君の瞳に恋してる

君の瞳に恋してる

last update最終更新日 : 2026-07-22
作家:  菊池まりなたった今更新されました
言語: Japanese
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概要

三人称

ハッピーエンド

医者

おとなしい子

BL

人の顔色を読み、本心を隠して生きてきたコピーライター・朝倉透は、眼の不調をきっかけに眼科医・神谷恒一と出会う。感情を逃がす透の視線の癖に気づいた神谷は、静かに、しかし確かに彼を見つめ続ける存在だった。診察室の外で関係を深める中、互いが抱える喪失と孤独が明らかになり、透は神谷に恋をしていることを自覚する。しかし過去への恐れから距離を取ろうとする神谷。すれ違いと別れを経て、二人は「見られること」「見ること」への恐怖を乗り越え、相手の瞳に未来を映す選択をする。 ──視線から始まる、静かで確かな愛の物語。

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第1話

プロローグ

視線が、怖い。

朝倉透あさくらとおるは今日も、誰かの目を見ているふりをしながら、実際には相手の眉間や鼻先ばかりを見ていた。

「朝倉さん、さすがですね。このキャッチコピー、クライアント絶対喜びますよ」

上司の声が耳に届く。透は口角を上げ、ちょうどいい角度でうなずいた。「ありがとうございます」と返す声も、練習してきたような自然さで。

会議室を出て、自分のデスクに戻る。PCモニターに映った自分の顔は、いつも通り「ちゃんとしている」ように見えた。でも、どこか他人のような気がする。

ふと、視界が揺れた。

最近、画面を見続けていると文字の輪郭が滲む。目の奥が重い。多分、疲れているだけだ。そう思って、透はまた仕事に戻った。

その夜、一人のアパートで鏡を見ながら目薬をさそうとして、透は自分の瞳をまともに見つめた。

何秒も、視線を逸らせなかった。

鏡の中の自分は、困ったように笑っていた。

「……なんで、俺、こんな顔してるんだろう」

声に出した瞬間、ひどく恥ずかしくなって、透はすぐに目を伏せた。

誰にも見られていないのに。

誰にも見られていないから、か。

翌朝、透は眼科の予約を入れた。ただの眼精疲労だと思っていた。すぐ治るはずだと。

でも、その日の診察室で出会った医師の瞳は、透が今まで避け続けてきたすべてを見透かすように、静かで、冷たくて、それなのにどこまでも優しかった。

そして透は、初めて逃げられなかった。

「では、こちらを見てください」

神谷恒一かみやこういちは、いつも通りの声でそう告げた。

細隙灯さいげきとうの光が、患者の瞳を照らし出す。

診察中、神谷は何度も気づいてしまう。この人は、こちらの目を見ているようで、実際には少しだけ視線をずらしている。まるで、瞳に映ることを拒んでいるかのように。

「……特に異常は見られませんが、眼精疲労がかなり進んでいますね」

神谷は診断を告げ、処方せんを書きながら、ふと思った。

この人の瞳は、何を映したがっているのだろう。

そして、何を映すことを恐れているのだろう。

診察が終わり、患者が礼を言って立ち去る。神谷は次の患者を呼びながら、その背中をほんの一瞬だけ目で追った。

それが、すべての始まりだった。

視線が交わらなかった、ふたりの物語の。

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プロローグ
視線が、怖い。 朝倉透は今日も、誰かの目を見ているふりをしながら、実際には相手の眉間や鼻先ばかりを見ていた。 「朝倉さん、さすがですね。このキャッチコピー、クライアント絶対喜びますよ」 上司の声が耳に届く。透は口角を上げ、ちょうどいい角度でうなずいた。「ありがとうございます」と返す声も、練習してきたような自然さで。 会議室を出て、自分のデスクに戻る。PCモニターに映った自分の顔は、いつも通り「ちゃんとしている」ように見えた。でも、どこか他人のような気がする。 ふと、視界が揺れた。 最近、画面を見続けていると文字の輪郭が滲む。目の奥が重い。多分、疲れているだけだ。そう思って、透はまた仕事に戻った。 その夜、一人のアパートで鏡を見ながら目薬をさそうとして、透は自分の瞳をまともに見つめた。 何秒も、視線を逸らせなかった。 鏡の中の自分は、困ったように笑っていた。 「……なんで、俺、こんな顔してるんだろう」 声に出した瞬間、ひどく恥ずかしくなって、透はすぐに目を伏せた。 誰にも見られていないのに。 誰にも見られていないから、か。 翌朝、透は眼科の予約を入れた。ただの眼精疲労だと思っていた。すぐ治るはずだと。 でも、その日の診察室で出会った医師の瞳は、透が今まで避け続けてきたすべてを見透かすように、静かで、冷たくて、それなのにどこまでも優しかった。 そして透は、初めて逃げられなかった。 「では、こちらを見てください」 神谷恒一は、いつも通りの声でそう告げた。 細隙灯の光が、患者の瞳を照らし出す。 診察中、神谷は何度も気づいてしまう。この人は、こちらの目を見ているようで、実際には少しだけ視線をずらしている。まるで、瞳に映ることを拒んでいるかのように。 「……特に異常は見られませんが、眼精疲労がかなり進んでいますね」 神谷は診断を告げ、処方せんを書きながら、ふと思った。 この人の瞳は、何を映したがっているのだろう。 そして、何を映すことを恐れているのだろう。 診察が終わり、患者が礼を言って立ち去る。神谷は次の患者を呼びながら、その背中をほんの一瞬だけ目で追った。 それが、すべての始まりだった。 視線が交わらなかった、ふたりの物語の。
