(このまま、ずっとこうしてサラリオ様の腕の中に抱かれていたい…)
サラリオの胸の鼓動や体温、吐息を感じながら抱きしめられると、まるで時間が止まったような不思議な気持ちになった。
触れられることに自然と恐怖はなかった。それどころか、自分はずっと前からこの時を待っていたのではないかと思うくらい、穏やかで心落ち着く幸せな気持ちになった。
アゼルやルシアンに抱き寄せられた時は驚きと緊張で心臓が跳ね上がったが、今は磁石の法則かのように自然と、ぴったりとくっつていった。
「サラリオ様……」
自分の気持ちと同じことを相手も想っている。通じ合えた喜びに抑えきれない気持ちが込み上げ、気がついたら瞳は潤んでいた。頬はきっと、熱を帯びて紅潮しているだろう。
私は静かに顔を上げてサラリオ様の澄んだ碧い瞳を見つめた。彼は、そんな私を優しく、愛おしそうに見つめ返してくれる。視線が交わった瞬間、私の視線は彼の口元へと引き寄せられていた。
サラリオ様は、私の視線と気持ちに気がついたようで大きな手で私の頬を優しく撫でた。顔が、ゆっくりと、ゆっくりと近付いてくる。私は、目を閉じてその瞬間を心待ちにした。
やがて、柔らかな唇が触れ合い、互いの温かさを確かめ合うように動かし合う。先日のアゼルとの口移しのキスとは全く違う、優しく、深い愛情に満ちたキスだった。
葵side「葵、葵に出逢えて私は本当に幸せだ。感謝している。」アゼルとリリアーナ王女の婚姻の儀が終わった日の夜、寝室に戻ると、サラリオ様は突然、日頃の深く静かな感謝を伝えてきた。「サラリオ様?突然どうしたのですか?」「いや、今日の婚姻の儀でアゼルとリリアーナ王女を見ていたら、急にこの想いを伝えたくなったんだ。」「二人とも情熱的でしたもんね。あの堂々としたキスには、私も驚きました。」「ああ。アゼルのやつ、見ているこっちの方が恥ずかしくなってしまったよ。」サラリオ様は肩を竦めて苦笑した。「ふふふ、アンナ王女の体調も、心配しましたが、ご病気ではなくて良かったですね。ご懐妊とは、アゼルの結婚と言い本当に嬉しいことが続きますね。」私がそう言うと、サラリオ様は急に真剣な眼差しになり、私の両手をしっかりと握った。「そのことなんだが……葵、私たちも子どもを作らないか。もう結婚して二年が経った。国のためもあるが、何より私と葵の愛の証として、子どものことを真剣に考えていきたいと思うが、どうだろうか。」
葵side私たちの婚姻の儀から一か月もしないうちに、アゼルはルーウェン王国に招待されて国王と一緒に出掛けて行った。ルーウェン王国は、元々、このバギーニャ王国との親交を深めるためにリリアーナ王女をサラリオの王妃として受け入れて欲しいと言っていたこともあっただけに、今回のリリアーナ王女と第二王子のアゼルの婚約を極めて好意的に受け入れているようだった。国王としても、隣国のルーウェン王国との友好が保たれ、今以上に関係が強固になることは外交上の最大の成果だ。両国王の思惑が見事に一致し、二人の結婚はとんとん拍子に進んでいった。私が教養やマナーを覚えるために三年以上の教育を受けたのに対し、リリアーナ王女にはその準備期間が一切必要なかった。彼女は生まれた時から王女としての教育を受けており、その覚悟と知識は完璧だった。国同士の取り決めがあまりにも迅速に進むのを見ながら、私は愛の形にも、王族の道にも様々な速さがあるのだと感じた。その間もリリアーナ王女が訪問したり、アゼルがルーウェン王国へ行くなど、国同士の政略結婚ではあるが、二人はお互いを愛しあい、激しく育んでいた。訪問している時の二人は仲睦まじく腕を組みながら歩いていたりしていたが、会合や国務になると、すぐに切り替えて、今後の国のための政策や理想の国の姿など本質的な問題について熱く議論していた。時には意見が衝突することも厭わなかった。「最近のアゼル、なんだか前よりも活き活きしていて楽しそうね」
