Se connecter今思うと、普通に病んでたな。いや、今もか。父の海外赴任は驚いたけど、東京に行くことが決まった夜は眠れなかった。深白に会える。そのたったひとつの事実が、俺の全てを支配していた。記憶の中で止まった、世界で一番大切な存在。彼に会えることが最大の喜びで、……ほんのちょっと不安で。けど居ても立ってもいられず、彼に連絡した。彼は即座に空港まで迎えに行く、と返してくれた。俺のことをまだ覚えてくれていた。それだけでも目眩がするほど嬉しいのに、会いに来てくれる。夢でも見てるんだろうか。「もしもし」『あっ。もしもし。……今どこ?』空港の到着ロビーで、久しぶりに聞いた声。電話越しだからか、尚さら知らない人と話してるように感じる。でも、間違いなく深白だ。同じように耳にスマホを当てて佇んでいる姿を見たとき、息するのを忘れた。ああ。びっくりするぐらい大人になったけど……間違いなく、深白だ。『ひ、久しぶり。全然分からなかった』気まずそうに、少し照れくさそうに話す。見るからにガチガチだったけど、そのぶんこっちは冷静になれた。緊張はしてるけど、俺と会ったことを喜んでくれてる。俺もそう。昔のテンションなら、多分会った瞬間に思いきり抱き締めてた。でも大人になって、無駄に狡猾になって、感情を出せずにいる。深白の素直さが羨ましい。そして、愛おしい。でも苗字で呼ばれた時はちょっとムカッとした。というのは内緒だ。深白に触れていると、六年という月日は気が遠くなるほど長くて、あっという間に感じる。成長した彼は、ぽっかり空いた俺の記憶を補完してしまう。「月仁〜。そろそろ帰ろっ!」高校三年生になった。受験間近、卒業も控えてる。でもそれ以上に、二人で始める新生活に心を躍らせている。鞄を持ち、同じ歩幅で廊下を歩く。今ではすっかり甘えたな、元優等生の恋人の隣で。「な、今日の弁当どうだった? 初めて味噌カツに挑戦したんだけど」「あぁ、めっちゃ美味かった。ありがと」「ほんと? 月仁の感想って美味いばっかなんだもん」「ははっ、ごめんごめん。ボキャブラリーないからな……」放課後の、誰もいない昇降口で向かい合う。この何でもない、温かい時間と空間が宝物。「美味しかったから、また作ってほしいな。お願い」微笑むと、深白は露骨に顔を赤くした。この素直さ……もと
「月仁、どうしたの? 家入らないの?」古くぼやけた記憶。しかし断片的に色づいて、光の粒を散らしている。“彼”といるときは全部そうだ。幼い頃の記憶なんて黒で塗りつぶしてしまいたいけど、どうしても守り抜きたい記憶もある。隣の家に住んで、物心つく前から顔を合わせていた隣人。深白との記憶。小学生の頃、月仁は完全な鍵っ子だった。父子家庭で父の帰りは夜遅く。年の離れた兄は部活に打ち込んでいる。だから簡単なレトルト食品をつかって一人で食べることも多かった。しかし今日は家の鍵を忘れてしまった。絶望感から額を押さえていると、見覚えのある影が重なり、蜜柑を差し出された。「大丈夫? ほらっ」男とは思えない可愛らしい笑顔を浮かべるのは、俺の幼馴染。幼稚園に入る前から見ている深白は、小学生になってもか細くて、危なっかしい。もちろん身長は伸びてるんだけど、中性的であどけない顔をしてるせいか、あまり同い年とは思えなかった。いつも後ろを振り返り、彼がついてきてるか心配していたけど……今は自分の方がよっぽど問題だ。「サンキュー。……家の鍵忘れちゃってさ。兄貴が帰ってくるまで待ってる」スマホなんて持ってないから、ため息をついて家の前の小さな階段に座り込む。蜜柑を食べてると、隣でハラハラしていた深白は、パッと明るい顔をして手を叩いた。「月仁。お兄さん帰ってくるまで、俺の部屋にいなよ!」「え? いいよ。お前の家のひとに悪いから」「大丈夫大丈夫。父さんも母さんもお店の準備してていないもん」そう言うと深白は俺の手を引き、自身の家に引き入れた。「でも、誰でも簡単に家に入れるなよ?」「もちろん。月仁だからだよ」こんなことが何回かあった。深白と俺は家が隣だけど中学年まではクラスが別で、行き帰りしか顔を合わせることがなかった。優しくて大人しい深白は他の男子からいじられやすくて、彼自身悩んでいた。だから俺もできる限り傍にいて、彼を守った。誰に言われるまでもなく、そういうものだと思った。女子を泣かしてる男子に注意するように。気付いた時には当たり前のように隣にいた深白を守るのは、俺の役目だと。でも深白のすごいところは、どんなに辛くても、泣かされても、周りに助けを求めないことだ。一度泥だらけになって帰ってきたことがあり、俺は初めてというぐらい腹が立ったけど、深白は最後まで弱音を吐か
