(ここは……どこ?)
うっすらと目を開けると、金髪の男性たちが馬に乗り私を見ている。しかし、普段目にしている馬とは違い、男性たちが乗っている馬は白く太陽の光に照らされ輝いていた。
身体を起こされ抱きかかえられ、何か喋りかけているが言葉が分からない。彼らの視線から心配している様子が窺える。首を横に振り、私は気が遠のいて視界はまた真っ暗になった。
目が覚めると私は部屋のベッドで横になっていた。ベッドの装飾やシーツを見たところ上級貴族が使用するような質のいい物が使われている。
(……ん!!!)
何も衣服を身に着けていないことに気がつき、毛布で身体を隠して辺りを見渡すと女性が3人遠くに見えた。そのうちの一人が私が目を覚ましたことに気が付き近寄ってくる。身構えたが彼女は笑顔だった。そしてもう一人が部屋から出ていく。女性は笑顔で話しかけてくるが、やはり言葉が分からない。
先程の金髪の男性といい、部屋にいた女性も金やブロンズの髪に目鼻立ちはハッキリした顔立ちで日本人には到底思えない。見た目と言葉の違いにここが日本ではないことを察した。
コンコンーー
部屋をノックする音がするので振り向くと、先ほど助けてくれた男性の一人がこちらに近づいてきた。見知らぬ土地、見知らぬ屋敷で衣服をまとっていない状態に身の危険を感じたが、男性は優しい笑顔で何か話しかけてくる。
言葉が分からず困った顔をしていると、男性は何かを察したようにベッドの縁に座り髪を撫でながらおでこにキスをしてきた。幸助さんには唇どころかおでこさえ触れてこなかったので、初めて男性からキスをされて動揺して身体がピクンと跳ねた。
「どう?これで言葉が分かるかな?」
先程までは何を言っているかサッパリ分からなかった言葉を理解できるようになっていた。
(なんで?さっきまで何を言っているか全然分からなかったのに言葉が分かる!)
「ビックリさせてごめんね。こうするしか言葉を理解できる方法がなくて。」
理解できずに茫然としている私に男性は続けて話してくる。
「私はサラリオ。混乱しているよね。心配しなくても大丈夫。怖い思いはさせないよ。順を追って話そう。」
サラリオという男性はそう言って私を安心させようとする。その声や表情は優しくて悪人には見えない。しかし、信用していいかはまだ分からないため先程よりも毛布をギュッと握り身体を小さく丸めた。身体は震え恐怖に支配されていた。
「コホンッ」
サラリオが小さく咳払いをしてからメイドの女性に目を向ける。
「その前にその姿では話を聞けないね。メル、彼女に服を用意してやってくれ。」
「かしこまりました、サラリオ様」
サラリオが部屋を後にすると、先程、私が目を覚ましたことに気がつき駆け寄ってくれたメルという女性がにこやかに返事をする。
「お怪我はありませんか?お身体が汚れていたのでふき取らせて頂きました。服も汚れてしまったので新しい物を用意しますね。」
どうやら滝に飲まれ汚れていた私を綺麗にしてくれたらしい。
(綺麗にって……私が服を着ていないと言うことは、服を脱がせてから彼女たちに綺麗にしてもらったということ!?)