葵side「リリアーナ王女とアゼルが?いつの間に……。」サラリオ様も私も、その衝撃的な話を聞いて、言葉を失った。私たちの婚姻の儀に参加してくれたリリアーナ王女がルーウェン王国へ帰還する日、王宮の正面玄関前で、多くの貴族や王族が見送りをする厳粛な場所で、アゼルとリリアーナ王女は、誰もがしっかりと目に焼き付けるように、白昼堂々と熱いキスを交わしたのだった。「アゼル……どういうことだ。リリアーナ王女を警戒して見張っていたんじゃないのか?」サラリオ様は、すぐにアゼルを執務室に呼び出し、驚きと呆れの混じった声で問いかけた。「ああ、警戒していた。だけど、この三日間一緒に過ごして分かったんだ。王女は俺に似ている。彼女は、王家として生まれたことに誇りを持ち、国を背負う自覚もしている。彼女は、危険な人物でも何でもない。」アゼルは、椅子に座ることもせず、机に両手をつくと身体を乗りだして、興奮した様子でサラリオ様に訴えかけるように話をしていた。「……それに、俺は、リリアーナ王女と国を統治すると決めたんだ。」「何を言っているんだ
夜会が終わり、それぞれが部屋に戻ってから、重厚なドレスときつく締めあげた下着を脱いで、私はようやくホッと息を吐いた。「葵、大丈夫か?疲れていないか?」夜着に着替えたサラリオ様が心配そうな顔で尋ねてくる。「はい、大丈夫です。疲れてはいませんが緊張しました。でも、とても幸せで、楽しかったです。」「私もだ。葵と晴れて夫婦になれて嬉しいよ。」サラリオ様は私のところへきて、優しく抱きしめてくれた。ふわっと毛布を掛けられたような温かさに包まれながら、サラリオ様の胸の中でゆっくりと瞳を閉じる。サラリオ様の熱や力強い鼓動で私の緊張の疲れも解きほぐし、深い安堵へと導いていく。サラリオ様は私の肩に両手を置くと、真っ直ぐに私を見て真剣な表情で口を開いた。「私は、一生をかけて葵を幸せにする。この先、大変なこともあるかもしれないが、私の隣で王妃として、私についてきてくれないか?」「――――もちろんです。サラリオ様の側でお役に立てることが、今の私の最大の幸せです。添い遂げさせてください。」私がサラリオ様の顔を見て微笑むと、サラリオ様は力強く抱きしめて熱い口づけをした。お互いの瞳を合わせながら舌と舌を絡めて、愛おしさと情熱を交差する。サラリオ様の碧い瞳と私の黒い瞳が至近距離で交わり、お互いの存在を
「リリアーナ王女、ありがとうございます」サラリオ様は、リリアーナ王女が私に近付いてきたことに気がつくと、すぐにこちらへ来てくれた。そして、牽制として私の肩に手を添えている。その一瞬の張り詰めた空気は、私たちがただの恋愛で結ばれたのではなく、国益という重い鎖で繋がれている王族であることを改めて思い知らされた。「お二人のご結婚と今後のご健勝を祈っていますわ、それでは。」王女はその一言だけ言うと、深く一礼して去って行った。サラリオ様も緊張していたようで、小さく息を吐いたが、ひとまず取り越し苦労だったようだ。しかし、王女の目が微かに潤み湿っているのを私は見逃さなかった。(リリアーナ王女は、何を思っての涙なのだろう?王女の瞳は怒りや悔しさではなくて、寂しそうに見えたけれど。)その緊張をアゼルも察していたようで、周りに聞こえないようにそっと近付いてきた。「兄さん、葵、リリアーナ王女のことは俺が見ている。だから、二人は気にするな。今日は祝福の空気を乱させるな。」婚姻を強く迫ってきたリリアーナ王女が、この場で何か外交的な動きや騒ぎを起こさないかと、アゼルも注意していたようで、サラリオ様も小さく頷いてアゼルに任せていた。そんなアゼルと秘めた感情を持ち合わせたリリアーナ王女が、この婚姻の
時は、サラリオと葵が婚姻の儀をした時まで遡る――――――ここから語られるのは、二人が国王と王妃になるまでの物語だ。葵side「あなたたちは互いを愛し、信じて生涯を共にすると誓いますか?」私たちは、大勢の人に祝福されながら人生最高の日を過ごしていた。純白のウェディングドレスは、この数年間の努力と葛藤の重みそのもののように感じられた。私はこの日を無事に迎えられたことに安堵と感動をして、終始涙が止まらなかった。隣にいるサラリオ様の力強い誓いを聞きながら、異国で孤独に勉強漬けの日々を送った記憶が蘇り、込み上げるものを抑えきれなかった。「葵様、葵様とサラリオ様のお幸せを願っていましたが、本当にこの日が来るなんて……私はとても嬉しくて、嬉しくて……」すぐ側に控えていた侍女のメルも、私と同じように目を潤ませていた。「メルーーー!メルのおかげだよ、ありがとう。私がここに来た時から、メルがずっと側にいてくれたから頑張れたの。ありがとうね。」「葵様……」メルの涙に私ももらい泣きして、思いっきり抱き着いて感動に浸っていた。二人とも涙は止めどなく流れ、鼻をすする音だけで深い会話をし