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35.ルシアンの悪戯、意識する二人(後編)

last update Last Updated: 2025-07-03 17:25:12

夕食後、私はサラリオからの呼び出しを受け執務室を訪れていた。彼はいつものように優雅な微笑みを浮かべて私を迎えてくれたが、どこか落ち着かない様子だった。私も、昼間のルシアンの言葉が頭から離れずサラリオの顔をまともに見ることができなかった。

「葵、どうかしたのか?顔色が優れないようだが」

彼の優しい声に私は余計に胸が苦しくなる。何か言わなければと思うのに言葉が見つからない。その時、執務室の扉がノックされルシアンが顔を覗かせた。

「兄さん、葵。邪魔して悪いね」

ルシアンはにこやかな笑顔のまま部屋に入ってきた。しかし、彼の瞳は私たち二人を交互に見つめるとどこか意味ありげに輝いている。

サラリオ様の机に近づき何かの書類を指差しながら話をしている。そして、話が終わったかと思うとサラリオの耳元に口を寄せ小声で囁いた。

「ねえ、兄さん。葵が夜、部屋に来たのに本当に何もなかったの?次の国王となる兄さんが、夜、美しい女性をもてなさないことなんてあるの?」

ルシアンの言葉が静かな執務室に響き渡った。私の耳にもその一部がはっきりと届く。サラリオは、ルシアンを咎めるように名を呼んだ。

「ルシアン……!!」

サラリオは微かに動揺しているような表情を浮かべている。ルシアンは、満面の笑みで私に視線を向けた。

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