いくら女性とは言え自分の裸を見られるのは恥ずかしい。顔を赤らめていたがメルは気にする様子もなく手際よく服を用意してくれた。
メルはこの屋敷の使用人なのだろうか、先程のサラリオとは主従関係のように見える。サラリオは身分が上の者なのだろうか。ここの人たちはみなにこやかで怖い感じはしないが何があるか分からない。慎重に行動せねばと私はまだ警戒心を持ちながら状況を必死で把握しようとしていた。
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「おい、葵!大丈夫だったか!?」彼の声は、安堵とそして怒りが混じったような響きを持っていた。アゼルは私の両肩を掴み、まっすぐと私を見つめている。「心配したんだぞ!なんでこんな無茶したんだ!」アゼルが私を心から心配してくれていたことが言葉の端々から伝わってくる。その優しさに私の緊張の糸はプツリと切れた。「ごめんなさい、ごめんなさい……!」私は堪えきれず子どものように泣きじゃくった。「私、もっと誰かの役に立ちたくて……それで、知識だけ詰め込んでも駄目だと思って、無理言って連れてきてもらったの。でも、怖かった……怖かったよ……!」言葉にならない嗚咽とともに、これまでの不安や孤独、そして今経験した恐怖が涙となって一気に溢れ出す。アゼルはそんな私を力強く抱き寄せた。「とりあえず無事でよかった……。それに葵は、今のままで十分、役に立っている、というより……」彼の声が、私の耳元で震える。「俺にとって ”大切な存在” なんだ。だから、もう勝手にいなくならないでくれ……」アゼルはそう言って、顔を歪めて
恐怖で体が動かない。商人の不気味な笑みを見た瞬間、足がすくんで地面に縫い付けられたように一歩も動けなくなっていた。商人はそんな私を品定めするように、ゆっくりと私に近づいてくる。指先がガタガタと震え始めた。その様子を見てニヤリと唇の端を吊り上げ、いやらしい笑みを浮かべていた。その笑みはまるで獲物を見つけた獣のようで私の背筋をぞっとさせた。(怖い、怖いよ……助けて……誰か……)心の中で何度も叫んだ。声にならない声が喉の奥で詰まる。このまま捕まってしまうのだろうか。奴隷にされる?そんな想像が頭をよぎり全身の震えが止まらなくなったその時だった。「おい、そこで何をしている。」聞き慣れた、力強く、そして少し荒々しい声が響いた。顔を上げると、そこにいたのは、白馬に乗り腰に武器を携えたアゼルだった。(まさかアゼルがここまで来てくれるなんて……。)商人は武器を持ち白馬に乗ったアゼルを見て、瞬時に只者ではないと悟ったようだ。先ほどまでの不気味な笑みは消え失せ、一転して愛想の良さそうな笑顔に変わっていた。「いや、別に。ただ珍しい野草を摘んでおられるようでしたので、何をしているか声を掛けただけですよ。」
王宮の騒乱を知る由もなく、私はゼフィリア王国との国境に近い静かな森の中で薬草の採集に没頭していた。そう、背後から視線を感じるまでは。一人の男が私の姿を遠巻きに観察していた。それはゼフィリア王国の商人だった。彼は、珍しい野草を真剣な様子で調べ、時折何かを呟いている私をじっと見つめていた。(変わった容姿の女がいるな。この黒髪に、透き通るような白い肌……バギーニャの連中とはまるで違う。そう言えば最近、噂でバギーニャに王子たちを夢中にさせる『異国の女』がいると聞いたな。まさか、あれがその『魅惑の女』か?まあ、もし違ったとしても、これほど珍しい顔立ちの若い女だ。東方のどこかの貴族の娘か、あるいは珍しい奴隷としてでも、高値で買い取る者がいるかもしれない……)商人の脳裏には金儲けの算段が次々と浮かんでいた。私の存在は、彼にとってただの「商売道具」だったのだ。その瞳には、すでに獲物を見定めた獣のようなギラつきが宿っていた。護衛たちの目を盗むように商人はゆっくりと私に近づいていった。この場所にはバギーニャの国民も薬草採集に来ることがあるため、護衛たちは見た目だけでは判別がつかず、疑わしい動きがない限り遠巻きに見守るしかできない。そのわずかな隙を商人は見逃さなかった。「何をしているんですか?」そうにこやかに声を掛けられて私はハッと顔を振り向けた。そこに立っていたのは、一見して人の好さそうな笑顔を浮かべた商人だった。しかし、その瞬間、私の背筋には
