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07:偽りの身分2

last update Terakhir Diperbarui: 2025-09-18 19:38:48

 エリアーリアは台所に立って、手早くスープを作った。数種類の薬草を組み合わせた、滋養効果のあるものだ。

 アレクはそれをおずおずと受け取って、一口ずつゆっくりと飲んだ。少し苦みのある温かいスープが、呪いと傷とで弱りきった彼の体に染み渡っていく。

 頭を傾けるたび、彼の銀の髪がさらりと揺れた。

 その姿を冷静に観察しながら、エリアーリアは言った。

「傷が癒えれば、すぐにここから出て行ってもらうわ。それまでは、私の指示に従うこと。いいわね?」

 それは、彼と彼女の間の境界線を示すもの。契約と言ってもいいだろう。

 アレクのためではない。これ以上の深入りをしないよう、エリアーリアの心に築いた防壁だった。

「ああ……恩に着る。君の邪魔はしない。約束する」

 彼の素直な感謝の言葉が、その壁をわずかに揺るがした。

 エリアーリアはそれに気づかないふりをして、冷たい声で言う。

「あなたの服、治療に邪魔だから切ってしまったの。ポケットに指輪が入っていたから、そこに置いておいたわ」

「……指輪」

 アレクの瞳にわずかな焦りが滲んだ。指輪には王家の紋章が刻まれている。身分を偽ったとバレたのかと、心配しているのだろう。

 エリアーリアはそれ以上、特に何も言わない。

 彼は黙って指輪を手に取ると、指に嵌めた。

 それから数日が過ぎた。

 エリアーリアは書物を何度も読み返し、呪いへの対抗手段を探っていた。

 根本的な解呪法は見つけられなかったが、いくつかの薬草を練り合わせることで、呪いの活動を抑えるのに成功した。

 彼女の手のひらの上で、緑の魔力が光の粒子となってハーブに溶け込んでいく。

(まったく、面倒。魔法が使えない以上、傷を治すのも薬草頼みだわ。調合に魔力を混ぜるのがせいぜい)

 そんなエリアーリアの様子を、アレクがその様子をじっと見つめていた。

 彼の夏空のような青い瞳は、澄み渡っている。そこには恐怖も疑念もなく、純粋な好奇心と称賛だけがあった。エリアーリアはその無垢な視線に居心地の悪さを感じ、平静を装うのに苦労した。

 やがて感嘆の息と共に、アレクはぽつりと呟いた。

「君の手は、まるで魔法そのものだ。……とても、美しい」

 カタン、と薬さじが乳鉢の縁に当たって、乾いた音を立てた。

 美しい。

 その言葉は、エリアーリアの百年の孤独を揺らした。心臓が大きく鳴る。久しく忘れてたはずの、人間らしい動揺だった。

『美しい。きれいだよ、ねえさま』

 遠い昔、もう忘却の彼方に置いてきた記憶が蘇る。彼女を美しいと言ってくれたのは、誰だったろうか。

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