握りしめ、その目は憎しみに満ちていた。「絶対、あの女が何かしたのよ!そうじゃなきゃ、蓮司が私にあんな態度を取るはずない!でも、もうあの女も、あのガキも死んだ。これからは、あの二人のものは全部、私のものよ」……飛行機が着陸し、スマホの電源を入れると、すぐに1本の動画が届いた。偽装死を依頼した業者が撮影した蓮司の動画だった。動画の中で、蓮司は取り乱し、燃え盛る家へ飛び込もうとしていた。続く映像では、芹奈の部屋で泣き叫びながら、焼け焦げて顔も判別できない2体の遺体を抱きしめていた。そのまま遺体を手放そうとせず、救急隊員に、二人を病院へ運んで助けてくれと必死に懇願していた。私は口元をゆがめ、動画を削除した。自業自得だ。芹奈の脚を切らせたときは、顔色一つ変えなかったくせに、今さら泣きわめいたところで、誰が信じるというのか。何より、蓮司がカメラに向かって口にした謝罪の言葉を一つ思い返すだけでも、吐き気がした。現地での暮らしの準備を終えると、芹奈の手を握って病院へ入った。蓮司のしたことを知ってから、これまで頼ってきた病院はもう信じられなかった。念のため、現地でも有数の私立病院を予約し、芹奈に改めて詳しい検査を受けさせた。義足を装着するための手術も、そこで受けさせるつもりだった。長い検査が終わると、医師が結果を持ってきて、慎重な口調で説明を始めた。「御堂さん、検査の結果、お嬢さんの脚は、切断面がきれいに整えられていました。何者かが衝動的に切断したものとは考えにくく、外科手術による切断とみるのが自然です」覚悟はしていたが、事実を突きつけられた瞬間、膝から力が抜けて倒れそうになった。医師がすぐに私を支え、しばらく言いよどんだあと、続きを告げた。「当時の手術では、麻酔が使われなかった可能性があります。また、切断部周辺の神経損傷は、それほど深刻ではありません。義足を装着すれば、ほかのお子さんと変わらない生活を送れる見込みは十分にあります」麻酔も使わずに、どれほど痛かっただろう。あんな父親のせいで、芹奈の心はどれほど傷ついただろう。しばらく何も考えられず、ようやく医師に礼を言った。医師の姿が見えなくなると、もう立っていられず、壁に背を預けたまま崩れ落ちた。全部、私のせいだ。蓮司の愛なんて