「って、もう知ってるか」「まーな」自惚れじゃない。即答できるほどには、毎日甘やかされていた。あと、地味に愛が重かったりするし。でもそれは俺も同じだ。月仁に堂々と甘えられるようになったけど、そのぶん妬くことも増えた。近付けば近付くほど火傷する、眩い存在。やっぱり、誰かに攫われるのは耐えられない。「俺も月仁が好き。もう百回ぐらい言ってるけど」「そうだな。これからは毎日聞けると思うと、幸せ」「毎日言うこと前提かよっ」もちろん良いけど。彼の膝に跨り、肩に手を添える。「じゃあ、ちゃんと捕まえて。……離さないでよ」「当然。子どものときは何もできなかったけど。本当は、初めて会ったときからそのつもりだった」儚くて、触れたら壊れてしまいそうな男の子。彼を守り抜いて、笑顔にしたいと思った。それが今では、自分の方が────。「お前はいつまで経っても俺のお姫様だよ」「そ、そういうのは思っても心の中だけにしろっ」「無理だな。照れてるところが可愛いから」月仁は深白の顎を掠め取り、唇を重ねた。この温もりを失わないように。長く、深く溶け合っていく。「ん……っ」一緒に過ごす度に……触れ合う度に、固めた壁が一枚一枚崩れていく。最後に残ったのは、泣き虫で寂しがりな自分。こんな姿見せたくなかったけど、ほんとはずっと暴いてほしかった気もしてる。謎過ぎだ。でもひとつだけ言えるのは、俺はずっと月仁が好きだったということ。傷つくのも傷つけるのも怖くて動けなかった俺を、彼はいとも簡単に抱き上げてくれた。どんどん惚れて、深みに入ってしまいそうで怖い。「深白」でも彼は、そんな俺の不安も取り払ってしまう。「大丈夫。心の準備だけしておいて」「準備。って、何の」「俺に愛される準備」はぁ〜……。もはや感嘆のため息だ。自信満々というか、余裕たっぷりというか。もう、その全てが愛おしい。「……わかった! 覚悟しとく」今度は俺から彼の額にキスし、微笑んだ。「月仁。これからも、末永くよろしく」「あぁ。愛してるよ、深白」まだまだ明日の景色も見えてない。でも俺達の想いは、長い年月をかけて成長した。誰にも打ち明けないまま、暗い土の中に埋めていたけど……少しのきっかけで芽を出し、光を浴び、花を咲かせる。きっと皆そうなんだ。ほんのちょっとの我儘と、勇気があれば
うわ──────。恥ずかしい。恥ずかしくて五回は死ねる。顔から火が出そうだ。また半泣きになってると、月仁は身を乗り出し、俺の頭を撫でた。「お前はほんっ……とに可愛いな」「だって……! 好きなんだからしょうがないだろっ」「うんうん。しょうがない」月仁は笑いながら俺の頬を撫でる。若干からかわれてる気がしてムッとしたけど、それに気付いたのか彼は真剣な表情になった。「俺なんて、自分をコントロールすることに毎日必死だからな」「コントロール?」「可愛がり過ぎて嫌われるかもしれないから。二十四時間我慢してる」それは俺以上にやばいかもしれない。改めて、彼もものすごい葛藤をしてることに驚く。でも最終的に痛感したのは……俺も彼も、もっと触れ合っていたい願望があるということ。「好き過ぎるのも地獄だな。離れていたときの方が地獄なのにさ。……触れる距離にいるのに触っちゃ駄目、って罰ゲームみたい」「うん。……わかる」互いに見つめ合い、吹き出した。想いは通じてるし、代え難い関係も手に入れたけど、全てが叶ったわけじゃない。まだまだ限られた選択の中から未来を見つけ、選び取る必要がある。それでも月仁と一緒に考えられるなら、こんなに嬉しいことはない。月仁といたら大勢に非難されて、彼にも迷惑をかけてしまうと思っていた。でもそんなのは痛い勘違いで、周りの優しさを無視した思い込みだった。驚きつつも見守ってくれる周りに感謝して、今日も“俺らしく”生きたい。七年前の俺が見たらびっくりするだろうな。また月仁に甘えて、且つ奔放に過ごしていたら。「月仁君、お疲れ様。もう上がって、深白と夜ご飯食べな」「お疲れ様です。あ、でもご飯は大丈夫ですよ」両親の店でバイトを始めた月仁も、だいぶ慣れたみたいだ。夕方からとは言え忙しい時間帯なので、二人はとても助かったと喜んでいる。俺も嬉しくて、以前に増して店を手伝うようになった。「遠慮しないで! 深白ー、これ裏に持って行って」「おっけ。月仁、俺の部屋で食べようぜ」「でも、いつも悪い」「いやいや、作ったもん食べない方が駄目! ってことで、ほら!」丼が乗ったお盆を片手に、もう片方の手を月仁に差し出す。彼は少し微笑み、俺の手をとり、お盆にも手を添えた。厨房に向き直り、母に声を掛ける。「そだな。……ありがとうございます、頂きま