自分の下した決断が最善策だと思い込んでいたが、それが葵を深く傷つけ、結果として危険に晒すことになった。後悔の念が津波のように押し寄せる。「もう過ぎたことはしょうがない!俺は葵のところへ行く!」アゼルは、そう言い放つと迷うことなく扉へ向かっていった。「待て!ゼフィリア王国の近くなら、万が一に備えてもっと人数を多くしてから行った方がいいのではないか!」サラリオは冷静であろうと努めながら、焦燥と後悔に揺れる心でアゼルを呼び止めた。国家を統べる者として感情に流されるわけにはいかない。最善のリスクヘッジを考えなければ。しかし、アゼルはサラリオの言葉に聞く耳を持たなかった。彼の頭の中にはただ一点、危険な場所に向かってしまった葵の姿しかなかった。「そうしたければそうしろ!後から来ればいい!とにかく葵の身が心配だ!俺は今すぐ助けに行く!」アゼルは、そう叫び執務室を飛び出していった。その背中には一切の迷いがなかった。「あいつはもう……。」サラリオは大きくため息をついた。その場に膝をつきたいほどの絶望感と無力感に襲われたが、同時にアゼルが少しばかり羨ましかった。自分も
その頃、王宮はにわかに騒然とした空気に包まれていた。「葵様が、ゼフィリア王国近くに行ってしまいました!」メルの悲痛な叫びが執務室に響き渡った瞬間、それまでサラリオとアゼルを隔てていた張り詰めた空気は一瞬にして凍りついた。兵士たちがざわめき、奥からルシアンとキリアンも駆けつけてくる。「ゼフィリア王国の近くに行くなんて……危険すぎる!それでなくともゼフィリア王国は葵の存在に好奇と、そして危機感を示しているのだ。もし、万が一、捕らえられたりしたら……!」サラリオの顔からは血の気が引き、言葉の端々に焦りが滲む。彼の脳裏には、ゼフィリア王国から送られてきた書簡の文面とアンナ王女が漏らした「誘惑する異国の女」という言葉が鮮明に蘇っていた。「おい、兄さんどういうことだ。ちゃんと説明してくれ!」アゼルはサラリオの胸ぐらから手を離し、今度は彼の両肩を掴み問いただした。その瞳には混乱と、何よりも葵への途方もない心配が宿っている。サラリオは大きく息を吸い込んだ。もはや隠している場合ではない。彼はアゼルと、そしてその場にいたメルとルシアン、キリアンにアンナ王女が再訪した際にルシアンが聞き出したゼフィリア王国の真の目的――「葵」の存在を探るために送り込まれたこと、そして葵を守るために、彼女との接触を控え情報を秘匿していたことを全て説明した。
「薬草の採集に行きたいんです。新しい種類も探したいし生育環境もこの目で確かめたい」ある日、国立図書館に向かう予定だったが護衛たちに行先の変更を懇願した。彼らは私の安全を心配して最初は難色を示した。「王宮の外へ出るだけでも、細心の注意が必要なのです」と、いつものように警戒を口にしたが、私の目に宿るただならぬ決意と必死な様子に、最後は根負けしてくれた。彼らの警戒の目をどうにか掻い潜るように、私は王宮の外へと向かった。向かった先は、古くから薬草が多く自生していると伝えられる場所。それは、隣国ゼフィリア王国の国境線に近い人里離れた森の奥だった。以前なら、王子たちの許可なく、外出することも、ましてや予定を変更して違う場所に行くなど考えもしなかっただろう。だが、今の私を突き動かしていたのは、そんな常識を打ち破るほどの、自分の存在価値を見出すための、必死の行動だった。もがき、もがき、ただひたすらに、自分がまだこの世界に必要とされる人間だと信じたくて、私はそこへと向かったのだ。(もしかしたらこの新しい薬草がこの国の誰かを救うかもしれない。そしてまた、私が「必要とされる」理由になるかもしれない。そうすれば、サラリオやルシアンも、また私に目を向けてくれるかもしれない。)そんな微かで、けれど胸を締め付けるほど切実な願いが、私をその危険な場所へと突き動かしていた。誰かを救うことが私自身を救うことに繋がるような気がした。日本で夫に顧みられなかった経験が、私の心に「無価値」という深く傷となっていた。この国で一度はそれが拭い去られたと思っていたが