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第1話 診察室の距離
「朝倉透さん、どうぞ」呼ばれた名前に、透は顔を上げた。待合室の椅子から立ち上がり、白衣の看護師について診察室へ向かう。廊下の蛍光灯が妙に明るく感じられて、無意識に目を細めた。「どうぞ、こちらへ」案内された診察室は、思っていたより狭かった。いや、狭いわけではない。ただ、医師との距離が近い。透はそれだけで少し緊張した。「初診ですね。では、問診票を確認させていただきます」声は落ち着いていて、低い。透は椅子に座りながら、カルテに目を落とす医師の横顔をちらりと見た。30代前半だろうか。細いフレームの眼鏡、整った顔立ち。でも表情が、ひどく静かだ。「最近、視界に歪みを感じるとのことですが」「はい、画面を長時間見ていると、文字がぼやけるというか……輪郭が滲んで見えることがあって」透は、できるだけはっきりと答えようとした。医師はうなずき、ペンを置いてこちらを向いた。「では、診察を始めます。こちらを見てください」神谷恒一と名札に書かれた医師は、ペンライトを手に取り、透の顔に近づいた。光が瞳に当たる。透は反射的に、視線を逸らしかけた。でも、ここは診察室だ。目を見られるのが仕事だ。そう自分に言い聞かせて、なんとか視線を保った。「右目、左目……はい、ありがとうございます」神谷の声は変わらず淡々としていた。でも、透はその瞬間、奇妙なことに気づいた。この医師は、自分の"目"ではなく、"瞳"を見ている。表面的な視線の先ではなく、その奥を覗き込んでいるような──そんな感覚。透の背中に、冷たい汗が滲んだ。「次に、細隙灯で詳しく診ますね。顎をここに乗せて、額をここに当ててください」言われるままに顔を固定する。目の前に、拡大レンズと光源を備えた機械が迫ってくる。「では、こちらを見てください」神谷の顔が、レンズ越しにすぐそこにあった。透は、息を止めた。この距離で、誰かの瞳をまともに見たのは、いつ以来だろう。神谷の瞳は、グレーがかった茶色だった。感情の読めない、静かな色。でも、冷たいわけではない。ただ、何も映していないような──そんな透明さがあった。「少し眩しいですが、我慢してください」光が当たる。透は反射的にまばたきをしそうになったが、ぐっとこらえた。神谷の視線が、透の瞳の表面を、その奥を、じっと観察している。(見ないで)透の心の中で、誰かが
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第2話 緑を探して
月曜日の朝は、いつも気が重い。透は駅のホームで電車を待ちながら、スマホの画面を眺めていた。週末にたまったメールの通知が並んでいる。既読をつけただけで返信していないものが、十件以上。「面倒だな……」小さくつぶやいて、透はスマホをポケットにしまった。電車に乗り込む。いつもの車両、いつもの位置。透はつり革につかまり、目を閉じた。ふと、先週の診察のことを思い出す。(一時間に一回、遠くを見るように)神谷医師の声が、頭の中で再生された。(できれば、緑を)緑。オフィスビルの中に、そんなものあるだろうか。せいぜい、休憩スペースに置かれた小さな観葉植物くらいだ。透は目を開け、車窓の外を見た。流れていく景色の中に、街路樹の列が見える。まだ冬の終わりで、枝は寂しげだったが、それでもところどころに緑の葉が残っていた。(ああ、そういえば)透は、最近、緑を見ていなかったことに気づいた。空を見上げることも、木を見ることも、遠くの景色を眺めることも。いつの間にか、視界の中にあるのは画面と、書類と、人の顔だけになっていた。電車が駅に着く。透は人の流れに身を任せ、改札を抜けた。オフィスに着くと、デスクには既に書類が積まれていた。「おはよう、朝倉さん。週末、クライアントから急ぎの案件が入っちゃって」先輩の田中が、申し訳なさそうに言った。「あ、大丈夫です。今日中にですか?」「できれば。悪いね」「いえ、やります」透は笑顔で答え、コートを脱いでデスクに座った。PCを起動し、メールを開く。画面の明るさが目に刺さるような気がして、透は設定で輝度を少し下げた。(一時間に一回、遠くを見る)神谷の言葉が、また頭をよぎった。透は時計を見た。午前九時。(じゃあ、十時になったら)そう決めて、透は仕事に集中し始めた。十時。アラームが鳴った。透は手を止め、顔を上げた。周りを見渡す。誰もこちらを見ていない。みんな、自分の仕事に夢中だ。透は立ち上がり、窓際へ歩いていった。オフィスは八階にある。窓からは、隣のビルと、その向こうに広がる街並みが見えた。透は窓に手をつき、遠くを見ようとした。でも、何を見ればいいのか分からなかった。ビル、道路、車、人。どれも近く感じられて、"遠く"がどこにあるのか分からない。(緑……)透は視線を動かし、ようやく小さな公園を
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