月仁の笑顔は眩し過ぎて、時々目を覆いたくなる。超強力な光のシャワー。加えて真顔で甘い台詞を言うもんだから、こっちも感覚が麻痺してきた。「じゃ、じゃあ……今日も一緒にいる」「ああ。てか、嫌がっても俺が居座るけど」月仁は不思議そうに肩を竦める。俺にとって「ずっと」、っていうのは相当なバカップルだと思うんだけど、彼にとっては違うらしい。「俺は月仁といるだけで幸せだし……幸せ過ぎて罰があたるんじゃないか、って思うんだ」「相変わらず殊勝だな。せっかく脱優等生したんだから、中身ももっとはっちゃけろよ」はっちゃける……。彼の言葉に少し考えて、確かにそれもそうか、と頷いた。優等生を演じていたときと同様、中身も見た目に合わせていくべきだ。ただ、俺はまだ怖がってる。本当の自分を見せて、周りに失望されることに。他人の評価を気にしてることが分かったのか、月仁は俺の前に屈み、小さな声で囁いた。「ちなみに俺は、取り繕ってないお前を好きになったんだからな」「あ……」そういえば……物心ついた時から一緒にいたから、月仁は俺の全部を知ってる。弱いところも恥ずかしいところも、分かった上で俺のことを好きになってくれたんだ。そう思ったら、やっぱり有り難いし……嬉しくてたまらない。素の自分を受け入れてくれた彼は、唯一にして最大の誇り。そして、愛しい存在だ。「月仁! ……好きだ!」「唐突な告白だな。でも、ありがとう」一応周りに人がいないことを確認した上で、彼に好きをぶつけた。恥ずかしいし怖いけど、尋常じゃなく心が躍る。胸の辺りが温かくなる。好きな人に想いを伝えるって、こんなにも大事なことだったんだな。─────川音君と貴島君って、もう学校公認のカップルだよね。「って女子達に言われてるぞ。もう隠しても意味ないから、堂々とイチャつけば?」「いやいや……」昼休み。月仁と中庭のベンチで昼ご飯を食べてると、都波がニヤニヤしながらやってきた。俺はできれば卒業まで目立たず、大人しく過ごしたい。月仁とは一緒にいたいけど、俺らのことで周りが盛り上がるのは避けたかった。ところが月仁は違うようで。「それはいいかもな。周りに気を遣わずに、深白を可愛がれるってことだし」「つ……月仁君? 何言ってるのかな?」彼は表情こそ変えないものの、腑に落ちた様子で腕を組んだ。目立つのが
「あれって貴島君?」「誰抱えてんのかな?」「えっ……川音君じゃん!」やっっっばい。それはもう、史上最高に。この学校の伝説になりそうなほど、今の俺は注目されている。体育館に繋がる外廊下を歩いて、校舎に移動する。月仁は俺を抱え、平然と真ん中を歩いた。放課後なのは不幸中の幸いだけど……誇張ではなく、俺も月仁も学校では知られた存在。だから俺達を見つけた生徒は、皆興味津々で寄ってきた。「お。貴島、川音のこと捕獲できた?」現れるやいなや、都波も呆れた様子で腕を組んだ。隣にはクラスの女子達もいる。「できたみたいだな。でも今度は展開進み過ぎな気が」「まあまあ、都波君。無事くっついて良かったじゃん」「最近の二人、ほんと見ててムズムズしてたから良かった〜。スッキリした!」えっっ。どう反応するのが正解だろう。男が男を抱っこして現れたんだから、気持ち悪がるのが自然だろうに。彼らは落ち着き払い、むしろホッとしている。……っていうか、俺と月仁がひっついてんのが当然みたいな空気だ。よく分からないけど、とにかく誤魔化さないと。「いやいや……! 俺、外で転んで足挫いちゃってさ。立てなくて困ってたら月仁が運んでくれたん」「抱っこしようか。って俺が訊いたら、してくれって言ったんだよ」何て!!?フリーズした。聞き間違いかと思って見上げたけど、月仁は「な?」と笑顔で覗いていた。いやいや。な? じゃない!「えーっ! 川音君、貴島君に甘えてたの?」「わ〜! かわいい〜!」「ち、違うよ!」あらぬ誤解を受け、慌てて手を振る。しかし彼女達の熱は高まる一方で、全く落ち着く気配がない。あぁ、もう!「月仁、下ろせっ」「ん? ……今は大人しくしといた方がいいと思うけど」月仁はなにか言いつつも屈み、俺を下に下ろした。散々恥ずかしい姿を見られてしまったが、これでよし。自分の席に足早に向かい、鞄を取りに行った。すると都波が不思議そうに首を傾げて。「川音、足挫いてないじゃん」「あれ。じゃホントに貴島君に甘えてたんだ!」「ほあっ! ちっ違……っ!!」しまった。ここから逃げ出したい一心で墓穴を掘った。これじゃ何を言っても苦し紛れの言い訳に聞こえてしまう。月仁は別次元を見てるけど、絶対笑いを堪えてるし。く……っ。「もっもう帰る!! また明日!」「バイバーイ、川音君