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祈りの噂 ―王国、揺らぐ―

作者: 吟色
last update 最終更新日: 2025-10-13 09:33:33

朝の鐘が、王都ルクシアの屋根をまたいで転がっていく。

市場の露店では、パンの湯気と塩魚の匂いのあいだを、噂が駆けた。

「見たか、北の空の光柱を」「禁域の森だってよ」「燃えなかったんだ、火なのに」

「聖女様が現れたんだ」「いや、魔だ。あんなもの、神のものじゃない」

白い石畳を渡って、大聖堂の扉が開く。

灰金の髪を背で束ねた司祭セレノが、静かに回廊を進んだ。笑みは薄い、瞳は冷ややかだ。

「報告を」

侍者が膝をつく。「北の禁域上に光柱。炎は人を焼かず、盗賊を退け、親子を救ったとのことです」

セレノはひとつ瞬きし、祭壇の燭台へ視線を移した。

「禁域は神の領域。人が踏み入れば、それだけで罪。まして“女”が火を操ったと?」

低い呟きに、回廊の空気がわずかに冷える。

そこへ、鎧音が近づいた。紺の外套を肩に掛けた若い騎士が一礼する。

「王国騎士隊・リオン。北方巡邏の隊からの聞き取りにて、光を見た者が複数おります。……炎は、人を焼かずに守った、と」

「守る火、か」セレノの口角だけが柔らかく動く。「それが神の火でないのなら、なお悪い」

「異端審問所に通達を」

会議室。ステンドグラス越しの朝が、長机に色を落とす。

セレノが淡々と言い、司祭たちがざわめきを飲み込む。

「神の火は、誰の手にも宿らぬ。宿ったなら、それは神への冒涜だ。――禁域の“女”を調査し、排除せよ」

「お待ちください」

ひとり立ったのは、先ほどの騎士リオンだった。

「見た者は口々に“救い”を語っていました。誰も傷ついていない。ならば――救いを禁ずるのですか?」

会議室の空気が揺れ、視線が一斉に彼へ刺さる。

セレノは微笑を崩さぬまま、指先で祈りの印を結んだ。

「神の御心以外の救いは、すべて異端だ。騎士殿、あなたの情は理解する。しかし秩序は情の上に成り立たない」

リオンは唇を噛み、胸に手を当てて一礼する。

「……了解しました」

森の朝は、焚き火の匂いがする。

薄い布を丁寧にたたみながら、私は昨夜の少年の笑顔を思い出していた。赤い花は、手のひらで小さく呼吸を刻む。

頭上の枝に、白い影が降りてくる。

「昨夜の光は、王国まで届いた」

ルシフェルの声は静かだ。葉の影が、その輪郭を柔らかく縁取る。

「人の噂は風より速い。お前の優しさも、やがて歪められる」

「噂は止められない」私は布を結わえ、顔を上げる。

「でも、私の“目の前の人”は選べる」

ルシフェルは短く笑って、枝から軽やかに降りた。

「……お前は愚かさの王だな」

「王なら、あなたでしょ」

言い返すと、彼は肩をすくめる。「それもそうだ」

焚き火の灰がほぐれ、赤い芯が小鳥の声と同じリズムで明滅した。

私は花にそっと触れる。燃やすためではなく、灯すための温度。胸のなかで、何かが決まっていく。

その夜、王都の風は高台を渡り、大聖堂の尖塔を撫でた。

セレノは石の縁に手を置き、街の灯を見下ろす。

「神が与えぬ火を持つ者を、我らは“魔”と呼ぶ」

背後の机に運ばれた文書には、教会の紋章が赤く押されている。

羽根ペンの先で、彼は躊躇いなく印を落とした。

――禁域の森の調査及び、対象の排除。

命令書を受けたのは、リオンだった。

封蝋の重みが掌に移る。彼は目を閉じ、遠い北の闇を思い浮かべる。

焚き火に照らされた誰かの横顔。炎の中で泣かなかった少年。守られた、あの一瞬の静けさ。

(本当に、討つべき者はどちらだ)

彼は小さく息を吐き、剣帯を締め直した。

その夜、王都は祈りの名で刃を研ぎ、禁域の森へ“聖女狩り”の命が下された。

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